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18-9 白銀

アイシャは森の間道でゼリアニア軍の哨戒部隊に捕捉された。

同行していたバルカ軍ネメグトラインの哨戒兵は全滅、唯一残ったアイシャも体力の消耗と大腿に受けた矢傷によって敵陣突破は絶望的となった。


槍の柄で突かれ、思わずよろめく。

第三軍装の襟元を掴まれ引き立てられた。

「っあぁッ」

足が痺れる、腕にも力が入らない。

体力の限界を押してエナルを噴射する。

取り囲むゼリアニア兵は残り38名、状況は絶望的だ。

逃げ切るのは不可能・・・残るは自死か。


その時、不意にエナルを感じた。

これから自分を待つ残酷な未来を確信した時、後方からのエナル噴射を感じたのだ。


エルファ?

いや噴射属性が違う・・・誰?

エルファの意識がエナル噴射の方向に向いた、その時。

エナルとは逆の方向、つまりゼリアニア兵の後方の薮が揺れた。


のそり。


ゼリアニアの兵士達が初めて目にする生物は白銀の獣毛に覆われ、兵士達を警戒するどころか気にする様子さえ見せなかった。

「こ、これは・・・白い聖獣」

エルファの喉元を掴んだ兵士も振り向いて目を瞠った。

「ま、まさか、噂は本当だったのか・・・」

言葉が終わらぬうちに、兵士の手首を褐色の腕が掴んだ。

兵士が慌てて向き直ると、そこには黒い革ベルトで目を隠した男が立っていた。

「な、なんだ、お前は!?は、離・・・がぁっ!」

兵士の言葉は腕をねじり上げられて呻き声に変わった。

白い獣に気を取られていた他の兵士も気づいたようだ。

褐色の男は苦痛の声をあげるゼリアニア兵には一瞥もくれずアイシャに顔を向けた。

「お前はエナル噴射ができるのか」

「私はバルカ銀狼隊のアイシャ。あなたは?」

「お前はバルカか、ならばクラト殿を知っているな?」

「え?」

アイシャの表情が一瞬少女のものに変わった。

「クラト隊長は私の恩人です」

「では、この者どもはサンプリオスかゼリアニアという事になるな。まぁ、どちらでも同じ事だが」

「き、貴様ら、訳が分からない事を・・・」

後方に居たゼリアニア兵の言葉は、何かが砕けるような音と同時に途切れた。

全員の視線が向く。

爪を血に染めた白い獣が笑ったように見えた。

「ガルディ、コイツ等ハ喰ッテイイカ?」

「駄目だ、狩るだけにしろ」

答えると同時にガルディの短剣がゼリアニア兵の首を掻き切る。

その後はまさに一方的だった。

たった1人と1匹に誰も抵抗できなかった。

逃げなかった者はその場で、逃げた者は薮の中で、確実に狩られていた。

「ガルディ・・・?ウルドの森でクラト隊長とやりあったという・・・」

「ソノ通リダ、アノ大飯喰ライハマダ生キテイルカ?」

「隊長は死なないわ」

「アイシャ殿、私はバイカルノ殿を始めクラト殿、ジュノ殿に恩があるのだ。ここに我等がいるのは偶然だが、バイカルノ殿達と会っていなければここにはいなかっただろう。恩返しのつもりでこの場は加勢する。しかし今回だけだ」

