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ロストA8

石崎が施術の行われるモニタールームのドアを開けると、多くの顔が振り返った。

それらは怯えを含んだ疑問の顔。そしてここに居るはずのない顔もあった。

レギュレーターが3名。


「石崎くん、丁度よかった。呼びに行かせようと思ったところだよ」

№003西山の声だった。

「西山・・・さん」

石崎は瞬時に理解した。


一昨日、3名の死亡者が出た。西山は忙しかったに違いない。

にもかかわらず西山がここにいるという事は、新たな死体が出る可能性があるという事だ。

そして、なぜ俺が丁度よいのか、それはストラグラー対応のためだろう。

つまり、今更ながらストラグラー対応の必要性に気付いたという事だ。


石崎は心の中で毒づいた。

結局、戦闘系覚醒者であるレギュレーターを揃えられなかったという事だろうが。

俺を含めて2×2名対応か・・・ふん、瀧代表に来て貰えば、1人で十分だろうに。

叶わない事とはいえ、そう悪態をつかずにはいられなかった。

こっちは星野を“ブラギ”に投入されて、№511、№512まで駆り出してるってのに。俺まで使おうっていうのか。

それに、何で林さんや水野さんじゃなく西山に指示されなければならんのだ。

恐らく気付いたのは西山。

仕切り好きの奉行にはもってこいのシチュエーションという訳だ。

くだらん話だが、色々と手間が省けた。

これこそ、結果、オーライってヤツだ。


「石崎くん、恐らく君が考えたとおりの状況にある。ストラグラー対応を頼むよ」

「はい、わかりました」

「あ、それと林さんも水野くんも施術で忙しくてね。部外者ともいえる私が色々と言うかもしれないが、協力してくれたまえ」

西山は目を細めて笑った。

石崎は一礼して配置に着く。

確認しなくても分かる、№D1-029神代千夏の左脇が空いていた。


ちっ、よりによって“いわくつき”の方か。


石崎は対面に位置するレギュレーターに声を掛けた。

「説明してくれ」

「火器は使用しないようにとの指示です、これを使って下さい」

手渡されたのは大型のバールだった。

通常、ストラグラー対応は特殊弾を使用した拳銃が用いられる。この為、施術の台は兆弾防止の処置が施され、床なども同様の考慮がなされている。

今回はそれらの処置がなされていないうえ、同時に2体の施術を行う事から、火器は禁止された。

また通常の対応では刃物も使用しない。

以前、大型のナイフ、それは剣鉈のようなものだったが、誤ってストラグラーの手首を切り落としてしまい、上体が自由になったストラグラーによって1名が重傷を負う事故が発生したからだ。


ストラグラーといえど、脳を破壊すれば活動は停止する。また、それが一番適切な対処といえるだろう。しかし今回はヘリオを外すわけにはいかないので一撃では無理だ。むしろ心臓への攻撃が有効だと判断された。


「それでバールこれかよ、争議暴動かっての」

石崎の茶化すような言葉を他のレギュレーターは無視した。


事故発生後に着せられていた手術着が取り除かれており、手足には拘束するための手枷と足枷には太い鎖が取り付けられ、急遽設置された床のアンカーに連結されている。

被験者の頭側に置かれたモニターに目を向けると、血圧・脈拍・呼吸は落ち着いていた。

ゲーム内では睡眠に入っており、薬剤も投与されているからだろう。

シートの横に置かれた機械が閉鎖型排便装置。肛門に挿入された複合ユニットが定期的に便を粉砕して洗浄、吸引する。

小さな振動音によって装置が稼動している事が分かる。

少女の白い下腹部から伸びているチューブがバルーンカテーテルだ。膀胱の尿は溜まる間もなくチューブから採尿バックに排尿される。

その身体は全てを晒されながら、頭部だけはヘリオを装着したままだ。

表情は全く読み取れない。


「全く、プライバシーもクソもあったもんじゃないが、アトラクターとはそういうものだ」

相変わらずの無視を気にもせず、石崎は被験者を確認する。

ストラグラーを知る彼らはストラグラー対処を嫌悪していた。

自らの手首を引きちぎってまで襲いかかろうとした少年、噛み付こうと開いた口が頬まで引き裂けた女、何発もの銃弾を浴びながら笑い叫ぶ中年男。

ストラグラー対応のレギュレーターの負担はとてつもなく大きい。

イマージャーと戦っている方がマシだ。少なくとも“人間”が相手だ。


レギュレーター達の思考は水野の声で中断された。

「では改めて覚醒施術を実施する」


◇*◇*◇*◇*◇


部屋の奥から直径40㎝、長さ80㎝ほどのガラス密閉カプセルが被験者の足元に運ばれた。

これが事前準備されたエナルス。カプセルの中で白っぽく揺らめいている。

被験者1人に3本。これが適量だ。

水野はこのカプセルを見るとあの男を思い出す。


フェノル・サギータは優秀な研究員だった。

我々にとって当たり前の器具も彼にとっては奇跡の器具なのだ。それらが彼に与えた力は大きかった。

フェノルによってエナルの種類選別と使用量が厳密に設定された。

これだけでも覚醒研究を10年は進めたと言えるだろう。

しかし、残念ながら我々はエナルの種類を感じる事ができない。これによって覚醒施術はストラグラーの危険を内包し続ける事になる。

そもそも我々人間はエナルの存在自体を感じる事に鈍いのだ。

私と林さんはエナルを感じる事が可能だが、他の者は生成されたエナルスでなければ感じる事ができない。それとて№508石崎を除いた№503から№509の6名を数えるのみだ。

