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18-12 蹂躙

東西に展開したゼリアニア兵は沸き立った。

バルカ兵には怨みがある。

そのバルカ兵は刀折れ矢尽きるという状態だ。

先ほどまで震えていた恐怖が去れば、欲望が頭をもたげる。

今ならば、怨みを晴らし証の指を手に入れる事ができよう。


攻撃命令を受けた左翼ゼリアニア軍の指揮を執るのはサンプリオス軍から派遣された参謀だ。

参謀はゼリアニア兵を苦々しく思いながらも突撃の準備を急がせる。

そこへ後方からゼリアニア兵が駆け込んできた。

「参謀! 白い聖獣が!」

「今まさに突撃せんという時に何を言っているか!」

しかし、駆け込んだ兵士の様子は尋常ではなかった。

「神の御使いみつかい、白い聖獣が姿を見せました。アルエスの神から遣わされて来たのです!我等に福音を与えるために、バルカを滅ぼすために!」

参謀はサンプリオス出身だ。

勿論アルエス教に帰依してはいるがゼリアニア兵のそれとは違う。生活は宗教に寄り添う事ができるが、軍務が宗教に染まるのはとても耐えられるものではなかった。

「貴様は何を言っている! バルカ兵は目前にいるのだ! バルカ女王を討ち取ればこの戦いは終わるのだぞ!」

「参謀もご覧になれば分かります! あれはまさに神の・・・」

そんなやり取りの最中に、神の御使いである白い獣が現れた。

報告のようにその体毛は白銀に輝き、ゆっくりと歩く様は威厳に満ち、人間などいないかのように辺りを見渡した。


「聖獣だ、神の御使いみつかい、白銀の聖獣だ」

何と神々しい姿だろう。

その身体は白銀のごとき獣毛に覆われ、巨大な体躯は力強くそしてしなやかだった。

教皇どころか司教すら目にしたことがないのに、聖なる存在に遭遇してしまった。この聖獣は神が存在する証なのだ。


彼等にとってこの獣は異形の存在だ。

古来より人々は生物の奇形も含め異形の存在を畏れ敬った。

彼らは無知であったが、この世界における己の存在がか弱くささやかなものだと知っていた。異形とは自分達では為しえない力が作用した存在であり、恵みや災害を与える自然と同じように受け入れたのだ。


