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14-4 未熟

スペックの高さだけは確認された二人がルシルヴァの元にやって来た。

ルシルヴァはすでにこの二人についての情報を記憶している。

ラクエル・ディアスとルオング・ジェノール。

アヴァンの第3軍団から、3日前に転属となった16歳。


「だめだよラクエル」

「ルオングは黙ってて」

何やら二人で言い合っていたが、ラクエルはルシルヴァに向き直ると、やや上ずった声で言った。

「ルシルヴァ副長、私たちどう?」

生意気な言い方だった。

「どうとは?」

「ここでも出来る方だと思うんだけど」

「それで?」

「え?いや、私達をどう見てるかなって思って。私達に今の訓練は意味がなさそうだし」

たまらずルオングがラクエルの腕を引く。

「ラクエル、失礼だよ」

「何よ、じゃましないで」怒った顔をルオングに向けるラクエルに、ルシルヴァの落ち着いた声が届く。

「お前達はまだまだってところだね」

「どうしてでしょうか?」

ラクエルは急に丁寧な言葉になった。つまり“気に入らない”という事だ。

「お前達は戦場を知らない」

「そんなこと当たり前ですよ、私達は新兵なんですから」

「なんだ、それは自分でも分かってるのか」

「バカにしてるんですか」

思わずルオングがラクエルの腕を強く引いた。

ルシルヴァはラクエルの態度など気にする素振りも見せずに言った。

「バカになんてしてないさ。そう、お前達はバカじゃない、ただ知らないというだけだ。だから自分は出来るなんて勘違いをするのさ。・・・ルオング・ジェノール」

急に呼ばれたルオングは慌てた。実質的な大隊のトップであるルシルヴァが自分の氏名フルネームを知っている事も驚きだった。

「は、はい」

「手綱はもっと強く引かないと馬は止まらないよ」

「なんですって!いくら上官とはいえ、侮辱は許せません!」

「侮辱をしたつもりはないが?」

何か言おうとするラクエルを無視して言葉を続ける。

「お前の癇に障ったのは、馬に例えられたことかい?それとも、ルオングがいないと何も出来ないってことかい?」


(ぎりっ)

ラクエルの奥歯から軋んだ音が聞こえた。


ルシルヴァは煩わしさすら感じていないように装った。

「もういいだろう?私は侮辱したつもりはないし、お前がバカなのでもない。ただもっと知るべき事がある。そうすれば戦場から生きて戻れる確立が高くなるだろう。そして戦場から帰ってきたなら、一人前として認めようじゃないか」

