12-8 解毒剤
ブレシア領内でホウレイの出迎えを受けた。
何でもあの婆さんが呼んでいるらしい。
俺は腹痛と虚脱感、頭痛とめまいに苦しみながらもぼんやりと婆さんとネーベルを思い出していた。
やがて中隊規模とおぼしき騎馬が街道を塞いでいるのが見えた。
その騎馬隊が割れ、3騎が馬を進めてくる。
左右に在るのはラオファとリョウカだった。中央を進む騎馬がどうやら隊長らしい。
近づくや、ラオファとリョウカが下馬して礼を取る。使者に徹しているようだ。
隊長と思しき騎士は、軽装鎧とはいえ、その装飾からかなり上位の将校と思われた。
間違いなく将軍だろうが体格は華奢に見える。恐らくエナルダなのだろう。
「下馬願います」ホウレイが囁くように言った。
軍の職位だけでなく、身分自体が高いらしい。
ジュノとバイカルノは下馬して礼を取った。
若い将軍が兜を取って顔を左右に振ると黒い髪が鎧を流れた。
何と女だ。しかも若い。
笑みを含んだ視線を3人に向ける。挑むような視線はなぜか女らしさを感じさせた。
そう、それは魅力的な女の視線だった。
「ほぅ、無礼者め、礼を取らぬか」
女の唇が最初に発した声は言葉の内容とは違って楽しそうだ。
バイカルノとジュノがギクリとして振り向くと、クラトは馬に乗ったままだった。
というか降りられないのだろう。
ホウレイが慌てて声を掛ける。
「クラト様、下馬願います」
ジュノが礼を取ったまま声を上げた。
「ご無礼お詫び申し上げます。この者、食あたりを起こしまして、著しく体力が衰えております。自力では下馬できませぬ故、お許しを頂いて下馬させたく存じます」
「食あたりとは何にあたったのだ?」
なぜそんな事に興味を持つ?
バイカルノはいぶかりながらも困惑した。非常に答えづらいのだ。
誰が信じる?“バカだから毒草を煮て食いました”では通用するまい。
しかもハイシャムだ。生きてる事自体が異常なのだ。
下手すると無用の詮索を受けるだろう。
「ハ、ハイシャムとかいう毒草を、に、煮て食った。ふ、2株喰った、ところで、く、苦しくなった」
『2株!?』
女将軍が目を見張った。その声はほぼ全員の口から発せられた。
バイカルノとジュノすら驚きの声をあげていた。
ハイシャムは1株に10枚程度の葉を付けるが、常人なら1~2枚程度で死ぬ。
それを2株も食べたというのだ。
ジュノやバイカルノもまさかそれほどの量を食べているとは思いもしなかった。
女将軍はクラトの顔を見つめていた。
「こ、この男はどうにも頭の巡りが悪く、勘違いを・・・」
バイカルノは唇を噛んだ。
あのバカめ、余計な詮索を受けたらどうする。バルカの元軍師と軍団長と突撃隊隊長だ、ただでは済むまい。
ジュノの話だと、奴等は勘違いをしているようだが、バレたらどうする?
ブレシアは蛮族とはいえ、現在はギルモアの郷だ。ギルモアとバルカは激戦を繰り広げたばかりではないか。
その時、澄んだ笑い声が響いた。
「ははははは・・・面白い男だ、無礼は許そう」「さぁ、客人を丁重にご案内しろ」
(えぇ!?納得した!?)
*-*-*-*-*-*
それから俺たちはシャオルの館に案内された。
その館は何というか、日本の建物、木造の温泉旅館という雰囲気だった。
シャオルはあいにく外出しているらしい。
到着してすぐに、6人の侍女らしき一団が現れ、かなり高齢と思われる侍女が高い声を張り上げる。
「クラト様!クラト様はいずこ!」
「あ、はいはい、お、俺です」
「こちらをご内服下さい」
見ると、器に茶色い液体が入っている。
「な、何スかこれ?」
「解毒剤でございます」
「ハイシャムの?」
「いかにも」
ありがたい。これは助かる。一気に飲んでおくか。
「うはぁッ!苦えぇ!」
「飲み干してください」
飲み干すと、次の器が差し出された。
「こ、これも飲むの?」
次女は頷いている。
「くぅ~、め、目にも来るな、この苦さは」
更に器が目の前に。
結局、6杯の解毒剤を飲み干した。
すぐに別室が用意され寝かされた。
しばらくして目が覚めると激しい下痢と嘔吐。
「あ、危なかった、トイレが隣にあって良かったぜ」
水を飲んでまた寝る。
その後も2~3度の下痢と嘔吐があった。
しかし、次に目が覚めた時、驚くほど回復しているのを実感した。
何だこの爽快感は。
起き上がって部屋から廊下に出る。そのまま進むと渡り廊下になっていて、夕方が迫っている事に気づいた。
ふと見るとネーベルが礼儀正しく座っている。
「あり?ネーベル、ご主人様はどうした?」
「オゥン・・・」
何か心配そうな顔をしているように感じる。
「じゃ、後でな。暫くここにいる事になったら遊んでやるからな」
「オゥオゥオゥ」
ネーベルは嬉しそうに吠えた後、建物の裏へ走っていった。
クラトがうろうろしていると、例の侍女達に発見され、部屋に押し戻された。
すったもんだの末、バイカルノ達と合流する。
どうやら風呂に入って食事も済んでいるようだ。
リョウカとホウレイが相手をしているが、ラオファは軍務で出ているらしい。
「では、クラト様もご入浴下さい。すぐにご案内致します」
「ありがとう、でも腹が減ったよ。解毒剤のおかげで、もうほとんど治った感じだ」
「えっ、お食事なさるのですか、それは確かにすごい回復力ですね。承知しました。ご入浴後に召し上がれるよう準備させます」
風呂に入ってさっぱりした。食事は軽くしたつもりだったが、それでも2人分は食べているらしく、皆が驚いていた。
「シャオル様へのお目通りは明日となりますので、今日はごゆっくりなさって下さい。何かございましたら、隣の部屋に誰かしら詰めておりますので、お声を掛けてください」
風呂と食事を済ませると、睡魔が襲ってきた。
ここ数日は毒のせいで何が何だか分からなかったが、この先もどうなるのか分らない。
今日はゆっくり寝て、とにかく明日になってからだ。
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館の一室。
「それにしても何者だ?」
「クラトトイウ男ハ異人」
「異人?この地では珍しいな。で、あの者達はどこから来た?」
「バルカ」
「バルカだと!?」
「アノ者達ハ本物」
「本物・・・?」
「本当ノ名前」
「なにっ!?ではバルカの軍師と軍団長、そしてあの突撃大隊の隊長だというのか!?」
「ソノ通リ」
「何という事だ・・・しかし、なぜこの地に・・・」