13-15 ベリュオン城
ガミリム元帥はフォルデン城攻略作戦を開始。
被害は予想外の5,000に及んだが、敵兵も5,000討ち取った。
兵士の消耗では互角だが、城を奪取には成功する。
しかし、予想外の消耗で城の守備に残す兵が不足した。とりあえず30,000で先行し、フォルデン城の守備として5,000を残した。この5,000もクロフェナ軍をフォルデン城まで前進させた後、後詰として進軍する予定だ。
フォルデン城に入ったシャオルは呆れたようにこぼした。
「聞いたか、こんな古ぼけた城を取るのに5,000もの兵を消耗したそうだ」
「しかし、敵の損害も5,000との報告です」
「何を言うか、敵兵を5,000討ち取るというのは軍事上の目的でも何でもない。目的は城を取るという一点のみだ。討ち取った敵兵を数えている時点で将たる資格は無いのだ。しかも自軍兵士の価値を敵兵と同等にしか見ておらん。数でしか見ていないのだ。前線でも机に座っているつもりか」
シャオルはいつになく語気を荒げた。
フォルデン城に入ったのは、クロフェナ軍8,000のうち5,000だ。
残り3,000はラムカン城の守備に残しているが、ラムカンの各拠点から集めた守備兵が到着し次第出発する。
ガミリム元帥の軍はウェルゼ東部の山岳地帯を抜け、次の攻略目標である、中部のベリュオン城に迫る。
このベリュオン城は別名“深緑の城”と呼ばれ、深い森の中に建造された城だ。ウェルゼ中部は平野が広がっているが、その中央の丘陵地は全体が大きな森となっており、その小高い場所に建設されている。
大木が茂る森の中にそびえる城。それは、まるで森全体が城の一部のようでもあり、城が森の一部のようでもあった。
それは攻めるのも守るのも難しい城だといえよう。
「元帥、ベリュオン城の攻略は危険が伴います。迂回してウェルゼ本城を衝くべきです」
軍団参謀が意見を述べると、元帥は不機嫌そうな顔を見せた。
「あの城にどれだけの兵が篭っているか分かるか?」
「城の規模から5,000程度かと思われますが」
「ウェルゼ軍は弱い。強い敵は分断して撃破すべきだが、弱い敵は集めてから撃滅すべきなのだ。弱兵とはいえ、どのような動きをするか分からん。5,000程度の敵のために我が軍を分けるなどという事は避けたい」
「分かりました。では、ベリュオン城を攻略する作戦で良いでしょうか」
「うむ。むしろここを落せばウェルゼの降伏も見えてこよう」
この時点では、元帥も軍師も森の中にある城を攻略しようとしていた。
しかし、攻略作戦などよりもっと根本的な失策を痛感する事となる。
作戦は準備の時点で行き詰った。
35,000もの軍を布陣するのに適した場所が無いのだ。
森の外にある草原に陣地を置くと城までの距離があまりに遠く、かといって森の中ではまとまった陣地が確保できないのだった。
また、森の中に陣地を置くなら、森の外、特にウェルゼ本城の敵の動きに注意しなければならない。
結局は森の外周の北側、つまりウェルゼ本城の方面に1個軍団5,000をおいて警戒し、残り6個軍団30,000は軍団ごとに城を包囲する。ウェルゼ本城に対応するため、北側に3個軍団15,000が配置された。
軍団ごとに野営するとしても、野営地の確保に樹木を切り倒して場所を確保しなければならず、これに2日を要したが、ベリュオン城防衛に対して確実にくさびを打ち込む事ができた。
誰もが短期間での攻略を疑わなかった。
たかが苔むした小城ひとつ。
懸念する点が無かったわけではない。まず1個軍団あたり5,000というのは兵数が多すぎる。
師団数が多いのならまだよいが、将校が不足しているギルモア軍は師団の兵数も通常の2倍以上に膨れ上がっていた。これは通常の1個軍団の兵力だ。命令系統は万全か?
