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15-5 ヴァリオン

ADIAアディアという名の異人がザレヴィアから北へ向かって6年が経過した。


【ヴァリオン族の首都ライザップ】


「ダイアス様、バルナウルの使節が帰途につきました」

「そうか。お前の考えを言ってみろ」

「は、バルナウルはダイアス様との軍事条約を締結するでしょう。それを待って、まずはゼレンティを攻めます」

「うむ、北部を固める戦略に異存は無い。しかし、あの条件ではバルナウルに利が大き過ぎるのではないか?」

「とんでもございません。我が方に有利な協定でございます」

「しかし、共闘しても我等が得る土地は北部のみでゼレンティ全土の1/3にも満たぬ。ゼレンティ街道を含め、豊かなタガンザク山脈の麓はバルナウルに帰すではないか」

「バルナウルはゼレンティと戦い続けて来ましたゆえ、花を持たせる必要があります」

「・・・」

「ダイアス様の領土となる北部の土地はフィルディクスを産しますし、北東部の軍事拠点としてあれほど重要な地域はありません」

「うむ」

「それに、我が国がゼレンティ街道沿いの領土を欲した場合、バルナウルとの位置関係から南部を得る事になります」

「それがどうした」

「ゼレンティは蛮族ではなくゼリアニア系のアルエス教国家です」

「・・・」

「ゼリアニアはゼレンティの滅亡を自分の足でも盗られたように思うでしょう。必ずや軍を動かすはずです。その矛先はバルナウルに受けてもらおうではありませんか。それに・・・」

「なんだ」

「バルナウルが得た街道沿いの領土は南北に長く、我等はいつでも分断が可能です」


ダイアスは軍師を睨んだ。

この軍師は、まだ軍事条約の締結交渉中である相手との共闘のみならず、離反しての開戦まで想定している。

「俺は今まで人間を信じたことは無い。父親ですら信じなかった。なぜなら人間は約束を守らないからだ。だから俺は約束を守らせるために褒美を与え、土地を与え、位を与えた」

「それでよろしいかと存じます」

「なぜこれで良いといえる?」

「ダイアス様は、自分に忠実であれとは仰らず、誓約に忠実であれと仰いました。まず、この点が明瞭であります。そして相手に約束を守らせるよう努力をなさいました。これによって誠実さを示しました。それらの結果としてダイアス様との約束を守った者はダイアス様に忠実である事でしょう。人間とは与えられ、それに報いる事で自ら足下に伏すのです」

「わかった、もういい。それにしてもお前はこの地に辿り着いてから色々なものを俺にくれた。俺はお前の望みを叶えたいと思っているが、これは俺がお前の足下に伏すという事だろうか」

「いいえ、私は既に大恩を賜っております」

「その大恩とはまさか娘の事か」

「御意」

「ははは、あの娘をして大恩とは。最初に娘がお前を連れてきた時はゼリアニアの商人でも捕らえてきたのかと思ったぞ。それが、俺の手にも負えないあの娘が、お前を夫にしたいと申し出たのだ」

ダイアスは思い出したように笑った。

「いやいや、俺も良い買い物をしたものだ。娘には幼い頃から苦労ばかりさせられた、成長してからも悩みの種だった。そんな娘が最後に良い孝行をしてくれたものだ」


姫の名前は“エルヴァ・ルゥ”

エルヴァ・ルゥはダイアスが言うように、男勝りな性格のうえに早くからエナルダ覚醒していたため、蛮族王の父でも手を焼く存在だった。もちろん姫としての生活に落ち着くはずもなく、ダイアスに無理を言って得た兵士で“強襲隊”と名付けた特別隊を組織し各地を荒らし回った。その被害は遠くバルナウルやゼリアニア南部にも及んだという。

ところが、どこでどう知り合ったものか、ザレヴィアから流れてきた花の名前を持つ男に全てを捧げると決めたのだ。

今から5年も前の出来事だが、ダイアスは何度思い出しても顔が緩んでしまうのだ。あの手に負えない娘が、恥らうように懇願する様を。それは誰よりも女性らしく可憐で美しかった。


