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11-4 テラス

風呂は浴場と言って良い広さだった。

居間ほどもあるその浴場は、一番奥から蒸気が噴出しており、奥に行けば行くほど熱い。

壁や床は石造りで、それ自体が暖かくなっている。

湯船は無く、人間が入れるくらいの大きな桶が3つ置かれていた。ジュノと俺は歓声を上げた。

「これは気持ちイイな、おい」

「そうですね、こういう風呂は維持にも手間とお金が掛かるんですよ」

「あ、その桶は1人ずつ使う水浴び用です。蒸気でゆっくり寛いで水で体を洗い流すのです」「そういえば、クラトさんの世界では湯船に入るんですよね」

「そう。こういうのはサウナって言うんだ」

この世界の一般的な風呂にも浴槽がついているが、それに入るのは上品ではないとされている。そこから湯を汲んで体に掛けるだけだ。冬は寒いが、室温が高く、湯温も高めなのでそれほど気にならない。もっとも浴室を温める余裕がない人々は浴槽に入るらしい。

貴族や金持ちの浴場はここと同じように蒸気が供給されて、浴槽には水か温い湯を張っている。

「なるほど。場所によって熱さが違うって訳か。これは眠くなるくらい気持ちイイぞ」

「横になれる備品も揃っています。分厚い布を張った木の長椅子が部屋にありますからそれを持ち込めば横になれますよ。持ってきましょうか?」

「いや、いいよ。とりあえず腹が減ってしょうがない」

「じゃ、バイカルノ殿が戻らなければ先に済ませてしまいましょう。あ、自分が使った樽にはタオルを掛けて置いておいて下さいね。使用済みという事で」

「了解~」

俺は久し振りにさっぱりとした気分を楽しんだ。


バルカに入ってからジュノの体はだいぶ逞しくなったようだ。刀傷もだいぶ目立つ。俺の印象では敵の刀なんて触れさせもしないって印象があるんだが、それだけ北の戦乱が激戦だったという事か。それに引き換え俺の体は相当衰えている。ま、半年以上も寝てたんじゃ致し方無しだ。

そんな事を考えながら体を拭いていると、ジュノが驚きの声をあげた。

「クラトさん、背中の傷がだいぶ良くなってますよ。やはり凄い回復力ですね、まるで水の属性のエナルダですよ」

「ふぅ~ん、俺にはワカランけどね」

ジュノと俺は用意してあった衣類に着替えた。部屋着との事だが、ぶらりと外出するにも差し支えないものだ。いつの間にか届けられていた飲み物を飲んでバイカルノを待っていたが、戻らなかった。

「じゃ、行きましょう」

「おう、がっちり食ってやる」

「ははは、その食欲が回復力の一因かもしれませんね」

部屋を出ると若い男が1人立っていた。

「ちょっと食事に出ます。連れが戻ったら下の酒場に居ると伝えて下さい」

「はい」

若い男は涼しげな目元に微笑を浮かべて答えた。なかなかよく出来てる。一般の宿みたいに荷物をいちいち預けたり、交代で風呂や食事に行かなくても済む。まるでホテルだ。


酒場に入ると大変な混雑でテーブルが空くのを待つしかないようだ。

「俺、飯食う為に並ぶのって嫌いなんだよね」

「ま、致し方ないでしょう。他が空いているとも限りませんし、ここの料理はかなり味が良いはずですから、我慢ですよ」

俺達が待っていると宿の受付にいた男が酒場の奥へ入っていくのが見えた。

その直後に給仕が来て、席が空いたので案内するという。

「お客様、大変お待たせして申し訳ありません。只今テラス席をご用意・・・致しましたので、ご案内致します」

どう考えても何組も飛ばしているみたいだが・・・

「これもバイカルノの顔ってやつかな。待っているヤツらを横目に案内されるのは、あんまりイイ気分じゃないなぁ」

「そうですか、やっぱりクラトさんは変わってますよね。特権的な扱いは誰もが喜ぶ事なんですけど・・・クラトさんの世界とこの世界ではやはり価値観が違うのかな」

「そうかもな」俺は躊躇しながら答えた。

その時、声が響いた。

「いつまで待たせるんだい!」

見れば老婆といって良いだろう、やや成金趣味的な服装の婆さんが店員に詰め寄っている。

「お客様は犬をお連れになっているので、中庭のテラス席になりますが、テラス席は上席でもあるので予約で埋まっております。もうすぐ空くかと思いますので・・・」

「それにしたって待たせすぎじゃなのかい!どうせ私を田舎者だと思ってるんだろ!」「もう、ラオファ達とははぐれちまうし、足は痛いし、喉が渇いて空腹の極致、最悪だよ!」「もう湖の水を全て飲み干して、草原のアマルカを全て食べ尽くせるくらいだってのに!」

婆さんの足元には白く毛足が長い犬が行儀良く座っている。

俺は思わず笑っていた。犬の方がなんぼか落ち着いている。

婆さんは俺をぎろりと睨んだ。

「なに笑ってんだい」

「いや、よく出来た犬だなと思ってさ」

なおも何か言い出しそうな婆さんから給仕に視線を移して言った。

「俺達は待つから、この婆さんを通してやってくれないか」

「しかし、お客様・・・」

ジュノに顔を向けると、半分呆れながらも目が頷いていた。

「報告するなら、俺達がテラス席を嫌がったって言ってくれよ」

「あの、しかし・・・分かりました」

給仕は戸惑いながらもうやうやしく頭を下げ、婆さんを案内しようとする。

しかし、驚いた顔をしていた婆さんは不機嫌な様子で言った。

「断る」

そう言いながらも婆さんは目の奥に若々しさを宿し、関心を抱いている。

「どうして私に譲る?」

しかし何かを疑うような色は全く見られなかった。その顔にはもう飲み物も食事も興味が無いといった様子だった。

「俺達は湖の水は飲み干せないからな。それに、だいぶ疲れてるんだろ?」

「ははは、そうかい。年寄りには親切にしないとねぇ」「でも、気持ちだけ感謝しとくよ。あんたが誰かは聞かないが、なかなか出来た男じゃないか」

「俺は年寄りじゃなく女に親切なだけだ」

今度は本当に驚いた顔をした後、大声で笑った。

「・・・ふふ、ははは。じゃ遠慮なく譲ってもらうよ。女として譲られたんじゃ、断れないからね」「ネーベルおいで、この男に礼を言うんだ」

「ウォン」

「驚いた、まるで言葉が解るみたいじゃないか」

「なに言ってるんだ、みたい(・・・)じゃなくて解るんだよ。ネーベルはあんたより頭がいいよ」

「譲った相手にそれはねぇだろ」

「軽く流して文句を言わなきゃ格好良かったのに、詰めが甘いねぇ」

「あの・・・」

給仕に促された婆さんは「せっかく話が乗ってきたのに気が利かない給仕だね」とぼやきながらテラスの席に向かった。振り返って投げキッス。

「ムムム、あのババァ、いい気になりやがって、譲らなきゃ良かったぜ」

「ははは、まぁまぁ、私は面白かったですよ」

「何だよ、ジュノまでそんな事言って」

「バイカルノ殿が聞いたら喜ぶでしょう」

「やめて、面倒だから」


緩んだ雰囲気の中でくだらない話。部活が終わっての帰り道のような、懐かしい雰囲気。こんなのも悪くない。

壁に寄りかかりながら外を見ると夕方も暮れようとしていた。


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