13-6 一騎討ち
ベルロス兵団の隊長クスカとシャオルの戦いは一騎打ちの様相を呈していた。
クスカの大剣がシャオルに迫る。
ガキィッ!!
振り下ろされた剣をシャオルのハルペーが防御し、もう一方のハルペーがクスカの首を刈ろうと伸びる。
クスカは無理に引かずに身体を預けるように前に出た。これほど接近してはハルペーといえど扱いづらい。
一瞬戸惑ったシャオルにクスカの兜がぶつかっていく。もう一方のハルペーは竜の爪の兜に絡め取られた。
次の瞬間、シャオルには全てがスローモーションに見えた。
敵将の右手が鎧に触れたと思ったら既に剣が握られている。
「しまった!」
「もう遅い」
短剣がシャオルの鎧の隙間に差し込まれた。
「ぐぅッ!はっぁ!」
シャオルはハルペーを放して後ろに跳ぶ。
「ち、浅かったか」
クスカはハルペーを振り落として視線を前に向けた。
ほんの5リティ(約4m)ほど先に敵将シャオルがいた。
得物も放棄して手傷を負った女。しかしそんな事を気にしていたのはいつの事だろう。
その代償はクスカの左脇腹に大きな創として残っている。
瞬きする間もない。大剣の先端は兜ごとシャオルを破壊するだろう。
クスカは大剣を振り下ろした。
ガッ!!
クスカの剣は横から払われ、同時に体を当てられた。
何だと?
クスカは驚きすら冷静だった。
距離を取って目を向けると、シャオルを守るように1人の兵士が片膝をついて剣を構えている。
クスカは改めて身構えた。
こいつできるな。もしや噂の傭兵か?
面白い。
これだけの雰囲気を持った敵にはそうそう出会えるもんじゃない。
正面から打ち込んだ、自分のものより一回り大きな大剣が迎撃する。
衝撃音と火花が飛び散る。
とんでもない奴だ。俺の打撃を打ち返すか。しかも15リグノ剣をあれほど軽々と捌くとはな。
力は向こうが上か。しかし問題ない。
クスカが振り下ろす剣は2度3度と打ち込まれる。
防御を取り続ける相手の隙を狙うのだが、クスカは相手に隙が出るのを待つような男ではない。突きで体勢を崩して、すぐさま横殴りの軌道に変わった。
それでもクロフェナの傭兵は受けきる。
不利な体勢でもその場を動かないのはシャオルがいるからだろう。
シャオルはクロフェナの象徴だ。象徴を失えば精神は消える。
クスカの剣は鋭さを増していった。
シャオルを守る傭兵は何度か受け損ね、ダメージが積み重なっていく。
ほぉ、この傭兵。恐ろしい程の耐久力だな。
なるほど、アジェロンがあれだけ警戒するのも肯ける。
この時、ジュノは後方で乱戦に巻き込まれていた。森の中での乱戦は組織力が発揮しづらい。
すぐに接近戦では相手に分があると分かった。
「防御陣形をとれ!中隊単位で動き、他の隊と連携を取るんだ!」
ジュノは指示を出しつつも西に視線を向ける。
クスカが繰り出す、突いてから振り下ろす打撃。
シャオルの盾になっていたクラトはついに大きくよろめく。
クラトの目がシャオルを追う。
しかし、クスカはクラトに向かった。
レギオルスよりお前に興味があるんだよ、傭兵!!
クラトは敵がシャオルではなく自分に向かう事に感謝した。
よく分からんが、なかなか面白いやつだな、角付き!!
声に出す暇すらない互いの思惑が交差する。
剣を構えると、カチリと嵌るような間合いに戸惑いながらも、相手の僅かな動きも見逃さないよう全神経を集中する。
まだ2人とも飛び込む間合いではないのだろう、一定の距離を保ったまま円を描くようにじりじりと動く。
探るように2人の距離は近づき離れる事を繰り返す。
そして間合いが遠くなった時、クスカが飛び込んだ。
クラトは意表を突かれて僅かに動きが遅れた。
拮抗した力がぶつかる時、僅かであろうとそれは絶対的な差となりうる。
防御はしたものの不十分だった。衝撃をまともに受けた身体は弾かれた。
そこへ追撃の打ち込みが迫る。
からくもクラトが防御。
大剣同士の鍔迫り合いはクラトが押される。やはりダメージがあるのだろう。
しかし優勢であるはずのクスカの剣が乱れ始めた。
クスカは思いもよらない自分の感情と戦っていた。
何だというのだ。なぜ殺意が削がれる?
その感情を振り払うように大剣を全力で振り下ろす。
“俺ニ似テイル”
何だこの感覚は!?
“コノ男ヲ知ッテイル”
“コノ男ハ知ッテイル”
馬鹿な!何故?
クスカの脳裏がフラッシュした。
振り下ろした大剣がクラトの突撃兜の直前で止まった。
バイザーから覗く目は恐怖も憎しみもなかった。ただ強い光を宿した目だ。
と、クラトの大剣が振られた。片手で。
(なにッ!?)
声を出す間もなく兜に衝撃を受けた。
15リグノの片手打ち、しかも寝ている体勢からとは。
「シャオル様!!」
ラオファが兵を伴って現れた。
クスカは距離をとると大声で言い放った。
「レギオルスと傭兵を連れて帰れ」
「我らは追わん、貴様らも追うな」
ベルロス兵団隊長の言葉には、ゼリアニアのものだろうか訛りがあった。
クスカが左手を挙げると、空馬を連れた騎馬隊が現れる。
「貴様らに礼を言おう。敵に礼を言うのは初めてだ」
「ただし憶えておけ、クロフェナはアジェロン領から退け。そして2度と近づかぬ事だ。もし近づくなら、ベルロス兵団の本当の力を見せてやろう」
クスカは返事も待たずに馬に乗るや背中を見せた。
クスカの後方を固めた兵士達が剣を構えて防御陣を張る。
その兵たちの向こうでクスカが振り返った。
「おい、傭兵!また会おう!」
クラトはただ、唸る事しかできなかった。
「それが俺の不幸かお前の不幸か、どんな結果になるかは知らんが必ず会おう!」
敵兵は全線で退いていった。
「シャオル様を早くお連れしろ!」
ラオファが叫ぶように命じると、自身はリョウカに肩を貸した。
「クラト殿、大丈夫ですか」
クラトはベルロス兵団が消えた先を睨みつけていた。
「クラト殿?・・・クラト殿!」
「あ?ラオファか。兜を打たれてジンジンするぜ。あの野郎何て言ってたんだ?」
「アジェロンには近づくなと」
「くそっ、えらそうに」
「それと、クラト殿に、また会おうと言ってました」
「はぁ?イヤなこった。なに言ってんだ。・・・しかしなかなか面白いヤツだった」
主な戦闘が森の中で行われたせいか戦死者は少ないようだ。
その後、アジェロン軍から使者が訪れ、両軍が退く事で合意がなされた。
もし、アジェロン軍が退かずにその両翼で包囲戦を展開していたら。
クロフェナの本隊は大きな被害を受けただろうが、後詰のラオファ隊がアジェロン軍に壊滅的な被害を与えただろう。そして両軍とも多くの将兵が命を落していたに違いない。
クロフェナ城に帰還した後、ラオファへ応援要請を出したバイカルノは形ばかりの謹慎処分となった。