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18-5 使者

サンプリオス本陣


サンプリオス西部軍総長は軍師から届けられたバルカ女王降伏とジルキニア戦争終結の条件に目を通していた。

軍師はいつになく強引で独善的だった。

終戦条約を求めるなど僭上の振る舞いとも見てとれたが、それは偽りの条件だという。

その条件とは適度に“甘い”内容だった。余り譲歩しすぎては返って怪しまれる。

そういった意味で、バルカの善戦を称え、その歴史を惜しんだ美辞麗句も少しは効果があるのかもしれない。

この“魔女狩り作戦”は既に目的を達している。

僅か50騎ほどの騎馬隊など、大軍で揉み潰せばひとたまりも無いだろうが、バルカ女王には別な価値があるのだ。

ふと、離脱していったギルモア軍将校を思い出した。

彼らはどこへ行ったのだろう。


その時、幕舎の外が俄かに騒がしくなり、兵が数名入って来た気配があった。

「何の騒ぎだ、何があったか報告しろ」

言いながらも目は書類に向いている。

「飛んでおります」

インゲニア訛りに気づいて顔を上げると、目の前には丘の北側に配置したヴェルカノ、インゲニア混成兵団の伝令がいた。

傍らには本陣の衛兵が総長の心を映したように怪訝な表情を浮かべている。

「何が飛んでいる、お前は何を怯えているのだ」

「飛んでいるのは・・・人です、翼を持った人間です」

「なに?」

丘の様子を確認に行っていた軍師が戻った。

「総長、バルカの飛行型エナルダが丘の上に降り、再び飛び立ちました」

「飛行型エナルダ・・・あれか」

「はい、数日前から確認されていた飛行型エナルダと同一でしょう。バルカの飛行型エナルダは一体のみのはずです。このところ国境周辺を上空から監視しているようでしたから、任務中に偶然発見したのでしょう」

「ではバルカ軍に知らせに飛んだか」

「無論です。しかし、それは飛行型エナルダが飛んで行った方向にバルカ軍がいるとう事でもあります。一直線に来るのであれば伏兵も当てやすいでしょう」

「よし追わせろ」

「はい、すでに指示しております。それほど近い場所にバルカ軍はおりますまいが・・・1時間以内に交渉を成立させるか、殲滅するかせねばなりません」

「よし、あの条件で良い。早速使者を立てよ」

「は、使者は私が参ります」

「なんと、そなたが直々に参るか」

「はい、ただし交渉は1回きりとします。条件を飲めばよし、飲まねば条件を再検討するとして私は引き上げますので、その直後に総攻撃をかけて下さい」

「分かった。もしバルカ軍が来るとすればどの方角か」

「東です。飛行型エナルダは東に向かいましたから」


◇*◇*◇*◇*◇


シヴァ師団は南へいくつもの丘を越えていった。

「見えた!」

小さな丘を長身のアブロがまず発見した。

ひとつの丘を登ったところで先行していたアブロは赤騎隊が包囲された丘を発見してクラトに報告する。

「赤騎隊は!?」

「丘の上で包囲されています」

「アブロ、長弓の射程、矢数、敵の配置、それらを考慮して最適な場所まで進出させる」

「は、丘から1ファロといったところでしょうか。ただ、矢数は一人4本程度しかありませんので、思い切って300リティ(約250m)まで近づくのも手でしょう。しかし敵の前衛が邪魔になります」

