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13-18 レルヴァル

ミューレイがベリュオン城に入った日の夜。

ガミリム元帥とギルモア軍団長と共にカノヴァ王の部屋に集まり話し合っていた。

「全く、クロフェナも事前に知らせれば良いものを。レノでも使えば何とかなっただろうに」

ガミリムは白い顎ひげを触りながら不満を鳴らした。

カノヴァはテーブルに両手をついて立ち上がると強く訴えた。

「元帥、ここはミューレイ殿が言うように全軍をあげて討って出るべきでは?」

「しかし、ギルモアからの援軍を待つという手もあるのではないか」

「それではクロフェナが全滅してしまいますぞ」

「クロフェナといっても残るはたかが2,000、ギルモア軍10,000には変えられまい」

カノヴァはクロフェナと連携した脱出を主張したが、ガミリム元帥は受け入れなかった。

結局はこのまま篭城し、ギルモアの援軍を待つ事に決定した。

方針が決まった事でガミリム元帥と軍団長の緊張感は解けていった。

カノヴァはガミリムを不快に思いながらも、ミューレイの苦悩とシャオルの不運を想い、ジルオン再生が遠のくのを感じていた。

同じテーブルでは元帥らが関係の無い話に興じている。

カノヴァはますます苦い顔をした。

その時、ドアを背にしていた元帥が振り返った。


ためらいがちにドアを叩く音がする。

ここはベリュオン城内の5階にあたる部分でこれから上は見張塔があるばかりだ。カノヴァの部屋は5階北棟の北端、部屋の前の通路を北に進めば第4見張塔へ通じる階段、南は4階の広間につながる階段だ。

4階の広間にはクロフェナの将軍、ミューレイが詰めているはずだ。

明日まで待てといったのにここまで押しかけてきたか。

ガミリムの顔は面倒だというように曇った。

しかし、ドアの向こうから聞こえたのは女の声だった。

この城を落した時、城内の使用人はそのまま留め置かれ、食事の準備など将校の身の回りの世話を命じられていた。恐らくはその使用人であろう。

「入れ」

ドアが開かれ、黒髪の若い女が深く頭を下げた。

こんな若い女もいたのか。

そう思わせるのはただ年齢が若いというだけではない。小柄な身体に美しさと可憐さをまとった少女だったのだ。

少女はそのまま後ろに下がり、廊下からティーワゴンを押して室内に入った。

「なんだそれは」

「は、はい」

怯えた小鳥のような少女はおどおどと答えた。

「あ、カノヴァ国王のお部屋に、お、お茶をお持ちするようにと命じられました」


「そうか、ご苦労」


少女の瞳に4人の男が映った。

一番手前に着飾った白い髭の男。左右の2人と奥の1人はその軍服から軍団長と思われた。


「・・・」

「どうした?」

「あの、わたし、は、初めてなものですから・・・カノヴァ様は・・・」


部屋の男達はすぐに理解した。

この女はギルモアとラムカンの事情など知らず、お茶を出す順位としてカノヴァを最上位と考えたのだろう。しかしカノヴァの顔を知らなかったのだ。


「うむ、まず私にもらおうか」

一番手前に座っていた白い髭の男が笑いながら答える。

「ではお茶を・・・」少女の瞳が、冷たく光った。

ワゴンに入っているのはティーカップとポットではなくボウガンと刀だった。

小柄な女から可憐さが消え、ワゴンからボウガンを引き出す。

堅い木と動物の角で作られた重いボウガンを2丁両手に軽がると構え、腰だめで撃った。

この時使用されたボウガンは3×3連装ショートを改造したもので、形状は通常の3連装ボウガンに近い。サイズを小さくしただけに威力は小さいが、室内での使用を考えれば充分な威力があった。

