14-6 恋敵
バイカルノは改めて主席軍師となり、ラシェットは単なる軍師から次席軍師となった。
次席軍師は通称副軍師と呼ばれ、あくまで№2の存在だが、主席軍師に何かあれば自動的に主席に代わって作戦の立案遂行する立場であり、非常に重要な地位といえる。
一方、単なる軍師とは軍団付き軍師も含めての総称であり、位を正しく表すものではない。
そして、ジュノは第2軍団長に復職、クラトは正式に軍団長へ昇格した。
バイカルノが反対したらしいが、ティエラが譲らなかったのだ。女王に主張されては軍師であろうと認めざるをえない。
ティエラはクラトを親衛隊にしようと考えたようだ。
確かに北の戦乱の末期、戦線を離脱したクラトの復活をランクスが演出し、バルカ城の防衛についたが、これはこれで有効に作用した。
突撃とは援護が無い場合に非常に脆く後詰を必要とするが、城に張り付くという事は城自体が後詰の役割をする。突撃大隊の突貫力に加え、城からの追加出撃は敵への心理的な圧力となる。
突撃大隊に自陣を突破された敵は、バルカ城の兵力との間に包囲されてしまうだろう。
ティエラの構想は城の防衛と親衛隊を統合したに過ぎない。
しかし、バイカルノはティエラの構想に潜む、本人すら気付かない感情を読み取った。
「・・・ったく、俺たちがバルカを離れている間に何とかしときゃ良かったものを」
以前、地下通路でティエラが感情を爆発させた時とは違う。
今やティエラは女王なのだ。
「どこかの貴族の息子でも迎え入れて体裁だけでも整えてもらわねばどうにもならん。しかし、ヴェルーノ卿が動いたとしてもどうか・・・」
「まぁ、どっちにころんでもうまく行くとは思えん。何とも難儀な女王様だ」
軍団長に昇格したクラトだが、ジュノなどとは違ってナンバー無しの軍団長となった。
ナンバー有り軍団長は、常設軍団の軍団長であり同じ軍団長でも上位である。
ナンバー無し軍団長は、新たな軍団が組織される時に軍団を持つが、平時では2個大隊程度の兵をもって、ナンバー有り軍団長の指揮下に入るか、特別な任務に当てられる。
特別な任務とは、そのほとんどが国境の警備や盗賊の討伐だ。
クラトの場合はちょっと事情が違い、ティエラ女王直属の軍団長であり、赤騎隊と同列とされた。
赤騎隊はかつての護紅隊のような任務に特化し、所属も親衛隊の第一隊に変更となっている。
クラトが常時率いるのは、もちろん突撃大隊だ。組織が変わるのだから名称も変わるのが当たり前だろうが、今や突撃大隊はその名前に価値がある。突撃大隊のままクラト軍団長に率いられる事となった。
バルカ軍は敵を引き裂く爪を収め、身体に纏う棘にしようというのだ。
これは軍体制の有効性よりも他国へのメッセージ性が強い。北の戦乱の最終形でもある外征型から内戦型へ戻る事を意味しているからだ。
勿論、今のバルカ軍には他国へ進出する余力はない。しかし、軍体制はその軍の性格を示す上で非常に重要なのだ。
バルカの新体制は諸国から歓迎されたが、それ以上の関心は呼ばなかった。クラトの昇格を含め、当たり前といえば当たり前の人事だったし、大きく変わった部分が無かったからだが、外交ではトレヴェントとの同盟強化、グリファとの同盟が成った。
いずれ三国同盟に発展する事を見越した動きだ。そこへタルキアも接近しつつあった。
トレヴェントの独立によってタルキアはギルモアと直接国境を接しなくなった。
トレヴェントのレジーナ街道、バルカ旧パレント地区のタルキア街道、グリファのジルフォース街道がタルキアで交差しており、3国とも良い顧客だ。しかし敵に回せば街道を封鎖され、地理的に包囲される形になる。タルキアの接近は当然過ぎるほど自然な動きだった。
