15-9 ウルディア
ルナヴァルの望みはアディアの抹殺とザレヴィア王国の崩壊にあった。
利用するのはアジッカ盗賊団。
ヴァリオンにバルナウルからの使者が出入りしているという。
ヴァリオンはバルナウルと共闘して侵攻を開始するに違いない。
標的はゼレンティだろうが、ゼリアニアが黙っているはずもなく、結局はゼレンティの領土を巡って争うことになるだろう。
問題はどちらの勢力に組するか。
地理的に考えれば大陸最南端のザレヴィアを滅ぼして背後を確保した上での北上が定石かもしれない。ヴァリオンを倒して南へ向かう場合はヴァリオンと共闘体制をとるバルナウルが背後を脅かす存在になるからだ。
しかし・・・ゼリアニアは余りに懐が深すぎる。全9カ国で成り立つゼリアニアの最南端に位置するザレヴィアを攻めるのに北からの侵攻ではとても無理だ。
ゼリアニアと事を構えようというヴァリオンやバルナウルとてゼリアニア最南端まで攻め入るだけの戦力も構想も持ち合わせてはいないだろう。
ザレヴィアを滅亡させるにはゼリアニア諸国が互いに争う状態が望ましい。
ゼリアニアが協力体制をとる理由は北の蛮族にある。
ならばその憂いを除いてやる。そして戦いの報酬である、新しい領土と利権。
特にヴァリオンの地は今では豊かな実りが約束され、北部はフィルディクスも産する土地だ。バルナウルの北の回廊やゼレンティ街道も重要度は非常に高い。
それら戦いの報酬から遠いのがザレヴィアだ。今やゼリアニアの盟主を自認し、勢力の拡張路線を突き進んでいる。
その欲望はとどまるところを知らないが、戦線から一番遠く安全な場所は報酬からも一番遠いのだ。ザレヴィアは何とか利権を主張しようとするだろう。
戦力と権利の確保・・・アジッカからザレヴィアへの恭順を示せば乗ってくるに違いない。アジッカの土地は報酬に最も近いのだから。
もしアジッカがザレヴィア領もしくは属国となれば、アジッカの権利はザレヴィアの権利となる。そして血を流すのもザレヴィアではなくアジッカだ。
ザレヴィアがどう動くのかは簡単な道理だ。
ザレヴィアとの共闘、しかもその足下に服すなど反吐が出るが、アジッカ軍にとってザレヴィアとの繋がりが最も重要だ。
所詮、アジッカ軍は両勢力の狭間だからこそ存続が可能な勢力。どちらかの勢力が無くなれば消えるしかないのだ。蛮族とゼリアニアの戦いが始まる以上、このままアジッカ軍が存続する事はできない。それはアジッカとて十分承知のはずだ。
しかし、北部での利権を手中に収めたいザレヴィアの飛び地としてアジッカ軍が存在すのであれば、ザレヴィアはアジッカを生かし続けるだろう。
そうはいってもアジッカの土地がザレヴィア領となれば他国は黙ってはいない。名目だけとはいえ“ゼリアニア防衛領”として、どの国家にも属さないはずなのだから。
だからこそアジッカが独立して国家となる必要があるのだ。
“ゼリアニア防衛領”をザレヴィアが得るのは違法だが、承認さえあれば国家として独立する事も、その後でザレヴィアに併合されるのも合法だ。
それでも他国は認めまい。下手をすれば対蛮族の共闘は崩壊するかもしれない。
それでは元も子もなくなってしまう。
ならば戦いの終結直前にでも宣言すれば良いのだ。何事も表に出た時には既に結果でしかないのだから。それを気付かないのは間抜けなのだ。
蛮族との戦いを前にアジッカの兵力をゼリアニア勢力に加えるために、アジッカに独立を認め、ゼリアニア諸国連合の力で蛮族を打ち破った後に、アジッカの領土を併合。
北部の利権を確保すると共に、新たな敵になりうるゼリアニア諸国の背後を脅かす。
ザレヴィアに示す策はこうなる。
一方のアジッカには、ザレヴィアとゼリアニア諸国の対立が表面化してから完全な独立王国として立つ事が目的であるとしている。
さて、アジッカは乗るか?ザレヴィアは?
