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ロストA5

水野から報告を受けた西山は睨むように言った。

「キャンペーン?」

「はい、通常運用ではクリアできるパーティは1つだけですが、3位までクリアできるキャンペーンモードが実装されているそうです」

「なぜ今まで確認できなかった」

「プログラム担当者の作業進捗報告に不備がありました。よって、まだ実装されていないとの認識だったようです」

「ふざけるな!すでに一部の被験者には胃瘻とストーマの外科処置を行ってるんだ、今さら戻して済む話じゃないだろう」

「事故が起きてもう10日以上経過しています。この時点で説明などつきませんよ、それに既に死亡した5名について、3名を事故死、交際があった2人は恋愛のもつれによる殺人と自殺、それぞれ処理しているではないですか」

「記憶などどうにでもなる。ただ身体に残した傷痕はどうにもならんという事だ。アトラクター以外の5名についても同様の処理を想定して準備だけは進めている。彼らは実験アルバイトを欠席し、それについて問い合せる旨の記録も通信と郵便を過去の日付で作成済みだ。あとは事故なり事件なりの場所さえ選べば、警察も病院も全てが組織内で対処できる」

「いつもながら手際が良いですね」

「それは嫌味かね?」「君、この際だから言わせて貰おう。レギュレーターやフォーミュレーターばかりが脚光を浴びているが、処分したイマージャーやストラグラーの処置は誰が行っているか知らぬ訳ではないだろう」

「それは重々承知しています。我等のイデオロギーの根幹であり、優れた組織に必要なシステムです」

「ふん、で、彼らを戻してどうしようというのだね?もう後戻りはできない。彼らに存在してもらっては困るんだよ」

「それはわかっています」

「だったら、ゲームの中で死んだほうが苦しまなくて済むんじゃないのか?」

「彼らに覚醒処置を行ってみようと思います。覚醒者の力を手にし、覚醒者の存在を認識すれば、あるいは・・・」

「君は狂っているのかね!我々を恨みこそすれ協力するわけがないじゃないか。反対勢力になる可能性が高い者に覚醒者の力を与えてどうしようというんだ!そんなに覚醒施術を行いたいのか!」

「アトラクターは通常の覚醒者と違って施術者に対する依存度が非常に高いのです」

「その結果が№906の指示無視というわけかね」

「№906は優秀なアトラクターです。かならず原因があるはずです」

「しかし、事実として№906は事故対処の障害となっているじゃないか。いや、そんな事はどうでもいい。適正値もはっきりしない検体への施術を私は認めんよ。あまりにも危険すぎる」

「わかりました。しかし、キャンペーンは発動させてもらいます。彼らのあらゆる可能性を残すためには必要な対処ですので」

「勝手にしたまえ。しかし、瀧さんに承認を得てからだ」

「はい、承認は既に頂いております」

「くッ、だから私は君が嫌いなんだよ」

「申し訳ありません」


水野は自室に戻ると事務椅子に身体を預けて目を瞑った。


確かに瀧代表から承認を得ている事をあの場で告げる必要は無かった。

ネイバー№003を持つ西山は最古参のメンバーだ。彼は覚醒者ではあったが、覚醒レベルは決して高くは無い。しかし、組織の“汚れ仕事”を一手にこなしてきた彼は、功労者であるし、それなりの自負もあるに違いない。

