13-3 派遣
新しい戦力を加えて、格段に戦闘力を高めたシャオル率いるジルオン派。その戦力増はシャオルが管理する地区のパワーバランスを危険なほど傾けるものだった。
ジルオン派は独自の勢力拡大を急ぎ、まずは連合派の取り込みに動き始めた。
秘密裏に会談を持ち、反ギルモアを掲げ共闘しようというのだ。もしこれが成ればギルモア派はかなり苦しくなるだろう。
勿論、ブレシアのギルモア派の苦悩はギルモア国の不利益に直結する。
そのギルモアはマバザクの領有を目指し、ジルオン派の壊滅を画策する。
また、水面下でバルナウルと交渉を行いマバザク領有の了承を取り付けていた。ギルモアがマバザクを領有した時点でマバザクの1/3に当たる領地の割譲が条件だ。
ブレシアのギルモア派には何も伝えていない。
計画が漏れる事を防ぐためでもあるが、仔馬を売り払うのに親馬に相談したりはしないのだ。
一方のバルナウルはゼリアニア(大陸西部)を見ていた。
ジルキニア(大陸東部)は狭い。しかも争いが絶えず、それが故に戦闘力が高い国が多い。勢力の拡大には途方も無い金と兵力が必要だ。とてもではないが割に合わない。
バルナウルは、いつ空中分解するやもしれない北東部首長連合などと国境を接しているよりも、ギルモアとエルトアに絞って友好な関係を維持した方が得策と考えた。
また、この協定にはブレシア、マバザク、アジェロン及び4部族が関与している地域紛争の完全終結が望まれている。
地域紛争はそれらの国や部族が独自に行っているという見解でギルモアとバルナウルは一致しているが、この紛争を終結させるのは一筋縄ではいくまい。
マバザクの領地分割も併せて考えれば、紛争の終結は即ち、これらの国や部族の消滅を意味するからだ。
ブレシアはギルモアへ、アジェロンはバルナウルへ、そしてマバザクは両国へ。
それまで無駄な消耗は避けたほうが良い。ギルモアもバルナウルもごく当たり前に考え、実行に移すだろう。
◇*◇*◇*◇*◇
アジェロン軍がブレシア国境方面に移動中。
この一報はアジェロン領内に住むシャオルのシンパからもたらされた。
このようにクロフェナ行政区の周辺ではジルオン連合を懐かしみ、故ライゼン・キルジェを慕う者が少なくなかった。それはブレシア王への反感とシャオルへの同情という形で継承されている。
それだけではない。ブレシア本城、隣国ラムカン、北のマバザクを始めとする部族の間で同様のことがいえるのだ。蛮族の神を敬い、ジルオンの誇りを体現するシャオルの人気は高く、ギルモアがジルオン派を警戒する要因でもあった。
もしシャオルが“我に続け”と志を示したらどれだけの人間が集まるだろうか。
戦えるだけの戦力は集まるだろう。ある程度はやれるだろうが・・・まだ足りない。
ジルオンの復活。そしてその主はシャオルでなければならない。
これはミューレイが誰にも明かしていない想定の一つでもある。
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シャオルはアジェロン軍動くの報を受けるや即断、軍をまとめて国境へ向かった。
バイカルノも早速サバール隊を差し向ける。
ブレシア西部を南北に流れるシェンリー川。
さして大きな川ではないものの、ブレシアとアジェロンの国境となっている。
川や谷が自然の要害として国境に設定されるのは良くある事だが、このシェンリー川は国境としては少々厄介な川なのだ。
まず川幅が60リティ(約50m)と狭く水深も浅い。つまりどこからでも苦労なく進入が可能なのだ。
国境としての目印にはなるが、軍事的な境界線にはなりづらい。
そのシェンリー川の5ファロ手前で兵をまとめたブレシア軍の陣営。
休憩もそこそこにシャオルの澄んだ声が響いた。
「強行斥候として6個大隊を投入せよ」
「ほぅ、1個師団規模の斥候か。随分と思い切ったな」
バイカルノの声にジュノが応える。
「確かに。今回は編成を急いだので兵力は旅団編成は無しの3,000、1,000を斥候とすると残りは2,000。リョウカ殿とホウレイ殿が各500を預け、シャオル様が直接指揮するのは1,000のみです」
「クラト、お前はシャオル様の護衛だからな。今回は仕事が増えるかも知れんぞ」
「それにしても強行斥候ってのが解せませんね」
「なんでよ?」
