18-10 同類
赤騎隊が孤立していた丘を中心にサンプリオス軍の配置を見ると次のようになる。
東:ゼリアニア軍6,000+サンプリオス軍1,000
西:ゼリアニア軍9,000+サンプリオス軍1,000
北:サンプリオス軍 (ヴェルカノ・インゲニア)8,000
南:サンプリオス軍 (本隊)5,000
クラトらバルカ軍の急襲により、北に展開したヴェルカノ・インゲニアの混成部隊が崩壊した。
ついにティエラ女王の包囲網は破られたのだ。
サンプリオス軍本隊
「軍師はどうした!」
「所在不明です!」
「なんだと!従者と護衛は何をしておるか!」
総長とて無能な将ではない。悪態をつきながらも鋭く命じた。
「ゼリアニア担当参謀を向かわせて東西のゼリアニア兵を落ち着かせろ!バルカの援軍など高が知れている、東西からゼリアニアが押し上げ、我等が後方から包囲する!」
「バルカの飛行型エナルダが向かった東から新手のバルカ援軍が来る可能性が高い。本隊5,000のうち東に3,000、西は1,000、事前に派遣した各1,000と合流してゼリアニアの北に進出させろ。我等は丘の上荷本陣を置いて全体を指揮する。兵は直衛の1,000だけで構わん」
『ははっ』
伝令、将校、参謀が幕舎を飛び出していき、総長も直ちに丘に向かう。
サンプリオス総長が丘で見たものは、貢物を載せたままの荷馬車と放心したように座り込んだ軍師だった。
「おぉ、無事だったか!」
「バ、バルカがなぜ・・・」
痴人のように虚ろに呟く軍師に戸惑いながらも肩を掴んで励ました。
「バルカ軍が現れようと小勢に過ぎぬ、ならば女王もろとも討ち取ってくれよう」
それを聞いた軍師は総長に顔を向けると勢い込んで言った。
「い、いけません、北側に置いたサンプリオス軍は精鋭。それが簡単に崩され、指揮部隊は壊滅しました。ここは軍を退くべきです」
先ほどの様子から豹変したように強い調子で訴える軍師を気が触れたのではないかと思ったが、その目はあくまで正常、むしろ何かを見通したかのようだった。
総長は苛立つ感情を抑えた。この軍師はまだ使えるかもしれない。
「何を言う、このままバルカ女王まで逃しては何の面目があろうか、責任はどうするというのだ」
「この作戦の結果がどうであれ、ジルキニア戦争の結末は変わりません。幸いにも被害は僅かです。退くタイミングは今しかありません」
「僅か50騎の騎馬隊を3万もの兵力で包囲した挙句、取り逃がしたばかりか軍団長と参謀まで討たれておるのだぞ! 被害が少ないなどと良く言えたものだな!」
「私はここからバルカの戦いを見ておりました。彼らは世の常の軍ではありません。バルカ軍に相応の被害を与える事は可能ですが、女王を虜にするのはできません」
「バルカ軍は戦闘に次ぐ戦闘、しかも行軍を重ねた兵ではないか、見よ、ゼリアニア兵も落ち着きを取り戻しつつある」
「無理でしょう、北は開いています。バルカの行く手を防ぐ手立てがありません」
「だからこそ追撃戦なのではないか?疲れた兵を後方から叩くほど有効な手はあるまい」
「いえ、追撃すればバルカは踏み止まり牙を剥くでしょう。バルカ兵は壊滅できるでしょうが、我が軍に大きな被害が出ます。そして女王を捕らえる事はできない」
「何を弱気になっておるのだ」
「バルカ軍とは剣なのです、その剣は折れるまで我が軍に損害を強いるでしょう」
「冷静になれ! ここで退けるか? すでに追撃を命令しておるのだぞ」
「ですから軍を停止させて下さい。バルカ援軍の奇襲による混成部隊の壊滅を理由にすれば、本国への報告など何とでもなります。追撃戦で本隊が甚大な被害を蒙ったうえに女王を取り逃がしたとあっては、バルカ軍団の1つや2つを壊滅させても説明などつきません」
