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15-6 守護騎兵

【アジッカ軍駐屯地ランパシア】


ランパシアはルアル・リーがゼリアニアを縦断して南の海へ流れていた頃、その支流によって豊かな農地に恵まれた国の首都だった。しかし、地殻変動によってリアル・リーの流れが変わると、土地は乾燥して国はあっけなく滅び、首都は廃墟と化したのだ。

捨て置かれて久しいこの都市に入ったのは、アジッカ盗賊団だった。急増する人口を定着させる場所としてこの地を選んだのだ。

選んだ理由は簡単だ。

「誰もこの土地を欲しがらない」

この時からランパシアはアジッカ盗賊団の中心都市として発展していく事になる。


そのアジッカ軍の中心的な都市に敵対勢力の騎兵が姿を見せた。

「どこから湧いて出やがった!?」

慌てて集まったアジッカ軍は、甲冑も着けずに武器を掴んで集まった。

しかし、中央の広場に殺到するアジッカ軍兵士達が目にしたのは、僅か7騎の騎兵だった。

ランパシアに突然現れたザレヴィア王国アルエス教会守護騎兵は小隊規模でしかなかったのだ。

対するアジッカ軍は歩兵3,000に騎兵500。

騎兵の割合が少ないのは兵士の多くが出払っているからだが、それにしても7対3,500。話にならない。

アジッカが君臨するこのランパシアで敵兵を見るとは誰も予想できなかった。

しかも、この小勢だ。

アジッカの兵士達は馬鹿にされているように感じ、驚きよりもむしろ怒りが大きかった。

『八つ裂きにしてやる』

そんな感情が渦巻く空気を正面から受けてなお1人として動じる様子も見せない守護騎兵。その中から1騎が進み出る。

守護騎兵の隊長らしき騎士は落ち着いた様子で馬を進めると大声で呼びかけた。

女の声だった。

「アジッカ!盗賊団の首領アジッカ、出でよ!」

凛とした声に怖れや気負いは無い。

アジッカは無言で騎馬を進めた。

頭に赤い布を巻き、ゆったりとした服装に胸部鎧だけを身につけたアジッカは、右足を馬の背であぐらをかくようにして片肘をついている。

舐めきっている。

子供の遊びに付き合わされたような表情だった。


20リティ(約16m)ほど離れて対峙する形となった。

「一騎討ちを所望する!」女騎士の声が再び乾いた空気を震わせた。


守護騎兵隊長は神話の女神が現れたように輝いて見えた。

銀色に輝く甲冑はゼリアニアからの輸入品と思われた。フィルディクスで作られた2ミティ(約3㎝)×10ミティ(約16㎝)のプレートで肩や二の腕、胸部や大腿部を補強してあり、防御力が強化されている。

白銀の甲冑と鈍色にびいろのプレートのコントラストはまるで機械人間のようだった。


「名を名乗りな」

「守護騎兵、ルナヴァルだ」


不意に守護騎兵隊長が兜のバイザーを上げた。

左目を覆う黒い眼帯と赤い唇が白い肌に映えている。

一つの瞳がアジッカを見つめている。

まるでいたずら好きの子供を見るような目をした女はどう見ても30歳には届いていないだろう。

(なんだその目は。俺のお袋みたいな目をしやがって)

それよりもアジッカを戸惑わせたのは、多くの視線にさらされている感覚だった。

(くそっ、気に入らねぇ)


こいつか。

この女がザレヴィア最強という、隻眼の女将軍ルナヴァルか。

アルエス教会守護騎兵の第3中隊隊長。

最強と謳われる割にその地位は低い。

追いついていないのは実力か?それとも階級か?

特注らしい甲冑は体にぴったりとして華奢にさえ見えた。

ふん、ザレヴィア最強といってもこんな小娘か。

しかし何だ、この感覚は・・・


「名前は聞いてるぜ。ザレヴィア最強って話じゃねぇか。将軍連中、何人と寝て最強になったんだ?」


こんな軽口を叩くのは余裕か焦りか。


下卑な笑いを見せながらアジッカの思考は回転していた。

それにしても、こんな小勢で出張ってくる理由は何だ?

俺の勢力範囲に武装した兵士を送り込もうなんざマトモじゃねぇ。ヴァリオンだってそんな事はしねぇ。本気で戦うやるなら数万の兵が必要だからな。

こいつらがここまで侵入できたのも小勢だったからだ。

囮って事でもないなら・・・

まさかやろうってのか?この俺と。

ヴァリオンのダイオスでさえ一目置く、盗賊アジッカ様を討ち取ろうってのか?

