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12-1 天使

北の戦乱の終戦後、クエーシトの処遇は何よりも各国のバランスを重視した。最も発言権を持つバルカの権利放棄が原因だが、戦乱による各国の損害は膨大であり、ますますその傾向は強まったと言える。


しかし大陸北東部にありながら、戦乱による疲弊を免れた勢力があった。

北東部首長連合。


その首長連合の東端、クエーシトの北に位置するジェダン国で発生した噂は瞬く間に連合全土に広がった。時は北の戦乱終結から1ヶ月が経過した3月。

その噂によると、天使が舞い降りたというのだ。

天使は少女の姿で天からゆっくりと降りてきた。

神話の天使とは違い、雲の船に乗らず翼も無かったが、それ故に一層超常的でもあった。

白く透き通った肌、白に近い金髪、瞳は右が鳶色で左は青だった。

透き通りそうな薄い布を僅かばかり身に着け、右手には剣、左手には盾を持ち、呆然と立ち尽くした農夫に言った。

「我をキルゼイの元へ案内せよ」

キルゼイとはジェダンの国王キルゼイ・ジェダンに他あるまい。

農夫は村長の元へ走り、事を報告した。

村長は疑いつつも馬車で出向いたが、少女を見るなり地に伏した。これは本物だ。そう思うほどの神々しさだった。

しかしこのままにしておく訳にはいかなかった。

ほとんど裸体の美しい少女が剣と盾を手に佇立しているのだ。

急いで戻るや村の神事で巫女を務める女を6名、馬車は3台仕立てて取って返した。衛兵として自警団12名を騎馬で同行させる。

村長と自警団、馬車は手前30リティ(約50m)で控え、6人の巫女たちは老齢の巫女を先頭にして少女の元へ向かう。

6人の巫女は少女の前で膝を着いて祈りを捧げると少女を囲むように並んだ。

正面には老齢の巫女が頭を垂れ、左右の2人が片膝をついて剣と盾を受け取る。

その重さに驚きつつも一歩引くと、別の2人が黄金の靴と黄金のローブを少女に身に着ける。

黄金の靴とはランケトスの子供の黄色い翼で作った軟らかい最高級の靴だ。黄金のローブとは稀に捕れる黄色いアマルカから紡いだ糸で織ったローブである。両方とも非常に貴重なもので、村には神事で使用する一組しかない。

そして、少女の後ろに控えた巫女が「天よ6度まで救いたまえ、いざ」と声を掛けると、正面の巫女が先頭となり、左右に2人ずつ、後方に1人の巫女に護られてた少女は馬車へ向かった。