「衛兵! 軍師は心労により軍務に耐えられぬようだ。後方へお連れしろ!」
「総長!」
「そなたの名誉を守るためだ。それ以上言うなら軍規に照らして処断する」
「分かりました。私が思うところは既に申し上げましたゆえ、もはや軍中で為すべき事はございません。御武運をお祈り申し上げます」
総長は見下げるような視線をちらりと向けたきり、戦況を確認に馬を進めた。
軍師は総長の衛兵に囲まれ、まるで捕虜のように後方へと送られた。
「よし、我等はこのまま進出してヴェルカノ、インゲニアの混成軍を再編制して中央から追撃する」
◇*◇*◇*◇*◇
一方のバルカ軍。
北に展開する敵軍を撃破し、ティエラを救出したものの、敵の追撃を受けるのは必至だ。
突撃大隊とシヴァ師団は抵抗ラインを敷き、第5軍団に赤騎隊を託した。
「よし、ジェルハはティエラを護って城まで走れ。ホーカーもジェルハに同行して、俺達が突破された時には敵の騎兵を妨害しろ」
「ちょ、ちょっと隊長! 何を言ってるんスか、長弓隊は退きませんよ!」
「なに言ってんだよ、とっとと行けっつうの!」
「嫌っスよ!」
「あのな、俺の任務もお前の任務も同じなの。とにかくティエラをバルカ城に入れなきゃならないんだって」
「それなら俺達もここで戦った方が時間が稼げるじゃないですか!」
「ったく、俺の言う事が聞けないのか!?」
「・・・そンな事いったって」
肩を叩かれたホーカーが振り返ると、ルシルヴァの意外なほど優しい顔があった。
「ホーカー、気持ちは分かるよ。クラトとはあんたとジュノが一番古い仲だからね。でもさ、うまくいけば長弓隊は生き延びれるのさ。そして、それは今後のバルカの戦力なんだ」
「・・・」
ホーカーは言葉も無かった。
そうだ。ここで戦う者を待つのは死なのだ。女王を救う時間を稼ぐために。
ブレダもアンサルもアブロも解っている事なのだ。
彼らには個人も部隊も軍団も無かった。バルカにとって何が必要か、自分は何をすべきか。
その検討に自分の命など含まれてはいないのだ。
ホーカーの奥歯が軋んだ。
「分かりました・・・長弓隊は下がらせます」
「よし、分かったか」
「長弓隊はアブロに指揮を執らせて俺は残ります」
「分かってねぇじゃねーか!」
「死ぬ時は自分で決めろって言ったじゃないっスか!」
長身のアブロが少し身を屈めて言った。
「クラト様、ホーカー隊長の願いをお聞き入れ下さい。長弓隊は不肖ながら私が率いて参ります」
「・・・分かった。ホーカー、お前の好きにしろ。とにかく時間がねぇんだ」
剣を肩に乗せたラバックがホーカーに近づいた。
「お前もやるのか」
「そりゃそうっスよ」
ラナシドがホーカーの胸当てを拳で叩いた。
「やっぱ同類か」
ヴィクトールも来た。
「隊長の周りにはバカばかり集まるようだな」
「何ででしょうかね」
スパイクが噴き出しそうな顔をした。
「そりゃ、やっぱり・・・」
ルシルヴァはもう笑っている。
「バカなんだろねぇ! 隊長がさ!!」
「バカって言うな!!」
この状況で笑い合う突撃大隊にアブロが申し出た。
「クラト様、シヴァ師団に長弓隊の矢を補充いたします」
「おー、そりゃ助かるなぁ、これで少しは戦えそうだ」
敵兵の混乱は収まりつつあり、中央の軍が突出しようとしているのが見えた。
「矢数さえあれば波状攻撃にも対応できるぜ。お前ら、矢は大事に使えよ! 最後にいいとこ見せようぜ! 頼むぜ!!」
『おぉーー!!』
