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14-8 忘却のケンドロス②

クエーシト王国の軍師デュロン・シェラーダンは北の戦乱終結後を考慮し作戦を立案した。

「クエーシトは滅びはせん、滅びさえしなければ未来がある。その未来のためには戦力が必要だ」

被害を最小限に抑えて国家の継続を模索する。

国家と王族の責任、研究成果の消失、考えるまでも無く標的はサイヴェルのクエーシト王立エナル研究室となった。


デュロンの指示によりオロフォス隊と特別遊撃隊が前線から召還され、サイヴェルのエナル研究室に対する制圧作戦に投入された。前線の軍団長からは悲痛な抗議の声が上がったが、デュロンは全く取り合わなかった。

前線で計画されていた特別遊撃隊とオロフォス隊による、トレヴェントの殲滅とバルカ軍後方への迂回作戦は実行に移されなかった。これが実行されていたらトレヴェントとバルカの損害は甚大なものになっただろうし、クエーシトの降伏も数ヶ月単位で遅れただろう。

しかし、もしそうなったらギルモアやグリファが動き出したに違いないし、複数国の分割占領はやがて戦勝国の泥仕合になるに決まっている。

どちらにせよ敗戦は避けられないのであれば無用な恨みは残さない方が良いし、戦力は確保すべきだ。

デュロンは軍師らしく冷静だった。いや冷めているというべきか。そうでなければ主席軍師など務まるまい。

軍人は負け方にさえこだわる。最後まで抵抗を重ね華々しく散って、実よりも名を惜しむ。

軍人にとって敗北は結果ではなく結末なのだ。

デュロンは現状の推移による最終確定事項の次に何をすべきかを常に考え、その為に今為すべき事を実行する。

この戦いの最終決定事項は敗戦だ。ならば敗戦後をどうするべきか。

その結論がエナル研究室の制圧作戦であり、現在のクエーシトにおいて最大限のエナルダを投入している。

この作戦によって敗戦は早まるが損害と遺恨は小さくなる。

デュロン・シェラーダンという男、その才をもって一国を動かしていた。


*-*-*-*-*-*


エナル研究室制圧作戦もいよいよ佳境に入り、オロフォス隊、特別遊撃隊、の本隊の突入が開始された。


「ちぃッ、こっちが当り・・か!」

ジャナオンは天を恨みながら剣を振るった。

付属施設と思われた建物にはサイヴェルの護衛隊が詰めていた。つまり、ここにサイヴェルを始め、研究員が居るに違いない。しかし護衛隊の闘い方に力は感じられらない。まるで何かを気にしているようだ。

それもそのはず、彼らはサイヴェルと共に地下道から脱出すると聞かされていたのだ。

脱出と防戦、護衛隊の気持ちが揺れる中、サイヴェルが前面に出た。

サイヴェルは気付いていた。この戦いに勝者がいない事を。

特別遊撃隊が投入されている時点でサイヴェルとエナル研究室は消滅するしかないのだ。

それならば奴等の目にこの施設の全滅を見せ付けねばならない。

暴力の拳からこぼれた雫に気付かれぬように。

これからの苦痛や流れる血の末に、我等の骸の上に奴らが勝利の喚声をあげるだろう。

しかし特別遊撃隊もまた、クエーシトと共に滅亡する運命でしかないのだ。


「子供たちを逃がせ!」

「サイヴェル様!!」ヘッドギアのようなものを装着した青年が叫んだ。

「ニュロン!子供たちを逃がすのだ、お前が先導せよ!資料を忘れるな!」

そうした間にも特別遊撃隊の攻撃はますます激しくなった。

サイヴェルは高いエナル係数を有するものの、元々の体力が大きく劣っており、決して戦闘力は高くない。

サイヴェルの窮地を見るや、子供たちの中から数名が敵をめがけて走った。ハイレベルのエナルダが繰り出す刀剣をかいくぐり後方へ抜けた直後、突然爆発音が響き、特別遊撃隊の隊員が倒れる。

爆発音は3回聞こえた。

続いて3人が走り出した。しかし、今度は完全に防御されて爆発を起こす前に斬り伏せられた。斬った隊員達は泣いていた。この悲惨な子供を生み出したのは誰だ?


