16-2 赤賊
シャオル達と別れ、レジーナ街道までの道筋を4分の3ほど南下した宿場。
「少しよろしいでしょうか」
突然、声を掛けられた。
色白の細い目をした男だった。外見は商人だが、商人でない事は明らかだ。
「この先の間道を通られるので?」
「そうだ」
「もしよければご一緒させてはもらえませんか」
「意味が分からん」
「この先の間道は追剥ぎが出ると聞きます。しかも被害者は全てが首を切り裂かれて殺されているとか・・・聞いておりますよね、“首狩りの赤賊”の噂は」
「断る」バイカルノは顔すら向けなかった。
「まだ何も説明しておりませんが」
「聞く必要はない」
「何もご迷惑をお掛けする事はありませんよ」
「お前が何者なのか分からない」
「私を盗賊か詐欺師とでもお考えでしょうか。もし私がそうだとしても、あなた方には敵わないと思いますが」
「お前の敵に襲われるという事もありうる」
「・・・なるほど。これはお見それしました。相当な切れ者と見える。しかも大事なものを運んでいらっしゃる」
「赤の他人を詮索するんじゃない。不幸の元だ」
「お礼なら弾ませてもらっても良いのですがね」
「うるさいぞ、消えろ」
「わかりました。しかしまたお会いする事になるでしょう・・・バイカルノ殿」
「なに、貴様は」
男はうなじにある刺青を見せた。
それは小さな龍の刺青だ。
「貴様・・・黒鉄団か・・・」
「はい、黒鉄団も今では陰も形も残っちゃいません。それどころか、構成員だった者のほとんどが消息不明です」
「俺の知った事ではない」
「バイカルノ殿は黒鉄団の中でも大出世なさったクチですからね。私なんぞにかまってはいられないでしょうな」
「うるさいぞ、お前は今生きている事に感謝しろ。それ以上の事を望むんじゃない」
「まぁいいでしょう。今日のところはご挨拶という事で。では、いずれまた」
男はスッと立ち上がるといつの間にか人ごみに紛れて消えた。
「全くうるさい奴だ」
「バイカルノ殿、あの男は?」
「気にしなくていい・・・って訳にもいかんな。俺はな、武装商隊を組織する前はこの一帯を荒らしまわった盗賊団に身を置いていたのさ。あいつは同じ盗賊団にいた男のようだ」
「なぜ黒鉄団だと分かったのですか?」
「黒鉄団はうなじに刺青を彫る。あいつのうなじにそれがあった」
「あの頃の俺は全くのチンピラだった。・・・ま、くだらない話さ。そう、そしてくだらない人間だった」
バイカルノが触れたうなじには髪に隠れて小さな龍の刺青が彫られていた。
*-*-*-*-*-*
「この間道は確かに近道なのでしょうが、問題は無いのでしょうか」
「俺はこの“デアルタ間道”を何度も通ってる」
「そうですか、それなら何も申しません」
バイカルノ達が通ろうといしている間道はペテスロイ街道から南西方向へ進んでレジーナ街道に至るもので、形式上は3級街道とされている。
ペテスロイ街道はレジーナ街道と交差する前に東へ大きく湾曲しているため、ペテスロイ街道からレジーナ街道に直接入ろうとすると距離的には大きなロスなのだ。
しかし、バイカルノ達がデアルタ間道を通る事にした理由は、ペテスロイ街道での乗馬規制にある。
ギルモア政府が馬車及び荷駄以外の馬の移動を規制しているのだ。
有名な馬の産地であるブレシアを手中に収めたギルモアは騎馬隊の増強に着手しており、馬が他国に流れるのを防止したかった。しかし、生産した馬を販売する権利は勿論ブレシアにある。
そこでギルモア政府は、移動を規制する事で馬の流通を滞らせようとしているのだ。しかも乗馬用の馬まで規制するという徹底振りだ。
バイカルノ達は荷物を運ぶ1頭にせざるを得なかった。
どうせ関所で取り上げえられてしまうのであればと2頭を売ろうとしたが、足元を見ているのか、信じられない安値でしか売れなかった。
「全く、くだらん規制をしやがって、モノを滞らせて発展する訳がないだろうが」
バイカルノがぼやいても状況は変わらない。
乗り合い馬車を利用するなら、残った一頭も手放すしかないので、街道としての整備は格段に落ちるが距離が1/3程度に短縮できるデアルタ間道を通る事にしたのだ。
この間道はレジーナ街道に出るまで、2箇所の難所があって、そこは馬車では通行できないし、馬も人が降りて曳いてやる必要があった。
そういった理由で物資の流通路にはなりえず、通行量も少ないのがデアルタ間道なのだが、人が直接運べる程度の荷物はこの街道で運んだほうが格段に早く到着する。
デアルタ街道は、マスエナルや財宝、情報の通り道でもあった。
◇*◇*◇*◇*◇
翌日、街道で昨日の男が死んでいた。
喉を掻き切られ荷物を奪われていたそうだ。