中隊長たちは最初から相手にしていないように訓練を続けている。

ラクエルにはそれも気に入らなかった。


何よ、私達の動きを見て誰も驚かないなんて・・・

怒りと戸惑いのラクエルの背後から声がする。

「ルシルヴァ副隊長、一手所望いたします!」

ラクエルが振り返ると、固い表情をしたルオングがルシルヴァに視線を向けている。


やってしまった。

ルオングは思った。

いくらなんでもラクエルは言い過ぎだった。この印象は薄めておく必要がある。

だとしても、転属早々副隊長に挑む自分もどうかしている。とても敵うとは思えない。

でも・・・あのまま引き下がるのは嫌だ。


どうやら、このルオングはおとなしいだけの少年ではないようだ。


今度こそ本当に煩わしそうな目を向けたルシルヴァの表情が驚きに染まる。

その視線はルオングやラクエルの後方に向けられていた。

「・・・クラト」

大きな声ではなかったが、中隊長たちが一斉に振り向いた。


「よぉ、しっかりやってるか!」

『隊長!!!』

潤む目を堪えながらルシルヴァが近づこうとした瞬間、空から何かが降ってきた。

クラトにぎゅっとしがみついたのはエルファだ。

「うわっ、なんなんだ・・・エルファか、どうしたエルファ、元気だったか?」

エルファはただ何度も何度もうなずくだけだった。

あっという間に隊員が集まり、クラトの周りに人の輪ができた。

中隊長達がクラトに近づいて、思い思いに挨拶を口にする。

あのままだったら、自分が抱きついていたであろうルシルヴァは完全にそのタイミングを失って、クラトからエルファを引き剥がすのに一苦労だ。

しかし、一番タイミングを失ったのはルオングだった。

突発的にとはいえ、副隊長に挑み、緊張の極みにあったルオングが完全に蚊帳の外になっている。

むしろラクエルが冷静を取り戻してルオングの肩に手を置いた。


俯いた顔を上げれば、伝説となった異人の隊長が目前に居る。

ルオングは本当にどうかしていた。

「一手、所望いたします!!」

さすがに中隊長たちも放っておくわけにもいかず止めに入る。

ラバックは心配しているのか怒っているのか分からない口調で言った。

「お前な、レベルがどうこうって話じゃないぞ。転入早々、クラト隊長に挑むなんて事は認められん。お前は確かに出来る。しかしそれは訓練での話だ。辛かろうと訓練は訓練でしかない。今は納得できないだろうが、とにかく戦場を経験する事だ」


「俺はいいぜ、やろうか」

「やめて下さいよ隊長、相手はまだ子供なんですから」

「子供じゃない!!」ラクエルが切れた。

「ラバック、こいつ等の打ち込みを俺が受ける。それで理解できるなら、少しは期待できるかもな」


クラトの帰還は立会いで始まった。

「よーし、他のヤツ等は下がれ下がれ。えーと、名前は?」

「は、ルオングです」

「ラクエル・・・です」

「そうか、もう昼時間もだいぶ過ぎた。早く皆と飯が食いたいからな。どちらからでもいいぜ」

クラトの大剣はルシルヴァですら初めて見る剣だった。

15リグノ剣よりは一回り小さく見えるが、とても常人が扱う範疇にはない。

鞘には鯉口の両脇にトランクのような取っ手が付いていた。腰に吊るす大きさではないので、背中から降ろしている時はこの取っ手を掴んで剣を抜くのだろう。

傷だらけの鞘は戦場をくぐり抜けなければ出せない雰囲気を醸し出していた。

どのような戦いを潜り抜けてきたのだろう。単なる旅ではなかった事だけはその剣を見れば分かる。

しかしなぜ?

バルカを離れても戦う理由は何だ?

バルカ以外の為の戦いとは誰のためのものなのだ?


大剣は意外にもすらりという感じで抜かれた。

中隊長のみならず全員が息を飲む。その刀身は黒く、剣の刃は鞘とは違って、僅かばかりの刃こぼれも見られなかった。

「実戦用の剣で来な」

「な、し、真剣!?」ルオングはたじろいだ。

訓練用鎧どころか盾すら持っていないじゃないか、大怪我どころか死ぬかもしれない。

動けないルオングを横目にラクエルが動く。

「ラクエル行きます!!」

ラクエルの動きは速く鋭かった。すでに剣は抜き放っている。

しかし、クラトは構えもしない。20リグノ剣を持つ右手も完全に下げたままだ。


ラクエルの顔が強張る。

私のスピード、しかも真剣なのに。このひとは怖くないの?

