表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
230/267

18-3 ゴーグル

ネディン平原の東。

小高い丘の上にティエラ率いる赤騎馬隊があった。

戦いに消耗した隊員は僅かに43騎。

ティエラの覚悟は赤騎隊の覚悟だ。ティエラの死は43騎の鬼籍を刻むだろう。


その時、ゼリアニアの大笛が鳴った。

突撃合図かと思われたが、丘を登り始めていた敵兵が引いていく。

ティエラは吐き捨てた。

「誰一人として駆け上がって来ぬかと思えば、今度は兵を退かせたか。我等の降伏を待っておるのだろう。愚かな指揮官よな。バルカを残すつもりなど無いくせに女王を生け捕りにしてどうしようというのだ」

「女王、これは敵の隙ではありますまいか」

ラエリアの言葉にティエラが問い返した。

「隙だと?」

「敵は我等が馬を降りたのを降伏する意思と見たのでは?」

「だから兵を退かせたというのか」

「はい。古来より軍神と呼ばれるバルカの女王を確保すれば、これに勝る戦果はございません」

イオリアも言葉を加える。

「それに女王を虜にすればバルカ兵の抵抗も抑えられると考えての事でありましょう」

ティエラは暫く考えているようだったが、面を上げて訊ねた。

「・・・敵が動くまでにどれ程の時間があろうか?」

「分かりませぬ。分かりませぬが、いつ敵勢が押し寄せようと、女王の御身が煙となって空に昇るまでは何があっても敵を防いてご覧にいれます」

ついにティエラは時を稼いて待つ事に決め、イオリアとラエリアはティエラの尊厳を守る事を誓った。


何を待つ?

女王は援軍を待ち、ティエラはあの男を待つのだろう。


◇*◇*◇*◇*◇


サンプリオス本陣の幕舎。


ギルモアより派遣された将校はサンプリオス西部方面軍総長(派遣軍の主席軍団長)に訴えた。

「なぜここで兵を控えますか!バルカ女王はあのように小勢に守られるのみですぞ」

「そなたは北の戦乱を始め、随分と戦をされてきたようだが、駆け引きというものは学ばなかったか」

ギルモアの将校は歯噛みする思いを抑えて、なおも諌めた。

「バルカとの戦いであわよくばという考えは禁物です、どれほど僅かであろうと可能性があればバルカは死力を尽くして戦うでしょう」

「それは北の戦乱における貴君、ギルモアの教訓というものだ。我々サンプリオスはギルモアとは違う」

サンプリオス軍の総長はギルモアを北の戦乱の敗軍と評しているようだった。

ジルキニア戦争で既に数万の損害を出している事については、ゼリアニア兵の質の低さと、ギルモアの怯懦が原因と広言して憚らない程だから、緒戦で敗北したなどとは思いもしないのだろう。

このサンプリオス総長はネディン平原の惨状を見ていないし、バルカ兵と直接戦火を交えた事もないのだ。

「確かにバルカ女王を生きたままに捕らえれば、それに勝る戦果はありません。しかし、それが為に危険を冒すのはどうしても同意できません」

総長の側にいた軍師が口を挟んだ。

「危険?何が危険だというのだ、バルカの戦力は本城と西部哨戒ラインの戦力をかき集めても10,000に満たぬ。その中でこの戦場に駆けつけられるのは多くても4,000程度だろう。しかも1時間以内にこの戦場に到着できる戦力など皆無だ」