そして最も重要な事を従軍したエナルダの何気ない一言が表していたが、本人も含めて誰も気に留めなかった。
「この森はエナル濃度が高い」
そして明日の夜明けを持って攻撃を開始する旨の命令が下った。
◇*◇*◇*◇*◇
「ミューレイ、これを見るがよい」
シャオルから示された書簡にはギルモア軍がベリュオン城の攻略戦に入った事、その布陣まで記載されていた。
「あ、これはいけない」
「何が良くないか」
「このベリュオン城は地形が複雑な森の中にあり、攻めるも難しければ守るも難しい城です。むしろこの城は無視して軍を進め、1個軍団3,000程度を森の外において監視させれば済みます。もし攻め落としたとしても守備兵を置かなければなりませんから結局は同じ事です。たかが5,000程度が守る城を攻める為に30,000もの兵で包囲し、ウェルゼ本軍数万への対処として僅か5,000の兵を置くというのは理に適っていません」
「しかも、今回のギルモア軍は将校の数が少な過ぎます。師団長が2,000の軍を率い、軍団長は5,000もの兵を率います。これが平地の戦いならいざしらず、森の中では命令系統が上手く働くとは思えません」
「では今からでもウェルゼに軍を進めるべきと申すか」
「いえ、もしウェルゼ本城を攻略するなら追加で40,000程度の兵力が必要でしょう」
「ではどうするのか」
「どちらにせよガミリム元帥はウェルゼを攻略できないでしょう。一歩間違えれば多くの兵を失いかねませんが、かといってガミリム元帥が我々の言葉で軍を退くとも思えません。つまりは小さく負けていただくのが最良でしょう」
「相変わらず難しい事を言うものだな」
「元々、ギルモアはウェルゼどころかラムカンの東部すら領有するつもりはありませんでしたし、ラムカン西部の領有はかなり綿密に計画され慎重に行われました。ところが、欲と思いつきで軍を進めた結果がこの有様です」
「で、どうする」
「それはシャオル様のお考え次第です」
「どういう意味か」
ミューレイは一つの想定を示した。
「今後、我々の行動は目標に向けたものとせねばなりません。マバザクの他、マヤサラ、ルチアナ、ゼンティカ、北方3部族の主だった者、ブレシア本国の協力者、これらに加えてカノヴァ殿、我々と意を同じくする勢力との共闘体制は構築されつつあります」
「ジルオンの独立はお主が10年の準備が必要と申しておったではないか」
「はい。しかし状況が変わりました。ジェダンの参戦、バルナウルとの協定、これらが成ればジルオンが立つ時が来たといえるでしょう」
「何が必要か」
「は、まずブレシア本国の制圧、更にバルナウル対策となりましょう」
「では、ジェダンとギルモアは敵に回すという事か」
「ギルモアは明らかに敵となりますが、ジェダンはギルモアに敵対するでしょうから交渉の余地はあります」
「敵の敵は味方というわけか」
「シャオル様、“敵の敵は味方”ではなく、“敵の敵とは戦わない”です」
「分かった分かった。で、勝算はあるのか」
「この戦いでジェダン軍が動けば、ギルモアとジェダンは表立っての敵国同士となります。ギルモアのウェルゼ侵攻は各国から不信を買うでしょうし、北の戦乱で見せた貪欲さや不義行為を思い出させるに充分です」
「ギルモアと交戦状態のジェダンにとって我等のギルモア離脱は有益ですし、対ギルモアという点では共闘が可能です。条約の締結も問題は無いでしょう。また、我々が領有を宣言する地域は元々ジェダンがギルモア領として認めていた地域ですのでジェダン国内の意見もまとめやすいでしょう」
「ギルモア領であるよりはいずれ手に入れやすいしな」
シャオルの皮肉をさらりとかわしてミューレイは説明を続ける。
「肝心のギルモアからの独立ですが、ブレシア本国は以前にくらべ、ギルモアの監視が緩んでいます。これはマバザク、マヤサラ、ルチアナ、ゼンティカ、ラムカンに要員が割かれ、ウェルゼにも攻め込んだのですから当然の事です。引き続きブレシア本国のギルモア派の切り崩しを行いますが、いざという時には武力制圧せざるをえません」
ここでミューレイはシャオルに視線を向けた。
武力制圧とはシャオルの父であるジェノン・ジェゼ・ブレシア、ブレシア国王に剣を向ける事になるからだ。
シャオルはミューレイの視線に気付き、地図に落していた目を上げた。
「どうした、続きを申せ、ここまでは問題ない」