ロスト②
氏名は成海蔵人、27歳会社員
遺留品はバイクが林道に放置され、携帯が井戸の傍に落ちていた。
行方不明者は間違いなくここに来たようだ。
一昨日出された捜索願いは、不審な放置バイクの連絡からこの場所に行き着いた。
井戸の中へ降りて捜索するが、何も見当たらなかった。
井戸の底は、いま掘り起こされたばかりのように砂で覆われていた。
この井戸の底には数日前まで落ち葉が積もっていたのだ。
井戸の内側の苔も一部が掻き落ちている。
しかし誰も気付くまい。
警察からの報告を受けた美沙子は暫く口が利けなかった。
なぜ、あんな場所に。あの場所になにがあるの。
私も追いかけて行ける?
夫や息子を・・・追いかけて行ける?
警察の話を聞いて目が回るようで立っていられない。どうにかなってしまいそう。
でも、やらなければと思うと何とか私でいられそうな気がする。
行かなければ、私も。
◇*◇*◇*◇*◇
大したニュースにもならないようで、場所は全く分らなかった。
ネットで事件の事を振ってみた。何件か反応があった。
ナルミさんの近所の人らしい。
どうやらナルミさんのお父さんも同じ場所で失踪というか行方知れずというか、とにかくいなくなったって。
何それ?どういう事?
近所では結構な噂になっているようで、場所をきいたら、すぐに教えてくれた。
すぐに調べる。意外と近い場所だ。
なぜだろう。行かなきゃならない気持ちが溢れる。
でも、行ってどうするの?警察が周辺も捜索したんでしょ?
私に何ができるの?
それにナルミさんとは何の関係も無いじゃない。
ハガキ一枚書いただけ。
その時、机の上で鈍い光を放つジッポが目に留まった。
この少女が名前を知らない色はブラックニッケル。
刻印しかないシンプルな作りのそれは、決して加工では出せない使い込まれた雰囲気があった。
行かなきゃ。
やっぱり私、行かなきゃ。
◇*◇*◇*◇*◇
「加藤君・・・加藤君?・・・おい、加藤!」
「あ、はい!」
「お前、ナルミの事が気になるのは分るが、我々には何も出来ないんだ、しっかりしろ!」
「はい、すみません」
「お前も休み取るか?まったく」
「・・・お願いします!」
「おい、冗談だよ。え、ほんとに取るのか?」
◇*◇*◇*◇*◇
お母さんが居るかどうか分らないが、ついでだから寄ってみよう。
慌てて買った菓子折りが助手席のシートで揺れる。
ナルミの実家に着いたが、不在のようだ。
じゃ、行ってみるか。目的地に。
林道を走っていくと、待避所にミニバイクが2台止まっている。
2台は待避所の端と端に止まっていて、持ち主が知り合いでは無い事を示していた。
「全く、車が止めづらいじゃないか」
数回切り替えして山肌に寄せて駐車する。
沢を渡って、山道を登る。
黄色に黒文字のテープの切れ端が落ちている。
ここか・・・あたりは草が踏み倒されて土が露出している場所もあった。
この井戸の近くで携帯が見つかったんだな。
トタンで作ってある蓋が外されている。中を覗くが何も無い。
当たり前だ。
多くの人間の足跡で倒された草々。梢が風に揺れている。
まるで俺を哂っているようだ。
なぜ俺は来たんだろう。何もできないのに。
帰ろう。
警察が散々捜索した後だ。
落し物じゃあるまいし、人間一人を見逃す訳が無いじゃないか。
振り返って井戸に背を向けた瞬間に感じた。
誰か居る!
なぜか動けなかった。
振り向けない。顔さえ動かせない。
小さな声が聞こえた。女性の声だが何を話しているのか聞こえない。
小さいからというより、か細く生気が無いせいだ。
動けない俺の背後で2人の女性の声が近づいてくる。
「これがナルミさんの」
俺は、ぐいと振り向いた。
2人のうつむいた女性が小屋の角から姿を現した。
「そうですか。これがあの子のライターですか」