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ロストA6

突然現れた青い鎧の戦士“カイト”

そして物理戦闘装備の僧侶“シン”


コータ達が気付いたその瞬間、僧侶が消えた。ように見えた。

気付けば千夏ティウカが十字架のような形をした武器で打ち据えられていた。

「キサマ!」コータが自慢のスピードで繰り出したダガーを軽く躱すシンは明らかにコータのスピードを超えていた。

驚きを感じる間も無く、コータは背中に衝撃を受けた。

倒れながら青い鎧がチラと見えた。

「こいつ、戦士のくせに速い」

コータのキャラは地に倒れた。

視点が第三者視点に切り替わる。どうやらコータのキャラは気絶したようだ。

「ちくしょう!」

視点が切り替わってもシンクロ率はいささかの低下も無い。

脳が受け入れたのはコータというキャラクターではなく、ブラスタン・ギアというゲームシステム全てなのだ。


ガチャッ


体勢を崩して膝を着いた千夏ティウカの首筋をシンの武器が上から押さえ込んだ。

「くっ、立ち上がれない。何て力」

僧侶の物理攻撃なのにという疑問を感じながら、視線はコータに向く。

コータのキャラは気絶しているようで動かなかった。

仲間が回復のコマンドを実行しない限り一定の時間は何も出来ない。


千夏ティウカも最初の一撃で、だいぶ体力を持っていかれた。

痛みは感じない。

当たり前だ、ゲームなのだから。仮想で痛みを感じるわけが無いのだ。

ただ、身体が動かない。

カイトが一撃を加えれば恐らく終わりだ。ティウカはゲームオーバーになるだろう。

しかし、これだけはゲームの当たり前から逸脱していた。

ティウカの死は千夏の死だ。

激しい恐怖を感じた。

しかし、キャラクターの死に激しい恐怖を感じるほどのシンクロだからこそ、キャラクターの死がプレイヤーの死に繋がるのだ。それはまるでシンクロのスパイラルといえるほどに脳とゲームを融合させていった結果だ。


「説明の手間が省けたみたいだけど、一つだけ追加しておくよ」


「夏海さん・・・いや、アユナはぼく達と同じアトラクターだ」

『!!』

コータと千夏に衝撃が走った。

夏海がアトラクター?

人を平然と殺すアトラクターと夏海が同類だというのか?


夏海が唇を噛んで俯いていた。

そのこぶしは強く握られ震えている。

「№906、ぼく達とパーティを組んで帰ろう」

「・・・」

「気持ちは分かるよ。でもアトラクター3人でなければ、そもそもクリア自体が難しいんだ。これは、ぼくとシンがある程度までゲームを進めてみて分かった事だよ。僕たち2人じゃ厳しい。残り1人がノーマルでも同じだと思う。このままだと誰も帰れないかもしれない。最大人数を戻すにはアトラクター3人でなければ駄目なんだ」

「・・・」

「夏海さんだって帰りたいだろ?」

「・・・わからない」

「分からない?」

「わからないの、何が正しくて、何が間違いなのか、自分が何を望んでいるのか」

「じゃ、ぼくが教えてあげるよ。夏海さんはぼく達と帰るんだ。そしてまた一緒に仕事をしよう。仲間が待ってる」

「仲間・・・」

「ふ、ふざけんな」

コータの声だった。

「人殺しの仲間は人殺しだ、そんな奴らに夏海を渡せるか!」


カイトはコータを気にもしていない。

「№908が待機している。もし夏海さんが拒否するならそれは単にぼく達が去るだけじゃない。3人とも排除しなければならなくなるんだ」「ぼくにはできない。だから一緒に帰ろう。夏海さん」


