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19-1 橋

ジルキニア戦争末期


グリファ南北戦争(ジルキニア戦争におけるグリファ戦役とは区別される)で敗北したグリファ北軍はベルサ郷を脱出してバルカ北部の要塞都市カペリアに義勇兵として参入した。

これによりバルカ軍は多少補強されたものの、グリファの滅亡による地理的な不利もあり戦局は急速に悪化していく。


南部戦線ではグリファ南北戦争に前後してレガーノ元帥は所在不明となっていた。

敵中で分断され孤立したレガーノとその配下500は包囲が薄い東方面の敵陣を突破したのを最後に消息が全く掴めなかった。

同様に第二次ネディン平原会戦でサンプリオス軍の精鋭騎馬隊をひきつけ、バルカ援軍は東に在りと敵を錯誤させるという役割を演じたエルファもまた消息が不明のままだ。

レガーノ第1軍団の残存兵力を吸収したランクス第4軍団がしばらくパレント城に拠って防戦していたが、ゼリアニアのグリエス隊が投入されるとランクスは城を捨ててバルカ北部の拠点カペリアに走った。これは、ティエラが国外逃亡を図るとすれば北東部に限られるからである。

カペリアを死守すれば、そこを通じてティエラの脱出も可能となるはずだ。

それにしても、前線の将軍が戦いの結果と国家としての判断まで行わなければならないほどバルカの指揮連絡網はズタズタになっていた。


南部戦線に投入されたジュノは、パレント城を制圧してカペリアに向かう敵軍の側面を突いて進軍を阻止し、ランクス第4軍団のカペリア要塞入城を助けた。

ジュノはこの戦いで手持ちのロングボウガン隊を全て失ったものの、その後はパレント北部の森に罠と伏兵を置いてサンプリオス軍に被害を強い、街道に出た敵には奇襲を加えて敵を悩ませ続ける。

サンプリオス軍はジュノを“バルカの青い毒蛇”と呼んで恐れた。


「よりによって蛇とは無礼な」

ジュノ第2軍団の参謀は60歳に手が届こうかという年配の将軍だった。

彼はアヴァンの配下で軍歴を重ねた歴戦のベテランであったが、自分の息子よりも若いジュノに心酔していた。

「それだけ嫌がられているのでしょう、私の戦法が」

「しかし、我々とてパレントとカペリアの間でいつまでも頑張ってはおれないでしょう。如何なさるおつもりですか」

参謀の問いにジュノは答えなかった。

「西部戦線ではサンプリオス軍がティエラ女王を狙った作戦を発動して大敗を喫したそうです」

「それは、クラト様ですか?」

「そう、兵力にして10倍ものサンプリオス軍、後方にもギルモア軍の攻撃を受けながら、バルカ城からの援軍も間に合って大勝したようです」

「それは素晴らしい。奇跡的な勝利と言えるでしょう」

ジュノはふと寂しく微笑んだ。

そうなのだ、バルカ軍の勝利はいつも奇跡と呼ばれる。

北の戦乱もそうだった。

いつもジュノを悩ませてきた奇跡的な勝利。

一つ一つの戦闘は確信を持って勝利した。

しかし戦争となれば、何一つ確信を持てなかった。

国家として“行うべきではない戦いをしている”これがジュノの結論だ。


ジュノの沈んだ様子を心配した参謀は笑顔を作って言った。

「ジュノ様が青蛇ならアヴァン様は白蛇でしょうか」

「サバール隊の話だと“ヘキサロス”と呼ばれているようです」

「むぅ、隻眼の龍ですか。しかし、アヴァン様が龍なのに、ジュノ様が蛇とは。何だか改めて不愉快ですな」

「ははは、しかし、そろそろ蛇と龍が合流せねばならないでしょう。カペリアはある程度の兵力がありますからしばらく耐えられますが、第2軍団と第3軍団は最低規模でしかありません。今のようにゲリラ戦を行うには良いのですが、どうしても作戦の幅が狭くなってしまう」

