13-16 赤旗
シャオルは父であるブレシア国王に剣を向ける事を問題とはしなかった。
ミューレイはシャオルに促されて説明を続ける。
「問題はバルナウルへの対処です。バルナウルは大陸西への勢力拡大を進めており、大陸東では安定的な現状維持を望んでいます。それがギルモアの北進を認めた理由ですが、ギルモアが新たな戦乱を引き起こした以上、交渉は可能と考えます。問題は我々と戦いを繰り広げてきたアジェロンの勢力ですが、現在は中立条約によって戦闘は行われておりませんし、すでに国としての機能を失いつつありますので考慮しなくても良いでしょう」
「あくまで形の上ですが、対ギルモアを想定したインティニア国家群の協定となります。そしてジルオン独立後は、バルカ、トレヴェントとの連携、更にはクエーシトとの連携も想定しておく必要があります。将来、ジェダンとは必ず衝突します」
「おぉ、バルカか、かの国とは親交を結びたいと常々思っていたところだ。よい仲介役でもいてくれれば良いのだが」
シャオルの言葉に“わざとらしさ”を感じつつも、ミューレイもまたバルカに対して憧れに近い感覚を持っている。
しかし、シャオルが国を治めるのであれば、参考にすべきはむしろギルモアやバルナウルなのだ。精神だけでは国は保てない。むしろ滅びを早めるだけだろう。バルカが存続している理由は軍事力にある。圧倒的な軍事力によって崇高な精神という重荷を支えているのだ。
「よし分かった。とりあえず状況を作り出さねば始まらぬな」
「はい。ジェダンの参戦とギルモアの撤退です」
「で、ベリュオン城をどうする」
「は、ガミリム元帥の思うがまま進めていただいて良いでしょう」
「なぜ」
「ウェルゼ本城はもはやジェダンの指揮下に入っているはずです。ジェダンが欲しいのはウェルゼを犠牲にした勢力拡大の大義名分でしょう。であればベリュオン城など捨て城でしかありません。ギルモア軍がウェルゼ本城に押し寄せるのを待っているのです」
「それではギルモアの大敗ではないか」
「ですからベリュオン城を落しウェルゼ城に向かう途中で、ガミリム元帥お一人が犠牲になっていただければよいのです」「軍を引く理由にもなりましょう」
「むぅ、暗殺か・・・」
「はい、ご検討下さい」
◇*◇*◇*◇*◇*◇
戦いの推移はミューレイの想定とは違い、ベリュオン城の激しい攻防戦となっていた。
ただし、ベリュオン城を守るのはギルモア軍だ。
ギルモア軍はウェルゼ軍からベリュオン城を奪った途端に包囲されたのだ。
当初、ギルモア軍のベリュオン城攻撃は想定した通りに推移した。途中までは。
ベリュオン城に篭城しているウェルゼ軍は、ギルモア軍の猛攻にも驚くほど耐えたが突然赤旗が掲げられた。
赤旗は血を捧げるという意味であり、降伏の意思表示だ。
その昔、赤旗は本物の血で染めねばならず、色が薄い、旗が小さい、など攻城軍から嫌がらせのような指摘を受け、10人もの犠牲者を出して旗を染め上げたとの記録も残っている。
攻城戦において赤旗を城壁に掲げるのが降伏だが、白い旗は徹底抗戦の意思表示になる。
ともあれ、ベリュオン城のウェルゼ軍は赤旗を揚げたのだ。
城内の確認が済み、ガミリム元帥が騎兵を従え悠然と入城する。
しかし、先に城にはいっていた将校からの報告は信じがたいものだった。守備兵は僅か1,000であり、その半数近くが負傷兵だというのだ。戦死者と併せても2,000程度だろう。
実は城内にある地下道から多くの5,000もの兵が脱出していたのだが、地下道は巧妙に隠され、ギルモア軍は気づかなかった。
ガミリム元帥はウェルゼ軍に精鋭部隊とエナルダ部隊が存在し、予想を遥かに上回る戦闘力があると考えた。
ウェルゼ軍は弱兵と聞いていたが僅か2,000でこれだけの防衛線を展開するとは決して侮れない。またはジェダンが軍を派遣しているのかもしれない。
こう考え始めると思考は後退する一方となる。