巫女達は異常な緊張と興奮に包まれていた。村長も、自警団すら身体を震わせていた。

3台の馬車、1台目に村長と巫女2名、2台目には少女が1人で乗り、3台目には巫女が4名、左右は騎馬が6騎ずつ併走する。

誰も一言もしゃべらなかった。しかし全員が思った。

『言い伝え通りだ』

毎年祭りで行われる“神の使者を迎える儀式”と一寸も違わず今日の出来事は進んでいる。

その儀式とは蛮族の祭りで必ず行われるもので、祭りの初日に使者を迎え、最終日の前日に使者を送り出す。というものだ。

丁度今年の巫女が決まり、演習を始めたところだった。

図らずも本当の神の使者を迎える事になった巫女たちは興奮と緊張の局地にあった。

村長から行政区の長官へ急使が送られ、長官は騎馬36騎と自分の娘を急行させた。

少女を乗せた馬車は村ではなく、行政区の建物に向かった。

その門では長官が正装して迎える。

しかし、この時点でも信じられず、内務府への連絡は控えていた。長官は、急使を送ってきた村長は誠実で優れた人物だと知っている。それでも信じられなかった。


馬車が長官の前に横付けされる。6人の巫女が整列し、長官の娘が少女を先導した。

娘の身体が大きく震えている。

長官は少女が地面から少し浮いている事に気づいて目の前が暗くなった。

思わず身体を地に伏せていた。

「ローブと靴、丁重な出迎え、感謝しています」

「はっ」

「私をキルゼイの元へ案内しなさい」

「ははっ」

長官は内務府へ連絡をしなかった事を悔やんだ。


しかし・・・

「キルゼイ国王がお待ちでございます。ここからは私、シャゼル・リオンがご案内いたします」

長官が耳を疑いつつ振り返ると、正装した国師がいた。

後に聞いたところでは、キルゼイ国王が夢で神からこの地へ向かうよう告げられたのだという。国師は全ての準備を整えており、うやうやしく天使を王が待つ部屋へ導いていった。


国師とは蛮族の政府において国王を助ける地位の者だ。王は時として国師を先生と呼ぶ。それほどまでに重要な地位であり、その職務は国家全体に及ぶ。蛮族がレストルニアと呼ぶ国々で言えば、軍師と内務府大臣および経済府大臣を兼務したような存在だ。バルカのフィアレスのような存在だと思えばよいだろう。

このシャゼルはまだ30歳。彼もまた天才であった。そして国王のキルゼイも非常に能力の高い政治家だった。

ジェダン国はその中心にキルゼイとシャゼルという両輪を得た。これは躍進を意味する。


そこへ舞い降りた天使。

「私はキルゼイを助ける為に神より遣わされました」

この一言で全てを理解した。ジェダンは覇権を握るだろう。


天使降臨に先立つ事1年ほど前から、北東部首長連合においてジェダン王の発言は徐々にその重みを増していた。

そして北の戦乱において、クエーシトによるバルカ侵攻、終結後のクエーシトの存続を言い当て、混乱に乗じて勢力を伸ばそうという意見に真っ向から異を唱えた。

結論から言えば、それは正しかった。

クエーシトのエナルダ、エルトアの連装ボウガン、バルカの戦闘力、あわよくばという生半可な考えで参戦していたら大きな損害を蒙っていたに違いない。もう昔の戦場ではなくなってしまったのだ。

トレヴェント軍が生き残れない戦場は首長連合にとっても同じだったに違いない。そういった点ではグリファなど他の国家も同じだ。

キルゼイは連合内に湧き上がった戦いの意欲をバルナウル連合との戦闘に向けた。自らも軍を率いて大勝を得た。そこへもって天使の降臨だ。キルゼイは大きな発言権を得る。

その後もキルゼイはバルナウル連合との戦闘で勝利を重ねる。キルゼイが直接率いたエナルダ部隊と連装ボウガンの組み合わせがバルナウルの誇る突撃騎兵を撃破したのだ。

キルゼイは北の戦乱で登場した武器や戦術に詳しく、それを有効的に使用した。いぶかる者もいたが、天使の助言として受け止められていく。


ジェダン国の一寒村に過ぎなかったエルジュは天使降臨の聖地となり、神殿の建設が開始されていた。

首長連合の国王や領主はこぞってジェダンへ赴き、天使との面会を願った。

そこで彼らは宙に浮く美しい少女を目撃する。

これが天使か・・・

天使を見た事がある者はいない。これが天使だと言われればそれは確かに天使なのだ。

外観は天使も人間も変わらない。それは神であってもそうだ。では人間との違いは何か。

一言でいえば能力だ。しかもそれは人間の力の延長線上にあってはならない。あくまで異能でなければならないのだ。

この少女は異能を備えていた。事実、誰もが思い浮かべる神の使いだった。

最初に目撃した農夫はこう言った。

「雲が割れ、光の中から現れた。風に舞い上げられた綿のようにゆっくりと下りてきた。破邪の剣と盾を携え、聖者の瞳と賢者の瞳を持つ聖女が語りかけてきた」

「声は自分の頭の中から聞こえた。私はただ、祈る事と命ぜられた事を果たす事しか考えられなかった」と・・・


キルゼイは神に選ばれし者として求心力を得ていく。


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