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13-2 ベルロス兵団

バルナウルの首都ブレイザク


一団の兵士が城壁の外を行進している。

軍装は派手やかではないものの、その一糸乱れぬ行進は練度の高さを感じさせた。

「あれが奴隷で編成されてるっていう部隊か」

「あぁ、ベルロス兵団だ」

「ベルロス?バルロスじゃないのか」

「ゼリアニアではそう呼ぶらしい。隊長は異人の剣士だ。ゼレンティ戦線じゃ最強らしいぜ」

「そんなにか?」

「お前だって、あの戦果を聞いているだろう?あれは誇張するどころか、実際より抑えた数字だぜ」

「本当か?」

「奴隷部隊の戦果があまり高いと正規軍が何かと非難されるからな。かといってあまり事実と違えば全体の戦果まで狂っちまう。つまりできるだけ低く抑えた戦果って事だ」

「しかし、奴隷がそんなに戦えるものなのか」

「あの部隊の小隊長以上は部隊に所属している限り市民権が得られる。まぁ、満期除隊と戦死以外で軍から離れたら剥奪されるけどな」「つまり、戦い続ける限りは奴隷から開放されるって事だ。市民と結婚もできるし子供は生まれながらに市民権を持つ。しかも軍団長は正規軍と同じく将軍の称号も得られるし、除隊後の年金もでかい」「だから奴隷なら隊長になりたいと考えるだろう。おのずと人が集まり質は高くなる。それに人事権を握る上官の命令も絶対のものになるだろう」

「しかし、それだけであれほどの力を発揮するのか」

「最初は市民権を得たいって奴も結婚して子供ができたらもう逃げる気はないだろう」

「死のうと生きようと、戦い続ける限り家族は市民って事か・・・」

「逃げ出して、子供まで奴隷に落すなんて男はおらんよ」


「しかし奴隷兵団がどうしてここにいるんだ?」

「ゼレンティから戻ったって事は特別な任務だろうな」

「もしかしてブレシア対策か?」

「多分な。アジェロン軍が大敗したのは聞いてるだろ?ジェダンの動きが変だし、ギルモアも警戒しなくちゃならない」


「で、その異人の隊長ってのは何なんだ」

「もう50に手が届く歳らしいが、バルナウル西部じゃ最強かもしれん」

「冗談だろ?シルド将軍やアルティス将軍よりも強いっていうのか?」

「あぁ、サシならとんでもない強さらしい」

「信じられんな・・・」


「しかしな、その隊長のカミさんは奴隷らしいんだ」

「隊長は市民権を持ってるから結婚は出来ないじゃないか」

「いや、隊長は奴隷の身分のままでいる事を希望したらしい」

「はぁ?訳がわからん。隊長が市民権を得た時点で自動的に結婚は解消されるとしても、主人からカミさんを譲り受けるなり買い取るなりしてから開放すれば良いじゃないか。それからまた結婚してもいいだろう」

