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15-3 異人②

その日、仕事は午前中で終わった。主人は取引先との打ち合わせで忙しいらしい。

私はやる事がなくて、路肩の低い塀に座って街の通りを見ていた。奴隷の身では命じられなければやる事どころかできる事すらないのだ。

一人の男が大きな荷物を通りに置いたまま向かいの建物に入っていくのが見えた。

「危ないな。この世界にもおめでたい人間がいるものだ」

私は荷物に近づくと荷物の横に立っていた。

しばらくすると向かいの建物から男が出て来るのが見えた。私は荷物から離れてもと居た場所に座るとまたぼんやりと街を眺めていた。

男は荷物を持って私のところへやってきた。


「おい、お前。俺の荷物を盗もうとしただろう」

「え?」

冗談じゃない。間抜けな持ち主の代わりに荷物の番をしてやっただけだ。

「何か盗まれたんですか?」

「なに?お前は俺が目を離した隙に荷物を盗もうとしたんだろうが」

「盗るつもりならとっくに消えますよ、それより荷物は手放さないほうがいい。大事な荷物なら尚更です」

「なんだその言い方は。そんな上品ぶった口を利いてるが、お前は奴隷だろう。上級市民の俺に楯突こうっていうのか」


この国では王族、貴族、の下に市民、奴隷と身分が別れているが、市民は上級市民、市民、下級市民と3階層に分けられている。

上級市民とは公的な仕事をしている者、納税額が大きい者、貴族や協会が申請して国が承認した者、いずれかだ。一方の下級市民とは行政から何らかの補助を受けている者の事だ。

