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15-15 エルヴァ・ルゥ

エルヴァ・ルゥは不機嫌だった。

騎士たる身でありながら馬から叩き落された。

一矢も報いることなく兵を失った。

自慢の馬も死んだ。

そして何より戦場で気を失って陣営まで運ばれた。

屈強な男達が戦いの女神と仰いで付き従うこの私が。

聞けば父はランパシアとの共闘を模索し、ランパシアから使者を待っているという。

冗談ではない。

ランパシアなど公国となったばかり、元はといえば盗賊団と流民の集まりではないか。

それに国力は我がヴァリオンに遠く及ばぬ。

この私に廃墟に巣食う盗賊共と騎馬を並べて戦えというのか。

絶対に認めぬ。もしそうなったなら強襲隊を引き連れて出て行ってもよい。

私に強襲隊とアディアがあれば、どこぞの領地でも切り取って国を建ててやる。


戦士の誇りと蛮族の気質がエルヴァ・ルゥを激しく煽り立てるのだ。


そのエルヴァ・ルゥが療養する部屋のドアがためらいがちに叩かれた。

「入れ」

その声でエルヴァ・ルゥが不機嫌である事がわかる。

ドアの向こうで衛兵が声を張り上げた。

「ラ、ランパシア公国の使者より見舞の献上品が届いております。エルヴァ・ルゥ様へと託っております」

衛兵の緊張しきった声にエルヴァ・ルゥの苛つきが増す。

「入れと言ったではないか!」

「は、ははッ!」

声と同時にドアが開き衛兵が見えた。

目を細めて睨むエルヴァ・ルゥに緊張した表情のまま深く一礼する。

と、その背後に少女が見えた。

おや?と思うエルヴァ・ルゥをメルダの鋭い視線が貫く。


メルダはエルヴァ・ルゥにルナヴァルとは違った美しさを感じた。

ルナヴァルの美しさが男に全てを与えるなら、エルヴァ・ルゥの美しさは男から全てを奪うだろう。

“常人にあらず”

さすがは蛮族にあって屈強な戦士を跪かせるだけの事はある。

かなりの重傷と聞いていたが、エルヴァ・ルゥは軍装を身に着けていた。

このような気概がこの女戦士をしてヴァリオン軍の象徴たらしめているのだ。


見舞の品が運び込まれるや、メルダはありきたりな見舞いの言葉を告げた。

エルヴァ・ルゥはつまらなそうな顔をしている。こんな部屋にいる事自体が苦痛なのだろう。

「そなたが使者か。ランパシアは小賢しい真似をする。小娘でなければ斬っていたかもしれぬからな」

エルヴァ・ルゥはメルダをぐっと睨んだ。

エルヴァ・ルゥが睨めばヴァリオンの将軍でさえ顔をあげてはおれない。そんな視線をまるで感じないようにメルダは見舞の口上を述べ、睨み返してきた。

立ち振る舞いや言葉遣いは貴族の子女を思わせる。


エルヴァ・ルゥは自分の視線に動じないこの少女に興味を持った。

はて?ランパシアに貴族の娘とは・・・?


