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17-8 シヴァ師団

ゼリアニア軍は前方の敵とは別に布陣しているバルカ軍を発見し、軍を2つに分けて対峙した。

バルカ軍シヴァ師団は弓を装備し、横列に展開している。

ゼリアニア軍はこの部隊を弓兵と見て、撃ち合おうというのか弓兵が前面に出てきた。

徐々に距離を詰めてくるが、まだ弓を撃ち合う距離ではない。


フォンッ

長弓独特の音が一度だけした。


ズシャッ

重い音とともにゼリアニアの弓兵が膝を着くようにして倒れ、身体に突き立った黒い矢がゼリアニア兵の視線を集めた。

その視線が一斉に前方へ向けられる。

長弓を手にした長身の兵士。

独特のバイザー付き兜は放たれた矢と同じく黒褐色だった。

クラトがホーカー長弓隊から教官として引き抜いたアブロという名の中隊長。

黒褐色の甲冑を身に着けたアブロは右手を突き上げた。

ゼリアニア兵には、この遠距離から撃ち抜いた事を誇るかのように見えた。

その右手が振り下ろされる。

先ほど一度だけ聞こえた音が戦場に絶え間なく響き渡った。

見る見るゼリアニア兵の前衛が崩れていく。


ゼリアニア軍の大笛が鳴る。

何とゼリアニア軍は突撃を開始した。

「クラト様、長弓まででしょう」

アブロは長弓で被害を与えたら退くべしと主張している。

「そうだな、でも騎兵は叩いておきたいな」

「分かりました」

アブロは兵たちの矢の残りを確認して号令をかけた。

「射撃止めぇ!!」

後方に控えていたゼリアニアの騎馬隊が、射撃が止まった隙を見て動き始める。

「よし、騎馬隊を狙う。1人3射づつだ。重装騎馬隊ではないからな、馬の首ごと撃ち抜くつもりでやれ!!」

わずかな時間でゼリアニア騎馬隊は大被害を蒙って後退するが、ゼリアニア歩兵はなおも前進を続ける。

「クラト様、潮時です」

「よし、退くぜ」

一礼したアブロは声を張り上げた。

「敵の突撃に対して弾幕張れッ!!」

射撃は一層激しさを増した。


「敵の損害は3,500といったところでしょうか」

「ま、そんなところだろうな」

「私が敵だったら、この軍団とは戦いたくありませんね」

「同感だ。よし、ルシルヴァを突撃させろ!」

煙矢と呼ばれる、燻って煙を出す球を付けた矢が空に打ち上げられた。

遠くに喚声が聞こえる。

突撃大隊が突撃を開始したようだ。

その後方から第5軍団の1個師団が戦線を押し上げ、シヴァ師団は矢を補充してそれに続いた。


一方のジュノは敵の正面に歩兵を厚く配置し、側面には弓兵と槍歩兵を置いて敵騎馬隊を牽制する。

そうしておきながら、同行させたロングボウガン隊を敵の西に伏せ、敵騎兵を狙い撃った。

このロングボウガン隊は荷台を切り離して地面に固定した台座とし、矢を撃ち尽くした後は荷台ごと放棄する。兵士は馬に騎乗して撤退するのだ。

攻撃は一度に限られるので使いどころが難しいが、その進出と撤退のスピードはアジャンの高機動隊をも凌ぐ。

今回の出撃に間に合ったのは1個中隊、つまり3両のみではあるが、突撃するタイミングを計っていたゼリアニアの騎馬隊は、固まって待機していたところを狙われ、その大半を失ってしまう。