「ところで、レガーノ様は生きておいででしょうか」

「グリファが健在ならまだしも今となっては厳しいでしょうね。しかし、あのレガーノ元帥が簡単に戦死するとは思えません。それにレガーノ元帥を討ち取れば敵が黙っているはずもないでしょうから、もしかしたらという気もしています」

「あの方なら南方に抜けて海賊でもやっていそうですが」

「ははは、確かに。では、レガーノ海賊団が到着するまで粘ってみましょう」

「ははは、我々は戦い続けなければならない宿命のようですな」

ジュノは何年でも戦い続けてやるという気持ちだった。


そのジュノにバルカ本城より新たな命令が届いた。

“バルカ本城へ帰還せよ”


◇*◇*◇*◇*◇


「久し振りだな」

入城したジュノとアヴァンを迎えたのはクラトだった。

「クラトさんが暴れたので西部戦線は静かになってしまったようですね」

「南部戦線に敵兵が増えたのはお前のせいだったか」

アヴァンが冗談を飛ばしながらクラトの肩当を拳で叩いた。

「しかしまぁ、どこもかしこもギリッギリだよ、アティーレラインにはピサノ大臣が行ってるぜ」

「マジか?」

「あの方の軍略は優れていますよ。補佐に戦闘系の将軍をつければ軍団として十分に機能します」

「でもイグナス相手では荷が重いだろう」

「その意味じゃ、誰が行こうと同じじゃねーの?」

「イグナスのラティカ軍団とロングボウガン隊は強力らしいからな」

「そうですね。ただ、ロングボウガン隊の点ではランクスの方が1つ2つ上を行っていると思いますよ」

「そういうジュノのロングボウガン隊は更に進化形なんじゃないのか?」

「いえ、あれは奇策に過ぎません。練り込んだ作戦に単発で使用できるだけです」

「そういえばランクスはいないのか?」

「カペリア要塞の防衛で動けないらしいぜ」

話は尽きないところへヴェルーノ卿が姿を見せた。

「この後、会議を行うが、事前に伝えておきたい事がある」

クラト、ジュノ、アヴァンは今やバルカ軍における主力中の主力だ。

これは暗に会議で提起されるヴェルーノ卿の案に賛同するよう求めているのだと思われた。

アヴァンがいつもの陽気な雰囲気を消して言った。

「ヴェルーノ卿、我等の立場を重く見てもらうのは勝手だが、会議において語られるのは国家として判断だ。軍人の俺たちはそれに従ってどう動くかというのが立場だと思うのだが」

「うむ、その通りだ。しかし今の状況は橋の無い川を渡るが如しだ。その橋台となるのがそなた達軍人であり、その上に橋げたを敷くのは我等の仕事だろう。もちろん橋を渡るのはティエラ女王だ」

つまりヴェルーノ卿はティエラ女王のバルカ脱出を画策しているのだ。

「前線を放棄してまで兵力を集めた理由がそれか」

「なるほど、いよいよという訳ですね」

「川ってどこの川?」

『・・・』

クラトの声に沈黙が流れた。

アヴァンは残った右目を何度か瞬いてから口を開いた。

「クラト、念の為に聞くぞ。お前が言ったのは冗談か?こんな事を今更聞いてもどうしようも無いが、お前は冗談を言ったのか?」

「ふざけるな、いたって真面目だ」

『・・・』

「本気ですかクラトさん、冗談でしょう? 冗談ですよね、真面目っていうのは冗談の二段重ねですよね?」

「西部戦線の敵は何だったんだ?ニワトリか?」

「わしがクラトをバルカに引き込んだ。責任はわしにある」

「お前ら何言ってんの?ティエラが渡る川ってのは、クエーシトか、ラムカンか、バルナウルか、まさかヴァリオンって訳じゃないだろう。一体ティエラをどこへ・・・ってお前ら、俺が本当の川に橋を架けると思ってたんじゃないだろうな」