これにはギルモアのみならず南部の国家も警戒し、行き過ぎた同盟は新たな争いを生むと警告を発している。もちろんタルキアは南部の国家と事を構えるつもりはない。
3国との関係も通商条約に留まった。
北の戦乱の実質的な戦勝国であるバルカ、トレヴェントとクエーシト管理機構の議長であるタルキアの接近は警戒するに十分すぎる理由だ。更にグリファを加えればクエーシトを完全に囲い込む事になる。
何しろジョシュ・ティラントの所在が不明である点も含め、バルカがクエーシトのエナルダ技術を隠しているという疑念は払拭されていない。
北の戦乱後の軍事的な動きはガンファー動乱のみだが、それよりもバルカの動きが警戒されたのは、ガンファー動乱がインティニアの地で起きた“他人事”という理由ばかりではない。
彼らが見ているのはクエーシトのエナル技術とバルカの戦闘力だ。もしこの二つが融合したらあまりに危険だ。そこへもってトレヴェントとグリファが手足となり、タルキアの経済力が翼となったらもう手に負えなくなる。
これを妄想だと笑える人間は大陸にはいないだろう。
それに配慮したのか、トレヴェントとグリファは同盟を結ばなかった。
◇*◇*◇*◇*◇
いよいよクラトの新居が完成した。
「どうせまた旅に出ちまうのにな」
「クラト様がバルカに在るという既成事実を政府が用意したと言えるでしょう。『帰って来い』というメッセージというか。・・・まぁ、クラト様は帰るところが出来たとお考えになれば良いのではないでしょうか?」
ファトマは相変わらずおっとりとしながらも、まるで説得するかのように言った。
「まぁ、な・・・」ルクレアがにこりと笑って無骨なマグカップを差し出す。
「クラト様、お疲れでしょう。お茶を入れましたわ」
「疲れちゃいないよ、荷物はあいつらがほいほい運んでるし。というか荷物自体が少ないんだけどね」
クラトの言葉通り、突撃大隊の中隊長が集まって騒がしい事このうえない。
「おい!寝室が二つもあるぜ!」
「なに、誰が寝るんだ?」
「隊長!これって誰の寝室ですか?」
「知るか!元々こういう造りなの!家族用なんだとさ。って言うか、お前らホントに手伝うつもりで来たのか?単に興味本位なだけじゃないだろうな」
「とーんでもないですよ隊長、やっぱウチの隊長に荷物運びはさせられませんからね」
「お前が、とーんでもないですよって言う時は大体ウソなんだよ」
「違いますよ、運んだついでに興味が出たってだけです」
「でも、寝るだけの家なのに勿体無いっすよね、これって誰か居ても気付かないっすよ」
「おいおい、気持ち悪い事いうなよ」
「確かにこんなに部屋数が多い家に一人で住んでたら、夜とか気持ち悪いな。廊下を歩く音が聞こえるとか」
「やめろっつーの!」
「2階もあるし、帰ってきてふと見上げたら2階の窓に人影が・・・とか?」
「おいラバック、おまえ特錬をやりたいようだな?」
「え゛っ、それは勘弁してください!」
そんなやり取りの後ろでエルファがやや小ぶりな椅子を運び込んでいる。
「お、エルファも手伝ってくれるのか?」
「え、いや、あの・・・」
「そういや、こんな椅子なんてあったか?」
そこへファトマの声が響く。
「エルファ!あなたの椅子を持ってきちゃダメでしょ!」
「えぇ~、じゃ、私は床に座るっていうの?」
エルファの後ろでは、腕組みをしたアイシャが目を細めている。
「まさか住むつもりじゃ・・・」
「そ、そんなわけ無いでしょ!ちょっと寄った時の為の椅子なの!」
「まったく!エルファはなに考えてる!」
「そういうアイシャだって自分の食器を持ち込んでるじゃない!」
