3-3 酒場
ホーカーはエナルダではないが、身体能力に恵まれているし、オルグやベナプトルの駆除に何度も参加して戦闘経験が豊富だ。
狩猟用の長弓を仕入れて持たせると喜んで、また泣いている。
よく泣くヤツだ。
ホーカーはジュノに頼んで色々なものを買い込んだ。
長弓の手入れ道具と改造する材料らしい。
長弓は俺の身長より大きく、2mはありそうだ。
ホーカーは薄い木材と動物の角、革の紐、あとは何だか判らない練り物で補強を施した。
引くには力が要るが、強力な弓となり射程も破壊力も抜群なのだそうだ。
通常の矢は鏃が取れるようになっており、矢を抜いても鏃が体内に残るらしい。
ホーカーは鏃を固定して取れないようにしたもの、鏃の代わりに小さな鉄球や土を革で包んだものをつけたものを作った。
試射を見たが、こいつはスゲェ。
固定した鏃は狩猟用の矢を改造したもので貫通力が高い。俺が射られたのがこれだ。的にした分厚い板を簡単に貫通してしまう。
聞けば、俺を襲撃した時は弓が長弓ではなかったので弓勢はこれほど強くはないらしいが、よく死ななかったもんだと思う。
鉄球の矢は相手が鎧を装着している場合に使う。軽装の鎧ならまだしも重装鎧の貫通は難しいので、むしろ衝撃でダメージを与えるのだそうだ。
革の矢は捕縛用。できるだけ傷付けずに戦闘力を奪うためのものだ。
他にも何種類もあるらしいが、今のところはこれぐらいしか作れないようだ。
ホーカーは分厚い板に刺さった矢を抜こうと懸命だ。
「なんかミミッチィな。ぶち抜くまではカッコ良かったのに」
「そう言わないで下さい。この矢の胴は結構良いものを使っているんです」「それに、弓も後でスゴイのを作りますから待ってて下さい」
「ふ~ん、今すぐ作りゃイイんじゃないの?」
「次の弓を作るには2本作るだけの金が必要なんですよ」
「ジュノ、お金ある?」
「ありますが、この町は物価が高いですね。馬が高く売れたのもそのせいかもしれません」
「そうか、でもホーカーがまた泣くからさぁ、買ってくれよ」
「俺、泣かないっスよ」
「じゃ、いらないのか?」
「・・・す、すごく欲しいっス」
「てな感じなんだが・・・どうかね、ジュノ経済大臣」
「致し方ありませんね。ではクラト軍事大臣の申請を許可します」
「ホーカー、良いってさ。金はジュノが持ってるから、買ってこいよ。俺はここで馬の番をしているからさ」
「ありがとうございます!すごいの作りますよ!」
「おぉ、すんごいのを頼むぜ」
◇*◇*◇*◇*◇
ホーカーは、私には気を遣った対応をする。軽口も叩かないし、必要な事しか喋らない。
私もそうだ。クラトさんには素で話が出来る。そういえばベルファーもそうだった。
・・・不思議な人だな。
ジュノはそんな事を考えながら、ホーカーの買物を終えると、クラトが待つ場所までの道すがら、ホーカーに尋ねた。
「どうして戻らなかったんだ?」
ホーカーは突然訊ねられて慌てた。買ったばかりの弓を見つめながら答えた。
「わ、分んないです」
「分らない?」
「はい。一晩中立ってたのも、クラトさんとジュノ隊長を追ったのも、気が付いたらそうしてたって感じで・・・」
「そうか」
「す、済みません」
「いや、それはそれでお前の答えなのだろう」
ホーカーは、この第一親衛隊長が武人とは思えないほど優しい人間であると感じた。
ホーカーの涙腺が緩む。
ホーカーは努力してやっと、普通に「ありがとうございます」と言う事ができた。
◇*◇*◇*◇*◇
歩いていくと、待っているクラトが見えた。下ろした鞍に寄りかかって寝ているようだ。
ジュノもホーカーも、そっと近づいて驚かそうと思った。相手がクラトだとこんな考えも浮かぶ。
ふと、クラトの傍に近づく2人の男に気付いた。クラトの様子を窺いながら馬の手綱を丸太から外そうとしている。
ジュノが声をあげる前に、ホーカーが一歩前に出ると矢を弓につがえた。
狙う間もないタイミングで矢は放たれる。
