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12-2 検分

天使降臨から4ヶ月が経過し、北の地では秋といえる7月。エルジュ村の祭りが行われた。

急ピッチで進められた神殿は完成までは程遠いものの、祈りの広間だけは完成していた。それはそれで一種異様な雰囲気に満ちていた。


本来神殿は堅牢かつ装飾を施した外郭と日常的に使用される複数の広間、他に厨房と地下室が備えられている。

その中心に祈りの間があるのだが、今、人々が目にしているのは大小2つの6角形を形成する12本の柱でかたどられた祈りの間だった。柱の他に神に向かうべき方向を示す石の棺とその前に置かれた奉納の台、その逆側に祭壇と石造りの水盤が置かれている。

まるで外郭もその他の施設も剥ぎ取られたようにも見える。

しかし、その明るく開放された祈りの間は、厳かながらも暗く密室的な神殿しか知らない人々に新しい何かの誕生を予感させた。

そして祈りを奉げるのは天使。美しく透き通るような少女の姿をした天使。祈りの間から聖なる空気が周辺に満ちるようだった。

招待を受けたのは各国の王や領主だけだったが、噂が噂を呼び、周囲は数万人の人間で溢れた。

天使は祈りを奉げるや振り向いた。数万の群集に向かう天使の身体は浮く。祈りを奉げた姿のまま。

人々は噂が本当である事を知った。

考えられない事が起きている。しかしそれは現実だった。


人は自らの常識が破れた時、全てを受け入れる心理状態に陥る。

彼らは今、全てを信じ全てを受け入れる。

「我は、この地に幸福と繁栄をもたらすべく神より遣わされた」

「神は我にキルゼイを助けよと仰った」

「この地に繁栄を、選ばれし者に続け、神は共にある」

天使が声を大にせずとも、言葉は数万の群集に伝わった。天使の声はこの地の隅々まで響いたのだ。

一瞬の静寂の後、群集の上にうねるような歓声が上がる。

「キルゼイ!」誰かが叫んだ。

その声は次第に大きくなり、やがて空を覆わんばかりのこだまとなって響いた。

祈りの間にはキルゼイが立っていた。

一瞬にして静寂が訪れる。

「私は戸惑っている。なぜ神が私をお選びになられたのか分らない。しかし、私は神の声に従う。神のご意思を実行する者として神に仕えよう。それが皆の幸福と繁栄になるのだから」

またも大歓声が上がる。

この神事は“エルジュの神託”と呼ばれた。


その後、9月にジェダン城で行われた国王と領主の会議によってキルゼイは生涯神官の地位に就いた。

旧ジルオンのブレシア国王が務めたのは司祭だが、ブレシアの離脱後、司祭の地位は空位のままだった。ならば司祭に就任するのが筋だろうが、神から言葉を聴く職位として神官の地位が創設された。

参加した国王や領主は群集とは違って雰囲気には酔わなかった。

ジェダン国王にではなく、キルゼイ個人に生涯神官の地位を認め、神官の位は司祭より上としながらも政治的な権限はむしろ小さくした。つまり神の声を聞く高貴な方に俗世間の政治は畏れ多くて頼めないという建前の下、キルゼイの持つ権限を抑制したのだ。

各国の国王や領主は思った。ブレシアの二の舞になっては困る。

しかし、キルゼイにとってそれはどうでも良い事だった。


蛮族の地では誰もが天使に酔った。辺境の村では、エルジュの神託に立ち会ったというだけで聖者として崇められているという。

その後も天使は神の思し召しとして神殿で祈りを奉げた。その度に数万人の人間が殺到したが、各国の国王は国民の熱狂と相反して懸念を強めていく。

そして交錯した思惑は一つの事件となり、首長連合を大きく変えていく。


その事件は寒さも厳しさを増した11月1日に起きた。

北部首長連合では毎年秋に翌年の連合議会役員を選出する会議を行うが、今年は天使騒ぎで遅れてしまっていた。また、神官の地位を創設した際、畏れ多くて頼めない・・・・・・・職務の中に議会の役員も指定されていた。つまり、神官たるキルゼイは役員に就任する事はできない。しかし、これはこの後起きる事件の原因として利用されたのだ。