ジュノの言葉に疑問を持ったクラトにバイカルノが説明する。
「ブレシア軍は3,000のみで増援を待っている状況だ。それなら戦線を下手に刺激しない方がいい。強行斥候は単に目の潰し合いじゃない。3個小隊を単位として十分に戦える編成になってる。戦いが始まったら周辺に展開した隊が駆けつけて、あっという間に最前線ができちまう。ブレシアは兵力的に戦いを急ぎたくはないはずだ。それなのにむしろ戦いを求めるような展開になっている」
「そうか・・・シャオルに聞いてみようか?」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
隣で聞いていたホウレイが慌てた。
「シャオル様の命令に対する意見はお控え願います」
「いやいや、理由を聞くだけだって。何も反対してる訳じゃねぇよ」
「しかし、ご遠慮願いたい。どうしてもと仰るなら私が伝言します」
「なんだよ、面倒だな」
「申し訳ありません。ご理解願いたいので説明します」
ホウレイの説明は次のようなものだった。
我々インティニア(北方の国々の意味)の民族は南方の国々とは軍隊の編成が大きく違います。皆さんにとっては当たり前の軍団制も我等にとっては比較的新しい編成方法なのです。
今では北方の国々でも多くの国や部族が軍団制を採用していますが、今ひとつ馴染まないのが実情で、それは北方の国々には本隊に戦力を集中させて領主が指揮するという考え方があるからです。
編成された旅団もあくまで領主の命令で動きますし、クロフェナ軍の旅団は1,500の規模ですが、以前は500程度とされていて、あくまで補助部隊の扱いでした。
これは戦場を決めてから会戦を行うというインティニア古来の戦い方によるものです。
しかし、インティニアのとある国の大敗を機に考え方が変わっていったのです。
現在のアジェロン国の場所にはかつてインゴスという国が存在していましたが、ギルモア・エルトアの連合軍と戦い大敗を喫しました。
それまでレストルニア恐れるに足りずとしていたインティニアの国々は驚き、かつ怒りました。その怒りはレストルニアは勿論、インゴスにも向けられ、バルナウル、ブレシア、ラムカンから派遣された軍はギルモアとエルトア軍を叩き、更には両国領内に侵入して各地を荒らしまわった末、インゴスにも攻め入って滅ぼしてしまったのです。
年代でいうと“大陸の炎上”の少し後だと聞いています。
その直後から軍団制を取り入れたり、旅団の兵力を増やして軍団に近い運用をする国が出てきました。ブレシアは軍団制ですが、クロフェナ行政区は旅団制を採用しています。
ちなみに昔の本隊偏重の軍は宗軍制と呼ばれています。
話が脱線してしまいましたが、旅団制は宗軍制の流れである事に変わりはなく、領主の指揮は絶対なのです。
ホウレイの説明は理解できたが、少々説得力に欠けた。
バイカルノはホウレイが何かを隠していると感じたが、それを指摘する事に何のメリットも無い。嘘とは証拠が無い限り嘘ではないのだ。それに言いたくても言えない事情があるのかもしれない。ホウレイの人柄を考えればそちらが本線だろう。
そこへ一人の伝令がやってきて、バイカルノは伝令を伴って席を外した。リョウカのところへ行くようだ。
丁度、それが合図のようにホウレイは本軍へ戻っていった。
サバール隊からの報告を受けたバイカルノはリョウカを伴ってシャオルの陣へ赴いた。
「バルナウル軍がアジェロン入りしているようです」
「やはりそうか、数は?」
「師団規模、約1,000」
「1,000だと?たったそれだけか?先の損失の1/3にも満たないではないか。敵の目的は?」
「は、1,000とはいえ全て精兵。これは防衛に徹する構えかと」
「防衛?ふざけるな、アジェロン軍が国境地帯に進出しているから我々も軍を進めておるのではないか」
「報告ではゼリアニア戦線から引き抜いたベルロス兵団の一部という事です」
「ベルロス兵団だと?」
ミューレイを始め将軍達から驚きの声が漏れた。
バルナウルは元々戦闘力が高い兵士を保持しているが、その中でも近衛兵とベルロス兵団は突出していると伝えられている。
近衛兵は首都防衛が任務だが、元奴隷で編成されているベルロス兵団は常に激戦地へ送られる。
それ故に実質的な戦闘力ではベルロス兵団が最強との噂だ。