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ロストA3

後にネイバーを震撼させる事故。

それは“合宿”と呼ばれた前半4日、休日を1日挟んで後半4日、合計8日を泊り込んで行う実験の前半最終日に発生した。


「飯野さんが・・・」

最初に異変に気付いたのは被験者の女子だった。


その異変とは、自分以外の参加者がいつまでも実験を止めないというものだった。

飯野という男子被験者と一緒に帰る約束をしていたのだが、いつまで待っても実験を終わらせず、他の被験者も実験を止めない事から不安に思って星野に報告してきたのだ。

言いようの無い嫌な予感に平静を装って笑顔を見せた。

「私が確認をしてきます。川村さんは宿泊室で待っていて下さい」


廊下を歩きながら状況を整理した。

今日参加しているのは13名全員だが、すでに1名は実験を終了して帰宅しているので、報告をしてきた川村を除く、11名が現在実験中という事になる。


室内に入っても特に変わった様子は無かった。

しかし何か異常だった。

被験者の存在感が全く無い。

星野の後頭部に冷たく痺れるような感覚が広がった。


飯野という名の被験者に声を掛ける、身体に触れると身を捩って唸った。

バイザーを上げると、見開いた目が空虚を見つめていた。身体が震えだす。

星野はゲームを中断すべく強制終了した。直後に激しく痙攣し、数分後に心肺が停止した。

何もできなかった。

実験のデータを見ると、脳波は非常に良い状態から突然乱れ、少し後に途切れている。

脳波が乱れたのは星野がバイザーを上げた時間と一致していた。


残りの被験者データを調べて星野の痺れるような感覚は激しい痛みに変わった。

10人中、2人が死亡していたのだ。

データは、戦闘によるゲームオーバーで途切れている。

他の8名は問題無いようだ。

ただでは済まないだろう。組織からの追求も厳しいに違いない。

星野は逃げ出したい気持ちを何とか堪えた。

石崎に知らせねばならないが、その前にやるべき事があった。

報告に来た被験者を待機させている部屋に向かう。


「あ、星野さん、どうでしたか?」

「大丈夫です。飯野さんはかなりシンクロ率が高くて、まぁ深い眠りのような状態でした。彼はLv12でバッカスの宮殿をクリアしたようです」

「宮殿をクリアしたんですか!?すごい!!」

「でしょう?シンクロ率が高いと動きも攻撃も変わってきますからね」

「あ~、私も頑張らないとなぁ」

「あまり気にしなくても大丈夫ですよ。彼のように長時間行うと疲労が大きくなる。するとシンクロ率が低下して効率が悪くなります。ぼちぼちでいいんですよ。あ、飯野さんには宿泊室で川村さんが待っていると伝えておきましたが、もう少し時間がかかると思います」

