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16-3 深淵

到着した宿場は発展して街となっており、役所も置かれている。

すでに陽が沈みかけている。思いの他時間がかかってしまったようだ。

宿を取ってキキラサを寝かせる。

役所に行くのは明日にせねばなるまい。

キキラサの寝顔は埃と涙で汚れていた。濡らしたタオルで拭いてやると小さく目を開ける。

「なにも心配しなくていい。このまま眠りな」

よほど疲れているのだろう。そのまま目を閉じた。

「よし、お前等、飯と風呂に行って来い。戻ったら俺も行く。早くさっぱりしたいもんだ」


◇*◇*◇*◇*◇


夜中に目を覚ましたバイカルノは慌てて起き上がった。

「おい、キキラサがいないぞ!」

「えっ、そんなばかな?」

ジュノの驚きも当然だ。ジュノは寝ていても部屋に人の動きがあれば気付く。そうやって戦場では防衛線を支えてきたのだ。

「なにが~?」クラトも目を覚ました。

「キキラサがいないんです」

「トイレじゃないの?」

「それにしても誰も気付かないなんて・・・」


その時、ドアが小さく開いた。

「ごめんなさい」

中を窺うようにしたキキラサの小さな声が聞こえた。

バイカルノの安堵の声が迎えた。

「入って来い、どこへ行ってたんだ」

「あの、お、お風呂に」

おずおずと部屋に入りながらキキラサの声は更に小さくなった。

「一人で出歩くんじゃない。明日は早いぞ、さっさと寝ろ」

「は・・・い」キキラサの泣きそうな声が寝音に変わるのに時間はかからなかった。


キキラサを寝かしつけたバイカルノがふと気付いたようにぽつりと言った。

「血の臭いがしなくなったな。明日は美味い朝飯が食えそうだぜ」


*-*-*-*-*-*


翌日、ジュノがキキラサを連れて役所に行ったが、また明日出直せという。どこの国でも役所は横柄だ。

調べてみると、西に向かう全ての街道には厳しい関所が設けられているようだ。

「やはりエルトア問題か」

「これは少々厄介ですね」

「どうせ馬も捨てたし、街道以外を突破しても構わんだろう」

「でも、街道以外を移動しているところを見つかったら、すぐに追われてしまいますよ」

「それはジュノとクラトで何とか無かった事にしてくれ」

「無かった事にって、殲滅するのですか」

「ま、場合によってはって事だ」

「分かりました。慎重に進みましょう」


その日の午後、バイカルノはキキラサを連れて市場に出た。

そこでキキラサにせがまれて匂い袋を買ったようだ。

「らしくねぇことしてんな。バイカルノのヤツめ」

「そうですね、以前のバイカルノ殿であれば、キキラサを保護したりしないでしょう」

「らしくない事をするのは間違いの元だって、あいつがいつも言ってたんだぜ」

「しかし、それをやめさせる理由もありません」


ジュノとクラトはバイカルノの変化を好ましく見ていたといえる。

もしバイカルノが第三者の立場なら言うだろう。

“お前にも毒がまわってきたようだな。うっかりしてると死ぬぞ”


何にせよ、キキラサは明日、役所に預けてしまえば別れる事になる。

そう、何の問題もないはずだった。


*-*-*-*-*-*


その日の夜。キキラサは泣いた。

さびしいだろうし、不安だろう。しかし何もしてやれない。

「大丈夫だ、心配するな」

これほど空しい言葉もない。

キキラサが言う両親の特徴はクラト達が発見した死体と酷似していた。

もう疑う余地は無い。キキラサの親は殺されたのだ、首狩の赤賊に。


受付で散々待たせたあげく、出てきた役人は明らかに面倒そうだった。

「お前、その娘をなぜ保護したのだ?」

「放っておけないでしょう」

「お前はその娘の何なのだ?」

「何の関係もありません。通りすがりの者です」

「お前は保護したと言うが、親とはぐれたのではなかったらどうする」

ジュノは役人が暗に両親が死んでいたらという仮定をしていると思った。

「だからこそ尚更保護しなければならないと判断しました」

「は?何を言っている?お前達が言う保護こそが、親とはぐれた原因なのでは無いか?つまり誘拐の可能性があるという事だ。その娘を預かるのであれば、我々はお前も調べねばならん」