ギルモアの将校も頭では分かる。

サンプリオス軍師の言葉は正しいと思う。

しかし相手はバルカ、しかもこの戦線には異人の軍団長を据えているというではないか。

常識で積み上げられた理論は、非常識によっていとも簡単に崩されてしまう。

だから歴史を変えるのは常に異物といわれる存在なのだ。

「我等ギルモア軍は総長の指揮下を離脱します」

「何を言っているのか分かっているのか?」

「無論、私はギルモア王国とサンプリオス王国の為に行動します」

「黙れ!お前達が何の為に派遣されているのか知らぬ訳ではあるまい!」

「・・・」

「ギルモア軍がこの戦場に参加したという名目のためなのだ!僅か1,000ばかりの兵を北の戦乱の敗将に率いさせて、論功に名を連ねようというのだ!」

「・・・」

「本国の判断は知らぬ、しかし私はお前達もギルモアも認めぬ、形ばかりの戦いで戦果を掠め取ろうという者共など認めぬぞ!」

サンプリオスの総長は感情の昂ぶりを隠すように咳払いをすると、落ち着いた声で告げた。

「それでも行くというのなら行くが良い。ただし、行き先があの丘だというのなら、サンプリオス軍はお前達を排除する。心して判断なされるが良かろう」

ギルモア将校は黙ったまま一礼して下がった。


それから四半時間ほど後に、サンプリオス軍総長は“ギルモア派遣軍離脱す”の報告を受けた。

それによれば、ギルモアの将校はギルモア兵1,000を率いて派遣された師団長を伴って南へ向かったという。

全く理解ができなかった。将校のみならず、師団長までが動こうとは。

しかもなぜ南へ向かったのか。彼らの行き先はギルモアしかないはずなのに。


プライドが高い者は理解し難い事象にぶつかると原因を他人に求める。

サンプリオス西部方面軍総長は優れた軍人ではあったが、ギルモア軍の動きを戦場に怯懦する者の不可解な行動として片付けた。


*-*-*-*-*-*


「総長を怒らせてしまったのではないですか」

将校と行動を共にしたギルモアの師団長は、心配そうに聞いた。

「あんなもの怒りの中には入らんよ。それに私の主張など誰も支持すまい。そなたもそうだろう?」

「申し上げづらいのですが、あなたの話は現実から隔絶しています。背景も理由もなく、まるで宙に浮いているようです」

「ならばなぜ私に従ったのだ?」

「サンプリオスの総長は我々を見下し、認めないと言いました。それに、バルカ軍と戦った事がある私は、あなたの主張を否定する事ができません」

「そうか、感謝しよう。そして、今後の行動についても協力してくれる事を希望する」

「は、承知しました」


◇*◇*◇*◇*◇


寒い。

季節は夏だというのに、風は身を切るような冷たさだ。

風を切る音はゴゥゴゥとうなり、ボウガンと刀は揺れてガチャガチャと音を立てた。


バルカ王直府特別諜報隊、これがエルファの所属だ。

翼を格納できる特殊な胸部鎧と膝下を守るフットガード、第三軍装(鎧を装着しない時の軍服)をショートパンツのように加工し、ベルトには刀と通信用円筒を装備、狙撃用連装ボウガンは腰の後ろに横向きにして装着している。愛用のダガーは胸部鎧の下で襷掛けにしたホルダーに差してあった。

これは偵察用の装備に狙撃用連装ボウガンを追加した“狙撃第二”と呼ばれるものだ。

空を飛ぶ敵がいない、つまり空中戦が無い事を前提とした装備で、近距離戦用のボウガンは装備していない。

偵察用の装備で最も特殊なものはゴーグルだ。

クラトの提案で作られた飛行用ゴーグルのレンズに望遠機能をもたせたもので、通常ゴーグルのレンズにはシザルプの殻を磨いたものが使用されているが、シザルプの殻は薄いので望遠用レンズが作れない。そこで水晶を加工してレンズを作成したのだ。

通常のゴーグルのレンズを外して黒い革を張り、そこへ直径2ミティ(約3㎝)の望遠筒

を取り付けた。

試行錯誤の結果、望遠筒以外からの光を遮断する事でその性能は格段に向上し実用が可能となった。

もちろん視界は狭く近距離は見えないので、装着したり外したりせざるをえないが、索敵において圧倒的な優位を獲得したのだ。

その特殊な形状のゴーグルを装着した顔が左右を見渡す。

その度に髪が大きく風に舞った。


“女王様を見つけて隊長のところへ・・・”


そうだ、この任務はクラト隊長からの飛行指示なのだ。

四半時間(地球の30分)ほど前、バルカ城に向かったはずのアジル戻ってきた。

「エルファ殿!飛行指令!クラト隊長からです!」

「えっ?隊長?」

駆け込むようにして私に告げたのは、クラト隊長からの偵察飛行指示だった。

「赤騎隊の所在が不明、捜索はネディン平原!地上からも斥候出します!」

「女王が!?アジルさん、クラト隊長は!」

「本城に帰還する途中から引き返されました。ネディン平原に向かっています」

「隊長の指示なのですね」

「はい。女王を見つけたら知らせてくれと」

「わかりました」


アイシャにもネディン平原への斥候が指示されていたが、兵士達と狩りに出かけていて不在だった。

飛び出して行く伝令を横目にエルファは飛び立った。


メツェルラインを飛び立って3カロ(近年使用されるようになった時間の単位。1カロは四半時間の1/6、地球時間の5分程)が経過する。もうすぐネディン平原の上空だ。

もしかしたらクラト隊長が言う“骨折り損”なのかもしれない。

そんな結果を期待しつつ飛行を続けると、ネディン平原の更に西に万単位の軍勢が見えた。

その中心、小さな丘のうえに赤騎隊が見えた。

「昨日の偵察では敵軍の形跡すら無かったのに!」


これは用意周到に準備された“魔女狩り”なのだ。

サンプリオス軍は完璧にカムフラージュされていたし、ゼリアニア軍は深い森に潜んでいた。

しかも、エルファはこのような任務に精通している訳ではない。いくら上空から偵察しても意図的にカムフラージュされてしまえば発見は困難といわざるを得ない。

その点を考えてもサンプリオス軍を率いる総長と軍師は確かに優れていた。

しかし、一点だけ彼らの想定と異なった部分があった。それは南に配置する予定であったサンプリオス軍が、北に展開せざるを得なかった事だ。

バルカの攻撃は北および東と想定できたので、る北と東にゼリアニア兵を配置し、攻撃を受け止めてサンプリオス軍が包囲戦に持ち込むという作戦だったのだが、カムフラージュ能力に不安が残るゼリアニア軍を南の深い森に待機させたために、先行したサンプリオス軍が北を包囲せざるを得なかったのだ。

しかし、バルカ兵が存在しない戦場においては、この唯一ともいえる想定外を気にも留める必要はないと考えた。

そうだ、この周辺地域にバルカ軍など存在するはずがないのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