この地区の自警団と役人が早くも到着しており、手馴れたように処理を進めている。
「また首狩の赤賊か。しばらく話を聞かないと思ったらまた始まったか」
デアルタ間道は3級街道だが、森や谷を通るため道幅も狭い。
もう7年も前になるだろうか。この周辺の街道で追剥ぎが頻繁に発生した。
被害者は例外なく喉を掻き切られているが、ある被害者が死ぬ前に「赤い奴が」と口にした事から犯人は“首狩の赤賊”と呼ばれるようになった。事実、赤いものが跳ぶように逃げたなどという証言もあり、一部ではオルグ化した赤猿が犯人だと言う者もいた。
◇*◇*◇*◇*◇
「おい、あれは!」
バイカルノの声に目を向けると人が倒れているのが見えた。
クラトが走り出そうとするのをジュノが止める。
「なんだよジュノ」
「あからさまに置かれた死体は何か裏があるかもしれません」
「まさか、戦場の死体じゃあるまいし」
「この街道は戦場も同じです。用心に越した事はありません」
「ジュノ、さすがだな。俺もそう思う。クラト、もしかすると命拾いしたかも知れんぞ」
警戒しながら近づいてみると男女の死体があった。男の首は掻き切られ、覆いかぶさるようにした女は首と背中を刺され、衣服は血で赤黒く染まっていた。
「これが“首狩の赤賊”か?」
「とにかく次の宿場で役所に届けましょう」
「それは止めておけ。どうせ誰かが届けるはずだ。余計な面倒に巻き込まれてはたまらん」
「わかりました、そうします。それにしても死体がまだ新しい」
しばらく進むと、街道の塚石が見えてきた。
この塚石は街道の距離を示す距離標で、6ファロ(約2.4km)ごとに設置されている。
距離標には直径0.5リティ(約40㎝)、高さ1リティ(約80㎝)ほどの石柱が立てられ、その左右に同じ大きさの石が街道に沿って横に置かれている。旅人はこの石に座って休むのだ。
中には樹木が植えられ、木陰を作ってある場所もあり、そんなところに店が出て、やがて大きな宿場となったという例もある。
その塚石に誰かが腰掛けているのが見えた。
赤い服を着ている。
死体があった場所から近い。緊張が走る。
しかし、警戒しながら近づいた3人は多少なりとも驚いた。
10歳くらいと思われる女の子が、たった一人で座っていたのだ。
ジュノが努めて優しく聞いた。
「ここで何をしているんだい?」
「お父さんとお母さんを待ってるの」
「お父さんとお母さん?」
この時、三人の脳裏に惨殺された男女の死体が思い出された。
もしこの娘の親があの夫婦なら、この娘はここで朽ちるしかあるまい。
さすがのジュノも子供が相手では勝手が違うようだ。
「名前は?」
「・・・キキラサ」
「家族は?」
「いなくなっちゃった」
「いつから?」
「き、きのう・・・い、いなくなちゃったの・・・」
キキラサの声は震え、泣き出した。
腕を組んで見ていたバイカルノが口を開いた。
「おい、キキラサとかいったな。こんなところで待っていても無駄だ。とにかくこの先の宿場にいくぞ」
「でも・・・」
「もしかすると病気で動けないのかもしれない。宿場には病院もあるから探してみよう」
キキラサはこくりと頷いたものの立ち上がろうとはしなかった。
ジュノが水筒を渡すと貪るように飲み、差し出されたパンを少し食べキキラサは、バイカルノに背負われて眠ってしまったようだ。
「厄介なのを拾っちまったな」
「しかし放ってはおけないでしょう」
「あの夫婦って・・・」
「クラト、黙っておけ。寝ていても重要な言葉は頭に残るかもしれない」
「随分と気を遣ってるな。冷徹軍師のくせに」
「俺の呼び名は傭兵軍師だろ!」
「まぁまぁ、それより宿場でどうするんですか」
「街道で保護したと役所に届けるしかないだろうな。届出はジュノに任せる」
「このメンバーならその役目は私でしょうね。やっぱり」
「そうだ。クラトは問題が無いところから問題を作っちまうからな」
「うるせぇよ。ま、バイカルノだと変態オヤジかと疑われちまうしな」
「何だと!」
バイカルノの声にキキラサが身体をよじった。
「大声出すなよ、起きちまうだろ」
「大きな声はお互い様だ」
「何だと」
「二人ともいい加減にしてください。とにかく私達の予定は変更しません。どちらにせよ我々に何が出来るわけではありませんから」
「お、おぅ」「ま、そりゃそうだが」
バイカルノがふいにつぶやいた。
「それにしても、血の臭いがするな」
キキラサの身体が小さく震えた。
「血・・・ですか?私は感じませんけど」
「さっきの死体か?」
「わからん。この辺りは薮の中に死体があってもおかしくないからな」
「それにしても昔から血の臭いがしやがるぜ、この街道は」