11-8 紋章
俺とネーベルがそこに着いた時、すでに事は済んでいた。
男達は打ちのめされて地に伏している。
「ジュノが加勢したのか?」
ジュノに近づくと体に力が入っているのが分った。
「クラトさん、あの老婦人はエナルダですよ。しかもハイレベルです。あのリーダー格の男も一瞬でした」
「えっ、マジ!?」
「それに、あのラオファという男も只者ではないようです」
「それにしてもあの婆さん、やけにシャンとしてるんじゃないの?」
シャオルがやっと上体を起こした男に話しかけている。男が激しく動揺しているのが分った。
男はかなり無理をして体を起こし、片膝をついて礼を取った。
婆さんは年寄りらしくない精気にあふれた瞳を俺に向けた。
「終わったよ。何だい、随分とのんびりしてるじゃないか。それともノロマなだけかい」
「うるさいっての。で、結局どうだったんだ」
「あいつらは盗賊退治に協力した見返りにあの馬を手に入れたらしい。それよりお前たち、あの連中に金を払ったらしいね。胸くそ悪いじゃないか」
「あの男がウソを言っていないと判断したからですよ」
「だから、あたし達が馬泥棒だと思ったんだろ?」
「いえ、それは無関係です。少なくともあの男に非はなく、私たちは問答無用で非の無い者の権利を侵害しました。かといってあなたを探して差し出すわけにもいきませんし、明日か明後日には私たちはこの街を出発せねばなりません。私が支払ったのは権利への補償です。あの男も5頭取り返せたら2頭は私たちのものだと言いました」
「ふん、冷徹なのか温いのか分らない男だね」
婆さんはジュノに向けていた視線を俺に戻すと笑顔を見せた。
「ま、いいや。ついておいで、酒場で席を譲ってもらったお礼におごってやろうじゃないか」
「え、マジ?」「おい!奢ってくれるってさ!お前らも行こうぜ!」
「な、なに言ってんだい、その男たちはたった今あたし達と斬り合ったばかりじゃないか」
「何だよ、話は済んだんだろ?だったらいいじゃんかよ、奢るのが2人も6人も同じようなもんだろ」
「同じじゃないよ!」
「それに婆さんは貴族だって話じゃないか、太っ腹のところを見せてくれよ、バシーンと」
リーダー格の男は慌てた様子で少し青ざめた顔をクラトに向ける。
「いや、俺たちは・・・」
「馬鹿だな、奢ってくれるっていうんだから、少しでも取り返そうぜ」
「だから、俺たちは・・・」
「あたしはそいつらと同席するなんて言ってないよ」
「で、何を食おうか?」
『話を聞いてるのか!』男と老婆が同時に怒鳴る。
「俺、肉食いたいんだけど、イイ?」
老婆はため息をつくと、呆れたように小さく笑った。
「ホントに人の話を聞かない奴だね。わかった!全員来な!」
男達のリーダーは恐縮していた。
「私どもは遠慮しますので・・・」
「あり、なに大人しくなってんだよ、あの威勢はどうした?」
「うるさい、放っておいてくれ。いや、お前たちには感謝している。もう少しで取り返しがつかない事になるところだった」
「何だよそれ」
「お前たちには関係ない」
「シャオル様、私どもは失礼します」
「リョウカ待ちな」
シャオルは男達のリーダーをリョウカと呼んだ。
「お前、あたしが奢ってやろうってのに、それを無碍にするのかい?」
「い、いい、いえいえいえ、滅相もありません。私どものような者が食事の席を同じくするなど許されるものではありません」
俺はホーカーやラシェットを思い出した。
「お前、どこかの奴隷なのか?」
「無礼者め!俺はジルオン連合司祭直衛隊で分隊長まで務めたんだ!奴隷などと一緒にするな!」
シャオルは悪戯っぽく笑って言った。
「ではレラ・ブレシアの名の下に命じる。リョウカ以下4名、これより我を護衛すべし。任務は私の食事に同席し、その間私を害する者から護る事。以上だ」
「はッ、謹んで任務をお受けいたします」
よく分らん。ジルオンの司祭直衛隊?
リョウカという男はその隊員だったという。しかも、このシャオルという名の婆さんは確かにブレシアの貴族なのだろう。
「クラトさん、あの老婦人は貴族ではなく王族ですよ」
「なんだそりゃ」
「ジルオン連合の司祭はブレシアの国王が務めていました。その護衛が司祭直衛隊なのでしょう。その体制は崩壊していますが、直衛隊が臣従するといえば王族しかありません。しかも、レラ・ブレシアと名乗りました。あの“レラ”とは、バルカでいう“ロウレン”と同じで王の娘、つまり姫である事を示します」
「姫?あの婆さんが?」
「姫とは王の娘で未婚である事を示します。一度でも結婚すると姫では無くなりますから、あの老婦人は未婚だったのでしょう」
「うむむ、シャオル姫か・・・あの婆さんが姫・・・なんかイラっとするな」
(ごちッ)
「痛ッ」
リョウカが俺の頭を小突いた。
「さっきから聞いていればシャオル様への無礼、ほどがあるぞ」
「リョウカ、だったよな。何だよお前だって最初は馬泥棒扱いしてたくせに。っていうか王族って本物なのか?」
「紋章を確認した。あのラオファという従者が紋章の入ったホルダーを持っていたんだ」
「ホルダーって、あのマスエナルを入れる?」
「そうだ。ブレシア王族のホルダーはフィルデクスで作られている」
「フィルデクス?」
「知らんのか?大陸の西で作られた、非常に硬くて貴重な金属だ」
「もしかしてあれかなぁ?」
俺の問いにジュノが答える。
「多分そうでしょうね」
「お前たち、何をごちゃごちゃ話してるんだい?」
「そういや、名前をまだ聞いてなかったね」
「俺はクラトだ」
居合わせた全員に電流が走る。
「クラトって、あのバルカの大剣・・・。お前ら、北の戦乱に参加したと言っていたな。まさかお前があの異人の隊長か!?」
ジュノは思わず目をつぶった。
(迂闊だった。これは非常にまずい状況だ。クラトさんがうまく誤魔化してくれればよいが・・・)
「そうだ。俺がバルカの突撃隊長だ」
(うわっ、いきなり認めてしまったーー!!)