「ありがとうございます」

「あ、あの」

「え、はい?」

「あの、飯野さんとは付き合ってる、のでしょうか」

星野の突然の質問に川村は面食らったようだ。

「いいぇ、今日は専攻の課題で相談があって・・・」

川村は嘘をついた。


少しの沈黙のあと、星野が切り出した。

「あの、済みません。ちょっとお話が・・・」

女子被験者はドキリとしたようだ。

「仕事とは関係が無い話なので・・・申し訳ないのですが、私の話を少し聞いてはいただけませんか」

被験者はなぜこんな事をと思いながら、何か思いつめたような星野の表情に、この後で自分を待つ歓喜と笑い話、2つのエピソードを思い描いた。

星野はトイレと洗面所、浴室がある部屋の奥に手招きをした。

その場所は入口から死角になっており、誰かが入ってきても直接は目に触れない。

「あの、星野さん・・・」

「いいから、こちらに・・・」

甘い笑顔と有無を言わさぬ口調に被験者は冷静を装おうとしながらも、期待と不安を隠しきれない表情のまま星野の後についていった。

被験者を待っていたのは、思い描いていた2つのエピソードのどちらでもなかった。

いきなり浴室のドアが開かれ、中に押し込まれる。

「やっ!なに!?乱暴は・・・!!」


ごきッ


鈍い音がして被験者の身体は床に落ち、その身体から体液が流れた。


「後は判断を仰ぐしかない」


*-*-*-*-*-*


「薬を使ったな?」

「・・・はい」

「何を使った?」

「・・・睡眠導入剤です」

激しい衝撃が星野の顔を襲い、身体は文字通りすっ飛んだ。

「いいか、もう一度だけ訊く。何を使った?」

「・・・アンフェタミン・・・です」

「馬鹿が!マッチポンプみたいな事しやがって!」

「すみません。しかし、使ったのは今日と一昨日の2回だけです」

「すぐに内容をまとめろ。上に報告する。それと、報告に来た被験者は?」

「・・・処分しました」

石崎は少し驚いた顔をした後、上目遣いに笑った。

「そうか。・・・お前、何だかんだ言ってレギュレーターの方が向いているんじゃないのか?」

星野は何も答えず、こぶしを強く握っただけだった。


◇*◇*◇*◇*◇


「被験者はゲーム“ブラスタン・ギア”内に閉じ込められました。意識だけがゲームの中でさまよっている状態といえます」

「経緯を説明してくれ」

「はい。被験者10名が実験試料Dを実施中に自己復帰できなくなりました。つまり試料Dのゲームから戻れなくなったのです。私が強制的にゲームを終了させた被験者1名、ゲーム内でキャラクターが死亡した被験者2名、合計3名が死亡しています」

「ゲーム内で死亡?」

「はい、ゲームの行動内容に戦闘があるのですが、戦闘でキャラクターが死亡した被験者が心肺停止状態でした」

「死亡原因は?」

「ゲームプログラムとのシンクロ率が高いため、実際の身体よりゲーム内のキャラクターを自分自身であると脳が思い込んでいるのです。つまりキャラクターの死は自分の死であり、キャラクターの死亡を伝えられた脳はそれを受け入れてしまうのです」

「それは脳が自ら死ぬということなのか?」

「その表現で正しいと思います。死亡した被験者の脳は何の損傷も問題も無く、ただ活動を停止したのです。その後、“脳死”の状態である事が確認されました」

「そんな馬鹿な。しかし、どうして誰もゲームを中止しないのだ」

「本人の思考とは関係なく、ゲームからのデータによって脳が潜在的に支配されてしまったと考えられます。彼らは現実に戻りたいと願いつつも脳がそれを許さないのです」

「そんな事が・・・・彼らとの通信は?」

「ゲームプログラムには、プレイヤーおよび管理者から相互のメッセージ機能があるのですが、うまく作動しません」

「彼らを戻す方法は?」

「被験者の意識を戻すには、ゲームを終了するしかありません。通常、ゲームを終了させるには、プレイヤーがゲームを中断するか、ゲーム自体がプログラム上終了するかしかありません。しかし、彼らは自ら中止できませんし、ゲームオーバーではキャラクターの死を受け入れて本当の肉体まで死んでしまいます」

「未確定ながら唯一の方法は、ゲームオーバー以外のプログラム終了、つまりゲームの完全クリアですが、ゲームプログラムの差替えが出来ない状況下では難易度の変更ができません。つまり現行の設定のままゲームをクリアする必要がありますが・・・その難易度が3%程度のクリア率を想定した内容になっております」

「3%?では戻れる可能性は3%という事か?」

「はい、純粋な確立で言えばそうなります。ただ、3%と申しますのはゲームの対象を年齢や性別で想定した場合のクリア率ですので、実行者を特定した場合の確立ではありません」

