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18-7 合流

赤騎隊が篭る丘の北側に展開したサンプリオス軍。

兵士はヴェルカノ・インゲニアとの混成軍とはいえ、練度が高い優秀な兵士を集めた軍団はまぎれもなくサンプリオス陣営の精鋭だった。

しかし、騎馬隊の一部、特に機動力に優れた1,000騎をバルカ飛行型エナルダの追跡に割かれ、1,000の兵力を北に防衛ラインとして配置している。

8,000の兵力は分散され6,000程度になっていたし、丘の東西に配置されたのはゼリアニア兵だ。あの殉死兵団ではないが、やはり信用はできない。

何しろ、ゼリアニア軍は騎兵が少なかった。機動力が低い後方部隊は、攻撃では後詰とならず、撤退では障壁となる。

それでも落ち着いていられるのは敵が僅か50騎ばかりの騎馬隊だからだ。

その騎馬隊とは噂に聞いたバルカの赤い槍先、赤騎隊。

信じられない事だが、女王自らが騎馬隊を率いているのだという。

そこへ軍師が単身乗り込んで和平交渉を行うという連絡が入った。

交渉不調の場合は、軍師が戻り次第総攻撃が開始されるのだが、女王を生け捕りにした者には莫大な恩賞が与えられるという通達があった。

その恩賞たるや、身分は貴族に列され、400ファボット(20ファロ四方。約8km四方、64ha)もの領地が与えられるという。

それだけの領地を持てば領内税だけでも莫大な収入があるし、貴族特権も付与される。

兵員の供出など義務も多いが領内では国王並の権力を行使できるのだ。

兵士達はまるで交渉決裂を望むかのように丘に視線を向けているのだった。


北に防衛ラインとして配置された1,000の兵士も丘に視線を向けていた。

戦争は早く終わって欲しいが、バルカ女王を捕らえて貴族になるという夢も、この何もない戦場では良い暇つぶしになった。

気がかりは飛行型エナルダを追った1,000騎だが、南部戦線の戦況を考えると西部戦線に回せるだけの余裕があるとは思えないし、援軍を差し向けるには余りにも遠く、バルカ軍は現れる頃にはこの作戦は完了しているだろう。


