13-24 払い札
シャオル達がクロフェナ城に戻った時、動乱が終了してから20日あまりが経過していた。
ラムカン城に防衛ラインを構築後に先発させたリョウカとホウレイは兵3,000を率いてラムカンとの国境地帯で防衛線を張ってシャオルを待った。
シャオルは、今ではラムカン本城となったゼリアム城にカノヴァを送った為に日数を必要としたのだ。もっとも、重症のミューレイを抱えていたので、むしろ好都合と言えるかもしれない。
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シャオルを迎えたラオファは笑顔を見せた。
早速、執務室で留守中の報告を受ける。
シャオルの留守中、クロフェナ行政区の守りは完璧だった。
ラオファの組織した市民兵は訓練によって一般兵として通用するほどの質を備え、そのうち1,000は戦いで消耗したクロフェナ軍に編入する手筈も整えられていた。
「無事のご帰還、おめでとうございます」
「今回は厳しかった。クロフェナとしては初めて敵国深くまで攻め入った戦いだったからな。しかし兵士共々良い経験となった。新たな者達も加わったし、カノヴァ殿とも良い関係を作れた」
「報告は受けております。ミューレイ殿が獅子奮迅の働きをされたとか」
「ああ、私はあやつを見直した。あれは真の軍人といえるだろう」
「シャオル様がそこまでお褒めになるのは大変珍しいですね。何かご心境に変化でもございましたか」
笑っていたシャオルの顔が薄っすらと染まり、表情が険しくなった。
「な、なにを言うか。お主こそらしくは無いではないか、そのような軽口を叩くとは」
「嬉しいのですよ、私は。シャオル様のお叱りも、ミューレイ殿の皮肉も、兵士達の騒がしさも、今は全てが嬉しいのですよ」
「それにしても城主をからかうものではない」
シャオルはぷいと顔を窓の外に向けて肩肘をついた。
窓の外には兵士の行進が見える。
これまでのクロフェナ兵はどちらかといえばシャオルの私兵という雰囲気から脱し切れなかった。命令系統で見れば大隊長・中隊長が弱かったし、将軍達の指揮力も不十分だった。これは元々の権限が小さい事もあるが、インティニア独特の軍制にも原因があったといえよう。しかし、ベリュオンの森で多くの兵を失い、過酷な戦いを経て兵も将も鍛えられたのだった。
ジェライナの献策で大規模の軍を運営できる軍制を導入する予定だ。
ラオファは思わず声をあげた。
「これが我がクロフェナの兵士ですか。あの行軍をご覧ください。何とも頼もしいではないですか」
市民が集まるのが見える。歓声が聞こえる。
先頭を行く騎馬はリョウカ。
市民は拳を挙げ、腕を振り、兵達を労い賞賛した。
ひときわ歓声が大きくなる。傭兵の3人だ。
シャオルが直々に指揮官として登用し、戦でも活躍したとあって市民の受けも良いようだ。
特に剣を肩に徒歩で進むクラトに歓声が集まった。
先のアジェロン戦では、バルナウル最強と呼ばれたベルロス兵団からシャオル姫を救い、この度の戦いでは500の手勢を率いて敵中を突破したという。
馬にも乗らず、ぼろぼろの甲冑に眼を見張るような大剣を背負い、気取りも緊張もなく兵士に混じって行進する様は、ただそれだけでこの男の在り方を示しているようだった。
広場には兵士が整列し、多くの市民が集まった。
まずは戦勝報告をせねば市民に気持ちの収拾がつかないだろう。
「シャオル様、そろそろ」
「分かった。では行くか」
ラオファの声に答えるシャオルも兵士達と同様に甲冑すら外してはいない。
兵士達同様にシャオルも甲冑すら外してはいない。
シャオルはまだ若い。大きな実績も無い。
あるのはライゼンの孫娘にしてクロフェナ城主という名前だけだ。
着飾り威厳をもって特別な存在である事を示すにはまだまだ早いのだ。
今は美しさよりも直向きさを示そう。威厳よりも誠実を示そう。
シャオルが姿を現すと広場を埋め尽くした市民から歓声があがった。なかなか止まない歓声にシャオルは右手を上げて応えた。
静まった広場にシャオルの声が凛と響く。
「我が同胞、クロフェナの市民よ」