「サイヴェルを殺せ!!」誰かが叫んだ。


ニュロンと呼ばれたヘッドギアの青年はトランクを握るや子供達を連れて一番奥の資料室に駆け込んだ。

この部屋にある脱出路には特殊な仕掛けがあった。

部屋の中央に1リティ(約80㎝)四方の大きさで作られた脱出路の入口があり、床と同じ材質で作られた厚さ20ミティ(約30㎝)の蓋が樹脂の柱で支えられていた。床との隙間が30ミティ(約50㎝)ほど開いており、この隙間から地下道に入るのだ。

ニュロンは子供達を地下道に降ろすと、この部屋に用意されていた樹脂のトランクを地下道の蓋に載せて開き、書類に火を着けた。書類は燃え、樹脂で作られたトランクも燃えながら溶け始めた。

ニュロンは急いで地下道に下り、蓋を支える4本の柱を更に下で支えている樹脂に松明で火を着けた。

樹脂は燃えながら溶けて徐々に蓋が下がり、やがてぴったりと地下への入口を塞ぐだろう。

資料の処分と思わせる書類の焼却は樹脂の燃える臭いを隠すためだ。

この扉が発見される事は無いだろうが、もし発見されても逃げ切れるだけの時間は稼げる。

「サイヴェル様」

ニュロンと子供達は短く祈って走った。


サイヴェルはニュロンと子供達が奥へ走ったのを見届けた。

その後で流れてきた樹脂の燃える臭いが脱出の成功を告げる。

この鼻をつく刺激臭によって、サイヴェルの心は安らかな気持ちに満ち、次の瞬間、身体に食い込む無数の刀を感じた。

「死とは思ったよりも苦しくないな・・・私の研究は続く。私の名前は残るのだ」


ニュロンと5人の子供達が地下道を走っている頃、サイヴェルのエナル研究室は壊滅していた。取り囲まれたマスターエナルダ達はいずれも戦闘系ではなくオロフォス隊から見れば貧弱な戦闘力でしかなかった。そのマスターエナルダ達がうずくまって震えていた。

床は血で汚れ、壁にも天井にも血飛沫が飛んでいる。

床には血に浮かぶようにサイヴェルの死体があった。振り返れば、死体、死体、死体。

敵も味方も、女も子供も。血だまりに浮かぶ死体ばかりだった。


「ジャナオン副隊長、資料室の制圧が完了しました。カルラ分隊長以下5名は施設の南を固め、他の者達が改めて施設内を捜索中です」

「わかった」

応えたジャナオンは視線の端に何かを捉えて剣を構えた。

そこにいたのは子供だった。

他の子供達よりも幼いようだ。破片を飛ばす甲冑も身につけていない。

ぎこちなく2・3歩前に出ると泣きそうな顔を見せた。

ジャナオンの優れた身体能力は先ほど斬られた子供達の表情の変化まで鮮明に脳裏に焼き付けていた。死んだ子供達のようにジャナオンが爆発しそうだった。

剣を降ろしたジャナオンは、巣から落ちた雛を手に乗せるような気持ちで子供に言った。

「お前は悪い夢を見ているのだ。何もしなくていい。安心しろ」

子供は俯いて身体を震わせる。

「身体を洗って、食事をして、ゆっくり眠るんだ。お前は何も心配しなくていい。これは夢なのだから」

子供が顔を上げた。子供の鼻腔から血が流れている。

「いかん!やめ・・・」

ジャナオンは信じられない速さで剣を振り下ろした。

しかし、子供の頭部は血飛沫となって散り、残った胴体が崩れるように倒れた。

子供の血で身体を赤く染めたジャナオンの感情は爆発し、生き残ったマスターエナルダを斬り殺した。

荒い息の中、ジャナオンの声は重く冷たかった。

「サイヴェルのエナル研究室は跡形もなく破壊しろ。関係者は一人も逃すな。捕らえる必要ない」

「しかし副隊長、軍師からの指示では研究者は極力確保するようにと・・・」

「極力だと?そんなものとうに通り過ぎた!構わん!例外なく完璧に処理しろ!」


作戦終了後にジャナオンの行動を聞いたルヴォーグ隊長は、深くため息をついて、「今件は本国へ報告しなくてよい」とだけ言った。


◇*◇*◇*◇*◇


サイヴェルの研究施設を脱出したニュロンと5人の子供は南へ向かった。


全てが恐ろしかった。子供達は人間を恐れた。

追っ手を恐れながらの逃亡の日々は子供達を強く逞しくしたが、子供の成長過程としてはむしろ欠陥ともいえるものだった。

ニュロンはサイヴェルが行った実験の内容や目的まで正確に認識しており、子供以上に捕まる事を恐れた。

ニュロンと5人の子供達は辛い旅路の末、東大陸の南海岸に行き着く。

太陽が照りつける乾燥した土地は、故郷のクエーシトとはまるで違っていたが、それがニュロンを安心させた。

こうしてクエーシトのエナルダ技術がサンプリオスにもたらされたのだ。


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