「ま、まさか」

「そ、それはない」

「あ、ありません」

「・・・ま、いいや。それより、いつどこでやるかを決めてもらわないとな。最終的に決めるのはティエラだろうけど」

「その女王が反対しているのだ」

「降伏にですか?」

「バルカ城から去る事をどうしてもご承知いただけないのだ」

「じゃ、ティエラは徹底抗戦を主張してるのか」

「そうだ」

アヴァンの目が光った。

「俺はそれで構わない。俺が生まれ育ったバルカが西大陸から来た柔弱な奴らの下に存在するなど、とても耐えられるものではないからな」

「バルカを領有するのはギルモアじゃないのかよ」

「そうだ。ギルモアはバルカとグリファを、サンプリオスはタルキアを領有する事で合意しているが、これだけの兵力を出したゼリアニアが利権を得られるよう関与させるだろう」

「薄弱な亡者どもめ!!」

アヴァンが吐き捨てた。

ジュノは一歩進んでヴェルーノ卿に正面に立った。

「バルカは降伏するのですね?」

「そうだ」

「その上で女王はバルカを脱出すると?」

「そうだ」

「降伏をしてなお女王が逃亡する理由は何でしょう?」

「最新の情報では、ギルモアとサンプリオスの協定でバルカ女王はサンプリオスに引き渡す事になっているそうだ」

「なぜでしょう?」

「理由はいくつかある。バルカを直接領有するギルモアはバルカ王室の存続を望んでいない。王室を残すなら少なくとも郷として成立させる必要があるが、バルカはギルモアの郷から独立した経緯がある。同じ轍は踏むまい。とはいえバルカ市民にとってバルカ女王の処遇は敏感な問題だ。簡単にいえば厄介払いだ」

「火中の栗をサンプリオスに拾わせたという事ですか」

「いや、サンプリオスもまたバルカ女王の身柄を望んだりはしない」

「では誰が」

「バルカ女王のサンプリオス移送は先の第二次ネディン平原会戦(魔女狩り作戦)の直後に協定の新たな項目として決定されたらしい」

「という事は先の“魔女狩り作戦”の目的はジルキニア戦争終結の為だけではなかったのですね」

「サバール隊は優秀だ。特にサイモスとキキラサは超人的だといえる」

「ヴェルーノ卿、サバール隊の情報に何かあったのでしょうか」

「通常では入手困難な情報まで送ってくるのだよサバール隊は」

ヴェルーノ卿はまるでサバール隊が悪いとでも言いたげだった。

サバール隊から送られている情報には通常の諜報部隊では到底知りえない内容も含まれていた。ギルモアとサンプリオス、そしてサンプリオスを背後から援助するゼリアニア連合、アルエス教会、果てはウルディア戦争の戦況まで。


「アルエス教会は今やゼリアニアで国王も及ばない権力を掌握している。その力によって復権したサンプリオスは影響下にあり、軍事的負担を任せたギルモアもまた影響を受けざるを得ない。そのアルエス教会がティエラ女王の身柄を求めているのだ」


ジュノが察したとおり、“魔女狩り作戦”はバルカの降伏のみを狙ったものでは無かった。

アルエス教会がティエラの身柄を強く求めているのだという。理由は大陸に戦乱を引き起こしたバルカの赤い魔女に対する裁判とティエラに対する救済だ。

この救済とは身体から魔を追い出す事を指す。

彼らは人間から魔を追い出すためにありとあらゆる拷問を行うという。拷問が終わるのは肉体から追い出された魔が姿を現した時か、魔と共にティエラが死亡した時だ。

美しい肉体も気高い尊厳も全てが汚され傷つけられるだろう。バルカの兵や市民が黙っているとは思えない。

断じて女王を渡すわけにはいかない。

かといってバルカが降伏しなければ、女王が逃亡しようと兵士や市民は戦うだろう。

だから降伏によって市民の安全を得、亡命によってティエラの安全を得るしかないのだ。

しかしギルモアとサンプリオスを相手に回してバルカ女王を受け入れる国などあるだろうか。

逃亡ともなれば飢えと埃にまみれ敵に怯える日々になるだろう。耐えられるだろうか。

女王を破滅から守れる者。

敵の凶刃から守り、日常を守り、そして心を守れる者。

この男に託すしかあるまい。


「なに見てんだよ」

「頼むぞ」

「え?あぁ、問題ない。ヴェルーノ卿の意見に賛成だ」

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