聖獣は兵士達など眼中にないように北に向かった。

「やはり聖獣は異教徒のバルカ軍を打ち破るために神から遣わされたのだ」

歓声が上がった。

サンプリオス軍の左翼、つまり丘の西側に位置するゼリアニア軍は完全に停止した。


突然、1人の兵士が聖獣の前に伏した。

「私に試練と安息をお与え下さいませ!」

この試練と安息とは、神が人間に与える全てを表すとされており、本当の意味での“試練”や“安息”ではなく、神に己の存在を示し導きを乞う祈りの言葉である。

それを聞いた数名の兵士達がわれ先にと聖獣の前に伏した。

『どうか、試練と安息をお与え下さい!!』

「イイダロウ」

『・・・え?』

直後、悲鳴があがった。

ある兵士は腕を食いちぎられ、ある兵士は足を砕かれ、またある兵士の頭には牙が食い込んだ。


げぁげぁげぁ


白い獣は笑った。

「オ前達ニ、苦痛ト死ヲ与エテヤロウ」

兵士が祈った言葉を本気にしたのか、それとも揶揄したのかは分からない。

しかし、誰一人として状況を正確に把握する事はできなかった。

微動だに出来ずにいる兵士達の畏れは恐れに変わった。


兵士達が恐れたのは、ただの死ではなかった。

腕をもがれ足を折られた人間がのたうち、頭を噛まれた兵士は踏まれた虫のように痙攣している。

その苦しみの先にはあるのは死だ。

なんという事だろう。

苦痛の果てに待っているのは死だというのだ。


「この化け物を殺せ!射殺せ!!」

参謀が放った一言で兵士達は我に返った。

ボウガンが向けられた。

「撃ツノカ?撃ッタ奴カラ喰ウゾ」

兵士達にとってこの獣は敵だ。その敵の言葉で攻撃を躊躇している。

もはや戦いですらない。

ここにいるのは狩る者と駆られる者しかいないのだ。

「な、なにをしているか!撃て!!」

思わず1人の兵士がボウガンを発射した。

至近距離にも関わらず、矢は銀色の毛皮に弾かれて落ちた。次の瞬間白い獣が跳び、ボウガンを発射した兵士の首筋を咥えてまた跳んで戻った。


ばきばき、ごりごり


骨を砕く音と共に兵士の頭部は消えていった。

「ヤハリ」

誰もが動けなかった。

「ヤハリ、頭ガ美味イナ」

そう言って、また「げぁげぁげぁ」と笑った。

「うわぁあぁーー!!」

一斉に逃げた。盾も剣も弓も全てを投げ出して逃げた。


前脚についた血を舐めていたヴァイロンが地を蹴った。


がしゅッ


首の無い参謀があぶみに足をかけたまま、半狂乱の馬に引きずられていく。

押し合い圧し合い、馬に踏まれ、或いは下敷きになって、多くの兵士が圧死した。


左翼のゼリアニア軍は蜘蛛の子を散らすように逃げた。

サンプリオス軍は左翼のゼリアニア兵が潰走するように戦場を横切るのを見た。

その後ろから白い獣が疾駆する。

「何だあれは!」

「ゼリアニア兵の噂に上っていた白い聖獣では!?」

「馬鹿者!そんな噂など!」

そう言いながらも目の前の存在を理解することも説明することもできなかった。

白い獣は戦場を横切りながらゼリアニア兵を狩っていく。

鋭い爪で首を抉られた兵士は即死だ。

そのまま右翼のゼリアニア軍に駆け込むと少し後に右翼のゼリアニア兵も逃げ惑って駆け出した。


この時、ピサノ大臣の下で諜報活動を行っていたキキラサが駆けつけ、隊員と共に後方撹乱と暗殺に動いたという。

キキラサにしてみれば、混乱したゼリアニア兵への攻撃は実に簡単だった。

サバール隊は混乱の最中、ゼリアニア兵の軍装でゼリアニア兵を攻撃した。

ゼリアニア兵はパニックに陥り、各所で同士討ちを始めてしまう。

ヴァイロンの爪や牙にかかったゼリアニア兵も多かったが、同士討ちによる被害と混乱はサンプリオス軍にも及び、大きな被害をもたらした。


*-*-*-*-*-*


ヴァイロンの突入と時を同じくしてギルモア軍も進軍を停止する。

カティーナ率いる2,300がギルモア軍の後方より突入したのだ。

ギルモア軍もまた大混乱に陥った。

カティーナはギルモア軍を蹂躙した後、間髪入れずにバルカ軍に合流する。

ティエラ女王を見つけ駆け寄って跪いた。

「バルカ第11軍団カティーナです。ラシェット軍師の命により馳せ参じました」

「カティーナか。その方は我が一族の者、窮地に駆けつけてくれるとは心強いぞ。その勇姿、バルサムも喜んでおるだろう」

「恐縮です。女王様、私はこのままサンプリオス軍に突入し粉砕してご覧に入れましょう」

カティーナは馬に乗って駆け出した。

「カティーナ! 深追いをするでない!」

ティエラの制止も届かず、カティーナの2,000余騎はサンプリオス本隊に迫る。

バルカ軍に二度までも撃破され、ゼリアニア軍も潰走したサンプリオス軍に、カティーナを食い止める力はなかった。

サンプリオス軍は防御柵と弓で応戦しつつ総長を守って南に駆けたが、カティーナ率いる軽騎馬は速度に優れ、捕捉されるのは時間の問題であろうと思われた。


ここでネメグトライン戦闘隊の隊長がカティーナに馬を寄せた。

「カティーナ殿! ここまで追えば十分!」

「まだだ! まだ戦果は増える!」

「女王をお救いした事でカティーナ殿の戦果は満ちております、これ以上を望むべきではありません」

「何を言うか、敵の総長を討てばサンプリオスに大きな打撃を与えられよう、その総長をこの目に捉えて引き返せるか!あれを討ち取ってこそ我が叔父の無念も晴らせるというものだ!」

やはりカティーナを突き動かしていたのはバルカ家に名を連ねた一族の名誉だったのだ。

あの聡明なカティーナが無謀な戦いを行った理由もそこにあった。

ならばその思いを遂げさせてやる事が、今後バルカの戦力としてカティーナが能力を発揮する一つの方法だろう。


ネメグトライン戦闘部隊の隊長は僅かな時間ではあったが身近にカティーナを見、将軍の器である事を確信していた。

目前を逃げるサンプリオス総長は僅かな騎兵に守られているに過ぎない。重装備ゆえ馬足も遅く、間違いなく討ち果たすことができるだろう。

その戦果によってカティーナは正式な軍団長に任命されるはずだ。

女王の救出と併せて考えればこれまでにない戦果であり、パーソナルカラーも承認されるかもしれない。

女性の将軍も珍しいがパーソナルカラーの承認ともなればバルカ軍初の快挙といえる。

いつもは渋い首脳部も戦意高揚のために認めるに違いない。

この戦いが終わったらカティーナ殿の軍団へ転属希望を出そう。カティーナ殿をお助けできれば、バルサム様へのご恩にも少しは報いる事ができよう。


彼は新たな生き甲斐を見つけたがごとく頭は冴え、身体に漲る力を感じていた。

我が身は老いようとまだまだ戦える!

叫びたい衝動を抑えつつ、馬を駆る。狙うはサンプリオス西部方面軍、総長の首。

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