ゼリアニア軍は緒戦にして両翼の機動的な兵科を喪失した事になる。

ジュノは旗下の騎兵を繰り出して追い討ちをかけ、最終的な敵の損害は20,000にも及んだという。


*-*-*-*-*-*


10,000まで減っていたゼリアニア軍は、翌日には補充されてその兵力を25,000まで回復していた。


「底なしはギルモア以上か。しかも補充されたのはまともな軍隊のようだな」

「はい、キキラサ殿から報告がありました。サンプリオスの本国軍だそうです」

「いよいよ本格的にサンプリオスが出張ってきたか」

「何となく見えてきましたね」

「何が?」

「敵の殉死兵団は死兵ですよ」

「死兵?」

「はい、いうなれば死ぬ事が前提の兵士です」

「死ぬ事が前提って、戦場なら当たり前じゃないか」

「いや、それは戦いの結果の死です。彼らは死ぬ事が目的なのです」

「よく分からないな」

「我々の戦力を少しでも削るために、或いは疲労させる為に、物資を使わせるために、自軍の盾とする為に、つまりは使い捨ての兵士です」

「そんな軍があるか?大体、兵士が命令を聞くのか?」

「戦って死んでも楽園で復活すると信じているようです」

「アルエス教か・・・」


◇*◇*◇*◇*◇


シヴァ師団は2つの分隊から構成されている。

クラトが率いる部隊はなく、クラトがいずれかの分隊長を伴って突撃を行う。

第1分隊長はアンサルという27歳の青年で、クラトとヴィクトールの一騎打ちを見てクラトに惚れ込み、クラトの昇格に伴う軍団編成の際に志願した元第4軍団の大隊長だ。

本人は自覚がないようだが明らかにエナルダ覚醒しており、その戦闘力は高い。ヴィクトールをライバル視しており、何度も立合を挑むものの一度も勝てない。

突撃大隊の立合、これはクラトがバルカに入城した際にヴィクトールと壮絶な打ち合いを演じた立合から始まったもので、通常の試合ではなく打撃を競うものだ。

精も根も尽き果てる立会を何度も挑むアンサルもアンサルだが、それを受けるヴィクトールもヴィクトールだ。

しかし、それによってアンサルの実力は第5軍団内で認知されたと言って良いだろう。


第2分隊長はブレダ。

レガーノの推薦により第1軍団から移籍となった36歳の武人だ。

通常、第1・2・3軍団は攻撃・防御・遊撃に位置づけられた正規軍の中心であり、特に第1軍団ともなれば国軍の本隊を形成する誉れ高い軍団と位置づけられている。

一方の第4軍団以降は戦時に増設される軍団で、平時はナンバー無しの軍団として軍団長の名前で○○軍団と呼ばれ、戦力も3個大隊(約700)程度しか持たない。任務も国境や街道の警備に充てられる場合が多く、正規軍団より下と見られるのが常だ。

北の戦乱以降のバルカ軍は常時5個軍団を運用しているが、やはり格下と見られるのは致し方ないだろう。第1~3軍団にはそれだけの歴史とプライドもあるといえる。

ブレダも第5軍団への移籍に強い不満を持っていた。

栄光の第1軍団からナンバー無しの軍団(これは古い表現で、現在は常時ナンバーが与えられている)への移籍だからだが、心酔していたレガーノから必要されなくなったのかという思いが強かった。

武人の気概から任務で手を抜くことは無かったが、不満を持っているのは明らかだった。

しかし、クラトはブレダを分隊長に昇格させる。


分隊長が任命される日、ブレダは練兵場の中心でクラトと対峙していた。

「レガーノに剣をくれと言えば、一番切れる剣をよこすだろう。ヤツはそういう男だ。しかし下の連中の命が掛かってるからな、少しばかり確認させてもらうぜ」

周囲を取巻く兵士達、特に突撃大隊の兵士に緊張が走った。

クラトは立合をすると言っているのだ。

立合とは即ち打撃の打ち合いだ。

打ち合いにすらならなかった、ルオングとラクエルは別として、突撃大隊の中隊長は全員がクラトの剣圧を経験している。


「何合もつと思う?」

問いかけたのは突撃大隊第2中隊長のラバック、答えるのは第3中隊長のスパイクだ。

「10・・・ってところでしょうね」

「そんなにもつか?」

「あのレガーノ元帥から推薦されたんですよ?それに第1軍団から来たっていう意地もあるでしょうから、死んでも簡単には終われませんよ」

「よし、賭けるか?」

「いやぁ、ラバックさんの奥さんに睨まれたくないなぁ」

「なんだと、それは俺が負けるって事か?」

「うるさいね!お前達は!!」

ルシルヴァに睨まれた二人は首をすくめた。

ルシルヴァは舌を打ちながらも視線を戻す。

ブレダは微動だにしない。

ルシルヴァにはブレダがかなり出来る武人だと分かった。

何しろクラトの大剣はすでに抜かれている。

大剣を抜いたクラトを前にして、その重圧に耐えるだけでも只の兵士ではあるまい。

「よろしいか」

あべこべにブレダが訊いた。

「いいぜ」

答えたクラトの目も笑ってはいない。

クラトが構えようと、剣先が後ろに向いた途端にブレダは動いた。


ガキィッ!

