13-20 エルミサ
ベリュオン城内のギルモア・ラムカン・クロフェナの軍、11,000。
森の北に展開するギルモア軍、5,000。
南西の砦にはクロフェナ軍、2,500。
南方のイグナス率いるギルモア軍、5,000。
ギルモア軍の総勢は約22,500。
一方のジェダン、ウェルゼは、北部にウェルゼ軍10,000。
東にジェダン軍12,500、南にジェダン・ウェルゼ混成の15,000。
更に森外の東に10,000が控えている。
その総勢はギルモア側のおよそ2倍の47,500。
ただし、ウェルゼ城にはほとんど兵はおらず、ジェダン軍の余力も乏しい。
このままギルモア軍が本格的に増派を始めたらかなり厳しい戦いとなるだろう。
ジェダンに残されているのは、領内のギルモア軍の殲滅か撤退。
潰走に近い撤退が一番望ましい。
ジェダン軍にとって北のギルモア軍5,000が邪魔であった。まずはこれを無力化してから全力でベリュオン城を攻略する。
ここに投入されたのが重装騎兵と護神兵、そしてエナルダ隊だ。
クロフェナ隊とぶつかって予想外の損害を出した護神兵だったが、本国からの増員で戦力は格段に向上していた。
また、エナルダ隊も非常に高いレベルのエナルダが補充されていた。兵士達がこれほどのエナルダがどこにいたのかと訝るほどの戦闘力だった。
他にも“花蜂”と呼ばれる2体のエナルダがレノとして運用されたが、これは一部の将校を除いて特務レノとしか知らされていなかった。
北のギルモア軍5,000は未明に軍団長を含む将校を暗殺され、朝日が上がった時には完全に包囲されていた。
重装騎兵に突入され混乱したギルモア軍に護神兵とエナルダ隊が斬り込む。
ベリュオンの北に展開していたギルモア軍は、ジェダン軍に被害らしい被害も与えられずに壊滅してしまったのだ。
いよいよジェダンは総力を挙げてベリュオン城の攻略にあたる。
北からはギルモア5,000を撃破して勢いにのるウェルゼ10,000とジェダン2,500、東からはジェダン10,000、総勢22,500が猛攻を開始する。
城内のギルモア軍も元帥と軍団長を失い、カノヴァ国王は負傷、指揮官を失い、城壁の損傷も激しかったベリュオン城はこの猛攻に耐えられなかった。
またたく間にベリュオン城壁内が戦場と化す。
脱出経路は南しかないが、南にはジェダン・ウェルゼの15,000と遊撃的に展開しているジェダン軍師率いる10,000が控えていた。
この時、イグナスの元にギルモア軍の後続隊が到着していなかったら、またはイグナスがベリュオン城の救援に向かっていたら、城内のギルモア軍は壊滅していただろう。
ギルモア本国より派遣された兵力は20,000。本国からの指示は出来る限り多くの兵力を伴って帰還する事。とされていた。
イグナスは25,000を指揮して東へ向かった。
ジェダン王国に兵を向けたのだ。
ジェダン軍師は色を失った。
25,000もの敵兵を本国に入れるわけにはいかない。南のジェダン・ウェルゼ混成の15,000と軍師が率いる10,000が追う。
これによって南の撤退路を確保したギルモア軍は退却、それを追うのは東のジェダン軍と北のウェルゼ軍のみとなった。
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ベリュオン城は無人の城と化した。
城壁はいたるところが破壊され、すでに防御機能は無いに等しく、ジェダン軍としてもこの城を確保する利点は無い。全軍を挙げて追撃戦に移行する。
ミューレイはジェダンの攻撃を防ぎきれないと見るや、脱出通路から使用人達を脱出させていた。その際、城の蓄えであった貨幣を分配している。
「死んだ者の分はその家族に与えよ」
ミューレイは多くは語らなかったが、使用人達は鬼か悪魔かと思っていたクロフェナの将軍に繊細さと慈悲を感じて戸惑った。
ミューレイは城の使用人達を送り出すと、クロファットに残りのクロフェナ兵を指揮して退却するよう命じ、自らは護衛として残した3名と共にカノヴァを護りつつ、ここで脱出の機会を探っていた。
「済まぬなミューレイ殿、これしきの傷で情けない事だ」
「我が主のシャオル・レラ・ブレシアよりカノヴァ様の護衛を仰せつかっております」
「私はシャオル殿がラムカンの兵を助けてくれた事、その兵を私に戻してくれた事を忘れはせぬ。それからだよ、私がジルオンの再生を思い描くようになったのは」
「カノヴァ様はラムカン国王であられますのに」
「ミューレイ殿、驚かず疑わず聞いて欲しい。ラムカン王はおらぬ」「ラムカンたる国はあれど治めるに値する者がおらぬのだ」
「何をおっしゃいますか」
「すまない、ここでは戯言だと思ってくれ。・・・無事に帰るまではな」
カノヴァの傍らには1人の女がいた。
