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ロストA7

星野はいつもと同じ丁寧な言葉で言った。

「お2人にはアトラクターになっていただきます」


「え・・・」

私達は星野さんが言った言葉をすぐには理解できなかった。


「そうでなければクリアが困難なのです」

「でも・・・」


これにはさすがにカイトもシンも驚きを隠せなかった。

「星野さんが投入された理由はこれか・・・」

組織は全員の帰還を目指しているという事なのか。

しかし、この状況で覚醒施術をやるというのか?

星野さんはフォーミュレーターではないはずじゃないのか?

大体、覚醒施術は実体の肉体へ行うものじゃないのか?


コータが初めて口を開いた。

「アトラクターって何ですか?能力が高くなるとか、何かの処置、薬とか手術とかするんじゃないですか?それって大丈夫なんですか、身体的とか、その、精神的にとか」


君達も聞いた事があるのではないでしょうか、人間の潜在能力について。

いわゆる火事場のクソ力ってやつですね。人間は本来の能力の一部しか使っていない。これは力を無意識にセーブしている部分と、力自体を認識していないという部分があります。

誰だって、やる気がある時と無い時に出る力が違うじゃないですか?これも実験で石崎が言っていた、力を認識しなければその力は使えないという事と同じなのです。

認識されていない力を認識して使えるようにする。ただ常に使うのは負担が大きいので、コントロールが必要となります。

それらが出来る者をアトラクターと呼んでいるのです。


「アトラクターってそいういう人の事、ですか?」

「そうです。そういった力の使い方ができるようにするのも、これまで行ってきた実験と非常に近いと言えるでしょう」


「ものは言いようだな」

離れて見ているシンは、相変わらず醒めた表情でつぶやいた。

そのシンにカイトが視線を向ける。

「というか、ほとんどウソだよね。覚醒者の能力の一部しか説明していないし」

「しかし、ここで時間は掛けていられない」

「方便って事か。でも、このままアトラクターになって、2人は納得するかな?」

「すると思う。俺だってそうだった。今でも時々感じることがある理不尽さだったり、何と言ったらいいのかな、諦めだったり、そんなものよりも組織や水野さんへの従属意識、自分が優れているという高揚感と使命感、そういったものが非常に大きい」

カイトは顔を動かさずに言った。

「でも夏海さんは仲間を選ぼうとした」

「いや、あれば選んだとはいえない。どちらも選べなかっただけだ。人間の判断とは選択だ。そして選択の中に全てを選ぶという選択肢はないが、全てを選ばないという選択肢はあるのさ」

「ぼく達を選ばなかったという言い方もできるんじゃないかな」

「それはもう言葉の問題で本質を現すものではない」

「そうかな?ぼくは言葉の表も裏もそれぞれ本質を持つと思うけど」

「どういう考え方になる?」

「あの時点で仲間かぼく達かという選択は既に破綻してたじゃないか。どちらにせよ仲間は助からないんだから。すると残るのは自分とぼく達しかない。そしてぼく達を助けるという選択をしなかった」

「でも自分を助けるという選択もしなかった」

「うん。だから夏海さんは仲間を選んだんだよ。自分は仲間を見捨てないという選択肢を選んだんだ、自分の命より。だから、明らかだよ。ぼく達と仲間では仲間を選ぶだろう」


シンは心の中で苦笑した。

そうだ、カイトは正しい。状況は仲間か俺達かの選択に見えるが、本当はそうじゃない。俺達か自分かの選択。

そして、あの逡巡した態度の根底には仲間を選ぶという判断があったのだ。

優柔不断に見えて意思が強い人間がいる。周囲をおもんばかるがゆえにグズと言われる人間がいる。

カイトはそんな人間を理解できる。それが彼を強くするのか、彼の弱点となるのかは分からない。

ただ、シンはなぜか嬉しかった。


シンは出来るだけ無感情に言った。

「№906は選べなかったんだ。考え方はどうであれ、そう思っていた方がいい」


シンはカイトの能力を高く評価していた。自分よりも年下のカイトに同等以上の接し方をしてきたし、彼に足りないものは何でも与えてきた。

自分の感情に戸惑う事もあった。しかし今ではそれがカイトの持つ魅力なのだろうと考えている。

カイトは年齢相応の純粋さと危さを持っていた。足りないものも多い。

しかし、シンが持っていないものをもっている。

シンはそれを自分には手に入れられないものだという事も解っていた。それら全てがシンを惹きつけるのだ。


*-*-*-*-*-*


「それでは、さっそく始めましょう。何しろ時間が惜しい」

「え、ここで出来るんですか?」

「場所はどこでもかまいません。ただ、リラックスできる場所が良いでしょう。そうですね、昼寝でもできそうな場所。そこでトライしてみましょう」


*-*-*-*-*-*


「連絡用書き込みを確認しました!」

「よし、書き込み時刻から実施要請時刻を計算しろ」

「・・・本日・・・23:00、明日01:00、03:00です」

「外部通信入れろ、『本部了解、フォーミュレーターによる調整中につき実施未定』だ」

「え、実施未定ですか?」

「いや、実施はする」

№511が通信内容を入力しながら尋ねた。

「ではなぜ?」

「奴らはな、危機に真正面からぶつけるとつぶれちまう可能性があるんだよ。だから何でも都合よく解釈する。実施未定なら不安が高まるにつれて実施はしないだろうと考える。その結論に至れば緊張が解けるだろう」