クラトの剣は構える途中で防御に入らざるを得なかった。

ブレダはクラトの大剣の先端を打った。

「おぉ!?」

さすがの大剣も大きく後方へ流れる。

そこへブレダの第2撃。剣で突いた。

クラトが辛うじて避ける。

ルシルヴァは思わず唸った。

「えげつない攻撃だね、手強いよ」

スパイクが思わず一歩前に出た。

「副長!これは打ち合いになってませんよ、ブレダを止めないと!」

「お前は馬鹿かい?ここで止めたらどうなると思う?」

「隊長に殺されますね」

「だろ?見てりゃいいんだよ、あのブレダってヤツは量ってるのさ、クラトがどれ程の男なのかをね」

「くそっ」

ヴィクトールが呻いた。

まさかクラトが負けるとは思いもしないが、全力を尽くした痺れるような一騎打ちへの渇望は強い。

「新参者め」

早い話が嫉妬だ。他の中隊長も少なからず同じ思いがあるだろう。


鋭い突きを躱して態勢が崩れたクラトへ次に迫ったのは剣ではなく蹴りだった。

ブレダの膝がクラトの脇腹に入る。

防具をつけているとはいえ、胸部鎧と腹部鎧の間を正確に蹴った一撃はかなり効く。

「かはッ」

クラトの肺から空気が押し出される。筋肉が痺れ、骨が軋む。

そこへブレダの剣が迫る。またもや“突き”だ。

防御したクラトの首筋に今度は肘が叩き込まれる。

ブレダが二刀流だったら、肘の代わりに剣がクラトを貫いたかもしれない。

二刀流では初撃でクラトの態勢を崩せなかったという意見もあるだろうが、それでもブレダの攻撃は“もしや”と思わせるには十分だった。


首を打った右肘を伸ばせば相手の顎の下に腕が入る。

そのまま後方へ押し倒そうとすれば、相手は倒れないようにするか受身を取ろうとするしかない。

後は残った左腕でとどめを差せばいい。

しかし、剣を捨てたクラトの右腕がブレダの左腕を掴んだ。

「!?」

クラトの左腕がブレダの胸部鎧の首の隙間を掴み、強く引くと2人の体は位置を入替えて落ちる。踏み止まろうとしたブレダの足が払われた。

「お前、レガーノに似てるな」

クラトの呟くような言葉を聞きながらブレダの体は地面に叩きつけられた。


どれくらい経ったのだろう。

ブレダは自分が地面に横たわっている事に気付いた。

起き上がろうとして首の痛みに呻く。

傍らにはクラトが腰を下ろして兵士達の訓練を見ていた。

ブレダに言いたい事は無かったが言わねばならない事はあった。

「参りました」

「そうだな、参っちまうよ。脇腹が痛ぇ」

「は?」

「いや、結構効くもんだな。突撃大隊では剣術の中に手足の打撃も組み込んでるんだが、お前みたいにはなかなかできないよ」

「は、・・・」

「それよりお前、ずっと剣を握ったままだったな、気を失っている間も」

そう言われてブレダはむしろ恥じ入るようだった。

ブレダの剣には第1軍団の刻印が入ったままだったからだ。

軍団を移籍する場合、刻印を打ち直すか剣自体を残して移籍する。

“過去にしがみついた感傷”

ブレダのプライドとは驕心でしかなかったのかもしれない。

「じゃ、予定通り分隊長をやってもらうぜ」

「しかし」

「お前が何の為に戦おうと構わんが、やる事はやってもらうぜ」

「は、承知しました」

ブレダはやっと立ち上がると、練兵場の端で整列する第1分隊に向かっていく。

その目は新しい何かを見つけたように輝いていた。


後日、顛末を聞いたレガーノは「もう少しでクラトを凹ませてやれたのに」と言って、笑っていたそうだ。

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