本城であるウェルゼ城には大きな戦力を備えていると考えねばなるまい。攻略など到底無理に思えてくる。もしウェルゼ城まで軍を進めて敗北でもしたら、ギルモアまで戻ることなどかなわぬに違いない。
ガミリム元帥はウェルゼ本城攻略を見合わせ、捕虜のうち将校以外の兵士を解放。降伏を求める書簡を持たせた。
条件はギルモアによるラムカン領有の承認、ウェルゼ領の西端にある山岳地帯の割譲、賠償金の支払、ギルモアとの不可侵条約の締結、などである。ただし、ラムカン領有以外の条件については交渉を持つ事とした。内容に含みを持たせたつもりだったが、弱腰が丸見えの降伏勧告文書となってしまった。
守備兵の解放もウェルゼに恩を売ったつもりだろうが、恩を売るのは有利な立場で始めて成り立つのだ。弱腰を見透かされた状態では焦りの大きさを示しているだけといえる。
解放されたウェルゼ兵が去った後、ジェダンの使者が現れる。
ギルモア軍に緊張が走った。
「ウェルゼではなくジェダンか!」
ジェダンの使者は修道服を身に着けていた。
「神はそなた達の存在をお認めにはならなかった。これよりジェダンはギルモアと戦闘状態に入る」
使者はそれだけ言うと舌を噛み切って自死した。
使者の自死は交渉も持たぬという意志表示だ。
その時すでにジェダン軍はベリュオン城を包囲していた。
ギルモア兵達は戦うより城に逃げ込もうとした。
むしろ城が無ければここまでの大敗北は無かったかもしれない。
ギルモア兵の多くは城に向かい、背後から打ち倒されていった。
組織的な戦闘はほとんど行われず、城に入れなかった兵士は討たれ、あるいは深い森へ逃げ込んだ。
そして10,000余りのギルモア兵は立場を変えてベリュオン城で篭城する事になったのだ。
森の外でウェルゼ城とベリュオン城の連携を妨害していた軍団5,000とも連絡が取れないままだ。
ベリュオン城は攻守にかかわらず、森を味方につけるかどうかが重要とされる。森を味方につけるには森に兵を展開させなければならない。すでに城を囲まれ、森の外の5,000とも連絡が取れないギルモアは森を防御に活用する手段を失っていたのだ。
ギルモア本国は準備中だった後詰の20,000のうち、編成が終わった10,000をアティーレ経由で向かわせた。また、アティーレのイグナスにも救援命令が下る。
「馬鹿な、ここまで大敗するとは」
イグナスはガミリムと自分を罵りながら出立していった。
ラティカ軍団を率い、山脈の東端から直接ウェルゼ領に進入、一直線にベリュオン城に向かう。
「ウェルゼ侵攻作戦への援軍ではない、ギルモア兵を一人でも多く帰還させる事。それが任務だ。ロングボウガン隊も準備が出来次第出発させろ!」
ロングボウガンは北の戦乱でバルカ軍の勝利に大きく寄与した兵器だ。しかしその運用は難しく、特に機動力を必要とする戦場では使用されない傾向にある。バルカ高機動隊の有効性を認めながらも採用に至らないのはそれなりの理由があるのだ。
イグナスのロングボウガン隊はバルカ高機動隊ほどの機動力は持たないものの、矢を装填したユニットを多く積載しており、移動砲台としての能力は十二分に持っている。
イグナスはこの馬車1台を小隊、3個小隊を中隊、3個中隊を大隊とした。
有効と見ればとことん活用するのがイグナスだ。
この戦いには5個大隊、実に45台ものロングボウガン隊を投入している。
また、アティーレ特別区の残り兵力6,000もロングボウガン隊の護衛を兼ねて出撃させた。
これでアティーレ特別区の兵力はゼロだ。しかし、形ばかりの兵力なら本国が何とでもするだろう。それにクエーシト、バルカが動く事は無いと確信しているのだ。
*-*-*-*-*-*
シャオルに戦況を報告するミューレイの表情はさすがに硬かった。
「申し訳ありません、私の読み違いです」
「良い、全てが分かるのは神のみだ。とにかくカノヴァ殿を、そして一人でも多くの兵士を帰還させる事を考えよ」
「はッ、承知しました」