そしてラクエルは剣を振りかぶった。

「もう間に合わない」

あれほどの大剣だ、私の剣の軌道に届くはずがない。

私の剣が人間の身体を両断する。人の人生を絶ち、その記憶や家族との生活を絶つ。

このひとを殺す。私が・・・

ラクエルの身体はクラトの2リティ(約1.6m)手前で停止し、膝を着くように崩れ落ちた。

「よし!それまで!!」

ルシルヴァの声が響く。

「分かったな?これが戦場を知る者と知らぬ者の違いだ。いや、覚悟の違いというべきだろう」

その傍らでラクエルが小さく肩を震わせていた。

誰もがこれで終わりだと思っていた。

しかし後方から大きな闘気が放たれている。ルオングだ。

「お前もやるのか?」

「・・・」

「やるなら構えてやるぜ」

「ルオングです、行きます!!」

ルオングは弱かった。クラトが構えなければ打ち込めない。

その点でラクエルと何ら変わらない。

その自らの弱さをルオングは悟った。

しかし、力は示せるかもしれない。その限定されたスペックなら。


ルオングは打ち込むと見せて上半身の力を下半身へ変換した。

先ほどの訓練とは逆の活用だ。

剣圧が衰える反面、ルオングの身体は加速してクラトの脇を通り抜ける。

脇から斬る事もできるが、通り抜けるだけでいい。隊長を傷つけるわけにはいかない。

しかし、その思考は激しい衝撃によって中断された。

体の後からついてくる剣をクラトの20リグノ剣が弾いたのだ。

直線的に動くもの、それに速度があれば尚更、横から加わる力に弱い。力とはコントロールできて初めて有効なのだ。

それにしても何という衝撃だろうか。

ルオングの体は剣に振り回されるように横方向へ流れ、転倒して砂にまみれた。

慌てて起き上がったルオングをヴィクトールが殴り倒した。

「恥さらし者め!」

ルオングはヴィクトール隊の所属だった。


「己の弱さに気付かぬ無知、それを知ってなお認められたいという甘さ、そして何より全力を尽くさぬ事で己の未熟を隠そうとする姿勢、お前は能力云々の前に戦場に立つ資格などない!」「お前の正規隊員を取り消し、見習い隊員とする」

ルオングの目に涙が溢れた。

無力、無知、屈辱、混乱、全てがい交ぜになって少年の涙が溢れた。

そう、この2人が流す涙など所詮は少年と少女の涙なのだ。決して戦士の涙ではない。


クラトは剣を鞘に収めて城に戻ろうとしたが、ふと振り返った。

「お前達はバルカの刀だ。刀は真っ赤に焼かれて叩かれて本物になるのさ。忘れるな、バルカはお前たちを必要としている」


膝を着いたまま震えていたラクエルとルオングは声を上げて泣いた。剣を両手で握ったまま。

自分の弱さが悔しくて。力も心も、そして在り方すら弱い自分が悔しくて。

しかし何故だろう。心に小さな光が見えた気もしていた。


様子を遠くで見守る男達がいた。

ルオングとラクエルが転属前に所属していた軍の軍団長、アヴァン。

「ウチの大隊長に数ヶ月預けても身に着かないものを半時間もかからず教え込んじまったか。たいしたもんだ。ま、やろうと思ってないのが困るところでもあるが」

傍らのラシェットは感嘆したように言う。

「組織、規則、システム、こういったものでは捉えきれないのです、あの方は」

2人の背後にいるのはバイカルノだ。

「ラシェット、綺麗な言い方だな。結局のところ、はみ出し者だろうに」

「成長も変革もはみ出す事でしか実行されないのではないですか」

「しかし、はみ出してばっかりってのもなぁ」

3人は笑い出した。


バルカの空は今日も青く、第三練兵場を風が渡る。

空は誰に対しても青く、風は誰にでも吹く。

だから顔をあげて立ち上がれ。

若いからではなく、人間は死ぬまで倒れては立ち上がる事を繰り返して生きていくものだから。

倒れてもいいのだ。立ち上がった時にはもっと強くなっているのだから。

しかし、ラクエルとルオングがそれを知るのはまだ先のことだろう。

頭脳の優劣で理解されるものではないのだから。


◇*◇*◇*◇*◇


「何ト言ッタラ良イノダロウカ、初メテ同ジ存在ヲ確認シタノダ」

ベルファーとネーベルは瞬時にお互いを認識しあった。

ベルファーは奇跡の存在だ。もちろんネーベルもそうだ。

ネーベルはベルファーに告げた。

「私ガ人間ノ言葉ヲ話ス事、バルカ人ハ知ラナイ。私ハ知ラレテハナラナイ。ベルファーダケ知ッテイテ欲シイ」

ベルファーは初めてと言って良いだろう感覚に戸惑った。それは恋というものだ。

しかし、5日間という時間は、その感情を認識し消化するには十分な時間だった。


しかし、人間には1年以上かけても消化しきれない者もいるのだ。

バルカ城にはそんな不器用な女と男がいた。


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