「いえ、楯突こうなんて気はありませんよ、荷物を置いたままだったので、盗まれないか心配で見ていただけです。大体、盗まれてもいないのに罪が発生するんですか」

「うるさいぞ奴隷のくせに!お前が盗もうとしたんじゃないか!俺の荷物を盗もうとして荷物に近づいたんじゃないか!」

これは厄介な事になった。私の主人が聞いたら怒るだろう。私は簡単に引き渡されるに違いない。

そこへ一人の男が近づいてきた。

「何を騒いでいるんだ?」

「何だと」

男は勢い良く振り返ったが、急に笑顔を作っておとなしくなった。

「あ、これは行政官でしたか。いえね、この男は奴隷のくせに上級市民の俺に口答えするんですよ。それに話の元はと言えば俺の荷物をこいつが盗もうとしたんで」

「何か盗まれたか?」

「いえ、でもこいつは盗もうとしたんです」

「では未遂という事か。実害がなければ個人が個人を訴える事はできない。しかし犯罪を未然に防ぐのは私の役目だ。ここからは私が引き受けよう」

「え、はぁ、そうですか。ただ、こいつは確かに盗もうとしたんです。叩きのめして街から放り出すべきです」

「その発言は個人的な意見か?それとも行政官の権限に対する侵害か?」

「いえいえ、とんでもない!侵害だなんて滅相もありませんよ、私は急ぎますんでこれで」

男はそそくさと去っていった。

行政官の男は私を見るとにこりと笑った。

「さっきから見ていた」

「え?」

「お前は荷物の側に行ったが、手を触れるでもなく立っていただけだ。盗むつもりなら荷車を持ってきて運ぶくらいの時間があったはずだ」

「はい」

「ああいう奴はな、人間とは何をするべきなのかが分からないのだ。だから他人がやっている事しかできないし、自分で決める事といえば思いつきの欲求を満たす事ぐらいだ」

「・・・私はどうすれば良いでしょうか」

「お前は何の仕事をしている?」

「荷物を運んでいます」

「賃金はどれくらい貰っている?」

「1年働いたらシャツと靴が買えました」

「お前の主人はどこにいる?」

「港の商館にいると思います」

「さっきお前は何をすれば良いか私に聞いたな。お前がやるべき事は私の元で働く事だ」

「え?」

「私はジェルマ、細かい話は後でいい。これから一緒に商館へ行こう」

ジェルマと名乗った知性と精気に溢れた男は商館に向かって路地を歩きながら振り返った。

「お、そうだ、お前の名前は?」

「相田です」

「アイーダ?女みたいな名前だな」


こうして私はジェルマ行政官の奴隷となり、144日後には解放された。

そして、その時に名前も変えた。相田のままだと女と勘違いされるらしいし、これまでの私と決別するためにも。

AIDAを逆から呼んでADIAとした。

ジェルマは面白いことをするなと言って笑ったあと、こう加えた。

「アディアは女の名前ではないが、花の名前だぞ」

「構いません。もう決めましたから」

そのアディアという花は地球の竜胆りんどうに似た蒼く小さな花だった。


◇*◇*◇*◇*◇


ジェルマ行政官は、武人であり商人であり、教師であり警察である。

音楽や芸術を愛し、この世界のスポーツ“ポルス”の花形選手だ。


【ポルス】

正式名称はポルシアキャロー

ポルスと呼ばれる直径25ミティ(約40cm)のボールを奪い合う競技。

ポルスはディカノの皮で作られるが、ヴァイシアキャローと呼ばれる国家主催の試合ではランケトスの翼で作られたボールが使用される。


競技場は一辺が120リティ(約100m)の正方形(外線)で、対角線(内線)を引き、向かい合う三角形の面が同じ色になるように、白と赤の砂を撒く。(ボーリングのストライクマークのようになる)

1チームは選手11人と指図者さしずしゃと呼ばれるリーダー1人。指揮者も競技場に入れるが、選手に指示をするだけで直接競技に参加する事はできない。

試合は2~4チームで行われるが、正式な試合は3チームと決まっている。

ボールが競技場中心に置かれ、選手は外線の外まで下がる。

合図と同時に開始され、ボールを取ったチームは競技場の四辺のいずれかに出る。そこからそのチームのステージがスタートし、対面の三角まで運ぶと1点、対面の外線まで運ぶと2点追加、往復して三角までが1点追加。外線まで戻ると3点追加で合計7点の獲得となる。一往復すると試合は再びボールが中央に置かれて再スタートとなり、途中でボールを奪われると、奪ったチームのステージが始まる。

ステージが始まったチームがボールを持って移動して良いのは同じ色の面だけであり、違う色の面でボールを受けた場合はパスでボールを運ぶ。

他チームが妨害するので、チーム数が多いほど得点は難しい。例えば3チームの場合、ボールを持たない2チームは協力して妨害するが、結局はボールの奪い合いになるので、妨害するチーム同士にも駆け引きが発生する。

戦い方としてはボールを持った選手を敵チームの妨害を防ぎつつ走り抜ける突破戦法と、あえて違う色の面に人を配置してパスで対角線近くまでボールを運ぶパス戦法を基本とした組み合わせとなるが、指揮者の作戦によって結果が大きく左右される。

ステージに入ったチームが外線付近に居る場合は、ボールを奪ったチームのステージもスタートしやすく、カウンター的な得点に繋がる事が多い。


この世界のスポーツは、走る、投げる、跳ぶ、という陸上競技的なものと、弓や騎馬など戦闘から派生したものが多く、球技は少ない。

球技は他の競技と違って重視されていないようだ。

その中でポルスだけは国家主催の大会まであり市民の間でも人気が高い。

その花形選手ともなればちょっとした有名人というところだ。


私にとってジェルマは英雄だった。

私はジェルマにこの世界について学び、鍛えられていった。元の世界では学ばなかった、人間とは何かという事も学んだ。

彼が教育する場合、それが思想に関する事だろうと、人それぞれなどという曖昧な事は言わなかった。絶対的な原理を示して徹底する事を求めた。勿論、個人それぞれの意見が重要な事もあるが、そのような事項は元々から教育する内容ではないというのだ。


仕事の傍らポルスの試合に出るようになると、体力的に恵まれた私はジェルマと共に中心選手として活躍するようになった。国家が主催するヴァイシアキャローへの出場は惜しくも逃したが、競技場の歓声は今でもはっきりと覚えている。

この3年間は元の世界で生きてきた時間も含めて最も充実した期間だった。


私はこの世界の事を学び、自分の世界の事を話した。

ジェルマは私の話を興味深く聞いてくれたが、人は精神と物の豊かさを共に高めていく事は難しいのかもしれないと語った。

それは私の世界の事だけではなく、この世界も同じようになると感じているようで、自嘲的でもあった。

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