13-4 オストーラ
アジェロン軍の本陣
「クスカ殿、ブレシアの本隊が進出して来たぞ。どうするつもりだ!?」
「そうですな、一戦交えるのも一興でしょう」
「冗談じゃない!そなたは知らないのだ、クロフェナのレギオルスを」
「かまきり?」
「現ブレシア領主の娘にして、ライゼン・キルジェの孫だ。戦闘力は高い。特に騎馬では無類の強さだ。獲物は両手にハルペー、そこからレギオルスと呼ばれるようになった」
「ほう、女でハルペーとは」
「それだけではないぞ、配下には元司祭直衛隊やジルオン将校学院の主席、クロフェナ特務隊など、優れた武将が多い。更にシャオルが直接引き入れたという傭兵。これが異常な強さだ」
「強いのか、それ程に」
「先の負け戦ではこいつらに5,000の兵が手玉に取られた」
「面白そうだな、ブレシア、いやクロフェナは」
「面白いだと?ゼリアニアとは違うのだ、ジルキニアは」
クスカの穏やかな目が鋭く光った。
「ほう、どう違う?我らが戦った戦場が温いとでも?」
「いや、ベルロス兵団の兵士や戦績を貶めるつもりはない」
「よし決まった。ベルロス兵団だけで様子を見てこよう。本国からの指令の中にも敵軍の調査という項目が含まれているのでね」
「クスカ殿、了解だ。ベルロス兵団が出るなら我々アジェロン軍4,000も後詰しよう」
「さすが戦場が住処というアジェロンの将軍、話が早い。改めてベルロス兵団隊長として協力をお願いする。しかし・・・」
「どうなされた」
「今回はご遠慮願いたい」
「な、何を言うか!元々戦えるだけの兵力には到底足りない状態なのだ。そこへ1,000ばかりの兵を加えて国境地帯に進出するだけでも正気の沙汰ではないのに、更に前進するだと?」
「今回はかまきりの力を見るだけだ。しかし、力を見るには戦わねばならん、そして戦うなら相手が積極的に動きづらい今を置いて無い」
「どうして相手が戦いたくないと考えた?ブレシアの反応は異常に早かった。我々が陣を張った翌日には対岸に到着しているんだぞ、備えがある証拠だ」
「恐らくアジェロン領内にクロフェナに通じている者がいる」
「なに!?」
「なにも軍内に内通者がいると言っているのではない。住人や旅人、アジェロン軍の動きを見た者全てに可能性があるだろう」「それはさておき、クロフェナは先の大勝でアジェロン軍が動くとは想定しなかっただろう。動かないはずのアジェロンが動いたとなればバルナウルからの援軍と考える。かなり慌てたはずだ。ならば早急な対応が必要だろうが、あまりに急ぎ過ぎた出陣は準備を欠く。今なら大した兵力ではないだろう。そして、それを補うために将軍の数だけは揃えているはず」
「クスカ殿、そなたは」
「クロフェナの軍を見るには絶好の状態だとは思わないか?」
アジェロンの将軍はベルロス兵団の隊長を見据えた。
俺はアジェロン軍、戦場が住処と評されるアジェロン軍の将軍だ。
強く念じた。
そうしなければ目の前の男に膝を折ってしまいそうだったから。しかしそれは敗北ではなく傾倒という感覚だった。
「わかった。前線への進出を認めよう。ただし、伝令要員としてアジェロンから1個大隊を同行させてもらう」
「ご厚意に感謝する」
振り返ったクスカが鋭く指示を飛ばす。
「ギルナム!アムド!出陣準備!!」
『はッ!』
「ナシカ、放った斥候の報告は?」
「は、敵は強行斥候を展開しているようです」
『強行斥候!?』
強行斥候は戦線を構築する積極的な行動だ。
アジェロンの将軍はクスカに向き直った。
「クスカ殿、クロフェナの戦意は充分にある。強行斥候を出しているのがその証拠だ」
クスカは答える代わりにナシカに問う。
「こちらの斥候は1個中隊(38名)だったな」
「はい、ご指示通り2名で隊を組み19隊です」
「帰還したうち、敵と接触した隊は?」
「7隊です」
「そのうち何人帰ってきた?」
「8名です」
「ナシカ、様子見は止めだ、かまきり(レギオルス)を捕まえに行くぞ」
「クスカ殿、どういう事だ?」
「強行斥候隊にわずか2人の斥候が遭遇して1人だけ戻るのは難しい。しかも7隊中6隊が1人だけ戻るなど、考えづらくはないか?それに・・・ナシカ」
「はい。敵斥候隊はシェンリー川よりアジェロン側には進出しておりません」
「それじゃ・・・」
「恐らく虚威の陣立てだろう。我々に見つけて欲しいのだ、強行斥候隊の存在を。そして戦意が高いと誤解して欲しいのだ」
驚いた顔をしたアジェロンの将軍はなおも何かを考えているようだった。
それを尻目にクスカは出陣を指示する。
「ギルナムは250で左翼を、右翼はアムドが同じく250を連れて行け。ナシカは俺と一緒に来い」
『はッ!』