「ダイアス様」

「・・・なんだ」ふいに声をかけられ、取り繕うように低い声で応える。

「失礼ですが、お話がだいぶ脱線しております」

「はははは、そうだな、お前と話しているといつもそうだ。お前の馬鹿丁寧な言葉遣いは首筋が痒くなるが、なぜ楽しいのだろうな」

「そのように言っていただけるのも私にとって恩でございます」

「そうか、これは安いものだ。お前は良い客だ。花の軍師よ、お前はダイアスの最も良い顧客だ。はははは」

“花の軍師”アディアはダイアスの笑いが収まるのを待ってから切り出した。

「ところで」

「どうした」

「アジッカの動きが気になります」

アジッカと聞いて、さすがにダイアスの顔も険しくなる。


ヴァリオンとゼリアニア諸国の間にある広大な荒野。

アジッカとはその荒野に勢力を張る盗賊の首領だ。

盗賊といってもその戦力は数万を数え、決して侮れない勢力となっている。

アジッカは実質的なこの土地の支配者であり、統治体制さえ整えば王となる人物だ。

彼が王とならないのには理由があった。

この地域はヴァリオンが領有を宣言しているが、ゼリアニア諸国もゼリアニア防衛領としてゼリアニア兵団の管理の下、ヴァリオンの領有は認めていない。

しかし、両勢力とも市民どころか兵士すらおかず、実質的には緩衝地帯となっている。

平坦な荒野が続くこの地は戦略的な意味を含めて魅力に乏しい。

双方とも名目だけで領有していれば良いのだ。むしろ誰のものでもない領土である事が望ましい。


もしアジッカがここに王国を立てればヴァリオンとゼリアニア兵団は面目上動かざるを得ない。

それは両国を交えての戦いに発展するだろう。結果は両国に分割されるか一方の属国になるか。いずれにせよ利用されて捨て駒になるのは目に見えている。

しかし、そんな計算よりもアジッカは自由気ままに生きたかったのだ。暴力と酒と女、国家でない分、行動原理は蛮族よりも安直かつ強烈だった。

女はモノだ。子供もそうだ。戦えるようになったら男になる。つまりこの地の人間とは男であり戦士でなければならない。

とはいえ、これだけの勢力を率いるには法が必要になる。

アジッカは軍階級を法とした。アジッカを頂点とした軍体制において上官が法なのだ。小隊長は小隊において法であり、大隊長は大隊において法なのだ。

人は法を作り、法に縛られる。アジッカに言わせれば「馬鹿さ加減にも程がある」のだ。

首領である自分が全てを決める。そうやって好き勝手にやってきた。

しかし、なぜだろう。無性に空しくなるときがあった。

どこからともなく這い出し、争って餌を喰らう虫のような人生。

それは生物としては間違ってはいないのだろうが、暗い地の底で泥に蠢く虫と同じだ。


強奪して得た金貨。

その見事な造形は単に技術だけではない。もっと違うものが必要だ。しかしそれが何なのか、アジッカには分からなかった。

アジッカはそういった美しさというものを知らずに生きてきた。金貨には金の価値しか見出せなかったのだ。

しかしある時、金貨に刻まれたどこかの国王の横顔を見てアジッカの身体に電流が走った。

この男はこの世に何かを遺した。そう気付いた。

自分がこの世に存在したという証明。無性に欲しくなった。

存在の証明への欲求から、存在の理由や意味を知りたいと考えるのは当たり前の事だ。アジッカはまるで人が変わってしまったかのようだった。

それは病のようにも見てとれた。


「最近、兄貴がおかしくないか?」

アジッカがまだ十数人を率いていた頃からの手下だったラグロは“炎の槍”の異名を持つ最古参の第1兵団長だ。

「あぁ、何か考え込んでる事が多いな。この前もらしくない話をしてたぜ」

ラグロに応えるのはマゴルタ。彼もラグロ同様に最古参で第2兵団を任されている。

彼らはそれぞれ5,000の兵を率いる。

アジッカ軍の軍制は第1から第5までの兵団とアジッカが直接指揮する本隊で構成され、総戦力は35,000を数える。


以前は戦力が5,000を越える事は無かった。

しかし、この地に定住し農業や牧畜を開始した頃から急激に戦力が増大していった。その多くはアルエス教が異教徒として迫害した人々や、ヴァリオンから逃げ出した奴隷だ。

しかし、それらはむしろ優秀な人間である事が多かった。

そういった人間に感化された訳でもないが、盗賊だった荒くれ者達も妻子を持って変わっていった。

「俺たちも好き勝手やってる場合じゃねぇ」

アジッカ盗賊団はこれからどうすべきかを問われていたのだ。

アジッカにとって盗賊団というのは国家でないための名目に過ぎない。

当たり前だ。盗賊の被害が限度を超えればヴァリオンもザレヴィアも黙ってはいない。

アジッカ盗賊団は作物をつくり放牧もするし、商隊を組んで貿易も行っている。

アジッカとその配下は盗賊団という名の国家なのだ。

それが今、分解の危機に瀕している。

組織と兵士とアジッカ、それぞれがバラバラになりつつあった。

もし、このままの状態が続いていたら、アジッカ盗賊団は分裂していたかもしれない。

しかし、ヴァリオンに花の軍師が現れたように、アジッカの元にも1人の騎士が現れる。


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