◇*◇*◇*◇*◇


クラト旗下の突撃大隊、シヴァ師団、第5軍団の準備は整った。

幸いにもサンプリオス軍に動きはない。

クラトは各部隊ごとに隊列を組ませて堂々と進ませる。

丘を下りるとティエラが待つ丘の麓までは約2ファロ(約800m)、その手前1ファロ(約400m)に最初の目標である1,000のサンプリオス防衛ラインがあった。


防衛ラインを指揮する師団長が気づいた時、クラト達は0.5ファロまで近づいていた。

気付いた師団長は整然と隊列を組んで行進してくる軍隊に戸惑った。

僅かな思考の停止。直後に目が捉えたのは掲げられたバルカ軍旗。

その口から漏れたのは疑問の叫びだった。

「なぜだ!!」

兵士達がその声に振り向いた時、バルカ兵は突撃を開始していた。

「ここが死にどころだぜ!!俺に続け!!」

『おぉーー!!』


サンプリオス防衛ライン1,000は態勢すら整える間もなく敗走した。

防衛ラインの1,000は逃がす、ジェルハの計算どおりだった。

これは、いうなればサンプリオス兵の壁だ。

サンプリオスの弓兵は戸惑った。味方ごと敵を撃つ事など、そうそうできるものではない。

しかも戦力的優位を確信していれば尚更だ。

「早々に崩れおって!防衛ラインの意味がなかろうが!」

吐き捨てたサンプリオス軍団長の指示で伝令が走る。

「重装歩兵は中心に固まって耐えろ!弓隊と騎馬隊は左右に展開!!」

「両翼のゼリアニアに伝令出せ!包囲して殲滅しろ!!」


突撃大隊の後方にあったシヴァ師団は左右に展開して長弓の射撃を開始する。

「蹂躙の雨音だ・・・」

騒ぎ出したのは東西に展開したゼリアニア兵だ。

一気に浮き足立つ。

「く、来るぞ!!」

直後、異様な音が響いた。

突撃大隊がサンプリオス前衛に接触したのだ。


約6,000のサンプリオス軍にぶつかった突撃大隊は500だが、押しに押した。

サンプリオス軍も両翼を長弓で崩され包囲どころではなかった。

久し振りにクラトが率いる突撃大隊は一匹の魔物のようにサンプリオス陣営を蹂躙した。

その先頭には黒褐色の甲冑を纏い黒い刀身の大剣を振るう、バルカの黒い大剣がいた。

「バルカの黒い悪魔だ!誰か止めろ!」

数騎の重装騎兵が針路を塞ぐが、20リグノの長大な剣をクラトが振るや人馬一体のまま斬り倒された。

「う、馬ごと!?軍団長を守れ!」

クラトは一直線に本隊を狙う。

ルシルヴァとディクトールが続く。サンプリオス兵は、なぎ倒され宙に舞う。

「エナルダがいるぞ!高ランクだッ!」

「対騎馬用の柵で防げ!軍団長を後方へ!」


*-*-*-*-*-*


ティエラの元にも喚声が届いた。

「来たか!!者共準備せい!!」

サンプリオスの軍師は驚きに満ちた顔を上げた。

「バルカ軍が?ば、ばかな・・・」

周囲の槍が除かれても呆然と佇むだけのサンプリオス軍師に、抜き身の刀を握ったラエリアが近づく。

「よし、汝の役目は終わった!」

斬り捨てようと刀を構えたラエリアをティエラが制止する。

「待て、そのまま放つが良い。その者が何をしようと、我等が何と言おうと、サンプリオス陣営ではこの者を使者として送り出したのだ。殺すには及ばぬ」

「は、承知しました」

サンプリオス軍師は完全に捨て置かれ、茫然自失の虚ろな目を赤い騎馬隊に向けるだけだった。

瞬く間に赤騎隊は軍装を整え隊列を組む。

東西のゼリアニア兵が隊列を組み始めた。

南を見れば、軍師を残して従者と衛兵が走り去るのが見える。

異変に気付いたのか、南に展開していたサンプリオス本隊も動き始めた。

「はっ、遅いわ!!」

ティエラの右手が上がった。

ただそれだけで戦場の喧騒が消える。

風に吹かれて舞う木の葉すら止まった。


「私に続けぇッ!!」

ティエラの右手が振り下ろされた。

馬が土を蹴る音、やぁやぁと馬を急かす声、甲冑と武具がぶつかる音、戦場が再び動き出した。


突撃大隊相手に防衛陣を整えつつあったサンプリオス軍に後方から赤騎隊が迫る。

後方から疾駆する馬蹄の音に振り向いた衛兵の目が見開かれた。

「こ、後方!敵騎兵ッ!!」

悲鳴に近い声が響いた時、赤い風が通り過ぎた。

「うぉぁッ!」

兵士などには目もくれず通り過ぎていく馬蹄の音、赤い甲冑の騎兵。

それが拡がって輪になったかと思うと一点に殺到した。

「討ち取ったり!我は赤騎隊一番隊!イオリア・レギーナ!」

軍団長が討ち取られ、同じく本隊にいた参謀もラエリアの槍に架かけられた。

そこへ突撃大隊が突入する。

本隊は壊滅し、むしろ将校が先を争って逃げてゆく。

ここにサンプリオス6,000はほぼ無力化した。


20リグノ剣を携えたクラトが歯を見せた。

「待たせたな」

「全くだ、遅すぎる」

ティエラが見せた笑顔は、ここが戦場かと疑いたくなる。

敵兵を何人も斬り伏せたとはとても思えない。

一瞬だけ2人の瞳が重なった。


ルシルヴァが戦いに昂ぶった馬をなだめながら近づいてくる。

「女王様、これより撤退します」

「おぅルシルヴァ、ご苦労であるな」

「女王様、兵は劣勢のうえ疲れております。撤退は簡単ではありません」

「うむ、承知している」

「これより北にシヴァ師団、第5軍団と控えております。シヴァ師団が敵の追撃を抑えますので、第5軍団と共に城へ駆けてください」

「よし、イオリア、ラエリア、帰還じゃ!」

『ははッ』


◇*◇*◇*◇*◇


時は少し遡り、クラトが突撃を開始した頃。

バルカ本城にネメグト哨戒ラインから事変伝令が到着した。


「ギルモア本国軍が動いただと!?」


事変の内容とはネメグト丘陵に進出していたギルモア本国軍10,000が、今から約1時間(地球の2時間)ほど前にネメグトラインを突破したというものだ。

しかもバルカ本城ではなく、ネディン平原に向かっているという。

それと前後してシヴァ師団の伝令も駆け込む。

「女王が?まことか!?」

「はッ、あくまで可能性ではありますが、クラト軍団長以下がネディン平原に向かいました」

伝令の言葉にラシェットは息を飲んだ。

これは間違いなくティエラ女王を狙ったサンプリオスの作戦だ。ギルモアの動きがそれを証明している。

「総員出撃準備!女王の救出に向かう!城の警戒も最高レベルまで上げろ!」

ラシェットはヴェルーノ卿に向き直った。

「ネメグトラインを突破したギルモア軍には軽騎2,000をもって後方より脅かし、更に3,000を女王救出の援軍として進発させます。残るはアティーレへの一手ですが・・・私が1,500を率いてアティーレラインに向かいます。ヴェルーノ卿には城の守りをお願い致します」

「何を申すか、お前が城を空けてどうする」

「しかし・・・」

「私が行こう」

皆の視線を集めたのはピサノ内務大臣。

「ピサノ大臣・・・」

「ははは、任せておけ、どうせイグナスが動いたら誰が行っても同じ事だ。その1,500は虚兵なのだろう?」

「これは、ご賢察」

「ならば私に任せてみよ。なに、ジレイト街道、ネメグト街道は私の庭のようなものだ」

「分かりました。お願い致します」

「ははは、私も少しは働かないとな」


ラシェットは詰めた将校達を振り返ると、その一角に向かって鋭く言った。

「カティーナ!軽騎2,000を率いてギルモア軍の後方を取れ、戦わなくて良い、常に敵の後方にあって威嚇し、もし敵が攻撃を開始した時には後方から突入せよ」

「承知しました」

カティーナは北の戦乱で自死したバルサム・バルカの姪で、レガーノ第1軍団で軍歴を重ねたうら若き女戦士だ。

その能力は高く、赤騎隊での活躍が期待されていたが、バルサムは北の戦乱で疾風の軍師フィアレス暗殺の責により自死している為、その血縁者であるカティーナは登用を控えられてきたのだ。

それがついにバルカ第11軍団を預けられた。

「叔父の無念を雪ぐが良い、疾く行け!!」

「はッ」

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