この会議は現議長が場所と日時を決めて各国の王を招集するのだが、安全のため連絡には密書が利用されていた。

現議長はマバザク族の領主ヴォルタ。

ブレシアの北に位置するマバザク族はブレシアとの親交が深く、強力な軍を保有している。

バルナウル連合と国境を接しており、国境地帯での紛争は日常茶飯事だ。

キルゼイが参加して大勝した戦いもマバザクからの出撃であり、マバザク族もヴォルタに率いられた精兵をもって参戦している。


ヴォルタは会議を11月1日にマバザク領内のガンファーで行うと決め、全ての国に密書を送った。

しかし、キルゼイに密書を運んだ使者は消息を絶ち、使者に指示した王直府の担当者は体調を訴えた直後に死亡。

時を同じくしてバルナウルとの国境に近い街で正体不明の敵から襲撃を受けた。至急増援が派遣され臨戦態勢がとられたが、その後も散発的な奇襲が行われた。マバザク族はバルナウルの動向に神経を尖らせ、使者の失踪や外交府事務官の病死が国家の大事に繋がるとは誰一人として気付かなかった。


そして会議当日、キルゼイは姿を見せなかった。

「キルゼイは議会を見下しているのではないのか?」

「いや、神官は役員になれないと決めた我々へのあてつけではないのか?」

「まぁ、議長以外は形ばかりの役員だし、議長も現議長からの推薦で決まってしまうし、馬鹿らしいと考えたのだろう」

「馬鹿らしいとはけしからん話だが、キルゼイが全ての議案に反対したとしても採決の結果は変わらんのは確かだ。何にせよ時期的にも先延ばしにはできない。会議を始めよう」

議長のヴォルタはキルゼイの能力を脅威と見ていた。それだけに出席しない事への違和感とこのまま会議を進める事への躊躇があった。

しかし、会議の遅れによって次年度計画は白紙のままだったし、マバザクはバルナウルと交戦中でもあった。結局ヴォルタは他国の意見に流されてしまった。キルゼイに対する会議不参加の発問も無用な詰問になってしまう事を恐れた他国の反対で行わなかった。これが、まさに痛恨事であったと分るのは、10日後だった。


各国にキルゼイから密書が届いた。“神託があったのでお集まりいただきたい”

場所はキルゼイを生涯神官と決めた会議でも使用したジェダン城の一室。外には何も漏れない堅牢な造りだ。

同席するらしく天使も顔を見せ、後はキルゼイを待つばかりとなった。


不意にドアが開いた。


突然、白銀の甲冑をまとった兵士が会議室へなだれ込み、国王と領主は全員が捕らえられた。罪はキルゼイを亡き者にする謀議つまり神の意思への背反についてだ。

国王達を捕縛したのは護神兵と呼ばれる衛兵。エルトア製の白銀の甲冑で全身を包んだ装甲歩兵だ。特殊な鞍を馬に装着すれば装甲騎兵としても運用が可能な優れた部隊である。

天使と神官の警護をその任務とし、6個小隊18名を数える。

通常の軍とは違って3名で1個小隊なのは、屋内任務や同行警護が多く、少人数の編成が必要である為だ。

これが後にジェダンの神聖騎兵隊を名乗るエナルダ隊の基となる。例えれば、クエーシトの特別遊撃隊やオロフォス隊と同じような部隊だといえるだろう。


捕らえられた王や領主は勿論無実を訴えたが、数々の証拠品と天使による検分によって有罪とされた。天使の検分とは天使が発する聖なる風を受けて耐えられるかだった。

神殿で天使と相対した王たちの顔が歪む。天使の手の平から風が吹いた。耐えられないほどの風だった。天使との距離は10リティ(約8m)。

天使いわく、聖なる風は通常の人間にはほとんど感じられない。しかし、罪を犯した者はその罪深さに応じて圧力を感じるというのだ。

蛮族に王や領主を裁く機関は無い。裁く事ができるとすればそれは神をおいて他には無かった。

天使は石棺に祈りを奉げた後、祈るように言った。

「神はそなた達の存在・・をお認めになりませんでした」

つまり処刑という事だ。

思わず立ち上がろうとした者が護神兵によって引き倒される。

剣を抜く鋭い音がきっかり18本分響く。


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