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17-5 参謀

バルカ西部、ネメグト丘陵南端。

この方面の監視網は厚く、ギルモア軍進入の兆しは10日以上前から察知されていた。

主力はネメグト丘陵沿いに展開したギルモア本国軍。その側面を旧トレヴェント軍が固めている。総軍32,000。

突撃大隊を有するクラトの第5軍団と第1軍団から後詰の1個師団、合計5,000。ラシェットは敵の出鼻を挫く作戦に出た。

クラトが自ら突撃大隊を率いて突出し、敵に奇襲を掛ける。

ギルモア軍には今でも突撃大隊への恐怖が染み付いている。

しかも、まさか突撃大隊だけで攻撃を仕掛けてくるとは考えなかったため、不意をつかれたギルモアは思わぬ大敗を喫する。兵力の損害こそ2,000だが、全軍を停止して防衛陣地を築き始めた。


「そういや北の戦乱でも攻めてきておいて防衛陣地を作ってたなぁ、ギルモアは」

クラトがいうのはフィアレスが戦死したバルカ南部での戦いの事だ。

あの時は10倍の敵を食い止め、アヴァンとフィアレスが戦場に到着するまで持ちこたえたのだ。

勿論、突撃大隊だけで勝利したのではないし、一歩間違えば全滅という状況だった。

加えてトレヴェントの独立という幸運があってバルカはギルモアの撃退に成功したのだ。

しかし、ギルモア軍に恐怖を植えつけたのだ。その時の兵士達が今のギルモア軍の中核となっている。

ギルモアの軍師もそこまでは考えなかったのだろうか。


敵の主力と考えられるギルモア本軍が砦を築き始めたのを見たジェルハはトレヴェント軍への攻撃を献策する。

しかも軍を2つに分けてギルモア軍にも攻撃を加えようというのだ。

クラトもすぐに悟った。

恐らくトレヴェントは簡単に崩れるだろう。

ギルモア本国軍のみなら今の戦力でも包囲戦に持ち込める。少ない兵力で包囲戦に持ち込むには敵の背後が塞いであればいい。

それは川でも崖でも何でも良いのだ。

ならば砦を築くのを妨害しておく必要がある。


今回突撃大隊を率いるのはルシルヴァだ。

第1中隊ヴィクトール、第2中隊ラバック、第3中隊スパイク、第4中隊ラナシド、長弓隊ホーカー。

これらいつものメンバーに加え、ルシルヴァの左右にはルオングとラクエルを置いた。

クラトをして「もう俺はいらない」と言わしめた布陣である。

トレヴェント軍10,000は既に戦場の空気に呑まれていた。

強兵を誇るバルカ。

そのバルカにあって最強の突破力を誇る異人の剣士。

その圧力プレッシャーはトレヴェント指揮官に重くのしかかっていった。


トレヴェント軍の配置はギルモア軍を南東方面から援護する位置だった。

ギルモア軍が砦を築いている最中である今、この位置は非常に重要といえた。しかし、それが少しづつ西に下がる。

これでギルモア軍の東側はがら空きとなった。

トレヴェント軍部からすればこの戦争に狩り出される事自体に不満がある。

ギルモアは仇敵であるサンプリオスの復活を見過ごした。いや、むしろ協力したといえる。そうしておきながら、サンプリオスの存在を圧力にしてトレヴェントを事実上の降伏に追い込んだのだ。

バルカもバルナウルもギルモアと戦ってはサンプリオスに利するとして避けたのだ。

ギルモアはそれをも利用して勢力を拡大した挙句、バルカとグリファを滅ぼそうというのだ。裏切り者である。

トレヴェント軍はギルモア軍の撤退を望んでいた。

“不義者のために戦えるか”