「異人の考えは俺にも分からん。ただ、主人はバルナウル国王だからな。その庇護下にいるのは何かと有利かもしれんな」

「そんなもんかね。奴隷だぜ」

「ただ、奴隷の身分ではあっても将軍の称号は得ている。これも前例が無い。ベルロス将軍とも呼ばれているな」

「しかし、家族に奴隷がいるってのは面倒が多いだろう。子供だって辛い思いをするぜ」

「同じ世界の女なんだとさ」

「じゃ、女も異人か。だから執着してるってのか?」

「さぁな、異人の隊長に何の打算があるのか、はたまたロマンがあるのか知った事じゃないが、意外と不器用な男なのかも知れんな」


◇*◇*◇*◇*◇


「クスカ、もう少し傍へ」

「は、私は奴隷の身、御側に近づくのは許されておりません」

「良いではないですか。私が許すというのです。このレラ・カシュカが」

「しかし姫、私は姫に触れたとたん、自らの首を刎ねなければなりません」

「まぁ、それは困るわ」

「私も困ります。愛する妻子が悲しみますので」

「クスカ、そなたは私の気持ちに気付いておいて、そうやってあてつけるような事も言うのね」

「滅相も無い」

「10年前は私を抱き上げてくれたのに」

「それは姫がまだ12歳でしたから」

「我が父の信任も厚い異人の将軍。精鋭無比のベルロス兵団を指揮する隊長、そして身分は奴隷。ほんとあなたって解らない人だわ。だから私・・・」

このカシュカと名乗る女性は、白い肌と金色の豊かな髪を持つバルナウル国の姫だ。

「姫、奴隷の私は姫と2人きりになる事など許されてはおりません。この時間はあってはならない時間なのです」

「あってはならない時間・・・」

カシュカはうっとりとした表情で繰り返した。

「そうです。この時間はお互いの記憶だけに封じ込めねばなりません」「それに姫はバルナウル王国唯一の血筋です。軽率な行動は慎むべきです」

「まぁ。レラである私に小言を言うつもり?奴隷のあなたが」

「私でなくとも同じ事を考えますよ。言うか言わないかは、誰のために考えているかによるでしょう」

「私の事を考えてくれていると言うつもりかしら」

「私は王に恩義があります。故に姫もお守りいたします」

「クスカ、あなたはいつも私の質問に直接答えないわ。はぐらかしてばかり」

「決してそんなつもりは・・・」

「あなたの妻たる人は我慢強いのね」

クスカと呼ばれた奴隷の隊長は魅力的な笑顔を見せた。

「そうかもしれません」

「嫉ましいわね。でもあなたの笑顔が見られて良かったわ。」

「は、では失礼いたします」


◇*◇*◇*◇*◇


「ナシカ、待たせたな。手配はどうだった?」

「全て済ませました。しかし隊長、毎度ながら面倒ですね」

「俺たちの隊は何かと姫の援助を受けているからな」

「これで兵たちの甲冑を修理できますよ。みな喜ぶでしょう。でも、なぜ国王に願い出ないのですか?」

「奴隷の部隊は常備兵力ではない。通常はひとつの会戦の為にだけ組織される。だから装備の補充などという規程がないんだ」

「でも私達は市民ですよ。確かに元は奴隷ですが、西部戦線で最も過酷な戦線を支えてきたんです。仲間だって大勢死んだ」

「そうだ。バルナウルが栄えた理由の一つが俺たちだ。でもな、人間ってのは・・・」

「私達が市民になった後、多くの女奴隷が開放されたって話じゃないですか。元奴隷の私達に市民の女がなびくわけが無いんです。だからあてがったんですよ、奴隷の私達に奴隷の女を。ディカノにでもするように」

「おまえ・・・」

「隊長すみません。分かってるんです。私の妻も元奴隷です。気になんてしちゃいません。でも、ある時ふっと気付くんです。元奴隷の妻を蔑む自分の感情に。笑ってしまいますよ、自分も元奴隷だっていうのに」

「俺はお前が副官でよかったと思っている」

「なぜです?こんなに気持ちがフラフラした武人を」

「お前は何事も誤魔化さず真剣に悩んでいる。それは勇気がなければできない。俺が部下に求めるのは誠実さと勇敢さだ。だからお前は信用できる」

ベルロス兵団の副隊長は体中が熱くなるのを感じた。

“この男の為に死にたい”

それは激しい衝動だった。


しばらく2人は無言で歩いた。

「隊長、私はやりますよ」

「そうだ。お前がやる事をやっていればベルロス兵団はどんな戦場でも負けはしない」

「はい」

「そういえば東部戦線ではアジェロンが大敗したらしいな。なんでも最近傭兵で補強したらしいが、その傭兵達が異常に強いらしい。上級エナルダという噂だが」

「東方はエナルダが多いですからね。しかし、いくら強いといっても、隊長ほどではないでしょう」

「さぁな。何にせよ、様子を見て来いという命令だ」

「は、解りました。さっそくアジェロン軍部に通達しておきます」

「あぁ、そうしてくれ。ただ今回は1個師団しか連れていかん。本格的な戦いはしないからな」

「そんな少数で大丈夫ですか?アジェロンは3,500もの兵力を失ったそうですが」

「俺たちの主戦場は西だ。あまり大軍を連れて行っては本格的な戦いになるだけだ。それにアジェロンが無用な警戒をするかもしれん。今回はアジェロンを防衛できる戦力があればいいんだ」


叩き潰すばかりが戦いじゃない。


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