暗い牢の中でルナヴァルの思考は交差を重ね、くもの巣のように張り巡らされた。
終戦の直後にゼリアニア諸国が利権争いでも始めてくれれば良い。いや、そのように仕向けてやる。
「とにかくやるだけだ。元より何もかも捨てているのだから」
全てを失い全てを捨てた女、ルナヴァル。
もはや迷いなど無かった。
◇*◇*◇*◇*◇
ランペールの町でアルエス教守護騎兵第3中隊が壊滅してから半年が経過した7月(地球の10月頃、初秋にあたる)。
ヴァリオンとバルナウルは共闘してゼレンティに攻め入った。
ゼレンティはゼリアニア各国を混乱させるほど短期間で降伏。これはヴァリオン・バルナウルの戦闘力が予想以上に強力だった事と、首都を急襲された事による。
ゼレンティは南北に長い領土の中央部に首都を置いていたし、ゼリアニア兵団3個軍団も配置している。ゼリアニア諸国は戦いが始まっても、戦局を見てから援軍を増派すれば十分に間に合うと考えていたのだ。
このゼレンティ戦役から半年。
ゼレンティを回復すべく、ゼリアニア諸国は連合兵力であるゼリアニア兵団の規模を拡大してゼレンティ街道に集結させていた。
また、アジッカに公爵の地位を与え、ランパシア公国として独立を承認、ゼリアニアの勢力としていた。
ゼリアニアにとって、ランパシア公国の独立はアジッカを引き込むための餌でしかなかったが、こうしてゼリアニア中西部の空白地帯に明確な勢力が確立したのだ。
北西にヴァリオン、北東にバルナウル、中西部にランパシア、中東部および南部全域にゼリアニア諸国という勢力図ができあがった。
そのゼリアニア諸国は、アルエス教会の自治領が点在しているものの、国家として9カ国が成立している。
中東部のフェルカント、エルゼカント、南東部にイルヴァート、ファエリア、アルバレス、南西部にはローディア、ヴァシーア、グァンシー、そして最南端にザレヴィア。
これら9カ国がザレヴィアを中心にゼリアニア連合を形成していた。勿論、アルエス教を国教とした国家群である。
そして、軍備を整えたゼリアニア諸国はヴァリオンとバルナウルを“獣群”と呼び、ついに戦争状態へ突入する。
教会も蛮族同盟を“神の敵”と宣言し、あらゆる方面での戦いを呼びかけた。
*-*-*-*-*-*
この時、ランペールの東方で消息を絶った守護騎兵中隊長ルナヴァルは、ランパシア公国にあって将軍の地位を得ていた。
アジッカがルナヴァルを受け入れたのだ。
彼女は戦争の混乱に乗じてランパシア公国を王国として宣言し、完全な独立した勢力にするつもりでいた。
それはゼリアニア諸国から非難されるに違いないし、特にランパシア公国を併合し北の権益の獲得を目論んでいたザレヴィアは宝を持ち逃げされたように感じるに違いないが、ルナヴァルはゼリアニアの国々と渡り合うなら、味方であるよりも敵であった方が断然にやりやすいと考えていた。これにはアジッカも同意している。
だが、まずはヴァリオンとバルナウルの獣群同盟を撃破してからの話だ。
◇*◇*◇*◇*◇
ゼリアニア兵団はゼレンティ街道を重要拠点としてその全力を東部に集中させた。一方のアジッカ軍に与えられた任務は唯ひとつ。“ヴァリオンの南下を阻止すべし”
一方のヴァリオン・バルナウル連合もほぼ同じ戦略を描いていた。
想定している戦場はヴァリオン南方の国境付近。
バルナウル軍がゼリアニア兵団をゼレンティ街道で食い止め、ヴァリオン軍がランパシア公国軍を突破し、南下すると見せて、追撃に入ったゼリアニア兵団をバルナウルと挟撃する作戦だ。
ゼリアニアが蛮族戦争と呼ぶこの戦いは、ゼリアニアVSバルナウル、ヴァリオンVSランパシアの様相を呈していた。
ゼリアニアとバルナウルはゼレンティ街道を中心とした東部戦線、ヴァリオンとランパシアは荒涼とした平原を舞台とした西部戦線を形成する。
ゼリアニアにとって恐ろしいのはバルナウルの背後にあるインティニア・フォルティニアの勢力が協力して西大陸に軍を進めるのではないかという懸念だ。
