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ロストA1

「伊藤くん、私もう限界だよ。帰ろうよ」

「駄目だ。戻ろうとして無事が確認できた奴はいない」

「でも、こんな事続けてられないよ。他プレイヤーにも管理者にも連絡できないし・・・」

「でも、終了できないじゃないか」

「だからさ、強制的に終了しようって訳なのよ。モンスターにやられちゃえばゲームオーバーで終了でしょ」

「千夏、もしあの話が本当だったらどうするんだよ」

「ゲームオーバーすると本当に死ぬって話?あるわけ無いじゃない!そんなこと!」

「他のプレイヤーがモンスターにやられるところを見ただろ?いつもならゲームオーバーしても、データと設定の保存で通信切断するまで20秒くらいは会話ができた。それが何も喋らずに・・・あの悲鳴だって」

「そんな事言ったって、いつまでもこのままなんて耐えられないわよ」

「もう、帰ろうよ。やってみようよ」

夏海の哀願にコータは短く答える。

「駄目だ」

「じゃ、私達だけ帰る」

「駄目だ」

「・・・」

「どうしてよ!」

「契約だからだ」

「・・・え?っていうか、はぁ?」

「俺は貴族を守る契約をしたシーフだからな」

「な、なに言ってんのよ、バッカじゃないの?それゲームの話じゃん!」

「いくら命じられても、危険が迫ったら背いてでも守る。これは当たり前の事じゃないか?なぁ、アユナ」

「そんな話してない、私は鮎川夏海!アユナじゃないもん!」

珍しく大声を出した夏海に千夏もコータも驚いていた。


銀色の髪飾りと白いドレス。腰にはレピアを吊っている。

そんな夏海が俯いて泣いている。

「俺だってシーフじゃない、伊藤孝太だ。だから契約も鮎川を守るって契約だよ」

( うあ、こんな状況なのに突撃こくはくしてる )


「伊藤くん、分かったよ。じゃ、私を守って」

( なんですってぇーー!! )


「え!?・・・あ、お、おぅ、任せとけよ!」

「お願いね。ここから帰るまででいいから」

「いや、帰ってからも守っていいかな~って思ってるけど」

「えぇ~、いいよぉ。帰ったら魔物モンスターとか出ないし」


微妙に撃墜されて白くなったコータと少し元気を取り戻した夏海。

こんな話ができるのも少しは慣れてきたせいだろうか

このまばゆいグラフィックの世界に。


ゲームプログラムと機器、それらが人間の意識とシンクロした末に得られたのは、リアルな映像でも操作性でもなく、リアルな存在感だった。架空の世界という認識が薄れつつあった。それが何よりも恐ろしい。

最初はこんな事になるとは思いもしなかった。

脳神経とデジタル通信の実験が終了して2ヶ月、新しいゲーム“ブラスタン・ギア”開発のモニターとしてアルバイトを始めた。思い返せば、それが私達を苦しめる入口だったのだ。


*-*-*-*-*-*


集められたのは全部で15人。

実験組からは私とコータを含めて12人が参加していた。

そして驚いたことに、残り3人の中に夏海がいた。

私達を見た夏海は目を見開いて驚いていた。むしろ怖いものでも見つけたように。

あんなに驚いた夏海を見たことがない。

久しぶりに見る夏海は変わっていなかった。

色白でお嬢様でアニメ声だ。

「考えられないよ~、どうしたのよ夏海~」

「ごめんね、色々あって連絡できなかったの」

「何だよ、色々って」

「ちょっと、コータ、なに言ってるのよ、そんなのいいじゃない」

「良くないよ、一緒に頑張ろうって言ってたじゃないか。俺だって千夏だって頑張って3人一緒に合格したのに。夏海は発表の日から全然連絡とれなかったじゃないか。卒業式にも来ないで何してたんだよ」

私はコータの耳を引っ張って部屋を出ていった。


「コータ!アンタ馬鹿じゃないの?なに言ってんのよ!」

「千夏は心配しなかったのかよ」

「心配したよ!でも、それだけ大変なことがあったんだよ夏海だって」

「何だよ、大変な事って、千夏は知ってるのかよ」

「私だって知らないわよ。でも夏海だって何もなければ私達と一緒に大学行ってるはずだもの。夏海が望まない余程の事があったに決まってるでしょ!アンタ、それをほじくり返して夏海をいじめる気?」