「№908の投入まで3時間を切ってる。時間ギリギリまで待つよ。それにその2人の処理はぼく達がやるから」


何の判断もできないまま時間が経過していった。

コータのキャラクターは意識を取り戻して操作が可能となっていたが、千夏と一緒に地面に座り込んでいた。

抵抗するのが馬鹿らしいほど能力差があった。

夏海はどうするつもりなのだろう。コータと千夏の運命は決まっている。

それについて夏海はどうする事もできなかった。

同じアトラクターとはいえ、カイトとシンは効率よくレベルを上げており、とても敵う相手ではなかったのだ。

夏海の選択権は自分が生きるか死ぬかのみだ。それをなぜ保留にしているのか。状況を全て理解したコータと千夏にも分からなかった。

友人の死に殉じようとでもいうのだろうか。


夏海より、カイトが落ち着かない様子だった。

カイトが夏海に説得を試みながら話す内容ではカイトはまだ中学生だという。

一方のシンは会話には加わらず、一言もしゃべらない。


『全プレイヤーに連絡:№906に最終通告。残り時間30分』


「くっ!」

唸ったのはカイト。

「お前達が邪魔なんだ!だから夏海さんが苦しむんだ!」

カイトの大剣がコータに振り下ろされた。

それをアユナの細いレイピアが受け切る。

「ごめんね、わたし何もできない。友達も救えないし、カイト君と一緒にも行けない」

カイトの顔が苦しそうに歪み、身体から力が抜けたように座り込んだ。


初めてシンが口を開いた。

「カイト、もう何もしなくていい。時間が来たら俺がやる」


それから10分ほど経っただろうか。またもや外部通信が入った。

『全プレイヤーに連絡:プレイヤー同士の戦いを禁じる。№905、№907は待機せよ』


『全プレイヤーに連絡:クリア条件設定完了。3パーティがクリア可能』


『全プレイヤーに連絡:予定を変更する。№908の代わりに№513を投入する』


「№513・・・星野さん?」

カイトと夏海が同時に発した名前に千夏もコータも気付かなかった。

「どういう事だ・・・」呻くようにシンが言った。


『全プレイヤーに連絡:D1-009、D1-029の両名は帰還に向けた説明を行うので待機』


「え?帰還?」

「3パーティがクリア可能になったっていった?」

「そうらしいね」

千夏の問いに答えたのはカイトだった。

「じゃ・・・」

「帰れるんだ。私達!」

「帰還に向けた説明って事は、今度こそ何らかの手段が見つかったんだろうな」

コータの声は少し震えていた。

「良かった・・・」深いため息をつきながら夏海が座り込んだ。


その3人をカイトとシンが冷ややかに見つめていた。


まさか、このまま帰れると思ってるのか?

星野さんの能力はぼく達より高いとはいえないが、ゲーム内容を熟知しているだろうから、これは心強い。それに外部の状況も聞くことができる。

これで覚醒者はアトラクター3人、インジケーター1人の4名となった。

戦力の平均化を考えるなら覚醒者2人とノーマル1人で2パーティという事になるだろう。

しかし、ゲームのクリアは覚醒者が3人でなければ厳しい。

組織はぼくとシンに星野さんを加えた3人で確実に帰れる体制をとるだろう。それが新たな覚醒者を投入する目的なのだから。

しかし、そうなれば夏海さんが2人のノーマルを連れて低い確率に賭けるしかない。

本部は、死ぬはずだったパーティに生き延びる可能性を与えた事で道義は果たしたとでも考えているのか・・・そんな感傷のようなものなど持ち合わせてはいないだろう。

生き延びる可能性を示して夏海さんから協力を引き出そうとしたのか?

それなら何故星野さんが来た?予定通り№908でもよかったはずだ。

まさか星野さんがノーマル2人と組むのか?

情報面での有利さはあるにせよ設定を変えられない以上、星野がノーマル2人を連れてクリアするのは不可能だろう。


では・・・どういう事だ?