ザレヴィアとてサンプリオスと接触を図っているが、まだまだ軍事的な動きには至っていない。サンプリオスからゼリアニアへの派兵は無理でも、フォルティニアが動くようであれば後方から撹乱を行う程度の協力は是非欲しい。
そんな各国の思惑の中、前線では両軍の睨み合いが続いていた。
◇*◇*◇*◇*◇
西部戦線で対峙しているヴァリオンとランパシア。
両勢力の関係は非常に微妙だった。
ヴァリオンはランパシア公国を認めてはいない。名目上であればアジッカの勢力すら無視していたのだ。
とはいえ、小競り合い程度の戦いはあったし、戦場でヴァリオンのダイアス王とアジッカが相まみえた事もあった。
アジッカはダイアスの戦闘力や指揮能力を高く評価していたし、ダイアスもアジッカを盗賊などと軽く見てはいなかった。ある意味、お互いの力を認め合った間柄といえるだろう。
特に打倒ゼリアニアに執念を燃やすダイアスは、アジッカにゼリアニアに対する共闘を考えていたようだ。
しかし、アジッカはランパシア公国として独立し、ゼリアニアの先兵としてヴァリオン軍の行く手を遮っている。
ダイアスとアジッカは始めて本格的な戦いに突入したのだ。
*-*-*-*-*-*
ルナヴァルは珍しく感情的になっていた。
ヴァリオンの本隊とおぼしき幕舎に青い星と五角形を組み合わせた旗印が見えた。
青い花を模したこの印は花の軍師アディアのものだ。
ルナヴァルが自陣から飛び出す。
「そこ居たか!恩知らずのアディアよ!!」
「無礼者!さがれ!」
横から飛び出してきたのは“エルヴァ・ルゥ”
「アディアに仇なすものは何人たりとも許さぬ!」
「小娘がうるさいぞ!」
アジッカの護衛で控えていたマゴルタがエルヴァ・ルゥにぶつかっていった。
「マゴルタと見た!俺と戦え!」
「なんだ小僧!俺の前からどかないと踏み潰すぞ!」
「小僧じゃねぇ!俺はエルヴァ・ルゥ様麾下、強襲隊のビスガルドだ!悪いがお前に勝って名前を売らせてもらうぜ!」
たちまちエルヴァ・ルゥとルナヴァル、マゴルタとビスガルドが闘い始めた。
エルヴァ・ルゥとルナヴァルは互角の闘いを見せたが、ビスガルドは徐々にマゴルタに押され始めた。
これを救うべくヴァリオン陣営から一騎が駆けつける。
「我はバルナウルのシルド!軍事同盟によりヴァリオンに加勢する!」
「シルドだと!?バルナウルはゼレンティ街道でゼリアニア連合と戦ってるはずだ、なぜここに!」
「街道戦線にはベルロス兵団が投入されたのだ。ゼリアニアは脆かったぞ。マゴルタとやら、少しは出来るのだろうな」
「ふん、蛮族に奴隷か、斬るのも刀の穢れだわ!」
「盗賊風情が良く言うじゃないか」
女の声にマゴルタが振り返るとルナヴァルと戦っていたはずのエルヴァ・ルゥが迫っていた。
「ルナヴァルは!?」
ルナヴァルは数騎の敵に囲まれつつ戦っていた。そこに守護騎兵6騎が駆けつける。
頃合いと見たのか、ヴァリオンの軍師アディアは左翼の騎兵を進出させた。それに続くのは弓兵、その後から重装歩兵が前進する。
これを機に全軍が動き始めた。
両軍の将軍も部隊を率いるべく取って返す。
エルヴァ・ルゥは陣営に戻るなりアディアに噛み付いた。
「もう少しでマゴルタを討ち取れたっていうのに!何だって軍を動かした!?」
どれだけ惚れようと命まで奉げると誓っても口調だけは変わらないエルヴァ・ルゥにアディアは西の丘を指差して言った。
「あの地形は少々不自然です。恐らく何かを隠しているでしょう」
エルヴァ・ルゥだけでなく、他の者も目を凝らした。たしかに土を盛ったようにも見える。
「あれは?」
「あの場所に何か置くとすればロングボウガン以外にありません。鈍重な荷馬車とはいえ、丘から駆け下るならその弱点も補えます」
「ロングボウガン!?」
「兵器とは有効である事が最優先されるべきなのです。あの西の丘から下った場所は死地です。戦いは東で行う必要があります」
「どうりで敵の西側に隙がある訳だ、くそっ!」
「西の敵には本隊の一部で備えます。外の部隊は東へ移動してランパシア軍を突破します」
一隊が差し向けられ、他の将軍達も慌しく動き出した。
その慌しさの中、アディアだけが微動だにしなかった。
その視線の先には西の丘がある。