ジュノは天を仰いだ。

この役人は厄介払いしようとしている。

「分かりました。子供が居なくなったという者がいないか調べてみます」

実に馬鹿らしい事だ。子供が行方不明になったという届出が集まるのはこの役所だろうに。

ジュノはキキラサを背負って宿に戻った。

キキラサは降ろされるとすぐにバイカルノの許に走っていった。


クラトは視線をバイカルノとキキラサに向けながら訊いた。

「なんでキキラサが一緒に帰って来るんだよ」

「どうもこうもありません。役所が面倒がって、預けていくなら誘拐の可能性があるとして私を調べると言い出したんです」

「ありえねぇな。どんだけやる気がねぇんだっつーの」

「とりあえずバイカルノ殿にも後で説明します。キキラサには役所で両親を探すから連絡を待つのだと説明してあります」

「じゃ、飯でも食うか。まさかバイカルノのやつ、この街に捨てていくなんて言い出さんだろうな」

「それは無いでしょうけど」


昼食は違う宿でとった。勿論、用心のためだ。

本当ならこんな厄介な荷物は御免蒙りたいところだが、今更放り出すわけにもいかなかった。

「おい、キキラサ、お前はどこへ行く途中だったんだ?」

「お家に帰るところだったの」

「家はどこだよ」

「エルトア。新しい国のお城が見えるところ」

新しい国とはトレヴェントの事だろう。

城とはマーカス城に違いない。エルトア領から見えるトレヴェントの城は旧マーカス郷のマーカス城のみだ。

「家には誰かいるのか?」

「おじいちゃんとおばあちゃん、後、おばさんがいる」


「・・・よし、その家まで送ってやる。お前の両親は役所に届けておくから。見つかったら先に帰っていると伝えてもらう事にしよう。もし怪我とかで動けないのなら連絡をもらえるようにしておこう。住所は?」

「・・・」

「どうした?」

「・・・わからない」

「エルトアはトレヴェント成立の影響で色々と区域をいじったからなぁ。ま、しょうがない。家に着いたらこの役所に手紙で知らせるんだな」

「・・・」

さっきまで明るく振舞っていたキキラサは急におどおどし始め、ついには押し黙ってしまった。

「キキラサ、おじいさん達も心配するだろうから一旦帰った方がいいよ」

「そうだよ、バイカルノのおじさんが、おんぶしてくれるから楽チンだぜ」

「クラト、勝手な事を抜かすな」

キキラサがバイカルノを見上げた。

「・・・分かった。おんぶしてやる」


こうしてバイカルノ一行にキキラサが同行することになった。


*-*-*-*-*-*


キキラサを加えた一行はレジーナ街道に出るのに2日を要した。

キキラサに歩かせては時間がいくらあっても足りないし、怖がって馬に乗らないので、3人が交代で背負った。

バイカルノとクラトの下らないやりとりにキキラサは意味がわからずとも笑っていた。

「おいバイカルノ、本当にらしくねぇな」

「何言ってる。お前もたまには“らしくなく”礼儀正しくやってみろってんだ」

「お、ついに軍師様もネタ切れか?シャオルに会った時と同じ事言ってるぜ」

「うるさいよ。お前の礼儀知らずは後3回はネタにしてもいいくらい酷いんだよ」

「はいはい、そうですか、そうですねー、ごめんなさいねー」

「このバカが」

「バカって言うな!」


*-*-*-*-*-*


「この森を抜けるとお家が近い」

キキラサの指し示す森はうっそうと深く地形も複雑に見えた。

バイカルノは迷ったが、レジーナ街道の関所も面倒だったので、森を抜ける事にした。

クラトとジュノはバイカルノの判断に従う。

しかし、深い森に踏み込んだバイカルノは思った。

「確かに俺らしくねぇな」


森を抜ける道は徐々に細くなり、ついには途切れてしまった。

「ここは左に下ると道がある」

キキラサのやけにはっきりとした言葉。

馬を連れてやっと降りられる崖を降りると確かに小道らしきものが続いている。

しかしまた途切れた。

「キキラサ、この先はどの方角だ?」

「確かこっち」

徐々に登ってはまた崖を降りた。

また小道らしきものがあった。

「もうあんな崖はない。お家も近い」

「しかし随分と深い森だな。いつもこんな森を通ってるのか?」

「私のお父さんは強いの。お父さん・・・」

キキラサが泣き始めた。

「キキラサ泣くな。お父さんとお母さんはきっと無事だよ。ここで食事にしよう」


ジュノが馬から荷物をおろした時だった。

馬が急に落ち着きを失って暴れ始めた。

「どうどう、落ち着くんだ、どうした」

立ち木に繋ぐ前だった馬は右往左往し、なだめようとするジュノを蹴らんばかりに興奮している。


ふと茂みの中に何者かの気配を感じた。

「クラトさん、薮の中に何者か潜んでいます」

バイカルノは素早くキキラサを抱き、クラトは20リグノ剣の柄を握った。

薮に向かってジュノが声をかけた。

「私達は旅の者です。危害を加えるつもりはありません」

問いかけにも何の反応もせず、薮の中を移動し始めた。

興奮の極致にあった馬はついに走り出した。

薮の中の何者かが馬を追った。

その直後、馬の悲鳴のような鳴き声が聞こえて消えた。

バキバキと何かが砕ける音が聞こえる。

クラトは20リグノ剣を抜くと、藪に向かって吼えた。

「てめぇ!出てこい!俺たちの馬をどうした!」


薮の中の何者かが答えた。

それは確かに人間の言葉だったが、人間の声には聞こえなかった。

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