◇*◇*◇*◇*◇


新しく現れたシーフキャラクターは星野と名乗った。

「え・・・ホシノって、あの・・・」

星野さんは私とコータに頭を下げた。

「今回は申し訳ありませんでした。本当に辛い思いをさせてしまって。私の任務は君達を確実に帰還させる事です。最大限努力しますので協力して下さい」


あぁ、声も口調も星野さんに間違いない。

自ら助けに来てくれるなんて・・・こんな所まで。

でも、星野さんはゲームシステムを手がけていたし知識も豊富だ。これ以上心強い救援者はいないだろう。

「あの、星野さん?私達は・・・」

「あぁ、ホシノと呼んでください。キャラクター名もホシノにしています。詳しい状況を説明したいのですが、時間が惜しい」

「私がここに来るまでも暫く待たせてしまったようですね。ゲームクリアが可能なまでのキャラクターレベルの引き上げをしていたものですから・・・。成長が早いシーフを選んだのですが、システムとのシンクロも含め、思いの他時間が掛かってしまいました」

「そんな、私達感謝してます。ホシノさん、ありがとうございます」

「それは無事に戻ってからです。まず、単刀直入に聞きます。お二人とも戻りたいですか?」


「もちろんです」答えた途端に何かが警鐘を鳴らした。

分かりきった事を問うのは無能な者がする事だ。

彼は無能ではない。となれば彼が私達を操作しようとしているという結論になる。

しかし目的は分からないし、何より私達に選択権は一切無かった。

私の視線に気付いたのか、星野さんは説明を加えた。

「今、あなた方が置かれた状況は潜在的な意識の暴走です」

「暴走」

「暴走という表現は適切ではないかもしれませんが、あまり気にしないで下さい。あなた方はこの世界がゲームだと気付いているし、元の世界に戻りたいと望んでいる。しかし、それが実行できない。これは潜在的な意識がゲームプログラムを含め“ブラスタン・ギア”と非常に高いシンクロ状態にあるからです」

「いくらシンクロ率が高いからって、こんな事があるなんて・・・」

「意識だけではなく身体への刺激によってシンクロ率が異常に高まったのです」

「刺激?」

「実験の途中で大幅に追加された温度や振動を身体に与えるパッド。これによってシステムから受ける刺激、これはシステムからの情報と言えますが、この種類が増えたのです。しかも単に種類が増えたのではなく、視覚、聴覚、触覚と同時に複数の刺激を受ける事で情報の理解度が格段に上がったのです」

「はい」

「一つの刺激はあくまで一つの刺激に過ぎませんが、繰り返して複数の刺激を同時に与えられた場合、それぞれの刺激を認識していても新たな種類の刺激として認識、つまり誤解・・します。これは情報を与える側と受ける側で考えれば認識の不一致ですが、情報の伝達とその処理でいえば有効に働く場合が多いのです」

「すみません。よく解りません」


例えば、キーボードのローマ字入力で「は」と入力する時、最初は「H」「A」と意識しながらキーボードを叩いていたでしょう。それが慣れるにつれて、脳が「は」の入力と命令すれば、身体、この場合は指が、「HA」と入力して、脳は「H」と「A」をそれぞれの入力を命じる必要がなくなります。

これが脳と身体の認識不一致の例ですが、脳と身体の間にコンピューターが介在し、認識不一致を違和感なく構築していくのがシンクロだとお考え下さい。皆さんは最初の実験から通して参加されていましたので、データの蓄積が多かったという点も影響しました。

ですから、お2人が復帰する為に必要なのは「帰りたい」という意志なのです。


カイトは小さくつぶやいた。

「元々面識があるとはいえ、相手の考えを読み取って、会話の中で説明内容を微調整どころか大幅に変更している。確かに優れた研究者といえるかな」

それにシンが、これも小さく返した。

「しかし、それはあくまでインジケーターとしてであって、フォーミュレーターとしてはどうだろう。それにあのやりとりを見る限りでは器用な小者という印象だが」


星野さんの懸命さが伝わってきた。

危険な思いをしてまで私達を助け出そうとしてくれている。

続いて星野さんは何点かの確認をした。


そして、事も無げに信じられない事を告げたのだ。

「お2人にはアトラクターになっていただきます」


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