名前をエルミサという。
この女はベリュオン城でミューレイに隠し通路を教えた使用人の女だ。
カノヴァ王の看護を含め世話をさせている。これは本人が望んだ事だ。
「カノヴァ王の存在を知る者を脱出させる訳にはいかない」
「分かっております。私の望みは適えられましたし、申し上げたはずです。私の身はどうなっても構わないと」
「もう少し耐えてくれ、我等が脱出する時には必ず解放する」
エルミサは首を振って小さく微笑んだ。
「私はあなた様についていく事は叶いませんでしょうか」
「何を言ってる?」
「私は裏切り者ですもの。地下通路を教えた」
「あの状況では誰も責める事はできまい。私が隠し通路を探した理由は暗殺者を追うためだ。あの通路は戦局に影響などしない。つまり隠し通す理由などなかった。お前の行動で彼らは救われたのだ。私も・・・」
「え・・・」
「いや、何でもない。お前は罰せられる事などしていないし、それは解放された者達が良く解っているだろう」
「でも、捕まって断罪されるのは間違いありません。悪い事には原因が必要ですもの」
「ばかな、お前が原因で何が起きたというのだ」
「原因なんてどうでもいいんです。悪い事は人を攻撃的にします。その矛先を向けるものが必要なんです」
エルミサが言っている事は正しい。
「とにかく我等が脱出する時にお前は解放される。それ以外の要求はしないし、お前の要望を聞くつもりもない」
ミューレイはエルミサとの会話を終わらせ、カノヴァに向き直った。
「カノヴァ様、あなたを襲ったのは黒髪の女だったと聞いていますが」
「あぁ、そうだ。ティーワゴンにボウガン2丁と刀を隠していた。動きは見事だった。間違いなくエナルダだしランクも高いだろう。しかも狙いは私だったらしい」
「らしい?」
「そうだ。ヤツは私の顔を知らなかった。茶を出すと言ってカノヴァは誰かと聞いたのだ。我等は位が高い順に茶を出すためだと思った。そこでな、あのガミリムがまず自分に茶を淹れるよう言ったのだ。カノヴァだとは名乗らなかったが、暗殺者はガミリムをラムカン国王だと思ったのだ。つまらない戯れが命取りになった。ガミリムはボウガンで撃たれた後、刀で止めを刺されたのだ」
「なんという」
「まぁ、2人の軍団長も死んでいるし、私が生きている理由は運なのだろうがね」
「それは死ぬべくして死に、生きるべくして生き残ったといえるでしょう」
「この先はどうなるか分からぬが、もう少しは夢が見れそうだ。ガミリムには感謝せねばなるまい」
カノヴァは痛みに顔をしかめながら笑った。
時間が経過して時刻は4時(地球の午後2時)となった。
「そろそろ出発しましょう」
「あの、私は・・・」
「どこへでも行くがいい。連れては行けない」
「この地にいたら私は殺されてしまいます。私には家族もおりません。子供の頃から城の女中です。帰る場所なんてありません。後生ですから連れて行って下さい」
「駄目だ」
「ミューレイ殿、私はこの通り傷を負っている。そしてこの女には医術の心得がある。手助けが必要ではないか?」
「カノヴァ様!」
「それに連れて行った方が、情報が漏れなくて済む」
「本気で仰っているのですか?」
「私は気が弱くなっているのだろうか。これまで多くの人間を殺してきたのにな。僅かな時間だったが、この女は心から尽くしてくれた。ミューレイ殿が女の願いを叶えなくとも、私は恩を残して去る事はできない」
ミューレイは分かりましたと短く言うと、準備を整え始めた。
6人は潜んでいた地下1階の奥から通路を通って階段を上った。
崩れたレンガの壁や散乱した家具を避けながら南門を目指す。
「私はカノヴァ様を襲った女は、ジェダンの天使だと思っています」
「しかし天使は・・・」
「はい、金色の髪に碧と鳶色の瞳を持つと聞いています。しかし、飛んで逃げたとしか考えられないのです」
「ほぅ、暗殺者は天使か。では、私は神から死を宣告されたという事か」
カノヴァは掠れるような声で笑った。
「その通りです」
澄んだ声が後方から聞こえ、ミューレイ達は一斉に振り返った。
すぐさま3人のクロフェナ兵が盾となって構える。
彼らの甲冑の触れ合う音、刀を抜く音がやけに大きく聞こえた。
全員の目が見開かれた。
「こ、これは・・・天使」
目の前にいるのは、伝え聞いた天使の姿そのままの少女だった。
白い肌と豊かな金髪、瞳は右が鳶色で左は碧。
薄い布をまとい、武具の類は何も身に着けてはいなかった。
兵士達は構えた刀を下ろした。
天使に刀を向けるなどという事ができるか。
見ろ、この美しさ、この神々しさ。身にまとった薄い布は透き通りそうだ。
武具も持たない少女に刀を向けるなどできるものか。
天使のつぶやくような声は驚くほど鮮明に聞こえた。
「カノヴァを置いて立ち去りなさい」