この一言だけでまたもや歓声が起こった。
その歓声はまたもやシャオルが右手で制さねばならないほどの熱を帯びていた。この地はライゼン・キルジェの元、レストルニアと戦い、アジェロンと戦い、ブレシアの地と誇りを護ったという気概に満ちている。
この後もシャオルは度々右手を上げねばならなかった。
続いて戦果の報告と主要な論功行賞が発表された。
第一はミューレイ、理由は敵中を突破しラムカン王を救出した事による。ミューレイに代わってクロファットが目録を受け取る。
第二はリョウカとホウレイ、常に中軍の外殻にあって攻守に活躍した事による。
第三はラオファ、クロフェナ城と市民を守った事による。なお、この行賞には城を守った市民兵も含まれると発表され、更に大きな歓声が上がった。
また、席外行賞、つまり非公式ながら功ありと賞するものとして、ブロイの名が挙がった。
「他、数多き者達の武功にも必ずや報いよう」
シャオルはそう言って論功行賞を締めくくると、兵士の一角に目を向けた。
眼を閉じて祈るように首を傾けた後、壇上から降りるシャオルを歓声と拍手が包む。
この後は内務大臣が引き継いで報告は完了する。
ジェライナは思わずうなった。
敵中突破し、ミューレイ突入を助け、天使からカノヴァやミューレイを守ったクラトとジュノ。その働きはミューレイに勝るとも劣るまい。
しかし、傭兵は論功行賞に該当しないのが軍のしきたりだ。
どれほど武功を上げようと順は外さない。これは意外と難しいものなのだ。
だからシャオルは城主ながら謝意を示した。
シャオルを知り慕う者であればどんな褒賞よりも一瞬の謝意に感動するだろう。
「思ったより器は大きいようだ。一国は容れよう。しかし、まだ底は見えない。連合まで容れるだけの器だろうか」
数日の後、ブレシア本国やマバザクを始めとする郷からもクロフェナ城への戦勝祝いとして使節を送りたいとの打診があった。
これを聞いたミューレイは療養中ながら献策する。
「インティニアの勢力がクロフェナに集まるのは無用な嫌疑を受けましょう。戦いに勝ったのはギルモアでありラムカンとせねばなりません。まずカノヴァ殿がギルモア本国へ正式な使節を送り、できればご本人が参じて謝意と恭順を示すべきです。まだ身体は不自由でしょうが、それでこそ効果があるというものです。その後にブレシア以北の5郷が合同でギルモア本国に戦勝祝いと表敬にて訪問したい旨の伺いを立てるべきでしょう」
「何とも面倒なものだな」
「シャオル様」ミューレイは厳しい顔で言った。
「これから我等の行く道は茨ではなく、薄氷の道とお心得ください。念には念を入れてなお、案じて行動する必要があるのです」
「分かった。しかと心得よう」
「ありがとうございます。それにヴァル・ジルオンが揃ってギルモアに向かうのであれば、当然、ここクロフェナを通過するでしょうから、個別に面会する機会を作るべきでしょう。ジルオンに集う者には我等と同じく細心の注意を払ってもらわねばなりません」
ミューレイはここでひとつ深く息をついた。
「あの者達はどうなさるおつもりでしょうか」
「あの者達とは誰の事だ?」
シャオルは分かっていながら聞き返した。
ミューレイは以前なら感じただろう煩わしさも無く、会話を愉しむように言った。
「これはこれは。ジェライナ殿より聞いておりますよ、兵士の一角に謝意を送ったのを。今、クロフェナであの者達といったら傭兵3人以外に無いでしょう」
「確かにあの者達の働きは目ざましいものがあった。私も何度となく救われた。しかし、あの者は傭兵だ。留まる者ではない」
シャオルは既にバイカルノから除隊依願を受け、了承していたのだ。
「姫、あの者達を手放してはなりません。この戦いでは決定的な働きをしました。彼らが居なければ勝利どころかクロフェナ軍は消滅していたかもしれません。それに・・・」
シャオルはミューレイの言葉を制した。
シャオルとて彼らを放したくない気持ちは同様だ。あの戦力を失うのは当然痛いし、単に戦力という存在では無くなっている。
しかし、だからこそ彼らから離れなければならない。シャオルもクロフェナも。傭兵とは戦場での戦力でしかないのだから。