長弓でこんな速射が出来る者をジュノは知らなかった。
手綱を外そうとしている男の横の丸太に命中して丸太を軋ませた。
クラトが目を覚ますと同時に男たちは逃げて行った。
「お、何だ、もう帰ってきたか」
「何だ、じゃありませんよ、もう少しで馬を盗まれるところだったんですから」
「え、そうなの?」
「ホーカーが矢で追い払いましたから大丈夫でしたけど」
「そうか、ホーカーの矢はすげぇからな。助かったよホーカー」
ホーカーは馬泥棒の事は忘れたように、ニコニコしながら購入したものを見せた。
弓が二張と長弓の補強で使ったのと同じ材料。俺にはさっぱり分らないが、良いものなのだろう。
今度はかなり手を加えるらしく、空いた時間を見つけて作るそうだ。
ホーカーはなかなか忙しい。
馬の世話もするし、森の近くを通る時には狩りもする。
食事の準備ではジュノの手伝いをするし、空いた時間はジュノから剣術を指南されている。
剣術は苦手なようで、剣を突き出して構えてしまうので、どうしても腰が引ける。いわゆるへっぴり腰というやつだ。
2日ほどで次の街に到着した。この街は少々小さいようだ。
宿で食事をする。ホーカーはまた臓物汁を注文した。
俺とジュノは肉と野菜のスープだ。それぞれにパンか粥が付く。
硬いパンをちぎって口に入れてゆっくり噛む。
俺はふと気付いた。奥のテーブルで食事をしている老人、前の街で見た事がある。
気付くと同時に違和感が湧く。身なりはごく普通だが、なんとなく上品さを感じる。
つまり、こんな安宿には似合わないという事だ。俺はほとんど睨むように見つめていた。
老人は俺達のテーブルのすぐ横の壁に掛けてあるメニュー、俺には読めないが、それを見ている。
またしても違和感。俺がこれだけ見つめているのに、ちらりとも視線をこちらに向けない。それに瞳が動いていない。壁のメニューを読んでいないという事だ。
俺はジュノに顔を向けて前の街で見たヤツが居るぜと伝えると、小さく「分ってます」と返ってきた。しかしジュノは全く違う方向を見ている。
「あの年寄りは何だろうな?」
「えっ?」
ここで初めてジュノが俺を見る。
俺が目で老人を指したが、指したテーブルには食器が並んでいるだけだった。
「クラトさん、それよりもこちらを」
一方、ジュノが注視している男はいかにも商人という感じだが、服装はかなり派手だ。
身に着けているのは安物ではないだろうが、さっきのジイさんと違って、何を身に着けようと安宿が似合うような男だった。
年齢は40歳位か。仲間らしい男2人と酒を飲んでいる。
俺たちが食事を済ませると、男はゆらりと立ち上がった。
俺達のテーブルに近づくと愛想の良い顔でこう切り出した。
「私どもの護衛をお願いできませんでしょうか」
ジュノは全く無視している。
「護衛?」
俺が聞き返すと、男は目で頷いた。
「そうです。自前の護衛もおりますが、今回は重要な品でしてね。やはり腕の立つ方ににお願いしたいと思いまして」
男の顔は話しながらジュノに向けられた。
「我々は傭兵でもなければ護衛稼業もしていません」
ジュノは相変わらず男の顔も見ずにそっけ無く答えた。
「あなた、ジュノ様でございますよね。ルーフェンの第一親衛隊長の」
「だからどうだというのです。今は浪人の身、親衛隊の名前すら迷惑な話です」
「これは失礼いたしました。しかしこの世の中、なかなか実力は分らないもの。ジュノ様の経歴は信用に足るものです。是非お願いしたい」
「何度も言うようですが・・・」
ジュノの言葉をさえぎるように商人の主はこう切り出した。
「北で戦乱が起こりますよ」
ジュノの動きが止まる。
「我々の商隊は明日の昼頃に出発します。それまではここで仲間と打ち合わせをする予定ですので、よろしければおいで下さい」
男はそう言うと、深くお辞儀をしてテーブルに戻った。
「出ましょう」
ジュノは短く言うと、俺たちの顔も見ずに宿を出た。