3-2 軍隊
この世界では6という数字が大きな意味を持つ。
この世界の物質は4元素(空気・水・土・火)であり、それに2極(光・闇)を加えた6が世界そのものを表現しているのだ。
6は神聖な数字であり、国の行事や人々の祝い事では常に意識される。
グリファ国もルーフェン郷も国王と領主を頂点として成り立ち、賢人会という王の補佐機関を持っている。
ルーフェンの賢人会は神聖な数字を掛けた36を員数とし、グリファ国は108名を数える。
この世界の政治としては、国王の下には6つの府がある。
国によって名称は違うが、軍事・内政・外政・経済・貴族・主直の各大臣がいる。
貴族とは王の一族および、王から貴族と認められた家及び個人だ。
その貴族の管理を行うのが貴族府なのだが、仕事の内容は貴族に仕える役目であり大臣も貴族からは選ばれない。
しかし、実情は力を持った貴族を監視する役目も担っている。
それは秘密警察の任務に近いがより隠密性が高いと言える。
主直とは王直属の部署で、王に仕えて身の回りの一切を取り仕切るだけでなく、秘密警察や情報収集など国王から直接指示され、軍事・内政・外政の要素も持つ府である。非常にプライドが強く、他の府と衝突する事が多い。
軍事府は内務を軍事大臣が管理し、実戦部隊は元帥が頂点として率いる。
但し、輜重隊は大臣の管理となっており、実戦部隊の暴走を止めている。
意外とシビリアンコントロールも効いているのだ。
軍人は大きく2つに分れ、職業軍人と徴兵・召集・招聘軍人に分かれている。
職業軍人は軍事専門で、武人と呼ばれる者はこれにあたる。
一方、徴兵は兵士、招集は士官、招聘は将校の補充の為に行われる。
徴兵は各村や町にあらかじめ振り当てられた人数を兵士として供出するものだ。
これには段階があり、戦いの重要度や戦局によって追加徴兵がある。兵士の給与は所属する村や町に支払われる。
召集とは、士官クラスの能力がある者を集めるもので、職業軍人ではないものの、戦闘力に優れたものや、諜報や工作に長けた者、エナルダ、それらが事前に登録されており、状況に応じて声が掛かる。報酬は個人に支払われる。
招聘とは引退した将校や特に優れたエナルダである。これは非常に名誉であり、報酬も莫大である。
ルーフェンを例に戦闘部隊を見ると、部隊編成は徴兵レベルによる規模に左右されるが、第1軍から第3軍までは常設されている。
それは侵攻・防衛・遊撃の三軍であり、徴兵された者はこの三軍に配属される。
当然ながら、防衛戦と侵攻戦では優先補充先が変わる。
軍の最小単位は、小隊(兵5名+隊長1名=6名)である。この小隊を基準として戦闘部隊が形成される。
中隊(6コ小隊+中隊長・副隊長=38名)、大隊(6コ中隊+大隊長以下4名=232名)、師団(4コ大隊+師団長以下10名=938名)、軍団(2コ師団+軍団長以下14名=1,890名)となる。
軍団は規模としては最大4コ師団まで増員が可能とされており、第4軍以降は状況に応じて編成される。
通常配備されているのは一軍あたり、職業軍人約500名と常時徴兵500名の1,000名程度であり、三軍を併せても3,000名程度である。
三軍で一番重要視されるのは遊撃隊の第3軍団である。戦局全体を睨んで独自の判断で動き、戦い方も多様で危険も多い。軍団長は歴戦の将軍が務めるのが常であり、誉高き軍団であるといえる。
第2軍団は防衛隊。第1軍団は元帥が指揮する主力軍だ。
ジュノを育てたタレス将軍は長い間、第3軍の軍団長を務めてきた。ジュノがこの世界に現れる少し前に年齢を理由に第2軍へ転属となった。
本人は相当不満だったらしく、領主に直談判まで行ったようだ。
結局は受け入れたが、第3軍を率いていた頃の覇気は薄れていた。
そんなところにカピアーノ博士からジュノを託される。子に恵まれなかったタレス将軍はジュノの教育に力を注ぐ。
ジュノは天性の才能と血の滲むような努力、そしてエナルダとしての覚醒によって、ルーフェン指折りの武人に成長した。そのタレス将軍も2年前に急逝している。
正規軍とは別に約100名の親衛隊と、エナルダのみで編成された特別遊撃隊がある。
親衛隊とは領主の護衛の軍だ。組織上は軍事府の実戦部隊に置かれてはいるが、その任務内容から主直の指示で動く場合が多かった。事前に軍事府への連絡はあるが、主直府は親衛隊総隊長に対しても尊大な態度をとるため、親衛隊は主直府を毛嫌いしていた。
特別遊撃隊はエナルダの存在が明らかになった時代に設立された部門だ。
今では正式に稼動している国は少ない。
ルーフェンにおいてエナルダの軍への編入は細かく規定されている。
それによれば、小隊には下級エナルダ1名、中隊には中級エナルダ2名、大隊には上級エナルダ1名、師団には上級エナルダ2名、軍団にはマスターエナルダ2名を配属する事になっている。つまり1つの軍に下級エナルダなら288名、中級でも96名が必要となる。
三軍で見れば、マスターエナルダ6名、上級エナルダだと36名が必要となってくる。
エナルダは確かに特殊能力ではあるが、あくまで元々の力を増やすだけの能力だ。
基礎となる力が弱ければ、エナルダではなくとも力と技量に優れた者が勝つ。
エナルの活用方法が研究されているとはいえ、現状ではエナルダはエナルで高めた力、攻撃力や防御力、俊敏さなどを純粋に評価されて配属されるだけである。
ルーフェン軍のエナルダ規定は、いまでは完全に意味をなさない。
その昔エナルダという能力が明らかになった頃の名残であろうし、また軍の要望はあまりにも過大であった。
しかし、何事にも例外がある。
存在するのだ。元々の力に係わらず莫大なエナル係数によって人間の限界を超え、強大なオルグすら凌駕する者が。彼等はマスターとは呼ばれない。
マスターは戦闘力よりもむしろエナル活用研究に長けている者を指すようになっていた。
脅威の戦闘力を持つ彼等はエクスエナルダ(エクサー)と呼ばれる。
ところで特別遊撃隊だが、採用している国や郷は少ない。
あっても形だけの部隊である場合が多く、式典で登場する美しい女性だけの部隊や、水の属だけを集めた治癒回復部隊、という程度だ。
しかし、優秀なエナルダが多いクエーシトではエナルダの戦闘隊が編成され、その強力な戦闘力で恐れられている。それがクエーシトが国家として存在できる理由の1つでもある。
この元々弱小国であった「クエーシト」はマスエナルとエナルダによって徐々に力を増していく。
クエーシトはその国土のほとんどが湿地であり、貧しい国であった。
しかしエナル濃度は高く、エナルスの発生率も高い。
マスエナルは貴重な輸出品であるが、他国からのマスエナル目当ての侵入者も多いためパトロールに力を入れている。
エナルダの中から特に能力が高い者が選ばれたパトロール隊は、国家が地位と待遇を保証して編成され「オロフォス隊」と呼ばれた。
オロフォスとは、この地の言い伝えで氷の竜の事である。
オロフォス隊はマスエナルによって強化した武具を装備しており、その戦闘力は1人でクエーシト軍大隊(232名)に匹敵すると伝えられる。
侵入したエナルダと激しい戦闘になる場合もあるが、ほとんどの場合、侵入者は殲滅される。
それは将来に復活する事になる特別遊撃隊を予感させるものだった。