ロスト⑯
中原はベテラン講師のように説明を続けた。
「覚醒者は程度だけでなく発揮する能力にも違いがあるのです。力が強くなる者、動きが俊敏になる者、耐久力や治癒力が高まる者。その能力のほとんどは身体的なものです。ですから覚醒者の能力を活かすにはスポーツ界が一番良いのでしょう。事実、近年の日本スポーツ界の躍進は目覚しいものがあります」
勿論、スポーツ界にも組織は入り込んでいたが、UCはともかくイマージャーは非常に危険だ。科学的根拠が無い記録が出てしまうからだ。人間の筋力、骨格、心肺機能、エネルギー代謝、全てにおいてありえない数字が出てしまう。
組織はこれらを“指導”したのだ。人間として生きていくなら従うしかない。しかしそれは辛いものだった。優勝した選手より遥かに良い記録が出せる自分が表彰台どころか試合にすら参加できない。
それ以上に苦しいのは全力で競技が出来ない事だ。好きでなければ辛い練習などしてこなかった。
しかも練習ですら手加減をしなければならない。アスリートにとって、それはまさに拷問といえる。
事実、何人かが駆除されていた。特に初期には家族ごと駆除された例もある。
それは記録として残され、覚醒者へのリミッターとして有効に活用されている。
「あ、そういえば何年か前にプロ野球選手を1人駆除したわ」
ミキの明るい声を聞いて、中原はため息をついた。
「時として空しくなるよ。覚醒者の力は本来の能力なのかという疑問はあるが、確かに力はある。それを摘まねばならんのだから」
「考えなければ楽なのに、中原さんはいつもそんな感じよねぇ」
「いや、苦しむべきなんだ、我々は。どんな理由であろうと、どれだけ正当性があろうと、それが何千という命を救おうと、一人の存在を消してしまう事に苦しまねばならん」
「あの、中原さん」
「なんでしょう」
神代は自分でもなぜこのタイミングでこんな質問をしたのか分からなかった。
「失礼ですが、中原さんのナンバーは」
「005です」
◇*◇*◇*◇*◇
以前、格闘技の練習生だった男が駆除の対象とされながら、逃げ切ったケースがあった。しかも連絡の行き違いから家族だけが駆除されてしまったのだ。
その男の戦いは主義主張ではなく復讐となった。そして独自に覚醒者に接触し、組織を作り始めたのだ。それが“ストラグル”と呼ばれるイマージャーの組織だ。
何人ものレギュレーターを返り討ちにして逃げ切った、伝説的なイマージャーとして覚醒者が集まっているらしい。
勿論、中原やミキが所属する組織“ネイバー”とは勿論敵対関係にある。
元々イマージャーとは組織に所属していない覚醒者を指すが、組織化された後も相変わらずイマージャーと呼ばれている。
区別するため、組織に所属するイマージャーを“ブリード”、所属しないイマージャーを“ワイルド”と呼んでいる。
ネイバーもストラグルも覚醒者は世に出るべきではない(ストラグルはいずれ出るべきと考えている)という点では一致している。しかし、出来る限り関与すべきではないと主張するネイバーに対し、ストラグルは間接的にせよ自らの力を活かしていくべきと主張し、近い将来、未覚醒者は覚醒者によって管理されるべきだと考えていた。
この点が2つの組織が相容れない部分だった。
覚醒者の組織は他にも存在する。
ネイバーに近い考え方の“サーヴァント”、ストラグルと同じ主張の“エンパイヤ”
考えが近いからといって、これらの組織が統合される事は無かった。それぞれの組織が自らの主張を実現するためには他の組織は邪魔なのである。やはり組織が優先するのは組織の存続なのだろう。
◇*◇*◇*◇*◇
組織“ネイバー”から指示があった。
その指示書には3名の住所、勤務先などの情報が記載されていた。
他の組織の人物であり、コンタクターとしてスカウトするようにという内容だ。
そして3人の名前の次に【R】と記載されている。
これは“駆除対象”つまり、スカウトに失敗したら駆除を行うという意味だ。
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「以前の瀧さんなら、こんな活動はさせないし、会議でメンバーを恫喝するようなコメントをする事もなかった。神代さんをホルダーにしたのも理解できない」「神代さんは良い人だ。誠実だし信用できる。ただ、能力的に低すぎる。それに、ミキからの報告にあったように能力の波が大きい」
「ま、確かにそうだけど、今さら神代さんをノンホルダーには出来ないし、瀧さんに意見する訳にもいかないでしょ」
「当たり前だ。だから心配しているんだよ、私は」
「それにしても、当の神代さんをあの娘を任せっぱなしで大丈夫かしら」
「大丈夫だろう。そんなに心配かね?」
「別に~」
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「もうちょっと待っててね」
試着室のカーテンから顔だけ見せた20歳そこそこの顔は楽しそうに笑っていた。
「じゃーん」
カーテンが開かれると、短めというか相当短いフレンチベージュのチェック柄スカートにオーバーニーのロングソックス。
それは白い腿をことさら強調していた。
そういえば何年か前もこんな感じのが流行ってたな。そういやニーソとかいうのだったかな、30歳台の女たちも履きはじめて、果ては男も防寒で履いてたっけ。
「ねぇ、何とか言ってよ。どうかなぁ?」
「え、あぁ、いいんじゃないの?」
「ちゃんと見て言ってよ」
チェックといっても柄が大きくて子供っぽくないし、まぁ、年齢的にも許されるだろう。
しかし、ブレザーを着てるから高校の制服っぽく見えなくもない。ま、スカートが短すぎるが・・・
「ねぇ、おとうさんっ」
少々見とれていた俺は慌てて言った。
「えっ、あぁ、そうだな。ちょっと、まぁ、足を出しすぎなんじゃないのか・・・な」
「そぉ?これくらいにしないと誰も見てくれないよ」
「え、見せるためなのか」
「当たり前じゃない、誰も見てくれないなんて女として終わってるよ」
「そういうものなのか」
「じゃ、これでいいかな」
「いや、もう少し長い方がいいだろう」
「分かってないじゃない」
「いや、そこまで短いとチラ見しかしてもらえんぞ。それに足にしか目がいかない」
「えぇ~。でも、何だかソレっぽい事言ってるね」
それから少し悩んでから結局は自分が選んだものを選んだようだ。
歩くときだけ膝が見える冴えないスカートが横断歩道を揺れるように渡っていく。
ヒールの高いブーツがスカートとアンバランスにクールさを醸し出していた。
「途中で着替えちゃおうかな~」
「駄目だ。時間がない」
「えぇ~、大丈夫だよ」
「着替えるならお茶は無しだ」
「う~、分かったよぉ」
髪を染めた。
肌が白いから明るい方が似合うだろうとお父さんが言ったのでそうした。
知り合ってまだ1年。一緒にいるとほっとする。
なぜかは分からない。でも知る必要なんてないんだ。
今まで何かを知るたびに失う事を繰り返してきたから。
その時、誰かに見られているような気がして振り返った。交差点を渡る大勢の人が視界を左右に横切っていく。
その先で1人の男の人がこちらを見ていた。そして、ふっと横を向いて人の波に消えていった。
何だろう・・・怖い。
優しく突き放すような声が背中に届く。
「遅れるぞ、ミサト」
不安を打ち消そうと大きな声で応えた。
「はぁい、待ってー」
振り向けば№029と呼ばれる男の笑顔があった。