「よし、前衛は蹴散らす。後続の到着を待って突撃を開始する」

「今は待ちですか」

「そうだ、何か気になるか」

「いえ、てっきりシヴァ師団だけで突撃すると思っておりましたので」

「先行させていた斥候からサンプリオスの騎馬隊が東に向かったと連絡があった。恐らくエルファが東に飛んだんだろう。そいつ等はできるだけ離れた方がいい」

「は、承知しました」

そんなやり取りの中、ジェルハとルシルヴァが到着した。

「くそ、馬がつぶれちまったよ!」

吐き捨てるようなルシルヴァはシヴァ師団が突撃していない事に驚いている様子だった。

「どうしたんだ、あそこに女王がいるんだろ?」

「そうだ。俺達が助けに向かっている事もエルファが伝えているだろう」

「じゃ、すぐにでも」

「失敗できないんだ」

「・・・」

この男にこんな言葉があったのだろうか。

相手が誰でも、幾万の敵であろうと、破滅しかなくとも、決して躊躇しなかったこの男が躊躇している。自分が今ここに在るのに後続を待とうとしている。


*-*-*-*-*-*


会議が始まった。

全員が立ったまま、高さ50ミティ(80㎝)ほどの小さな簡易テーブルを囲んだ。

これは地図を置く為のもので、昔は盾を全員で水平に支えて地図を乗せていたという。

バルカの将校のみで行われる野戦会議はいつもこのような形式で行われる。


「ジェルハ、どう見る?」

「はい、敵はゼリアニア兵団ではなくヴェルカノとインゲニア軍を指揮下に置いたサンプリオス本国軍です。さすがに装備、訓練の上でもゼリアニア兵とは比べ物にはならないでしょう。この絶対的優位にありながら北側に防衛の陣を敷いており、指揮官も優れています。ここで手間取るようですと面倒ですね」

「とにかくティエラの退路の確保と逃げ切るだけの時間が必要なんだ」

「では初手は突撃大隊、防衛陣を撃破して下さい。その後からシヴァ師団が敵に接近して長弓による攻撃を行います。その後は突撃大隊とシヴァ師団で突撃、第5軍団は突破した退路の確保。ホーカー殿は最後尾から援護をお願いします」


「よし、俺も突撃大隊と一緒に行くぜ」

「いけません、軍団長は第5軍団を率いて下さい」

「なに言ってんだよ、そんな後方で何をしろってんだ?」

ジェルハは嘆息した。

やはりこの隊長が見せた躊躇は女王を想うが為であった。自分の身など僅かばかりも考慮しない。

なるほど、この男が命令した突撃にたとえ死しか見えなくとも兵士が付き従う理由はここにあった。

「分かりました。第5軍団は僭越ながら私が指揮を執ります」

「すまないな、よろしく頼むぜ」


◇*◇*◇*◇*◇


絶望的な状況に置かれたティエラ。

たった今まで女王として赤騎隊の隊長として最後の時を待っていた。

そこへ空から一報がもたらされた。

“あの男が来る”

むしろティエラよりもイオリアやラエリアが喜色を露にし、他の隊員にも伝播していった。

“これで女王は救われる”

それは命でも身体でもなく、ティエラの心が救われるという事だった。

クラトが到着するといっても3,000程、しかも戦い終えて帰還する途中から引き返している。その疲労、装備を考えれば包囲する30,000もの敵には抗し得まい。

何しろ、ティエラを救うためには包囲の中に飛び込まねばならないのだから。

結果においては何も変わりはしないだろうし、赤騎隊の全員が覚悟している。

しかし、言葉は交わせずとも、瞳を重ねずとも、同じ戦場に在るという事実だけがティエラ女王の心を救うだろう。

ならば、せめて一目だけでも女王と異人の軍団長に邂逅の時を与えて欲しいと願った。


しかし、ティエラの言葉はそのような願いを超越していた。

「クラトめ遅れおって、城に戻ったら問い詰めねばならんな」

先ほどまで聖者然として温和だった表情は、たちまち双眸に炎を宿した戦場の武人のものとなって下知を飛ばす。

「イオリア、ラエリア、全員に馬と武具の準備をさせよ、下馬したままで待機じゃ!」

『ははッ』

首を打ち身体を焼いてくれと言った悟りや儚さは微塵も感じさせず、丘の上での待機がむしろ体力を回復させたかのように、その身体からエナルダ特有の力を発散させた。


「ティエラ女王、サンプリオス軍より使者と思しき者が参ります」

「使者だと?」

「は、南側斜面に待機しております」

見れば、先頭の従者に続いて着飾った1騎、これが使者だろう。その後方で左右を守る騎馬は使者の印である青い旗を背に掲げている。更にその後ろからは1台の荷馬車が続く。

丘に上がる前に使者は馬を降り、慇懃に礼をとった。

直ちにティエラに使者の来訪が告げられた。

「サンプリオス西部方面軍主席軍師が女王に面会を求めております」

「ふん、業を煮やしたか。よし、面会を許す。クラトを待つ時間つぶしに丁度良いだろう」

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