12-12 追撃
シャオルからの伝令。
ホウレイが直接来た。良い話のわけが無い。
「本国第3軍団が敵の奇襲を受け撤退しました。東の敵は戦力を2分して第3軍団の追撃と我等の側面または後方へ進出する動きを見せています」
「・・・そして、リョウカ殿への指示は敵本隊への突撃です」
苦しそうな表情で報告するホウレイにリョウカが吼える。
「ばかな!正面の敵は2個軍団5,000は下らん。東から敵が進出してくるならそれこそ包囲されてしまうではないか!」
「ですからシャオル様の本隊が包囲に動いた東の敵に当たります。シャオル様が敵を撃退するまで敵本隊を抑えて下さい。リョウカ殿の旅団が潰えるとシャオル様の本隊が包囲されてしまいます」
「シャオル様が敵を撃破した後、敵本隊の側面を衝きます。ラオファが西の敵を撃破すれば包囲戦への移行も可能です」
ジュノが手を上げ、ホウレイが頷く。
「失礼ながら・・・シャオル様の軍は東の敵を撃破できますか?」
「敵は戦力を2分していますので、2,000程度でしょう。シャオル様の本隊は3,000ですし、十分に撃破できます」
「もし、東の敵が4,000だったら?ラオファが西の敵と膠着したら?」
「もしその2つが重なったらリョウカ殿の旅団は全滅でしょう」
「はッ、簡単に言ってくれるぜ」リョウカはさばさばと言い放った。
ジュノは刀を装着しながら尚も尋ねた。
「味方の第3軍はどうなってるんですか?4,000からの戦力を持っていたのでしょう?」
ホウレイは俯いた。
「分りません・・・」
「分らないですって?第3軍を追った敵が引き返したらシャオル様の軍は後方を衝かれる事になります。シャオル様の軍は兵力的にも中核ですから、ここが崩されたら全戦線が崩壊してしまいますよ」
「・・・」
「せめて第3軍が上手く敵を引き付けるか、立て直して踏みとどまらなければ・・・」
「はい・・・おっしゃるとおりですが、ブレシア本国軍は命令系統が・・・」
ジュノは目の前が暗くなるのを感じた。
ブレシア情勢は少なからず聞いていたが、これは重症だ。国内に2つの軍があるようなものではないか。
「兵の準備も整ったようです。とにかく我々は命令に従うまでです」
ジュノの言葉が合図のようにホウレイは本隊へ馬首を向けた。
「ジュノ、大丈夫だよ」
ジュノが目を向けるとそこにはクラトが笑っていた。
「大丈夫だ。本隊にはバイカルノがいるし、ラオファは優れた将軍だ。そしてここにはリョウカと俺たちがいる」
アジェロン本隊は4個師団で構成されているようだ。
「よーしッ!じゃ、行ってみようかぁ!」
クラトの声にリョウカは少し救われたような気がした。
しかし、この男、恐ろしくないのか?敵は5倍からの兵力を有しているんだぞ?
「クラトとジュノは控えてもらう。俺と一緒に中段から進んで、ここぞという時に暴れてくれ」
「何だよ、先頭じゃないのか」
敵陣の剣、槍が待ち構えるところへ斬り込む。並みの神経ではとてもじゃないが無理だ。
本当に何なんだ?この男は?
「敵左陣へ突撃する!ボウガンは騎馬に使用しろ!初撃を加えたら一旦引くぞ!」
伝令が走る。
「よしっ、突撃ぃ!!」
敵陣に近づくと矢が降ってきた。しかし弓勢は弱い。
弓兵と見えたのは歩兵だった。歩兵に弓を持たせて初動で敵に混乱を起こさせようというのだろう。
ブレシアの兵士はよく鍛えられているようで、動揺は少なかった。
(ばきぃッ!!)