傭兵に戦力以外を求めては必ず歪みが生じるだろう。
(それに彼らには帰る場所がある・・・)
シャオルは柔らかくため息をついてから、力に満ちた目をミューレイに向けた。
「何を言うか。あの者達無くばクロフェナが消えていたなどと戯言にも程がある。居なければ居ないで違う戦い方をするまでだ。そうであろう?我が軍師よ」
ミューレイは泣けて仕方が無かった。
シャオルがここまで強く大きくなっていたとは。
「では養生して早く軍務に戻れるようにな」
部屋を出て行くシャオルを見送りながらミューレイの頭に何度も同じ言葉が繰り返された。
「我が軍師よ」
◇*◇*◇*◇*◇
「じゃぁな」
「うむ、しっかりと探すがよかろう」
「どちらにせよ、また寄らせてもらうよ」
「当たり前だ。お前たちが残したものは大きすぎる。それに次にこの地で軍が動く時には力を貸してもらいたいのだ」
「まぁ、機会があったらな」
「むしろお前たちが戻るのが機会になるかもしれんぞ」
ジェライナは既に国師然とした雰囲気を持っていた。
入院しているミューレイ、看護にあたっているブロイは顔を出していないが、他の者はほとんどが顔を見せている。
「リョウカ、シャオルをたのむぜ」
「馬鹿者め、シャオル様と呼ばんか、それにお前に言われずとも命に代えてでもお守りするのが俺の仕事だ」「だが、お前には感謝している。お前のお陰でシャオル様の下で働く事が出来た。ベルロス兵団からも助けてもらったしな」
「気にすんな。お前が俺の立場なら同じ事をするだろ」
ラオファが感謝を述べつつ尋ねた。
「ここからどのような道をとるのでしょうか」
バイカルノが答える。
「ジレイト街道を西に行こうと思ってる。エルトアにも行っておきたいし、バルナウルに入るにしてもエルトア街道から入った方が良いだろうからな」
「そうですか、我等にとって皆様は恩人です。何卒お気をつけて」
「大丈夫だ。主人と番頭、そして用心棒、旅の商人って感じで動く予定だ」
笑いが起こった。それが収まるのを待ってシャオルが口を開いた。
「その方らには感謝しておる。この通りだ」
シャオルが頭を下げ、他の者もそれに倣った。
渡された傭兵の賃金は驚くほど高額だったが、その働きを知れば誰もが納得するだろう。
「それではこれにて失礼をします」
バイカルノの言葉に続いて3人は頭を下げた。
「必ずや戻ってくるが良い。次は将軍として迎えてやろう」
シャオルは3人に向けていた視線をクラトに据えて言った。
「戻れよ、かならず」
「じゃぁな、シャオルさま」
さっきよりも大きな笑い声が起きた。
「おぉ?何だってんだ?」クラトがふくれている。
「ああ、済まぬな。やっぱり可笑しいものだ」
「クラトさん、様をつける相手に、“じゃぁな”は無いでしょう」
改めて何か言おうとするクラトにシャオルは手を振った。
「良い良い、丁寧に過ぎてはクラトらしくない。様をつけただけでも上出来だ。色々と申したが、そなた達の無事を祈っておるぞ。では行くが良い」
◇*◇*◇*◇*◇
俺たちは“払い札”というものを貰ってブレシア街道を南に向かった。
関所でこの札を提出すれば検閲無しで出国できるのだ。
関所では、あのギルモア兵が驚いた顔をしていた。
「お前はあの時の・・・治ったのか?」
「あぁ、お陰さまでな」
「あれほど酷かったのにな。まさか天使に会えたのか?」
「天使には会ったけど・・・ウェルゼで会った天使は偽者だったぜ」
「ウェルゼで?・・・ウェルゼに天使がいるわけがないだろう。そういった詐欺まがいの奴等もいるのか。報告せんといかんな」
軽口を叩きながら払い札を受け取ったギルモア兵の顔が驚きに染まる。
「これは、ブレシア王族の払い札・・・お前等は一体、いや、失礼した。何も聞く事は無い。速やかに通られよ」
急に言葉遣いも改めたギルモア兵を後に関所を抜けた。
ブレシア街道はここからペテスロイ街道に名前を変え、ジレイト街道と交差する。
ジレイト街道は相変わらず埃っぽく、そして賑やかだった。
この先で何が俺たちを待っているのだろう。