№002が欠番となっている現在、組織の実質的なナンバー2といっても良いだろう。

しかし、彼には人望が無かった。彼の業績は認めつつも西山を認めない構成員も少なくない。

瀧代表は№002を欠番にする事で西山と西山以外を納得させているのだ。


西山は元々、警視庁キャリア組で非常に優秀な人物であった。彼は覚醒しなかった方が幸せだったに違いない。

なぜなら、彼の覚醒レベルは低く、能力を大きく伸ばす事はできなかった。

ノーマルとして優秀だった彼は、覚醒者として平均的な能力でしかなかったのだ。

しかし、彼は覚醒に影響されない部分においても優秀だった。

彼の優秀さは目標への到達ルートである手段の発見と選択の早さ、そして何より躊躇無く実行することにあった。

また、警察とのパイプ役でもある事が現在の地位に就かせているといえる。


◇*◇*◇*◇*◇


コータが倒れている。

千夏ティウカは膝をついてを前方を睨みつけていた。

その視線の先には松原海斗、キャラクター名“カイト”が剣を握って立っている。

ダメージはほとんど受けていないように見えるが、その声は苦しそうだった。

「№906!協力してください!もし協力しないのなら、アトラクターがもう1体投入される。そうなればあなたが戻れる可能性は無くなるんだ!」

「・・・」

夏海アユナは唇を噛んだ。

この事態を招いたのは自分だ。

しかし、どうすれば良かったというのだ・・・


*-*-*-*-*-*


昨日から今朝にかけて何度も外部通信があった。

『全プレイヤーに連絡:アトラクターは直ちに集合せよ』


『全プレイヤーに連絡:アトラクターは直ちに№905とコンタクトを取れ』


『全プレイヤーに連絡:3人パーティ以外のクリア確率は極端に低い』


『全プレイヤーに連絡:このゲームでクリアが認められるのは1パーティのみ』


『全プレイヤーに連絡:クリア時点で他パーティはゲームオーバーとなる』


『全プレイヤーに連絡:集合しないアトラクターの安全は保証しない』


『全プレイヤーに連絡:集合指示に背く者は排除する』


『全プレイヤーに連絡:№905、№907に全ての障害を排除する事を認める』


『全プレイヤーに連絡:№906に告ぐ、№905または№907とコンタクトをとり合流せよ』


『全プレイヤーに連絡:№906に告ぐ、10時間以内に合流しなければ排除対象とする』


コータ達は外部通信のたびに混乱に追い込まれた。

そして見たのだ。

“カイト”と“シン”が他のパーティを襲うところを。

“シン”はカイトとパーティを組むプレイヤーだ。キャラは回復系呪文に強い僧侶。


偶然だった。コータ達が避難していた洞窟へ3人のパーティが逃げ込んできたのだ。

3人のうち1人はダメージが大きいようだ。

奥に潜むコータ達には気付かないようで、体力回復のコマンドを実行しているようだった。

声が聞こえる。

「何なんだあいつら!?強すぎる!」

「それよりなんでプレイヤー同士が戦うんだよ!」

「ブラギはプレイヤー同士の戦闘も可能だけど、いままでそんな事する奴はいなかった」

「当たり前だ、そんな行動は指示されていないんだから」

「どうするんだ?」

「どうするったって・・・」

その時、洞窟の入り口から差し込む光が弱くなった。

6人・・の視線が洞窟の入口に向いた。

そこには2つの人影が立っていた。


「もう君達をパーティとして保存する必要は無くなった」

「は?ふざけるな!何だよお前ら、プレイヤー同士で戦う指示なんて受けてないぞ!」

「指示?指示は出てるよ、君達は障害なのさ。ぼく達がゲームをクリアするには障害はどんな小さいものでも排除しなければならない。それが指示だ」

「意味がわかんねぇよ、ゲームをクリアするなら敵はモンスターだろ!」

「違うさ、モンスターはゲームをクリアしない。君達のような弱小パーティでもタイミングさえ合えば、ぼく達が切り開いた道を通って最終ステージまで行けるし、隙をついてクリアする事も可能だ。ま、極めて薄い可能性だけど」