頭を潰せばと考えたか。しかもこの状況じゃ俺は一騎討ちを受けざるを得ない。

ふん、賊の性質は分かってるみたいだが、俺の力は知らんか。


「よぉし、お前らは闘技場の壁になれ!この女隊長さんと勝負だ」「殺しゃしねぇ。殺しゃしねぇが、こいつを地面に這いつくばらせたら、鎧も剣も馬も、そして身体もお前らの好きにしていいぜぇ!!」

歓声があがった。それは野卑で無秩序な男達の声だった。

このような男達を率いるのは力だ。圧倒的な力しかない。

それを既に10年もの間続けているアジッカはただの盗賊の頭目ではないのだ。


アジッカの実力は軍内で最強といえるが、それは個人の戦闘力でしかない。頭目の座が約束されているわけではないのだ。

しかし、小さな盗賊団だった頃から付き従っている将軍達がアジッカを支えていた。

そして、この将軍達は人間として愚かであろうと、仲間に対しては愚か者ではなかった。彼らは良い親分だったのだ。そこに任侠的な絆が生まれた。

これがアジッカ軍の組織力になった。つまりアジッカと将軍達、将軍とその配下の関係で成り立っているのだ。

法が骨となって作られた組織に比べて、外骨格の組織といえよう。

つまり、体系は異質であろうと組織として成り立っているのだ。


*-*-*-*-*-*


壁になった兵士達はがやがやと何かを言い合いながら視線をルナヴァルに向けた。

女隊長が倒された途端に残った守護騎兵は皆殺しだ。奪えるものは馬と武具くらいしかないが、あのお高く留まった女隊長がどうなるかを見物するだけでも暇つぶしにはなるだろう。

中には干し肉を齧りながら一騎討ちの見物を決め込む者も居る。

兵士達はアジッカが負けるなど思いもしない。しかも相手は女だ。野次馬的な感覚でしかなかった。

ところが、アジッカとルナヴァルの力は思いもよらず伯仲していた。

兵士達に喚声も野次もない。

ただ一対一の騎士の戦いに引き込まれていった。


アジッカの得物は戦鎚せんつい(ウォーハンマー)。ハンマーの鎚頭は片側がとがった形状をしており、打撃のみならず鎧を破る事も可能だ。

盗賊は昔からハンマー鶴嘴つるはしを武器として使っていたが、これは襲撃した街の蔵や倉庫をこじ開けるのに必要な道具を兼ねていたからだ。

もちろんアジッカ軍の兵士が持つ戦鎚は戦闘用に作られたものだが、アジッカの戦鎚は一般の兵士が使うそれに比べて先端の鎚頭が大きく重かった。


一方のルナヴァルの得物は槍。槍と言っても全体が金属で補強してあり、両端は尖っているだけで刃はついていない。

これは突きと打撃、そして強度を考慮した形状といえるだろう。しかし重量は増える。

それを軽々と扱うルナヴァルもまた常人の範疇を超えている。


戦鎚と槍の攻防は、取り回しが早い分、槍を弾いて打ち込む戦鎚が有利に進んでいるように見えた。

ルナヴァルはやや遠い間合いから槍を突き出した。

アジッカは戦鎚で槍を弾いて間合いを詰めようとすると、ルナヴァルが槍を回転させてすくい上げるようにして防戦する。

それも更に弾いた戦鎚が兜に迫る。辛うじて交わしたルナヴァルは槍を地面に突き立てるや剣を抜いた。

これで馬上の接近戦はルナヴァルが有利になる。

アジッカは戦鎚をルナヴァルが突き立てた槍めがけて放り投げた。

槍は地面に倒れ、ルナヴァルは騎乗したままで槍を使うことは出来なくなった。勿論アジッカの戦鎚も同じだ。

アジッカはシングルハンドの戦斧せんぷ(バトルアスク)を握りルナヴァルに迫る。

ルナヴァルはむしろ前進して迎え撃つ。剣と戦斧は一撃一撃が必殺の威力を秘め、火花を散らす。

兵士達の目には信じられない闘いが四半時間(地球の約30分)ほど繰り広げられ、アジッカはいらつき始めた。


くそっ、なぜコイツは俺の攻撃を避けられる?