「ありがとう。バルカ女王がネディン平原の東で包囲されています。そこにクラト隊長も向かっているでしょう。私をそこまで連れて行って下さい」

「その怪我で?アイシャ殿が行ってどうする?」

「バルカ軍としては無意味でしょう。私は戦力という面では役に立ちそうにありません」

「それでも行くのか?何の為に?」

「強いて言えば私の為です。少しでも前に進んで死にたいんです」

ガルディは傷つき疲れ果てた少女の目に青い炎を見た。

「分かった。微力ながらお助けしよう」

ヴァイロンは良く分からんという顔をアイシャに向けた。

「行カナケレバ死ヌコトモ無イゾ」

「あなたがヴァイロンね。クラト隊長が言っていたわ。強くて美しくて何よりも正直だって」

なぜかヴァイロンは頭の後ろが きゅぅっ となった。

ガルディが側にいるのに、どうしてだろう。

「行カナケレバ死ナナイ。何故、生キヨウトシナイ?」

「それは私にとって死んでいるのと同じ事なの」

ヴァイロンはこの人間の願いを叶えたいと思う自分に気付いた。

「それに私はクラト隊長に会いたい」

ヴァイロンは自分もクラトに会いたいと思っている事に驚いた。

コノ人間ト同ジ事ヲ俺ハ思ッテシマウ。髪ノ色トイイ、コノ人間ハ俺ニ似テイル。

ガルディの声で我に返った。

「ヴァイロン、この娘を乗せてやれ」

「何、コノ俺ガ人間ヲ背ニ乗セルト言ウノカ!?」

「ヴァイロン、お願い」

アイシャの懇願にヴァイロンはソッポを向いた。

「シ、仕方ナイダロウナ、ガルディガ約束シテシマッタカラナ、怪我モシテルカラナ、ソレニ・・・人間ヲ1人クライ乗セテモ俺ハ平気ナクライ強イノダカラナ」

「よし、では行こう」


ヴァイロンの獣毛は美しい白銀だった。

「だからヴァイロンなのね」

「ソウダ、ガルディガソウ呼ブ。ダカラ、ソレハ名前ナノダ」

「本当にきれいね」

「オ前ノ髪モ同ジ色ダナ」

「そうね、ヴァイロンが獣になる前、私が人間になる前は同じ存在だったのかしら」

「オ前、難シイ事ヲ言ウナ」

「あら、ごめんなさい」

「相手ガクラトナラ俺ノ方ガ、難シイ事ガ言エル」

「そうね、あの人はどんな難しい事でも簡単だって言うのよ。だから、あの人と一緒なら何でも出来ると思ってしまうの」

「何ダカ、気ニ入ランナ」


「そろそろ森を抜けるぞ」

ガルディの声に前方を見れば、森の外から差す光が溢れていた。


◇*◇*◇*◇*◇


【バルカ城より南へ30ファロ】

カティーナは軽騎2,000を率いて飛ばしに飛ばしていた。

「者共!遅れるな!女王の窮地ぞ!!」

さすがに馬を潰すようなことはしないが、兵士達は内心冷や冷やしていた。

このまま敵と戦う事になったら馬は動かないし、装備にも不安があった。

彼らの装備は軽突(軽装突撃装備)と呼ばれる防具に、バルカ騎兵には珍しくシングルハンドの戦斧と弓だ。

意図は分かる。

弓は劣勢ゆえに遠距離からの攻撃の為だし、戦斧は騎馬の速度を有効に使う為だろう。

しかし、兵士の不安を見逃すようでは指揮官としての能力には疑問符が付く。

カティーナに軍団規模の指揮は荷が重いのかもしれない。

やはりバルカの戦力不足は兵士だけではなかったと言えるだろう。


「カティーナ様!南から騎馬隊!」

「ギルモアの後続部隊か!?」

「いえ、ネメグトラインの哨戒部隊です。兵をまとめてギルモア軍を追っているようです」

「よし、ネメグト哨戒部隊を吸収する。伝令を出せ、隊長を直ちに私の許へ寄せよ」

「はっ」


ネメグト哨戒部隊の隊長はギルモアの後続軍を懸念して合流を拒んだ。

「我々の任務はネメグトラインの保持にあります」

「女王無くしてネメグトラインが何だというのだ!」

「しかしネメグトラインの所属はラシェット軍師直下であります。軍団長の命とはいえ任務を放棄する事はできません」

「私はその軍師からギルモア軍の後方を衝けと命じられているのだ」

「であればカティーナ殿の軍勢のみで勝算有りと軍師がご判断なされたと存じます」

「その方、女王の御身を何と心得ておるか!まさか劣勢をもって戦場に赴くを恐れたか!」

「カティーナ殿、私とて武人の端くれです。そこまで仰るなら同行いたしますが、哨戒ラインに50騎を残すことはお認め下さい」

「良いだろう。そなたは我が左翼にあって遊撃の構えだ」

「承知しました。して、その作戦は?」

「我等は敵を後方から奇襲・・し殲滅する。いうなれば移動する伏兵といったところだ」

「それはまさに奇策と言えましょう。しかし」

「しかし何か」

「気配を消して追跡するとは非常に高度な作戦と存じますが・・・」

「出来るかどうかではない!やるのだ!」

「・・・は、僭越でありました」

「よし、出発だ!」


ネメグトラインの戦闘部隊を率いる隊長は、ジュノの第3軍団で大隊長を勤めていた将校で、その軍歴の長さから大隊長ながら将軍の称号を得ていた。

特別な才は無くとも実直なこの大隊長をジュノは高く評価し、南西部戦線を離れる時にこの男を残したのだ。

彼にとって第3軍団の前任軍団長であるバルサムは上官にして恩人であり、姪であるカティーナという人物も良く知っていた。

カティーナには才能がある。そして王族であるバルサムの姪という名声もあった。しかし、時期の問題なのか能力の問題なのか、軍団長を務めるのは何かが欠けていた。

それだけにバルカの人材不足を痛烈に感じたであろうし、大隊長に甘んじている己の能力を呪う気持ちも大きかったに違いない。

任務を曲げてまでカティーナに従ったのも、逸るカティーナに不安を感じたからだ。

兵数も軍団として最低の2,000だし、彼が見たところ、カティーナは軍を掌握しきれていないようだった。

突然の任務であろうから致し方ないが、あのラシェット軍師が命じたのであれば、それでもこなせる任務だという事だ。カティーナが言うような作戦を命じるとは思えない。

つまり、カティーナは与えられた任務以上の事をしようとしており、バルカ第11軍団は能力以上の戦いを強いられる事になるという事だ。

これは“上手くいかなければ”カティーナの死と軍団の壊滅を意味する。

「いざという時・・・間に合えばカティーナ殿を除かねばならぬ。もし、間に合わないのであれば、カティーナ殿だけはお守りする」

誰にも聞こえない心の呟きは彼の覚悟でもあった。


ネメグト哨戒部隊を吸収したカティーナ率いるバルカ第11軍団2,300はネディン平原へ向けて急ぐ。

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