「い、いや、そんなつもりはないけどさ、連絡ができないなんて考えられないじゃんか」

「ま・・・でも、それは分からないでしょ」

「例えばどんな場合だよ」

「ん~、テロ集団に拉致されたとか・・・?」

「拉致・・・ははは、ぶぁか!」

コータは暫く笑っていたが、晴れた顔をあげて言った。

「・・・ま、試験勉強で拉致られたのはむしろ俺等の方だよ」

「なに言ってんの、アンタのハートは昔から夏海に拉致られてるようなもんでしょ」

「何で知ってんだ・・・あぁ、あのジッポを買った時かぁ」

「はぁ~、ほんとおめでたいわねぇ、アンタが夏海にぞっこんだってのはクラスの夏海以外が全員知ってたわよ」

「え゛っ・・・」


文句を言って昔の話をして、コータは少し落ち着いたようだ。

コータだって嬉しいに違いない。でも私より気持ちが大きくて強い分、あんな言い方になってしまったのだろう。

私とコータは夏海が連絡を絶っていた時期の事を聞かないように約束すると、部屋に戻った。1人で座っていた夏海は、私達を見ると小さく手を振った。

「よかった」

いつもの夏海だ。驚き方が夏海らしくなかったので、無意味に心配してしまった。

よかった。昔のままだ。


*-*-*-*-*-*


“ブラスタン・ギア”

私達は早速、このゲームを“ブラギ”と呼び始めた。

それを聞いた星野さんが言った。

「ブラギとは北欧神話に登場する詩の神ですよ」


「へぇ~、さすが星野さん、物知りですねぇ」

女子達がきゃいきゃい盛り上がる中、夏海が首を傾げて何かを考えるている様子だった。

何をそんなに考えているのかしら。でも、北欧神話って神秘的よねぇ。ま、よくは知らないんだけど。


ともあれ、“ブラギ”は前回の通信実験でも一部を使用していたので、その操作には慣れていた。

コータ曰く、ありきたりの内容だという。

あまりゲームをしない私だったが、始めてみると結構面白かった、というか感動した。

最初は目の前に大きなスクリーンがあるような感じで、まるでCG映画を観ているようだし、操作になれるとキャラクターを思い通りに動かせる。

私のキャラクターは詩人だ。

星野さんの言葉が頭に残っていたというのもあるけど、全キャラクターで唯一、弓を装備しているからだ。映像が結構リアルだからモンスターに近づきたくないし。それにちょっぴり魔法も使える。

でも、他の能力はダメ。体力、攻撃力、耐久力、魔法使い並に低いし、成長も遅い。

普通だったら選択しないわよね。


ブラギ内では登録した名前で呼ばれる。画面の下に字幕のように表示されるのと同時にヘッドホンからも聞こえるのだ。会話もヘルメットのような形をしたモジュールに内臓されているマイクとスピーカーで行うので、通常の会話と変わりない。

このヘルメット型のモジュールはヘリオと呼ばれ、大きなバイザーの内面がモニターになっている。モニターが曇らないように、鼻から下の部分は柔らかいウレタンで区切られていて、そこにマイクが付いていた。

バイザーの上げ下げはヘリオの横についているボタンで操作する。

コンピュータとの接続はヘリオのジャックにモジュラーを挿し込むだけだが、外すには頭頂部にある2つのボタンを同時に押す必要がある。不用意に通信を切断するとデータ測定に影響があるだけではなく、本人も気分が悪くなったりする事があるというのだ。

キャラクターの操作は両足のペダルとコントローラーで行う。右足のペダルは前にも後ろにも倒れるようになっていて前進と後退を操作する。左足のペダルは身体の向きだ。左右に回転させることで方向を操作する。

敵と戦ったりするのは、ゲーム機のようなコントローラーで操作するのだが、視界の下の方に小さなウィンドウが開く。これが少し手間で慣れるまでは時間がかかった。

顔の向きはヘリオの動きで操作する。そのまま顔を向ければOKだが、身体の向きとは別に視点を動かすのでちょっと難しいし、最初は気分が悪くなる人もいた。

IRとか言っていたが詳しくは分からない。分からなくても使えるので問題ないけど。

そういえば石崎さんの口癖が「ブラックボックス化が普及に必要な技術です」だった。

つまり、構造的なものを知らなくても利用はできるというものだ。よく考えたら、私達の周りにある機器類は全てがそうだ。

その石崎さんは星野さんと技術者として参加している。

女子だけが集まると、石崎さんを「親父おやっさん」星野さんを「執事さま」と呼んでいて、特に星野さんの人気は高かった。


何にせよ、ゲームなんてほとんどやった事がない私は、ある意味ハマってしまったのだ。私の感動をよそに、コータは驚くどころか、ぶつぶつ文句を言っている。

しかし、回を重ねるごとに視野が広くなり、ペダルとコントローラーの操作精度が上がるにつれ興奮した様子で「すげぇ」を連発していた。

個人ごとの操作をコンピュータが学習して、勝手にカスタマイズしてるんだって。


そして本題の思考で操作する実験が開始された。

まず攻撃のコマンドのみを念じるように指示されたが誰も出来はしなかった。

何しろ、思うだけで動くなんて思っていない。

それを石崎さんは叱るように言った。

「できる事はできる。できない事はできない。当たり前の事です。しかし、できるかできなかを事前に知る事はできない。だからやってみるしかないんです。みなさんがやる事は走ることでも跳ぶことでもない。思う事です。できないと思って念じる事は、足を動かさずに走ろうとしているのと同じです」