3×3×2、18本の矢は至近距離から放たれ、4人の男たちに腰を浮かせる間も与えなかった。

女は表情も変えず刀を抜き、矢を受けながらも立ち上がろうとする白い髭の男に刀を振るう。

血しぶきが舞い、女の着ていた給仕服を紅く染めた。

「き、貴様は・・・」

血に塗れた手はくうを掴むようにして床に落ちる。


廊下ではもう一人の女が震えていた。

この女は城の使用人で、突然現れた少女の言葉を信じ、ワゴンを準備したのだ。

美しい少女は穏やかな眼差しで天使と名乗った。女使用人は天使を見た事が無かった。金髪と聞いていたが目の前の少女は黒髪だった。

しかし間違いなく天使だった。天使たる能力を示したのだから。

天使でなければギルモア兵で溢れる城内にボウガンや刀を持ち込めるわけが無い。

そう、天使でなければ5階の窓から入ってこられるわけが無いのだ。

元々ウェルゼの民だった女使用人は言われるがままに動いた。

ただ、カノヴァの顔を知らないと答えると、天使の顔は一瞬だけ醜く歪んだ。

カノヴァはウェルゼに侵攻しこの城を落したラムカンの王。ウェルゼ兵もたくさん殺された。当然憎い。

しかし、今ではこの天使に手を貸した事も正しいとは思えなかった。


天使を廊下で待つ。身体の震えはどんどん大きくなっていった。

ドアが開き、鞘に収めた刀を手にした天使が、浴びた血しぶきを拭いもせずに現れた。

その顔に穏やかさや可憐さはない。

その天使が顔だけをこちらに向けた。

女使用人は絶望を感じた。

これは天使ではない。いや、人間ですらない。

決して分かり合うことができない別な生き物だ。

理由は無い。本能がそう告げていた。

「もうひとつ協力してもらいたい」

「は、な、なにを、すれば」

「お前には死んでもらう」

「あ、え、それ、それは・・・」

天使は給仕服を剥ぎ取るように脱ぐと、胴体部分だけの軽装鎧に刀を装着した。

その背後に菱形の毛皮のようなものが、肩と腰の辺りで動いているのが見える。

何だろうこれは?

女使用人の意識はそこで途切れた。


◇*◇*◇*◇*◇


「暗殺?この城内でか?」

「は、ガミリム元帥以下2名の将軍が死亡しました。カノヴァ殿は奇跡的に一命を取り留めています」

「暗殺者は逃亡したと思われますが・・・」

報告するクロファットは当惑していた。カノヴァの部屋からの脱出経路は無い。

何かしら仕掛けがあるのかもしれない。

クロファットに暗殺者の捜索を指示したミューレイは唇を噛んだ。

「く、元帥と軍団長を一気に失うとは・・・」

「いかが致しましょうか」

「カノヴァ王のご生存は不幸中の幸いといえるが・・・これでおいそれと城を出るわけにはいかなくなった」

少しの間沈黙の後、ミューレイは何かを覚悟したように強い口調で指示した。

「よし、使用人を全て集めろ。私が尋問する」

「使用人は60人ほどおります。尋問は何名ずつ行いますか?」

「広間に全員を集めよ。出入口は固く閉じ、壁には武装した兵を並べよ。立ち騒ぐ者は直ちに斬れ」

「は、承知しました」


*-*-*-*-*-*


広間に集められた使用人はほとんどが女中だった。男は逃げ遅れた武器職人が10名ほどいるだけだ。

ミューレイは一人の男に前に出るように言った。

男は恐れる風もなく近づく。

「お前は何か知っているな?」

「お役に立てるような事を存じ上げません」

「そうか、私の質問が良くなかったな」

「この城に抜け道はあるか」

「存じ上げません」

「この城が落ちた時、戦死した兵を合わせても2,000程度だった。これは在り得ない数字なのだ。少なくとも5,000は居なければ、ギルモア軍への防戦内容から辻褄が合わん。となれば数千の兵が消えた事になる。人は姿を消す事はできん。つまり脱出したのだよ」

ミューレイに向けられた男の視線はその焦点が僅かにぶれた。

「お前は知っているな。その脱出路を」

「存じ上げません」

「そうか、では別の者に聞こう」

戻ろうとする男をミューレイが呼び止めた。

「お前はここに居て良い」


言葉と同時に剣先が心臓に届き、男の身体はそこに崩れた。

控える使用人達から悲鳴があがった。

「よし、次はお前だ」


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