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15-7 ラスティン

アジッカも3,500の兵士も、たった1人の女に振り回されていた。


突然現れ、首領アジッカと一騎打ちを演じた、アルエス教会守護騎兵第3中隊長ルナヴァル。

3,500もの兵士に囲まれても動じない胆力、アジッカが苦戦する戦闘力、驚くほどの美しさ、捨て身の作戦を実行する信念。

しかし、ルナヴァルは自ら馬を降り、アジッカの配下に加わりたいという。


ルナヴァルはアジッカだけでなく、取り囲んだ兵士達にも訴えるように語った。


南にザレヴィアを盟主とするゼリアニア諸国、北に猛勇を誇るヴァリオン、北東部にはインティニアから侵入してきたバルナウル。

噂ではヴァリオンとバルナウルは対ゼリアニアで手を結ぶとか。

バルナウルはゼレンティを滅ぼすでしょう。そして、それに対抗するゼリアニアがバルナウルと戦うのは必定。

そして20年の時を経て力を充実させたヴァリオンも動き出すに違いありません。

しかし、ヴァリオンもゼリアニアもアジッカ様の領地を欲してはおりません。戦いはタガンザクの麓、ゼレンティ街道を含む東部が中心となります。

その時、アジッカ様の許へ南北から使者が来るでしょう。使者の目的はアジッカ様が今お考えの通りです。


“西大陸の命運を握るのはアジッカ様でございます”


アジッカ様は王となって国と名を後世に残すべきなのです。将軍の方々も同様に建国の勇士として歴史に名を刻まれなければなりません。

新しい国家は・・・


「やめろ!もういい。お前の戯言なんぞ聞いても何の役にも立たねぇ」「おい、こいつ等を牢へ入れておけ!ザレヴィアとの交渉でも使えるからな。傷をつけるんじゃねぇぞ!!」


ザレヴィア国王アルエス教会守護騎兵の第3中隊の隊長以下7名はアジッカの捕虜となった。


◇*◇*◇*◇*◇


時は同じ頃のザレヴィア軍守護騎兵本部。

「第3中隊が戻らない?任務地はどこだ」

「は、北部の町ランペールです」

「ランペール?盗賊対策か・・・あの地域はアジッカ配下のラグロと話がついているはずだ。我が軍が任務についている間は行動しないと」

「はい。その点でラグロがこれまで協定を破った事はありません」

「しかし中隊38騎、あの地域でアジッカ以外に中隊を襲う規模の盗賊がいるとは思えん。しかも第3中隊、隊長はルナヴァルだ。襲うなら大隊規模でも足りないだろう。そうなればますますアジッカが関係しているとしか思えん」

「まずは捜索を含めて1個軍団を回す。まずはラグロと接触して状況を確認して報告させろ。至急増派を要請しておく」

「はっ、了解しました!」


*-*-*-*-*-*


ゼリアニアの国家が協力して設立したゼリアニア兵団。その数は実に3万を数える。

これを5,000単位で6個軍団を形成。

ゼレンティ街道に3個軍団、ゼリアニア防衛領に分散して3個軍団、防衛領といってもアジッカ勢力下にあるので、その南方ラインに沿って幅広く配置されている。

そのゼリアニア防衛領に配置された第4軍団は、ランペールで消息を絶った守護騎兵第3中隊の捜索に出動した。

しかし、ランペールの町は平穏そのもの、アジッカ配下の将軍ラグロともすぐに連絡がとれた。

「俺たちは協定どおり今月中はおとなしくしている予定だ。そのアルエス教会の騎兵も見ちゃいない」

「まことか?」

「何だ?俺がウソを言ってるとでも言うのか?」

「いや、そうではないが」

「おい。お前達が頼むから俺たちは動かずにいてやるんだ。お前達の兵隊が死なないように、お前たちの面目が保たれるようにな。1個軍団なら数は互角だ。改めて白黒つけてもいいんだぞ」

「い、いや、それは遠慮する。今回の任務は守護騎兵の捜索なのだ」

「ふん」

「ところで、アジッカ殿にも守護騎兵の消息を知らないか確認して欲しいのだが」


このゼリアニア兵団の第4軍団長は本当に困っているようだった。

「分かった。頭目に確認しておく」


ラグロはいそいそと帰っていく騎兵の一団を見送りながら訝った。

たかが40騎ばかりの捜索に5,000もの兵をつぎ込む理由は何だ?

守護騎兵第3中隊がアジッカの軍門に下った事は既に連絡を受けている。もしゼリアニア兵団やザレヴィア王国から問合せがあっても知らぬと回答するように言われていた。


ま、どちらにせよ俺達には関係の無い話だ。


◇*◇*◇*◇*◇


「ルナヴァル・・・お前はどこへ消えてしまったのだ」

1個軍団を捜索に送り出してなお不安は消えなかった。

ゼリアニア兵団の団長であるベルート・ラスティンは暫くの間、北に広がる荒野を見つめていた。

ルナヴァルは彼の口利きで守護騎兵中隊長の位を得た。その後もルナヴァルの様々な願いを叶えたのはベルートだ。ルナヴァルの願いとは常に国家の為、教会の為、そしてベルートの為と思えるものだった。その結果として守護騎兵第3中隊とその任務地はルナヴァルの望み通りになっていた。