それでも参加者のうめき声とため息ばかりが聞こえた。

「事故でリハビリをしている方がいます。痛みよりも苦しいのが、動かない足を動かそうとする努力なのです。でも、信号さえ伝われば必ず動くのです。人間の身体はそう出来ている。そしてこの機械は皆さんの脳から信号が伝われば動くのです。皆さんがこうして努力している間にも皆さんの思考のパターンと強さのデータを蓄積しています。強くそれだけをイメージして下さい」

ここで星野さんが諭すように言った。

「いま皆さんは、ゲームで遭遇した敵を倒そうという認識で“攻撃”と念じているでしょう。しかし、それはいかにもボタンプッシュ的なキーワードです。もっと自分に合った直接的なキーワードでイメージを押し上げて下さい。例えば、そうですね・・・“死ね!”とかです。決して良い言葉ではありませんが、言葉など思考の伝達を記号化したものでしかありません。“オラッ”でも“無駄ッ”でもいいですよ」

数人から笑い声が起きた。

そしてその直後ひとりの参加者が口に出して言った。

「このやろ!」

その後はもう、そういった言葉がそこここから上がった。

夏海はと見ると「えいっ」とか「やっ」とか言っている。

かわいいなぁ。女の私から見てもかわいいわ、この娘は。


その時、1人の声が全員の罵る声の中で聞こえた。

「できた・・・」

その小さな声は何度も繰り返され、最後は叫ぶように言った。

「できたぁ!!」

バイザーを上げて顔を向けると、内臓モニターなので直接は確認できないが、星野さんが機器をチェックしている。

見渡すと全員がバイザーを上げて見つめていた。

私達を振り返る星野さんの顔はむしろ無表情に見えた。

「できました」

『え?』

・・・

『マジ?』


・・・。


『やったぁ!!』

部屋中に歓声が満ちた。

石崎さんが無言でガッツポーズを出している。

少しして、石崎は咳払いをした。

視線が集まる。

「皆さん、これは出来て当然なのです。ここまでは既に前の実験で到達しています。まだ扉を開けたに過ぎない。これから思考内容の固定化と種類を増やす作業があります。気を引き締めてお願いします」

よほど嬉しかったのだろう、言葉と裏腹に、引き締めてのところで声が裏返った。

また笑い声が満ちた。

それからは誰もが競うように没頭し、10分ほど経った頃だろうか、もう1人が成功させた。

その後更に10分後にもう1人、その後は次々に成功させていった。

そして、私を除く全員が成功したのだ。

みんなヘリオを外して、頭に装着されたヘッドギアを露にしていた。

みんなが私を見てる。わたしだけ出来ないなんて、どうして?

「慌てる必要はありませんよ」

私の焦る気持ちを察したのか星野さんが優しく言った


そうは言っても・・・!

バイザーを下げると焦った私はますます混乱していった。

目の前には突き出された腕が弓を握っている。

この攻撃の構えまでは指先1本で簡単に行えた。

そして弓の先にはいかにもという感じでモンスターがいる。モンスターは撃たれるのを待っている。いわば的だ。

そんな私に星野さんの声がかすかに聞こえた。

「詩人を選択したのは1人だけか・・・他のキャラに比べて距離が遠いな」

何を言っているのか分からなかったが、突然、モンスターが近づいてきた。

「きゃー動いたー」

第三者視点でない分、迫力があった。

「やめてー!もぅ!・・・死んでよ!!」

「ビンッ」という音とモンスターの悲鳴のような声。倒れたモンスターは次第に薄くなって消えた。

「や、やっ・・・」

「よっしゃぁ!やったな千夏!」

私が喜ぶ前にコータが喜んでいる。

「もう、私に言わせてよ!」

バイザーを上げると皆が拍手してくれていた。

ヘリオを外しながら、照れくさいような、誇らしいような気持ちになった。


「こんなに揃ってクリアできるなんて想像もしてなかった」

拍手の中、星野の声が思いのほか大きく聞こえた。

星野のつぶやが、メンバーに成し遂げたという事実を再認識させた。

“私達はやりとげた”

その認識が私達の連帯感を強める。

「あ・・・、お茶が全員分はありません。お湯を沸かさないと!」

慌てて簡易キッチンに向かった星野の背中を皆が笑顔で見送った。

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