11-6 補償
「こんな年寄りをつかまえてどうしようってんだい!」
聞き覚えのある声だ。
声がする方向へ走る。
やはりあの婆さんだ。この前と同じく、お供は犬だけだ。
またはぐれたのか?
しかし、男4人に囲まれても、怯んだ様子は全く感じられない。
年寄りに乱暴はするまいと高を括っているのか、それとも恐れるまでもない理由があるのか。
足元ではあの時の犬、ネーベルが姿勢を低くして男達を威嚇している。
俺は違和感を持ちながらも男達に近づいた。
「待て待て、その婆さんは俺の知り合いだ、お前ら何も言わずに帰りな」
ガタイの良いリーダーらしき男の鋭い声が響く。
「何だお前は、首を突っ込むんじゃない」
婆さんは俺を見るとニヤリと笑って言った。
「全くだよ。この男はお節介過ぎるんだ、あまりしつこいと女にもてないよ」
2人の男はこちらに向き直った。今にも剣を抜きそうな勢いだ。
婆さんは腕を組んで笑っているし、ネーベルも威嚇を止めて行儀良く座っている。
「お前、この婆さんの知り合いか?」
「昨日、酒場でちょっとな。だから知らないって訳じゃない」
ガタイのいい男は小さな溜息と共に吐き捨てた。
「お前な、格好つけようっていうならやめとけ」
俺は笑ったまま奥歯を噛んだ。
「聞こえねぇのか?俺は帰れって言ったんだぜ?」
こんなヤツ等なら今の俺でも十分にやれる。
鼻先であしらっていた男が目を細めた。
「何だお前、不敵なヤツだ、気に入らんな」
なにを言ってやがる。
何があったか知らないが、こんな婆さんを大の男が4人で囲んでどうしようってんだ。
俺は苛々していた。
「もう面倒だからいいや」
俺の体は重心を少し前に移動し、腰が下がって右足から前に出る。男の懐に飛び込んだ瞬間、鞘に納まったままの剣の柄が男の腹にめり込む。剣は抜かないまま鞘の先で右の男の腹を突き、体を半回転させて左にいる男を蹴る。残った1人は呆然として反撃もできない。
1人は残しておかないとノビた3人の運び手が無くなるからな。
楽勝だ。
俺の体が頭に描いたように動き出して、息が止まった。
突き出された剣の鞘が俺の腹にめり込んだのだ。
息が出来ねぇ。思わず膝を着くと胃袋の中身がせり出してきた。
「うげぇ、げはっ」
「だからやめとけって言ったのに」
「そっちのイイ男はコイツよりは出来そうだが退いた方がいい。このゲロ男を連れて行け」
「うぐぐ・・・ゲロ男だと・・・ふ、ふざけやがって」
「うるさいぞ」
男が俺を蹴り上げ、俺の体は裏返るように転がった。
「10リグノ剣なんぞ持ってやがるが、剣は大きけりゃイイってもんじゃない」
「くそぉっ」
俺はふらつきながらも立ち上がった。
「てめぇら、ぶっとばして、やる、ぜ」
「ほぉ、根性だけは1人前だな。いや、なかなか大したもんだ」
俺は剣を杖のようにしてもう一度吐くと、男に向かって構えた。
「止めとけ、やるというなら今度は腕一本もらう」
「そうかい、じゃ、今度は俺が手加減してやるよ」
「馬鹿め」
目を細めた男が動く。
俺は両手持ちで左下へ振り下ろした。
男は俺の打ち込みを受けて弾くと、横殴りの剣が俺の左から迫る。
「やっぱりな」
俺は10リグノ剣を左手一本で支えた。男の打ち込みを受けつつ、右手は刀の柄を握って男の腹を突いていた。
「ぐぅっ」
男は堪らず膝を折った。
「これであいこだぜ・・・って、あららぁ~、立ってられねぇ」
俺はその場にへたり込むように倒れた。
「無理しすぎですよ。さて、残りの3人は私が相手をしましょう」
「ふざけろ!」
3人の男がジュノに掛かっていくが、逆にジュノが信じられないスピードで前に出るや、すれ違いざまに3人は倒れた。
「お、お前は何者だ」男は腹に手を添えつつも立ち上がった。
「名乗る程の者じゃねぇよ」
「お前じゃない!っていうか寝たまま偉そうに喋るな!」
「私達は旅の浪人です。傭兵をしていましたが、戦が終わって仕事が無くなりましてね」
「戦?北の戦乱か!・・・なるほど、只者じゃないって訳か」
その時、呻いていた男達の1人が叫んだ。
「あの年寄りが消えてる!」
「なにっ!?」
『えっ!?』
見ると婆さんとネーベルが消えていた。
「くそっ、逃げられたか」
「おい、何であの婆さんに絡んでたんだよ」
「寝たまま言うな!お前達のせいだからな!」「あの婆さんと若い男が2人、俺達が運んでる馬を盗んだんだ」
『え゛ぇっ!?』
さすがのジュノも慌てた。
「お前らのせいで見失った。どうしてくれるんだ」
「こ、これは申し訳ありません」
ジュノが小さくなって謝った。
「あの婆さんにしてやられたな、俺からも謝るよ」
「だから、お前は寝たまま謝るな!」
「あの、何頭盗まれたんですか?」
「5頭だ」
「分かりました。私達がお支払いしましょう」
「え?何故・・・まぁいいか。しかし、金はあるのか?50万パスクが相場だが」
「いいえ、私達が払うのは2頭分の20万だけです」
リーダーらしき男は少し考える風だったが、納得したようだ。
「おい、お前」
「・・・」
「お前だよ、このゲロ男!」
「何だっつの!ゲロゲロ言うな!」
「いつまで寝てるんだ、10リグノ剣を左手一本で捌くくせに」
「俺は体調が悪いの!」
「くそっ、こんなヤツに負けるなんて」
「お前が正直すぎるからだろ」
「なにを言ってる?」
「お前言っただろ、腕を1本もらうって。つまり殺さないって事だ。剣筋は限られる」
「ちっ、立ってもいられないくせに偉そうに言いやがって」「おい、行くぞ、あのババァ共を探すんだ」
3人の男達はのろのろと動き始めた。
「ひとつだけよろしいでしょうか」
ジュノの声に男が振り返った。
「あの老婦人を捕らえたとしたらどうしますか?5頭の馬は」
男は一瞬、ポカンとしてから笑顔を見せた。
「あぁ、俺たちの取り分は馬3頭か、30万パスクだ。もし5頭とも取り返せたらどうする?2頭はお前らの馬だぜ?」
「それはあなた達の骨折り賃です。とっておいて下さい」
「お前ら変わったヤツだな」
「そりゃ、そっちもそうだろ」
「ふん」
男達は別れも告げずに去っていった。