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12-5 押し花

クラトからの手紙を見つめていたエルファが言った。

「わたし、手紙書いて送る」

「いけませんよ、クラト様達は非公式に国外へ出ているのですから。この手紙だって機密文書扱いなのですよ」

「でもこんな手紙を機密文書保管庫には入れられないな」

イオリアがめずらしく軽口を言う。

「そういえばティエラ様は?」アイシャの問いにイオリアは幕舎から出ながら答えた。

「今日の訓練は参加なされない」

イオリアは南門を背にバルカ城を見上げて呟いた。

「そうだ。今日は誰も妨げてはならない」


手紙を届けるように命じられた理由。ファトマも分っている。今日はこのエルファとアイシャの訓練を見学しよう。その成長を記憶に刻めるように。


*-*-*-*-*-*


ティエラの奥室にあるテーブルに置かれた封筒。

手紙の内容は突撃大隊に送ったものとほぼ同じだ。

笑いながら読んだ。何度か読み返すうちに涙が出てきた。

手紙には押し花が添えられていた。

それは南西部の巡回でティエラが見つけたものと同じ花。葉には虫に喰われた跡。

あの時の記憶が鮮明に蘇って、顔が熱くなる。


ベッドに体を投げ出して暫くの間もの思いに耽る。

「そうか、3ヶ月か」

この3ヶ月間、ティエラは多忙であった。女王としての執務もあるし、何より北の戦乱の後処理で忙殺されていた。旧パレントへの巡幸、各国との条約締結、祝賀行事。

訓練など数える程しか参加していない。

赤騎隊はイオリアが隊長代行として運営している。護紅隊は廃止の予定だったが、ティエラの強い要望で形だけ存続する事になった。隊長は長らく空席だったが、赤騎隊の分隊長だったラエリアが務める。両隊併せても60名と大幅に削減されている。

突撃大隊はルシルヴァが隊長代行。ヴィクトールが副隊長に押されたが辞退した。

数を合わせる為に補助隊と名付けられた1個中隊を創設して新しい中隊長を選抜中だ。

バルカ軍が代行という不確かな階級を長期にわたって認めるのは珍しい。それはティエラの感傷かそれとも望みか。多分バルカ軍の感傷なのだろう。


この3ヶ月間、多忙な割にティエラの記憶に残る出来事は少なかった。時間の経過は薄く不確かだった。


「幸せだったのかもな」


そうだ。

補給が止まり食糧に餓えても、疲労に脚を引きずり恐怖に震えても、重責に押しつぶされ不安に呑み込まれても、ただ居て欲しいと望む人が傍に居たら・・・。

ティエラは暫く泣いた後、ベッドから身を起こした。


押し花と手紙を封筒へ入れ、書庫の奥へ入れようとした。

その手が止まる。

「しっかりしろ、この程度の事で動揺していては女王は務まらんぞ」

手紙はいつでも取り出せる机の引き出しへ入れた。押し花は小さな額に入れて飾った。


いつまでも逃げるわけにはいかない。


そうだ。逃げていては、隠れていては、避けていては、必ず後悔する。

そして後悔は全てが終わった時に感じるものだ。

だから後悔する前に動け。息が苦しくとも、心が押しつぶされようとも、結果が恐ろしくとも。

ただ行動だけが未来へのステップだ。

そして受け入れるのだ、どのような結果になろうと。


クラトは言っていた。

「気楽にいこうぜ。人生なんて簡単だ、やる事は決まってるんだからな」

「やる事が決まってるのは、いま自分にできる事が決まってるからだ」

「難しいって言ってるヤツは天才でもないのに出来ない事に耐えられないんだ」

「そんな奴は、自分を認めてないんだ、しっかりと見てないんだ。本当の自分と一緒に恥をかいたり、苦しんだりできないんだ。だから何もしないんだろ」

「いいからやれよ、正しいからでもなく、得するからでもなく、自分が良いと思う事を」

「そうすれば出来ない事が出来るようになるって」


ぶっきらぼうで、子供っぽくて、無責任で、誤解される言葉だが、色々な場面でティエラの背中を押してきた言葉だ。

そうは言ってもティエラは悩むし後悔もする。そういうものなのかもしれない。

クラトもそうなのだろう。悩んで後悔して苦しんで。

しかし、本当に悩んでいないのかもしれない。単純そうだから。

いや、そんな事はないだろう。人間である以上は。でも異人だし。

ティエラは楽しんでいる自分に気づいて少し恥ずかしくなった。

しかし、さっぱりした気分だった。

「よし、また頑張れる。ありがとうクラト」


暫くするとファトマが食事の準備を整えていた。時刻は既に夕食の時間だ。

ティエラは昼食を摂っていない事を思い出しながら言った。

「ファトマ、食事に付き合ってくれないか。もしよければ大隊に届いた手紙の話を聞かせてくれ」

「ティエラ様、それはなりません」

「確かに大隊への手紙ではあろうが、何か不都合でもあるのか?」

「不都合がございます」

「それは何か」

「食事しながらでは、食べ物を吹き出してしまいますよ。女王にそのような事はさせられません」

「ははは、そうか。なら、食事の後で聞かせてくれ」

「はい、畏まりました。では食事を」


季節は12月。バルカは寒さに包まれながらも、もうすぐ春を迎えようとしていた。


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