彼らの仕事は、覚醒施術でエナルスを集成してハイエナルを作り、それを維持する事だ。

そして、ハイエナルを私と林さんが被験者に“押し込む”のだ。


つまりエナルスの生成は私と林さんの仕事という事になる。

実はこれが結構な負担となっており、組織はエナルス生成を行える要員の確保を望んだ。それらをフォーミュレーターの予備要員として位置づけ、インジケーターGクラス(略してIGアイジー)、アトラクターGクラス(略してAGエージー)の設置を検討している。

これはアトラクターにフォーミュレーターへの道を開いた画期的な判断といえるが、アトラクターとストラグラーは同じ経緯で発生した存在であり、両者の違いに本人の能力も意志も関係はない。

アトラクターは精神的に耐えられるだろうか。


この決定はアトラクターからレギュレーターの道を開き、後にネイバーを大きく揺るがす事態を引き起こす事になる。


*-*-*-*-*-*


「集成始めます」

緊張した声が響き、№504、505、506、507、4名がハイエナルの集成を開始した。


「どうだ?」

「大丈夫です」

「Bチームは?」

「いけます」

「水野くん、数値は安定そのもの、メンバーも揃った」

「はい」

「西山さんの助言で体制も万全だ」林は小さくウインクした。

「はい」

「いけるだろう、我々は立ち止まるわけにはいかないのだ。フォーミュレーターも進化せねばならん」

「大丈夫です、必ず成功します」

「うん、そうだ。必ずできる」


◇*◇*◇*◇*◇


「全プレイヤーに連絡:覚醒施術は成功。D1-009、D1-029は、№911、№912」

「全プレイヤーに連絡:を新しい№として発行する」


「やったか!」

珍しく最初に口を開いたのはシンだった。

続いて隣の部屋から夏海の泣き声が聞こえ始めた。

駆けつけようとするカイトを星野が止めた。

「今は誰も入り込めません」

カイトは何か言おうとしたが、すぐに諦めたように下を向いた。

「さて、これで彼らもアトラクターです。調整を行って能力を確認した後、当面はゲームクリアが目的となります。改めてお2人の協力をお願いします」

「彼らは別チームにして戦力を安定させた方がいいかな?」

「いや、まだ能力が分かりません。何しろ、ゲームキャラのレベルで言えば、私のLv10が一番低いのですから。むしろカイトさんとシンさんをリーダーとしてどうパーティを組むかという考え方の方が自然ですね。ただ、私にも少し考えがあります」

「ゲームについては、ぼくたちより星野さんのほうが詳しい。お任せします」

「分かりました。私の任務はアトラクターを無事に帰す事にあります」


◇*◇*◇*◇*◇


私達は目覚めた。

最後の記憶はゲームクリア後のエンドロールだ。


驚いたことに、意外にも現実とゲームを認識している。

熱中したゲームのクリア後に感じるような、達成感と寂寥感と、微妙な安堵感。

バイザーが上げると、さすがにまぶしさを感じた。

たくさんの顔が私を見つめていた。

「聞こえるか?」

「・・・あ、はい」

スピーカーではなく直接耳に届く声は、ぼんやりと聞こえて何となくウソっぽかった。

「名前とナンバーを教えてくれ」

「はい、神代千夏、ナンバーは912です」

ざわめきと小さな歓声が上がった。

私は自分で答えて、「あれ?」と思った。

№912は間違いないのに、№912以外であるという事を否定できなかった。

何か、同じような感覚が微かな記憶に残っている。


・・・そうだ。

お母さんから「千夏ちゃん」と呼ばれた時の違和感と似ているんだ。


なぜこんな事を思い出したのだろう。

ふと横を見ようとしたが、首が動かない。

「コータ・・・は?」

「まだ目覚めていない。君にはまず説明をきいてもらう」

私は目で頷いた。

「君達はゲームの中に3週間ほどいた事になる。つまり3週間もの間、身体はほとんど動かしていない。リハビリが必要だ。これから君は医療施設にスタッフと共に移動してもらう」

「松原海斗、片山新かたやまあらた、鮎川夏海の3名は既に施設に移動済だ」

「よかった・・・」


頭の方から声が聞こえる。女性の声だ。

「処置の間は眠っていてもらいますか?」

「いや、いいだろう。B値、L値共に高い。その確認もしたい」

老人が答え、女性が頷く気配があった。

「はい、分かりました」

恐らく声の主であろう女性の顔が私の視界に入った。

美しい女性だ。白い肌と黒い髪、唇がとても紅い。

「あなたは3週間このままの姿勢で過ごしました。シートがブロック構造のエアクッションなので床ずれは最小限に抑えていますが、体の機能はかなり衰えています。これからあなたの身体に取り付けられた装置類を外しますので、できるだけリラックスして下さい」


機械が外されていく。

ヘリオに続いて、Aギア、Bギア、Dギア、最後に頭を支えられるようにしてCギアが外された。

Cギアを外すために頭を起こされた時、私は何も着ていない事に気付いた。


「カテーテルと排便装置を外します。ダイパーは違和感があるかもしれませんが、我慢してください」


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