3-5 突貫
「く、くそぉッ!」
戦いが始まって俺は恐怖に取り憑かれた。身体は少しも動かせない。
その時、横転した馬車から数人が駆けて来るのが見えた。
その後方からは数人の賊が追ってくる。
賊の狙いはこの商隊だ。他へ逃げれば良いものを・・・。
逃げてくる中には女や子供が見えた。俺の身体が動いた。
「来るな!」声を張り上げる。
走ってくるのは中年と若い男女、それに子供だ。
顔には恐怖が張り付いている。俺の声など聞こえないのか必死に走ってくる。
クラトを横目に、バイカルノは走ってくる6人にむき会うと、ボウガンを発射した。
先頭の中年が倒れる。若い男も倒れる。
クラトが凄い形相でバイカルノの腕を掴むと、バイカルノは冷たい目でちらりとクラトを見た後、視線を戻す。
クラトも視線を戻すと、ちょうど賊が槍で女を突こうしていた。
身体を反らせた女の胸から槍先が突き出し、前にのめるように倒れると背中に突き立った槍が見えた。
賊は足を止めずに槍を持ち変えて引き抜き、逃げる背中を次々と突く。
ほんの数秒の事だった。
「うぁ、ふうぅあぁぁ!!」
俺は恐怖と怒りで混乱した。
走ってくる賊がスローモーションに見える。
振り返ると賊が放った弓がゆっくりと飛び交う。
ホーカーの身体には何本かの矢が立っている。
さっき女を突き殺した賊の顔が笑っているように見えた。
瞬間、俺は地を蹴っていた。刀を振り上げた賊の横を走り抜ける。
剣には僅かだが充分な手応え。賊は身体をくるりと回転させて倒れた。
次の賊を横から払うと甲冑が割れ、賊の身体は“く”の字に曲がってすっ飛ぶ。
槍が俺に向かって突き出された。
剣を立てて槍を避けると、剣をそのままに刀を抜きつつ賊に迫り、肩口から袈裟懸けに刀を振るうと血煙があがる。
その先に小さな身体が落ちていた。血にまみれて落ちていた。
顔だけは眠っているようで、余計に俺の感情を昂ぶらせた。
近くに矢が飛んできて振り返ると、射られたホーカーが馬車から落ちるところだった。
俺の脳裏がフラッシュして体が勝手に動く。
剣を左手に刀を右手に賊に突っ込む。
左右から騎馬に挟まれたジュノが見える。レイソンの肩にも矢が立っている。
俺は両手をめちゃくちゃに振り回した。
腰を落として身体を回すように振るう。刀が折れる。
剣を両手に持って賊に打ち込む。賊の刀が折れ甲冑が割れる。
何度か背中に衝撃を感じたが、気にならない。ただ目の前にいる賊に剣を振るい続けた。
目の前に賊はいなくなった。振り返ると10人にも満たない賊が逃げている。
ジュノが肩で息をつきながら馬を寄せてくる。
ベックとレイソンは槍で身体を支えている。
ホーカーは!?
馬車まで走っていくと、御者がグラッサーを、従者がホーカーの手当てをしていた。
「生きてたか」
戦いの後は声まで重く冷たくなるのだろうか。自分の声ではないようだった。
無理に笑ったホーカー。
「やっぱりクラトさんは凄いっスね。剣術としてはメチャクチャだったけど」
「お前が言うな」
「こっちはアレクトロがやられたが、荷は守れた。ベックとレイソンも負傷しているだろう。応急手当をして先に進むぞ」
バイカルノが顔も向けずに言った。
「おい、バイカルノ」俺の重く冷たい声が響く。
「なぜ撃った。なぜ無関係の人間を撃った?」
「そんな事を聞くのか?お前のようなヤツが仕事を失敗させるんだ」
「答えろ。なぜ撃った」
「くだらん。あれが賊の罠だったらどうする?迎え入れて、次の瞬間に全滅だ」
「だが、罠ではなかった!」
「お前、魔法でも使えるのか?過去に戻れるのか?結果が出てからじゃ間に合わんだろうが。僅かだろうと危険な可能性は潰しておくものだ。それもすぐにだ」
ベルファーも同じ事を言った。それが正解なのだろう。
頭では分る。分るが納得できなかった。
無意識のうちに刀に手がかかる。
すぐに後ろからベックとレイソンが俺の両脇を詰める。
「くだらん手間をかけさせるんじゃない。ベックとレイソンの手当てが先だ」
バイカルノがベックとレイソンを呼んで御者と従者が手当てをする。
取り残された俺にジュノが声を掛けた。
「クラトさん助かりましたよ。あの賊は普通じゃない。想定外です。それは相手も同じでしょうけど」
さすがに水の属性は回復が早い。
「クラトさん。言いづらいですが、バイカルノ殿の言った事が正解ですよ。納得は出来ないかもしれませんが、この世界で生きるのはそういう事です」
「わかってるよ。大丈夫だ」
「バイカルノ」俺が声を掛けると、バイカルノは御者と従者に死んだ賊の持ち物を回収するように指示し、振り向いて言った。
「バイカルノでは呼びづらいだろう。バイカーでいいぜ」
バイカルノは宿で会った時のような商人然とした雰囲気は少しも見せなかった。
「クラト、お前はベタ付きで荷物を守る任務のはずだ。勝手に突っ込むんじゃねぇよ」「ま、突貫力は大したもんだ。今日はそれでチャラにしといてやる」
「そうかい、そりゃどうも」
俺も完全に冷静さを取り戻していた。
俺は自分が変わってしまった事に気付いていた。
戦だ。命が懸かっている。戦わなければ何も守れない、何も得られない。
しかし、どんなに言い繕おうと、俺は人を殺してしまった。
変わってしまったし、もう戻れない。
いや、変わらなければならないし、戻ってはいけないのだ。
何の為に?
生きる為だ。
俺は異人だ。
この世界では異分子だ。
そんな異人のくだらない悩みは、この世界じゃ犬だって鼻で笑うんだろう。
ま、ベルファーだったら説教するだろうが。
強い南風が吹いた。
風は砂を運び、俺に顔を背けさせる。
振り返るなと言わんばかりに風は吹く。