確かにこの女は強い。槍の使い方もそうだが、打撃が強いし、何しろ思い切りがいい。

自分を安全圏に置いて戦おうとする奴ほど戦いやすい。こちらが闘いをコントロールしやすいからだ。

しかし、この女は違う。

それにしても解せないのは、死角である眼帯の方向からの攻撃がことごとく回避されちまう事だ。


そしてそのいらつきは疑問へと変わっていった。

ルナヴァルの剣がアジッカの戦斧に弾かれルナヴァルは体勢を崩した。身体は完全に流れてアジッカはルナヴァルの視界の外にあった。

闘いとは一瞬の隙で決まる。むしろその隙の探り合いだ。レベルが上がれば隙を引き出そうとする。

その隙をルナヴァルが見せた。

もちろんアジッカがその隙を見逃すはずもない。

「残念だが、お前の身体だけは好きにできないようだな。バラバラだ」

勝利を確信して戦斧を打ち込む。

しかし、横殴りの剣に戦斧が弾かれた。

闘いを極めれば相手のスピードと力、そして思考まで読んで太刀筋を見切るという。

「この女・・・ふざけやがって!」

その後も何度かルナヴァルは窮地に陥るが、その都度アジッカの太刀筋を完全に見切って防御した。

「こりゃまぐれじゃねぇな。しかし俺の動きを読みきってるとも思えねぇ・・・何かおかしいぜ」

逆にルナヴァルの鋭い一撃がアジッカの鎧をかすめる。

「この攻撃もおかしいぜ。確実に視界外のはずだ、なぜ見える?」


ここでルナヴァルがアジッカから離れて言った。

「こう暑くてはかなわぬ、鎧を脱ぐ時間をくれまいか」

「なに?鎧を?」

「どうなんだ」

「分かった。構わないぜ」

「恩に着る」

ルナヴァルは後方で待機する守護騎兵団のところまで馬を退き、兜と鎧を外した。

シニヨンに巻いた髪は美しい栗色だった。

「待たせた」

アジッカは息を飲んだ。こんな美しい女は初めて見た。

ここまでの闘いでアジッカの攻撃は何度か鎧を掠めている。鎧がなければただでは済まないはずだ。

「どういうつもりだ?」

同時に多くの視線を感じた。最初に対峙した時よりも強く。

いぶかるアジッカにルナヴァルの剣が鋭く迫る。

「うぉっ!」

ルナヴァルの剣はどんな体勢からでも飛んできた。


「こうなったら!」

アジッカは力押しに攻めた。ルナヴァルの隙を突くのを止めたのだ。

何度もの打ち込みの後、今度はアジッカに隙ができた。

ルナヴァルが弾くと見せて受け流したのだ。戦斧が流れ、アジッカの身体も流れる。

その時、母親のような瞳がアジッカを見ていた。

アジッカは死を覚悟した。

しかし・・・

ルナヴァルは何かを避けるように馬を下げた。


「なんだ?なぜ退いた!?」

混乱するアジッカにルナヴァルの強烈な一撃が真正面から打ち込まれる。

打撃を見せ付けるかのような一撃をアジッカは戦斧で防いだものの、戦意は下がりつつあった。

その後、20合も打ち合っただろうか。激しくぶつかった両騎が離れた時、ルナヴァルは馬を下りていた。

馬を下りるのは敗北の意思表示だ。

「貴様!なぜ馬を降りる!!」

「アジッカ様に降伏します」

「何だと!?」

アジッカが後方を見ればルナヴァルが引き連れてきた6騎の騎士達も馬を降り、地に片膝を着いていた。

「なんだよ、なんなんだよ、お前らは!!」

アジッカの動揺は闘技場の壁となった兵士の動きも止めた。


「ふざけるな!お前、何のつもりだ!勝負はまだついちゃいねぇ!!」

「いえ、勝負は最初からついております」

「・・・!?」

「アジッカ様、私の言葉を聞き、その上で否とするならば私の配下6騎共々、いかようにして頂いても結構です。この身体を切り刻んで獣に投げ与えようと恨みには思いません」


アジッカは落ち着きを取り戻した。

この女は何か仕組んでいる。しかし俺を騙そうって目じゃなかった。騙そうとする奴の目は滲むように光るもんだ。この女の瞳はただ深かった。

しかも小隊もろとも命がけの行動だ。何か大きな理由があるに違いない。

別室で話を聞こうかとも思ったが、取り囲んでる奴等を納得させる必要がある。処遇もここで明確にしておいた方がいい。

ここまで考えて、自分が女騎士の申し出を受け入れようとしている事に気付いた。

「よし、話を聞こう。今ここで話せ」

「ご賢察、痛み入ります」

ルナヴァルは静かに語りだした。

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