その疑問に答えるようにメルダは小さく告げた。

「私はランパシアの軍師メルダ。ルナヴァルから言伝がある」

つまらなそうにしていたエルヴァ・ルゥの顔が見る見る輝き、離れて控えていた衛兵に命じた。

「衛兵、この者に尋ねたい事があるゆえ席を外せ」

「は、しかし」

「今は国家の大事ぞ、衛兵が耳にして良い話しなどない。もしその方が聞けば、必ずや災いとなるだろう」

「は、承知しました」

出て行く衛兵の背中をエルヴァ・ルゥのややドスの効いた声が追いかける。

「他言は無用。お前は廊下で待っておれ」

「は、ははッ」

衛兵は緊張しきった表情で一礼し、部屋を出た。


ドアが閉まるのを確認してエルヴァ・ルゥはメルダに視線を向けた。

「そなたが軍師だというのか」

「そうだ」

「にわかには信じがたいな」

そう言いつつもエルヴァ・ルゥは楽しそうにしている。

暇で気持ちを腐らせていたところにランパシアの軍師を名乗る人物が訪れた。まだ少女だ。

エルヴァ・ルゥの視線にも動じず、あのルナヴァルからの伝言だという。しかも内密の話らしい。本物かどうかよりも好奇心が先立った。


「西の丘の虚兵、ロングボウガンでお前を狙う策を立てたのは私だ」

さすがにエルヴァ・ルゥの笑みも凍る。

エルヴァ・ルゥに傷を負わせ、誇りを打ち砕いたのはこの少女だったか。

それを事も無く言い放ち、誰からも怖れられるヴァリオンの姫を“お前”と呼んだ。

しかし、不思議な事にエルヴァ・ルゥは怒りを感じなかった。

彼女もまた感じていた“常人にあらず”と。

目の前の少女は何か特別な存在だ。だから無礼とは感じなかった。


「ことづてとは何だ」

「ルナヴァルはヴァリオンへの使者として控え室にいる。会ってもらいたい」

「なんと、ランパシアの使者とはルナヴァルだったか」

「私とルナヴァルを討ち取れば、ランパシアは滅ぶ」

エルヴァ・ルゥは少しの間メルダを見つめた。

「気に入った、会おう」

「ならば国王への謁見の前に会ってもらいたい」

「望むところだ。しかし念の為に聞く。ランパシアはヴァリオンに組するのか」

「ランパシアの敵はゼリアニアだ」

「わかった。すぐに手配する」


衛兵はさすがに躊躇したが、最後はエルヴァ・ルゥの脅しのような命令によってルナヴァルとエルヴァ・ルゥの会談が実現した。同席するのはメルダのみ。

さすがにエルヴァ・ルゥは豪気なもので、すぐにルナヴァルを気に入ったようだ。

「ははは、この身では簡単に首を取られてしまうな」

「無理。ルナヴァルも傷を負っている」

「なに、あの戦いでは無傷だったはずではないか」

視線を向けられたルナヴァルは静かに語った。

そして自らに課した“落とし前”をエルヴァ・ルゥに見せた。

「こ、これは・・・」

ルナヴァルの右胸は醜く焼けただれていた。

「これを私の心証としていただければ幸いです」

エルヴァ・ルゥも女だ。ルナヴァルの傷がどれだけ苦しいかよく分かる。

男に愛され、子を育むのが女であるとエルヴァ・ルゥは思っている。

身体の痛みだけではない。むしろ自らの内面の痛みが大きい傷なのだ。


エルヴァ・ルゥは自問した。

私にできるだろうか。何のためならできるだろうか。

脳裏にアディアの顔が浮かんだ。

そしてルナヴァルの心を知った。

女は国よりも男を想うものなのだ。


この2人はこの機会をもって姉妹の契りを交わす。

ルナヴァル25歳、エルヴァ・ルゥ26歳


エルヴァ・ルゥは上機嫌だった。男勝りとはいえ女であるし、ルナヴァルとメルダに自分と同じ何かを見たのかもしれない。

「逸材につぐ逸材。ルナヴァル殿もそうだが、この軍師殿も大したものだ。軍師殿はどちらの生まれか」

メルダがぼそりと言った。

「ゼレンティ」

「ゼレンティ・・・か・・・」

ゼレンティの貴族や主要人物はエルヴァ・ルゥの命令によって強襲隊が殺し尽くしている。


「私の父はゼレンティの将軍だった。一族は全て殺され捨てられた。私を拾ったのがアジッカだ」

「そなた・・・私の事を怨んでおろうな」

「私は母親をよく知らない。物心がつく前に死んでしまったからだ。父親もよく知らない。ほとんど会った事が無いからだ」

「・・・」

「私は誰も怨んではいない。引き裂かれる絆というものが無かったからだ。私は絆を手にした。アジッカと出会ったからだ」

何の感情も感じられぬ言い方だったが、メルダは怨んではいないと言った。

「そなたがそういうなら、私も謝罪の言葉は言うまい。ただ感謝しよう」

エルヴァ・ルゥの言葉にメルダが珍しく微笑んだ。


*-*-*-*-*-*


「ヴァリオンの敵はアルエス教を掲げるゼリアニアのみ。ランパシアとの戦いは、行く手を阻む者を排除しようとしただけであり、阻まぬうえに組しようという者を拒む理由など無い」


エルヴァ・ルゥが会議で発したこの一言がランパシアとの同盟に慎重だった者を動かした。

元よりダイアスやアディアに異存はない。

ダイアスが身体を傾け、アディアの耳元で囁いた。

「戦場での負傷は別として、馬から落ちて後方へ運ばれたなどという事実はエルヴァを怒りに狂わせたはずだ。それがどうだ」

「姫も成長なされたのでしょう」

「いや、あの落ち着きようは感情を押さえ込んだものでもないぞ。あのエルヴァが感情を抑えられるものか」

「我々が知らぬ何かをお知りになったのでしょう」

「我々が知らぬ何か?なんだ、それは」

「私に分かっておればダイアス様にお伝えしております」

「そうか。お前でも分からぬか」

「理由など良いではありませんか。姫のお考えが恨みを捨て同盟に傾くは我等にとって吉事。その理由を知るのは姫を支配しようとするのと同じ事です」

「吉事か・・・エルヴァは我々にもどうにもできぬ空模様のようなものよな。そして空に愛されるのは地上の花か」

「今日のダイアス様は詩的な事をおっしゃいます」

「からかうな」

「失礼いたしました。しかし、仰るとおりだと思います」


◇*◇*◇*◇*◇


ヴァリオンとランパシアの同盟は為った。

これはゼリアニア同盟に大きな衝撃を与えたが、ヴァリオンにとっても問題が無い訳ではなかった。

元々、ヴァリオンが領有を宣言した場所に突然ランパシアが興った。これはゼリアニアの策略だとしても、それはヴァリオンの領土だったはずだとヴァリオンの誰もが考えるだろう。

エルヴァ・ルゥの発言、ダイアス王の威光、これらによって抑えられてはいるが、ヴァリオン内には納得をしていない者がいるのも確かだ。


ヴァリオンは戦果を求めていた。ランパシアの独立と同盟を納得させる戦果を。

ランパシアを加えた三国ゾアニア同盟とも呼ばれるようになったウルディア同盟は、直ちに侵攻を再開する必要があった。


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