「ち、ちょっと寄った時が食事の時間かもしれないし・・・」
「もう、信じられない、図々しいったらありゃしないわ!」
「どっちが!」
アイシャとエルファの言い合いが続く。
巻き込まれてはたまらないとばかりにクラトはドアに向かう。
「じゃ、俺達はそろそろ行くか」
「そ、そうですね、調練もあるし」
ホーカーやスパイク達もそそくさと庭に出た。
外に出たクラトは、庭の向こうにティエラがいるのを見て膝の力が抜けた。
「女王がなにしてんだ」
ティエラが腕を組みながら何かを指示している。
「いや、そこの庭木はあまり刈り込まんでよい。日差しを遮るに丁度良いからな。テーブルはその庭木の下で良いだろう」
クラトにはとても似合いそうもない貴族然とした白いテーブルと2脚の椅子が運び込まれていた。
「足元はレンガを敷いておくように、雨の日にドレスが汚れてはたまらんからな」
傍でうなずいていた老齢の庭師が、ふと顔をあげて答えた。
「はい、承知しました。あのクラト様の庭を造れるとは光栄です。それにしても、存じ上げませんでしたが将軍は妻帯なされておられるので?」
「ん?なぜだ」
「えぇ、ドレスが汚れると・・・」
ティエラはきょとんとした表情を一瞬みせた後、頬を赤く染めてぎこちなく言った。
「い、いや、結婚はしておらん、そうだ、しておらんな。しかしだな。あの者はバルカの恩人だ。そして今やバルカの将軍、ゆく先々の準備をしてやるのも私の務めなのだ・・・私は何かおかしい事を言っただろうか?」
「いえ、女王様が臣下を労うは善き事かと存じます」
「そうか。変ではないか」
「それにしても将軍の花嫁は決まっておりますでしょうか」
「え、いや、それはどうであろう。な、何というか、クラトが決めるであろう」
「は?」ティエラの慌てぶりに思わず庭師の棟梁が聞き返す。
「え、な、何かおかしな事を言っただろうか」
「いえいえ、妻とすべき女性をクラト様が決める、至極当然の事かと存じます。そういえば、私にも孫娘がおりますが、クラト様のような方に嫁ぎたいと申しております」
「ほ、ほぅ。な、なるほどな、あのような異人を好む女子もおるのだな、うん、なるほどな」
「しかし、私としては反対です」
「・・・なぜか」
「恋敵が多ございます」
「そ、そんなに多いのか?クラトを好く娘は?」
「孫娘の話では、級友の多くがそのような意見だと」
「級友?」
「孫娘は初等の2部です」
「初等?ははは、なるほどな、お前の孫娘だからな。ははは、そのような歳か。なるほど初等とは、ははは」
何がそんなに面白いのだろうかと思いながら棟梁は、中隊長達を引き連れてこちらに向かってくるクラトに気付いた。
「お、ここの主のお出ましですな」
「・・・」
「ティエラどうしたんだい?」
「いや、ちょっと通りかかっただけだ」
庭師や家具職人まで連れてきて、通りかかったはないだろうと思いつつ、庭師はティエラの無愛想な態度が心と裏腹なのに気付いた。
「それにしても俺には広過ぎるな。これは大臣クラスの建物だって話じゃないか」
「まぁ、何かとゴタゴタした埋め合わせだ。それに誰も不満は申すまい」
「あ、女王さま~」
エルファとアイシャが元気な声をあげた。
ティエラは庭師に労いの言葉を掛けて庭に入るとクラト達と話しに興じている。
「なるほど、やはり孫娘の恋は実らんな。恋敵が多いというよりも、とても敵う相手ではない」
庭師は心が浮つくような気分で仕事に戻った。
「あれ、親方、なにニヤついてるんです?さすがの親方も美しい女王には弱いようですね」
「何言ってるんだ、そんな事よりしっかりやれよ!ここの仕事は特別だからな!」
若い職人を大声で叱りながらも頬は緩んだままだった。