うねる様な雄叫びは敵軍にまで響き、敵兵は思わずびくりと身体を震わせた。
クラトは敵の中心を見据えている。
これからクラトの右手が上がるだろう。
それが振り下ろされた時、戦いは始まる。
“ここまでよく生き残れたものだな”
傷を負い疲労した兵士たちは、戦力比およそ20倍の敵を前にして、最後の時を意外とサバサバした気持ちで迎えられた自分に驚いていた。
“俺も肝が据わってきたものだ”
これからは、如何に死ぬかだ。それは如何に戦うかという事になる。
そうなのだ、どのように死ぬかを決めるのは、どのように生きたかなのだ。
死とは人生の結果であって、否が応にも受け入れなければならない。
努力の結果は否定できても、人生の結果は否定できないのだ。
「よし、そろそろ行くか!」
その時、誰も動かぬはずの陣営に騎馬の気配があった。
「私を差し置いてクラトが指揮を執るというのか?」
振り返ったクラトの目に飛び込んできたのは赤備えの騎馬隊。
「え゛ぇっ!!」
中央にティエラ、左右にはイオリアとラエリアが槍と刀を携えて控えている。
「な、なんでここにいるんだよ・・・」
「何故かと聞くのか? 愚か者め、もちろん戦うためじゃ」
「うるせーよ! ジェルハとアブロは何をやってた!」
「その者どもは女王の命に服したのじゃ、お主のように“反抗”や“無礼”などは無かったぞ」
「バカじゃねーの! 台無しにしやがって!!」
「クラト様、それは無礼では済みませぬぞ」
「ざけんなラエリア! イオリアもだ! 揃いも揃ってティエラを殺す気なのか!」
ティエラは逸る馬の首を左右に捌きながら呆れた顔を見せた。
「はてさて、北の戦乱では軍神バルカの黒い大剣と呼ばれ、今ジルキニア戦争では黒い悪魔と恐れられた男も意外とヤワであるな」
「こんな時に、なに言ってんだ」
ティエラの身体が ぎゅっ と力み、その瞳と唇から力を放った。
「クラト!! これまで貴様に死を覚悟する戦はあろうと、死ぬための戦いなど無かったはずではないのか!!」
ティエラの目が潤む。
「俺は死ぬ、お前は生きろなどと、納得できる訳がなかろう・・・馬鹿者め」
「・・・」
「良いか! これより私が指揮を執る! バルカは常にあらん限りの力を尽くして戦うのだ! 者共! 負傷や疲労を言い訳にすまいぞ! まだまだ力は残っておる! 開放せよ! 己が力を!」
「くっそ! 好き勝手言いやがって! いいだろう、やってやるぜ!!」
「よし、その意気じゃ! では陣立てを説明せよ」
「この戦力差だ、敵の殲滅は無い。となれば敵の潰走を狙って本陣、本隊、指揮官、を潰す。中央に長弓隊において攻撃させた後に突撃大隊が突っ込む。シヴァ師団は両翼で包囲に動く敵を叩く。残った第5軍団本隊が底上げだ」
「なるほどな、クラトもなかなか良い布陣を組むようになったものだな。しかしそれではだめだ」
「じゃ、どうするんだ?」
「中央突破に全力を投入するのだ。見よ、中央のサンプリオス軍は軍団長を討ち取られたのも関わらず、混乱から立ち直って突出しようという勢いではないか。新たな指揮官が率いているに違いない。となればそれは南側のサンプリオス本陣にあって階級が高い者だ」
「まさか、総長?」
「それは分からぬ。しかし、もしそうなら一気に崩せるだろう」
「よし!」
振り返ったクラトがシヴァ師団に指示を出す。
「矢は1人4本だ、敵の中央にぶち込んだら、突撃大隊とシヴァ師団で突撃する。長弓隊は敵騎馬隊を狙い打て!」
新たな力を与えられた兵士達の戦意は、先ほどにも増して高くなった。
誰もがティエラの右手が上がるのを待った。
その身体は引き絞られた矢のように突撃命令を待つのだ。