「しかし石崎さん、結果オーライってやつですかね?」

「なにが?」

「だって、胃瘻とストーマの外科処置をした被験者がアトラクターに処理されたじゃないですか」

「結果オーライじゃない、俺達の手間が減っただけだ。手間が減るって言ったら全員くたばった方がいいだろう。だから、別に良くも悪くも無い」「そんな事より早く報告に行け。水野さんに報告して、伝達が必要な部署があったら内容を確認してこい」

「はい、わかりました」


◇*◇*◇*◇*◇


「D1-009施術をAチーム、フォーミュレーターは№501、D1-029施術のBチームは私が担当する」

「被験者はこれまでになく安定した状態にある。睡眠と薬品に加え、今回はプログラムとのシンクロがどのような影響を及ぼすか、覚醒施術の成功率だけではなくかアトラクターの能力への影響にもアプローチしたいと思う」

「我々はまた一歩前進する。暗闇を進むには一歩を踏み出す勇気こそが必要だ、各々全力を尽くしてくれ」


*-*-*-*-*-*


被験者は23:30頃、睡眠に入った。

脳波データは20:00頃から乱れ始め、23:00には最大に達した。その後、乱れは急速に収まり、安定すると同時に睡眠にはいったようだ。


ヘリオ(ヘルメット型の入出力装置)のマイクコードが引き抜かれ、そこへ細いチューブが通された。ここから吸入麻酔薬が用いられる。

「脳波確認」

「安定、異常ありません」

「バイザーオープン、マウスガードリリース、GCS確認」

「はい」


「E、V、M、全て1ポイントです」

「NGチューブ除去」

「NGチューブ除去しました」

「バイザーフルオープン、マイクコードを戻してチューブを併設」


「チューブ併設完了しました」

「容態再確認」

「脳波異常なし、GCS全て1ポイント」

「マウスガードセット、バイザー下げ」

「クローズ確認」


「では覚醒施術を実施する」

「今回は初めて2体を同時に施術するが、施術内容も、1体あたりのメンバーも施術内容もこれまでと同じだ、気を引き締めて対処すれば必ず成功する」

『はい』


◇*◇*◇*◇*◇


周囲は既に暗くなっていた。

コータと千夏ティウカが味気ないベッドに横たわり、頭側にカイト、両サイドにシンとホシノが立って2人を見下ろしている。

夏海アユナは別室で待機だ。


「そろそろ施術に入る頃でしょう。ストラグラーについては?」

ホシノの問いにカイトが答える。

「ぼくは見たことがありません。聞いたところでは精神的に異常をきたして攻撃的になるとか・・・」

「もし彼らがストラグラーになったと感じたら躊躇せずに攻撃する事。私の指示を待つような事はやめてください」

「そんなアバウトで大丈夫なんですか」

「大丈夫です。もし彼らが覚醒していれば、君達の一撃では終わりません。とにかくキャラクターはどんな大怪我を負おうと生きてさえいれば良いのですから」

「でもノーガードだと、かなりのダメージになる」

「ストラグラーへの対処は相手の動きを封じるに尽きます。本当なら身体を拘束するのですが、ゲームの中でそれはできませんし、麻痺系の呪文を使うにしても戦闘モードに入らなければ実行できませんからね。結局は打撃系の攻撃で先制するしかないんです」

シンがホシノをチラと見ながら言った。

「№906は?」

「本当は1体に対して2人ツーマンで対処したいのですが・・・」

ホシノが答える途中でカイトが割って入った。

「№906は足手まといになる。ぼくがやるさ、夏海さんにこんな事はさせない」

「分かっています。我々も気を抜かずにいきましょう」


カイトの武器は大剣、シンはクロスロッド、それぞれ構えて横たわった2人を見下ろした。

「もしストラグラーとなった場合、この2人の能力は?」

「君達と同程度の戦闘力を持つかもしれない」

「まさか?ゲームキャラクターのレベルが違いますよ。夏海さんだって元々の能力なら、ぼくやシンにも劣らないのに、ゲームキャラクターがLv14じゃ、Lv19のぼく達には全然敵わない。この2人だって、Lv12とLv15ですから」

「しかし、覚醒レベルが能力に大きく影響するのを知らない訳でもないでしょう?」

「覚醒レベルがぼく達より高くなるとでも言うんですか?」

「確かに君たちの覚醒レベルはアトラクターの中では最高ランクです。しかし、それは今までの結果でしかありません。それに覚醒にシンクロ状態がどう作用するのかだって分かってない」

「もしかすると、覚醒してシンクロが解ける事もあるって事ですか?」

「初めての施術なわけですから、全てにおいて可能性があると言えるでしょうね」

「じゃ、覚醒して、シンクロが解けて、ストラグラー化する事も考えられるって事ですか?」

「無いとは言えません・・・まさか・・・」

「ストラグラー対策無しで覚醒施術するとは考えられませんが・・・連絡用に書き込んできます」


ホシノは部屋を飛び出して行った。


*-*-*-*-*-*


「連絡用書き込みを確認しました」

「内容は?」

「覚醒時にシンクロ率が低下する可能性。ストラグラー対策」

「至急連絡しろ・・・いや、俺が行こう」

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