そんな気持ちが厭戦的な雰囲気を強めている。

そんなところへ突撃大隊が突撃を開始した。

トレヴェント軍は戦いが始まる前から及び腰になっていたし、ギルモア軍との連携も放棄していた。

トレヴェント軍はルシルヴァの騎兵が一度突入しただけで潰走。あまりに早い撤退に突撃大隊の主力は戦いに参加できないほどだった。


一方、砦を包囲する予定のクラト率いる第5軍団は、ギルモア軍が砦を2箇所構築している事に気付いた。

10,000づつ砦に篭り、それぞれが防御と支援を行う位置にあった。

いわゆる掎角の計である。

「軍団長、ここは退きます」

ジェルハは“退きましょう”とは言わなかった。献策ではなく決定だった。

軍団長とその参謀の関係は国王と軍師の関係に近い。

軍師の策がどれだけ優れていようと、国王の承認なくして決定はないのである。

それと同様に軍団の責任は全て軍団長に帰すのであって参謀は何の責任も負わない。愚策によって大敗を喫しようとそれは軍団長の責任だ。

しかしジェルハは“退く”と言った。

「ジェルハ、退く理由を教えろよ」

「はい、2つ砦は1ファロ(約400m)ほど離れ、互いに援けあう位置にあります。我々が一方の砦を攻めればもう一つの砦から兵を繰り出して我々の背後を衝くでしょう」

「それは分かってる。俺が聞きたいのは一手も交えずに退く理由だよ」

「戦略的にも戦術的にも意味がない戦いの損害は避けるべきです。それに」

「なんだ」

「砦に篭る相手に対して、突撃大隊は有効な戦力ではありません」

「ははは、そうだよな。よし、退こう」

「は、ありがとうございます。早速、ルシルヴァ副長にも伝令を出します」

「よろしく頼むぜ」

「はい」

「ところで」

「何でしょうか」

「敵は俺達が引く理由を俺達と同じように考えていると思うか?」

「え?えぇ、そのようの考えていると思います。でなければ砦を2箇所に築いたりはしないでしょう」

「そうか・・・ちょっと当たり前過ぎるな。でも仕方ないか」

ジェルハはクラトが少しだけ寂しそうに見えた。

この異人の隊長が言う“仕方ない”は戦わない事を言っているのではなく、無敵の突撃大隊とそれを有するクラト軍団の撤退、それが敵味方双方に与える影響を考えているのだろう。そう思った。

「大丈夫です。誘いを入れているように見せながら退きます」

撤退ではなく策として退く、ただ敵はそれに乗らなかったという形にしようというのだ。

「え?あぁ、それでいいよ」

微妙な反応にジェルハの気持ちが揺れる。

「何かお気づきの点でもありますか?」

「ん?いや無い。ただ、結構な拠点を造られちまったな」

「はい、ただこの方面は敵の主力ですので、バルカの戦力が分散される訳ではありません」

「じゃ俺達は後方でレガーノの師団が築いた砦に拠るのか」

「それより他ありません」

「だろ?」

「・・・あ!!」

“選択肢がない”

戦場においてこれは非常に危険だ。それが敵の動きによってつくられた時、敵に主導権を握られた事を示している。

「ま、どうしようも無いんだし、敵の策なのかすら判らないんだけどな」

「・・・我々は負けないはずです」

「そうさ、俺達は負けない。だからギルモアは・・・・いや、もういいだろう。とにかくジェルハはあいつらを砦から引っ張り出す事を考えてくれよ」

「本国からの指示はあくまで敵の動きを封じる事です。積極的に撃破せよとは求められておりません」

「ま、それならこんなに兵力はいらないよ。5,000もあれば十分だ」

「分かりました」

「え?」


それまで深刻な顔をしていたジェルハは白い歯を見せた。

「ギルモア軍を叩く方法も考えてみます」

「おぅ、よろしくな!」


*-*-*-*-*-*


翌日、クラト達がいる砦にキキラサが現れた。

キキラサは髪を後ろで纏め、特別仕様の超軽量甲冑を身に付けている。

この超軽量甲冑はエルトアより帰還した技術者とサイモス、ヴェルーノ卿によって製作された特殊甲冑で、そのほとんどがフィルディクスのワイヤーと樹脂で出来ている。

兜はほとんどヘッドギアと言って良い簡易なもので、鎧は胴体と篭手と脛に装着し、腕、太腿には薄い金属プレートを革のベルトで固定している。

サバール隊はごく薄い鎧下を着た上に超軽量甲冑を身に付け、その上にゆったりとした鎧下を着ている。西部戦線では砂地が多い地理を考慮してベージュの鎧下を使用している。

頭に巻いた布を解いたキキラサの視線は鋭かった。

入ってくるなり口許を覆う布を引き下げて報告する。

「本国指示」

「おっ、キキラサ久しぶりだな」

キキラサはクラトが見せた笑顔も親しげな言葉も無視した。

ジェルハが第2敬礼を取った。

「キキラサ殿、本国指示承ります」

「ラシェット軍師発。第5軍団は引続き待機。第1軍団第3師団は本城へ帰還すべし」

「待機?」

「以上、伝達終わり」

「待機とはどういう事でしょう」

「以上、伝達終わり」

「・・・」

キキラサは依怙地なくらい軍務に固い。

ジェルハの質問に、説明できないという回答すら口にしない。

「キキラサ、お茶でも飲んでいけよ」

「任務中につき遠慮する」

「そういうなよ。ちょっと話もききたいし」

「報告する事も報告を受ける事もない」

「だからさ、サイモスはどうしてる?」

「担当地区外の質問へは回答できない」

「いや、サイモスとはうまくいってるかって話だよ」

「うるさいね!あんたはいつもいつも!」

「うぉ、突然怒るなよ」

「私の事は放っておいて欲しいわね!大体あんたみたいな鈍感な男に心配されるいわれはない!」

「お?鈍感たぁ何だ」

「ニ、ブ、イ、って事!」

「分かってるよそんな事は!俺のどこが鈍いんだっつーの!」

「あんたの鈍いところをはっきり言おうか?」

「・・・ん~、やめとこうか」

「キキラサ殿、お茶をどうぞ」

「お、ジェルハ、ナイスタイミング!」

「ジェルハ殿、かたじけない。頂戴します」

「何だよジェルハにはやけに丁寧じゃないか」

「口の利き方についてクラト軍団長が何かご意見でも?」

「いえ、ありません」

「ふん」


ジェルハは2人のやり取りを微笑んで見ていた。

結局はクラトのペースになってしまうのだ。

そして、それに気付いていないのはキキラサとクラトなのだから笑わずにはおれない。


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