両軍が接触して何かが砕けるような音が響く。
最初にぶつかった両軍の兵士は消えてしまったかのように見えなくなった。
「ちっ、消耗はほぼ同じか」
「少々早いが致し方ない、我らも続いて突撃だ!」
「よし、行くぜぇ!!」
突撃を敢行するブレシア軍のリョウカ旅団。その先頭をクラトとジュノが駆ける。
なおも弓が飛んでくる。
「はぁ?こりゃ何の挨拶だ?あぁ!?」
後方から進むリョウカは信じ難い光景を見た。
クラトが突っ込んだのは敵左翼の騎馬隊だった。馬上から振り下ろされる槍を大剣で振り払う。馬ごと薙ぎ払うように15リグノ剣を振るった。騎士の体が鎧ごと折れ曲がり、地に転がった馬の脚が空を掻く。
「大剣のエナルダがいるぞ!バ、バケモノだッ!!」
アジェロン騎馬隊に混乱が起きた。クラトの後からブレシア兵が突破口をこじ開け、徐々に押し広げていった。
敵本陣に動きがあるのを見るやリョウカは撤退を命じた。
左翼の騎馬隊はほぼ壊滅状態にある。これで敵本隊は片腕を失ったようなものだ。
撤退を開始した直後、残った右腕が動いた。不十分ながらも包囲戦、間に合わなくとも追撃戦にはなるというのだろう。
しかし、リョウカが伏せた100名の長弓隊が射撃を開始。騎馬隊が長弓隊に向かうや、長弓隊は槍隊に姿を変え、騎馬を槍の壁で迎え撃った。
攻めあぐねるアジェロンの右翼騎馬隊を後退してきたリョウカ師団が存分に叩く。
もし東と西、どちらかでブレシア軍が勝利していれば敵軍本体は壊滅の危機だ。既に撤退を開始している。
この時、ブレシアの本隊にあって2,000の敵を追っていたシャオルはバイカルノに策を求めた。
バイカルノは直ちに兵1,000をリョウカの後詰に送り、残り2,000で敵を追撃。大隊規模で途中途中に兵を伏せながら追い続ける。8ファロ(約3km)追撃する頃には騎馬ばかり800を残すだけとなる。
それを見たアジェロン軍はブレシア3軍の追撃隊も合流して約3,500が逆襲に転じ、シャオル本隊は逆に追われる立場となった。
ブレシアの追撃隊を寡兵と見て反撃に転じたアジェロン軍3,500だったが、5ファロ(約2km)ほど追撃した場所で伏兵を受け、引き返したシャオル本隊に包囲されてしまう。
シャオルも自ら剣を振るった。
シャオルの得物は西大陸から輸入されたという大きく湾曲した刀だ。地球でもハルペーと呼ばれる鎌に似た武器が存在するがほぼ同じ形状だと思って良い。
鎌の刃がクエスチョンマークのように湾曲した刀で、長さは60ミティ(約100cm)、すれ違いざまに刈るように敵兵を薙ぐ。高速で走り抜ける騎馬で威力を発揮するだろう。突く攻撃も出来るように、シャオルのハルペーには湾曲した刃の背に直剣が装着されている。
それを両手に1本ずつ、騎乗したまま双刀に持って戦うのだが、その形状から敵兵に引っ掛けて斬ったり、引き回したりするので相当な腕力を要する。
シャオルは2本繋ぎ合わせた両手持ちのハルペーを使う場合もある。重心が両端にあり、斬らなくとも打撃で大きなダメージを与えられるのだ。
ともあれ、シャオル率いる本隊は存分に敵兵を打ち倒した。混乱に陥ったアジェロン軍本隊の被害は大きく、逃げ帰ったのは1,500程度でしかなかったという。
敵の軍部には、いつもの小競り合いという油断もあったかもしれない。
この会戦でアジェロン軍は約3,500を失う。3個師団に近い損害だ。しばらくこの方面のバルナウル連合は静かになるだろう。
勝ち鬨が響く中、ジュノはホウレイが言っていた“本国軍”という言葉が頭から離れなかった。