ベルートはルナヴァルに執着していた。

その容姿・教養・戦闘力、そして身体にも。

ルナヴァルはベッドの上でこう言った。

「ヴァリオンがバルナウルと手を組み、アジッカを手先としてゼリアニアに攻め入ればザレヴィア以外の国々はひとたまりもありません。ザレヴィアとて、ゼリアニア諸国を下して津波の勢いとなった蛮族に抗せるとは思えません」

「私は恐ろしいのです。もしベルート様の身に何かあったら私は何を頼りに生きていけば良いのでしょうか」

ベルートはルナヴァルの美しい栗色の髪を抱いていつもの一言を言った。

「安心しなさい。私が守ってあげよう。そなたも、ザレヴィア王国も」

かみ合っていない会話。

しかしルナヴァルもベルートもそんな会話の意味など気にはしていなかった。

苦痛と恍惚の時間が待っているのだから。


そしてルナヴァルはランペールに向かう前日、苦しそうに打ち明けた。

ローゼスから執拗に誘われ、半ば強引に関係してしまった事を。

泣くルナヴァルを見るベルートの目は冷めていた。

ベルートは冷めた自分に気付いて優越感に浸っていた。

ルナヴァルの戦闘力と教養に引け目を感じることもあった。それがどうだ。

実に弱々しい存在ではないか。貴族であり将軍であり、アリエス教会の守護神たる自分とはしょせん住む世界が違う。

どれだけ執着しようとおもちゃはおもちゃなのだ。

しかし、嫉妬の炎が執着以外の所有権を主張し始める。


*-*-*-*-*-*


ベルートの息子でローゼス・ラスティンは守護騎兵第2中隊の隊長だ。

貴族の子息らしく落ち着いた物腰と教養を身につけ、なんの挫折も感じずに成長した。

父の権力もあって、早々に軍の将官として着任するが、父譲りの長身と黒髪を持つ端正な顔立ちの青年は、世に出るには少々純粋であり過ぎた。

ひと月ほど前にルナヴァルに誘われて夜を共にしたローゼスの心は、ルナヴァルへの想いで満たされた。

そして、ルナヴァルはランペールへ出立する数日前に、ベルートとの仲を打ち明けたのだ。

その内容はベルートが関係を強要したという点以外は全て事実だった。

「ローゼス様はこんなに近くにおられるのに、私にはジルキニアのように遠く感じられます」

ルナヴァルの告白にローゼスは悶え苦しんだ。

「私を傷つけるのは戦場の敵と執務室のベルート様なのです」

父上は軍務を執るべき執務室でルナヴァルと・・・。

自分も座った事がある執務室の大きなソファが頭に浮かび、ローゼスの感情は爆発した。

膨らんだ欲望と嫉妬という名のどす黒い感情は、国家と教会に対する父ベルートの違背行為という出口を見つけた。

しかし、ローゼスはすぐにその出口の扉を開く事はなかった。

ローゼスの純粋すぎる性格は、極端かつ歪んだ思い込みを生んだが、冷静かつ着実に行動する力も与えたのだ。

ローゼスの病的な思い込みは、自分とルナヴァルだけの世界を作り出した。

全てが邪魔者になった。父は勿論、国家も軍務も、教会も。

ローゼスは既に狂っていたが、感情のまま行動するほど狂ってはいなかった。

所詮、彼が最も愛しているのは自分自身だったのだ。


ベルートとローゼス。

ルナヴァルへの執着と嫉妬、決して本物ではない愛、名門貴族としての誇り、互いへの軽蔑、罪悪感。

ラスティン父子はゼリアニア兵団長、守護騎兵中隊長の立場でランペールに居た。

しかし、消息不明のルナヴァルについての情報は得られぬままだった。


◇*◇*◇*◇*◇


アルエス教会守護騎兵第3中隊が消息を絶って10日後。

ランペールから西へ向かった森でアルエス教会守護騎兵と思われる死体が発見された。

これを発見したのはランペールに住む猟師だったが、この猟師は守護騎兵から次のような話を聞いていた。

“アジッカ盗賊団は盗んだ財宝の一部をランペールから東の方角にある森に隠している”

そして猟師は西の森で大量の死体を発見したのだ。

何人かは顔見知りの守護騎兵隊員だった。

おびただしい死体に驚いた猟師は、守護騎兵は全滅と伝えたが、その後の調査で死体は31体、行方不明は隊長を含む7騎と確認される。

武具などは奪われていたが、死体は綺麗・・だった。

死因は毒、ハイシャムという毒草から抽出した毒を飲み物に混ぜたようだ。付近にはインティニアのものと思われる安っぽいグラスがいくつも落ちていた。これは周到に準備された守護騎兵第3中隊殲滅作戦だ。

恐らくは乾杯を装って毒を盛ったのだろう。

しかし、なぜ第3中隊が狙われたのか?どうやって守護騎兵をこの地に導き毒を飲ませたのか?行方不明の7騎はどこへ連れて行かれたのだろうか?


すぐに情報が入った。

ランパシアから南に50ファロ(約20㎞)離れた街で大量の甲冑を武器証人に持ち込んだ男達がいたというのだ。その数は31領。

その程度の数なら特別多いとはいえないが、その甲冑はエルトア産で守護騎兵隊のものらしいというのだ。しかも31領といえば殺害された守護騎兵第3中隊の死体の数とも合う。

取引で甲冑を買取ったのは裏社会の武器商人らしいが、ゼリアニア兵団は裏社会の実力者に強い圧力をかけた。

この実力者を通じこの甲冑についてのいきさつがベルートに報告されたのは情報が入ってから僅か3日後だった。

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