「それを加味した確立は?」

「この“ブラギ”は単独や2名でのプレイも可能ですが、元々が3名のパーティを想定したゲームですので、3名パーティ以外でのクリア率は極端に低くなります」

「被験者8名の現状は3名のパーティ2つと2名のパーティに分かれています。3名パーティをDPA、DPB、2名パーティをDPCと呼ぶ事にします。DPAの予想クリア率は34.7%、DPBが18.2%、DPCは46.3%です」

「なぜ2名の方が高い?」

「2名がアトラクターだからです」

「実験に投入するアトラクターは3名と聞いていたが」

「はい、残り1名はDPAにいます」

「アトラクター3名でパーティを組んだらクリアの確立はどうなる?」

「80%以上になります」

「全員回収したい。他の組み合わせによってクリア確立が変動するなら、そのパターンを全て洗い出してくれ」

「あの・・・」

「まだ何かあるのか」

「・・・このゲームはネット上で不特定多数の参加者によるコンテストを想定しておりまして、ゲームクリアは1つのパーティだけに認められています。つまり1つのパーティがクリアした時点で他のプレイヤーはゲームオーバーとなります」

「どういう事かね」

「最悪の場合、ゲームクリアを巡って被験者同士の戦いになるかもしれません」

会議室に多くのため息が漏れた。

これはもうゲームを介しての殺し合いに他ならない。


その重い空気など気にも留めない声が響いた。

「それならば議論の余地はない。アトラクター3名で1パーティ。それをクリアに向かわせろ。確立からしてもそれが最良の選択だ」

この最悪の事態をして、まるで悩む必要が無くなったとでも言わんばかりだった。

「とにかく君はアトラクターとの連絡手段を検討してくれたまえ」

「はい。メッセージ機能の復帰作業を引き続き行います」

ここで議長である“瀧”は両手を顎の前で組んで言葉を続けた。

「君が処分した1名を含む4名の処理は?」

「完了しています」

「当日、先に帰宅した被験者も既に処理している」

「は・・・そ、そうですか」


ダンッ!!


机が強く叩かれ、会議室全体が息をのんだ。

「君が!!」

瀧は机を叩いた手を顎の前に組み直した。

「君が行った投薬が原因かどうかは不明だ」

「は、はい」


「しかし、この事態は最大限有効に利用せねばならない」


◇*◇*◇*◇*◇


「なぁ、千夏、そろそろキャラクター名に慣れろよ。このゲーム内じゃキャラクター名で呼ばなきゃプログラムが反応しないんだからさ」

「分かってるわよ、もう!」

「それじゃ、よろしく~」

「あんたはいいわね、コータのままなんだからさ。あ~、なんで私こんな名前にしたんだろ。ティウカだって」

「打ち間違いだろ。ま、元々の“チュカ”ってのはなかなか良いセンスけどな」

「なんでよ」

「え?セリエBのステファン・オカカ・チュカじゃないの?」

「違うわよ、何がオカカよ。千夏をチカにしようと思ったけど普通過ぎるからチュカにしようと思ったのよ」

「はぁ~、タイプミスも含めてしょうもな~」

「なんですってぇ~、撃つわよ」

「うぉ、やめろよ、マジ。ホントに死ぬらしいんだからな」

「本当かしら、その話をしてたのは実験組じゃない人よね。カイトとかいうキャラ名の。夏海、じゃなかったアユナ、あの人の事知ってる?」

「えっ、知らない、よ。でも、この実験の事はよく知ってるみたいだった」

「一緒にいた方が良かったかなぁ。戦士で強そうだし」

「まぁ、動きは俺の方が2倍ほど速いけどな」

「速いって言っても3倍じゃないのね。中途半端~」

「3倍速くなったら、“赤いシーフのコータ”って呼んでくれよな」

「バカ言ってんじゃないわよ」

「そろそろ行こうよぉ、とりあえずゲームを進めてみるって決めたんだから」

「そうだな」「そうね」


シーフの“コータ”

詩人の“ティウカ”

貴族の“アユナ”

外部ではDPAと呼ばれる3人のパーティはゲームのクリアに向けて出発した。

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