動き出したベルロス兵団。
立ち尽くしていたアジェロンの将軍は大声を出した。
「クスカ殿!」
「この期に及んで何か」
「アジェロン軍は貴公の両翼の更に外側後方に配置する。後詰として前進させるもよし、敵を引き付けて包囲するもよし、今作戦は貴君が指揮を取るがよかろう」
クスカはアジェロンに来てから一番の笑顔を見せた。
「俺はあんたが好きになりそうだ」
「何をいう。わしはもうクスカ殿に惚れているよ」
兜をかぶったクスカが大声を張り上げた。
「よぉし!やってやろうぜ!!」
『おおぉーー!!』
ベルロス兵団の兵士達は剣や槍を掲げ、ぶつけ合って音を立てた。
戦闘区域となる周辺の地形は頭に入っているが、アジェロン軍から伝令として同行する1個大隊が先導役も勤める。
アジェロン軍から派遣された大隊長は生きて帰れるとは思っていなかった。
その事実を受け入れる事が気持ちを落ち着かせ、視界と思考を鮮明にさせるのだ。
アジェロンの大隊長はクスカの兜に興味を持ったようだった。
クスカの兜は形状こそ突撃用だが、13ミティ(約20cm)ほどの角が5本、外周に取り付けられているのだ。
騎馬に揺られながらその兜について訊ねる。
「クスカ様、その兜はどちらで?」
「これはゼレンティに攻め入った時の戦利品だ。まぁ、戦利品といっても兜の中に入っているワイヤーと外側のプレートの金属の事でな。兜自体は俺が武具職人に作らせたんだ」
「その角のような部分は飾りではありませんね?」
「そうだ。剣は敵の打撃を防御できる。ならば防具も攻撃できるだろう」
「えっ、その角で敵を突くのですか?」
クスカは明るく笑った。爽やかな笑い声はこれから戦場に向かうとはとても思えない。
「いや、さすがにそこまでは近づけないな。ただ、兜を撃たせて敵の得物を抑えたりするんだ」
「そのような事が可能なのですか?」
「あぁ、少し捻ってやればいい。なにも完全に押さえ込まなくてもいいんだ。ほんの少しだけ剣の動きが鈍れば、こちらの剣が先に届く」
クスカの言う戦利品の金属とはフィルディクスに違いないだろう。
フィルディクスを針金状にして交差させたもので骨組みを作り、皮や樹脂で成形、フィルディクスのプレートで補強している。
敵の打撃を絡め取ろうというのだから角もフィルディクスで補強されている。
フィルディクスを使っているとなれば相当重いだろうが、そのような素振りは少しも見せないクスカだった。
「驚きました、そのような兜の使い方があるとは。クスカ殿がお使いになればさぞや有効なのでしょう」
「いや、あまり役には立たん」
「は?」
「俺の得物は長剣でな。あまり接近戦にはならないんだ」
「そ、そうですか」
「それに接近戦ではこんな所に打ち込んだりしないよ。せっかく作ったから使ってはいるがね。ただ、だいぶ前の戦で奇襲を受けた時、左手に持って盾のようにして戦った事がある。その時はだいぶ役に立ったよ。だからいつの間にかオストーラ(竜の爪の意味)の兜と呼ばれるようになった。名前は角じゃないんだな。ははは」
大隊長はこれから訓練でも始まるような錯覚に陥った。この森を抜ければシェンリー川の河原に出る。そこは敵が待ち構える戦場だ。出発前に覚悟していた死がそこにあるとはとても思えなかった。この男の側にいて死ぬとは思えなかったのだ。
ベルロス兵団の隊長、クスカ将軍。“不思議”な男だ。
クスカの話は続く。
「兵士達には短い剣を持たせてる。ほら、これだ」
クスカは横腹から剣を引き抜いた。大きさからダガーと思われるその剣は、初めて見る形状だった。グリップには握りに合わせた凹凸があり滑りづらくなっている。
しかし、もっとも特徴的なのは刃の部分だ。刃渡りは15ミティ(24cm)ほどあるが、刃の幅は2ミティ(約3cm)程度しかない。一見すると短いレイピアといった印象だが、剣と呼べるのは先端部分の3ミティ(約5㎝)だけで、そこから根元までは刃もなく厚いプレート状になっている。
大隊長はすぐに理解した。白兵戦、しかも重装甲の敵を相手にした武器だ。
先端にしか刃が無いのは用途が突くだけである事を示し、幅が狭い刀身は甲冑の隙間に差し込む為であり、折れるのを防ぐために刀身自体を分厚くしているのだろう。
大隊長は渡された剣を見て理解した。ゼリアニアの戦いを。
クスカの剣は、血の汚れがグリップに染み込み、先端の刃も何度も砥ぎ直している。
“真面目だな、殺す事に”
そんな皮肉が似合うような努力によって戦いは行われるのだ。
それはゼリアニアだけではない。いつの時代もどの世界でも、いかに確実に、いかに早く、相手を殺す事に真面目でなければならない。戦いとはそういうものなのだ。