「だからって何だよ、なんで殺そうとするんだよ!」

「なにも君達全員に死ねとは言ってないよ。君達に要求したのは一番強いキャラがぼく達と組んで、残り2人に死んで欲しいって事だ」

「やっぱりコイツおかしいよ!」


ここでまた外部通信が入った。

『全プレイヤーに連絡:我々はアトラクターの回収を望む。№908が待機』


「なんだ?また意味不明な外部通信が入ってる」

混乱する3人パーティのメンバーに対し、カイトは落ち着いた声で言った。

「残念だけど、さっきの話は無しだね。もう誰もいらないよ」

カイトの言葉を待っていたように、僧侶が動いた。その後からカイトも続く。

体力を回復したはずの3人は3回ほどコマンドを実行できただろうか。為す術なく壊滅した。


◇*◇*◇*◇*◇


現実の世界では水野が被験者のアトラクター施術を前提で動き始めていた。

まずは被験者の胃瘻とストーマ手術の中止し、排尿はバルーンカテーテル、排便はまだ一般的ではないが閉鎖型排便装置を使用する事とした。

閉鎖型排便装置とは、超音波破砕、洗腸液送液、吸引の機能を持つユニットを肛門から挿入し、排便を意識する前に事前処理するものだ。

ストーマに比較して手間は増えるが、オムツに比べ排便を意識させなくて済む。

シートに穴を開けて身体を全く動かさずに処置できるようにも改造したので、ほぼストーマと同じ効果が得られるだろう。

これで彼らが戻れる、いや戻したくない理由が1つ減った。

しかし、3パーティを戻すには覚醒施術を行わなければ確率的に不可能だ。

そして、ついに瀧代表の許可が出た。


覚醒実験スタッフを集めた会議。

「実験組の被験者にゲーム内でコンタクトを取らせる。覚醒施術は私と林さんで行う」

水野は傍らには初老といった年齢のネイバー№501が腕を組んで座っていた。

「水野君、概要は聞いている。私はすぐにでも施術可能だ」

「ありがとうございます。大切な学術研究発表会があったというのに」

「ははは、大丈夫だ。病院には適当な理由をつけてもらうよ、後はメンバーが上手くやってくれるだろう」

「恐縮です。では早速ですが、№908の代わりに№513をゲームに投入します。これはシステムとのシンクロ期間、システム情報取得期間が短縮できるからです。そして何より被験者との人間関係が構築できている事での判断です」

「うむ、賛成だ」


投入された№513はクリアが可能なレベルまでゲームを進める事となります。この時間が惜しいのですが致し方ありません。

そして、ここからが最も困難な部分、被験者の説得です。これは№513の判断に任せる他ありません。もしどうしても被験者が拒絶した場合は、処分するしかありません。また、覚醒施術成功数によって不利なパーティーが発生する事となりますが、これもアトラクターの能力や性質などで№513が判断します。

「私に異存は無い。早速実施しよう」


そこへ悪いニュースがもたらされた。

「被験者D1-002、D1-003、D1-007が死亡しました!」


◇*◇*◇*◇*◇


カイトとシンのキャラクター狩りを目撃したコータ達は、ただ息を潜めているしかなかった。

カイト達が洞窟を出てから暫くの時間待ってから移動を開始する。


またもや外部通信。

『全プレイヤーに連絡:№906、残り3時間』


「これって何だ?また不具合でも出てるのか?」

「何なの、905とか906って?そんな番号聞いた事ないわよ」

「・・・アユナ、№はいくつだ?」

「え、私の№?」

「何か知ってるんだね」

「知らない、私は知らないよ」

「じゃ、№を教えてくれ」

「あの・・・」

「頼むから本当の事を言ってくれよ」

「・・・№906」

「そうか、ありがとう。で、あの外部通信は何なんだ?」

「あの・・・」


「外部通信の内容は、ゲームクリアは3人の1パーティのみが可能という事」

たしかに夏海の声なのに、機械的な声、事務的な表現、とても夏海とは思えなかった。


「“カイト”と“シン”はアトラクター」

やはり夏海とは思えなかった。


「アトラクターとは覚醒施術によって力を何倍にも高められた存在。その能力は人間を凌駕する。残る2人のアトラクターと遭遇しないようにクリアをしなければ、私達は戻れない」

覚醒施術?どういうことだ?


「ゲームのクリアは1パーティのみ。そして他のパーティはゲームオーバーとなる。アトラクターは高い能力で障害を排除しながらクリアを目指す。障害とは他のプレイヤー」

理解はできた。しかし、とてもじゃないが納得は出来ない。俺はこれがゲームだと認識しているのに何故ゲームに囚われたままなんだ?

俺の身体はどうなってる?俺の頭はどうなっちまったんだ?

色々な思いが頭を巡る。


「ごめんね」

夏海の声だった。

「ごめんね、伊藤くんも千夏も、わたし・・・」

この声は確かに夏海だ。俺が好きな夏海の声だ。

「じゃ、本当だったんだ。カイトとかいう奴が言ってた事は」


突然背後から声がした。

「本当だよ。そして時間もない」

「カイト!!」

誰も気付かなかった。

深い青色の鎧に大剣を提げた戦士、その背後には見たこともない武器を持った僧侶が無表情で立っていた。

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