11-3 ジルオン
ジルオン体制の崩壊と北部首長連合の成立。それはジルオンの盟主ブレシアの凋落と生き残りを模索した結果だ。
首長連合内でのブレシアの立場は非常に悪かった。威勢を張っていた過去の反動もあって不利な条約や取引を要求される事が多く、またそれを容認せざるを得なかった。あまりに国力が低かったからだ。それだけ他国からの援助に頼ってきた結果といえよう。
それでもバルナウル連合に属するアジェロンと国境と接するブレシアにはそれ相応の軍が配備され、その維持の為に援助を受けていた。
プライドと現実の狭間で苦悩するブレシアは、ついにギルモアへの接近を図る。ギルモアとの交易ルート整備を名目として、両国間で会議が行われたのがその発端だった。最初は有利な交易条件による援助だった。徐々に資金と技術力の援助が行われるようになり、しかもその規模は驚くほど大きくなっていった。
そしてジルオン首脳部は金品にせよ労働力・技術力にせよ、受け取る事に慣れ切っていた。美しくも愚かな蝶が蜜に誘われるがごとくギルモアの援助に傾いた。
勿論ライゼン・キルジェを含む憂国の士は強く異を唱えたが、今度は国王もライゼンの言葉を聞かなかった。
豊かさを取り戻す事で過去の栄光に浸って傷ついたプライドを慰めていた人々は、それを手放す事はできなかったのだ。
こうしてブレシアはギルモアに取り込まれていった。
物は考えようだ。投げ込まれた餌を貢物と考えるならば家畜は王になれる。そして愚か者ほど、降って湧いた幸運をやすやすと信じるのだ。
本来、努力や犠牲という代償を払わねば何も得る事など出来ないのに、何も考えずに差し出された餌に手を伸ばす。
愚か者は与えられ、そして失うのだ。
北東部首長連合はブレシアのギルモア接近を快くは思わなかったものの、現に戦火を交わしている相手はバルナウル連合であり、ギルモアとの関係悪化を避ける必要もあった為、ブレシアの行動を黙認していた。
現にブレシアと東部首長連合の関係はギルモアとの交易とバルナウル連合との戦いだけになっていたのだ。
その後もブレシアはギルモアとの親密度を高めていき、ついにはギルモアのアティーレ郷征伐の際、正式にギルモア国ブレシア郷となった。当然、北東部首長連合からはギルモアを非難する声明があったが、ブレシアは実質的に首長連合から離脱しており、この非難声明もある種のポーズといえるだろう。
ギルモア国の郷として新たな出発をしたブレシアではあったが、その地理的にも歴史的にも複雑な事情を持つこの国は、その郷内で意見の違いによる派閥の対立が激しくなっていった。
派閥は3つ。ギルモア派、首長連合派、そして独自路線を主張するジルオン派。
ギルモア派は現領主のジェノン・ブレシアを始め、領主に近い王族や貴族達で構成されている。ギルモア国の傘下として援助を受けつつ国力の増強を図るという方針だ。最辺境の郷は本国からの干渉も受けるが、援助は手厚く大きな軍事力が認められる。既にギルモア国の郷として条約を交わしており、一番現実的な路線と言える。
領主のジェノンは自ら推し進めたギルモア融和政策を主張するギルモア派の代表でもある。
他国の郷になるという事は彼にとって苦渋の選択である事は想像に難くない。それは将来に期すものがあっての事だが、ジルオン連合の盟主から東部首長連合の構成国、そしてついに郷へとその地位を下げ続けた事に反発する勢力も多かった。
特にジルオン体制崩壊時に一構成国になる事でブレシア滅亡を救ったとされるライゼン・キルジェは老齢ながら王に直言をもって諌めたのち自害している。
首長連合派は年配の軍人を中心に、一部の王族と貴族も参加している。この派閥は首長連合への復帰を望むというよりは、むしろ反ギルモアと言っても良いだろう。ブレシア凋落の一因でもあるギルモアに頼るくらいならば、首長連合に戻ったほうがマシというのだ。感情論的にも思える主張ではあるが、その生活習慣から信仰までギルモアとの違いは大きく、神話で6人の兄弟を祖とする蛮族の連合時代を懐かしむ者も多かった。
そこへもって北の戦乱でギルモアが大敗を喫したのだから、いやがうえにも勢いが増している。
そして最も少数派のジルオン派は第2皇女を中心として、急進的な一部の王族と若い軍人で構成されていた。
この第2皇女はギルモア国への編入時に王へ直言して憤死したライゼン・キルジェの外孫である。ジルオン派はギルモアの傘下に入る事を潔しとせず、首長連合内の低い席にも我慢できない者達だ。徹底的に戦いを避けてきた政府に対する不満を持ち、プライドが強く独立路線を主張する彼らは、他の派から現実味の無い空論と見られてはいたが、その急進的かつ過激な行動は危険視されていた。
そのジルオン派はバルカを見ていた。その精神に自らのプライドを重ねたのだ。
事実、同じくギルモアの郷であるバルカから軍事教官を招聘しようとの動きもあったが、ギルモアのバルカ侵攻によって実施される事はなかった。このようなギルモアの動きに対してジルオン派はますます反発を強めていくのだった。
◇*◇*◇*◇*◇
サバール隊からの報告はかなり詳細に亘っていた。それだけ情報が漏れやすいという事だ。
バイカルノはあきれたような声をあげた。
「正式にギルモア国の郷になったってのに、国内の意見が対立したままなのか」
「まぁギルモアも然りですね。ブレシアの凋落から何も学ばなかったのでしょう」
「それはそうと、今日の宿はどうすんの?」
「そうだなぁ、折角賑やかな街道に出た事だし風呂付きの部屋をとって贅沢してみるか」
「マジ?」
「バイカルノ殿、お任せしているので口出しはしたくありませんが、抑える事が出来る部分は抑えるべきではないですか?」
「分かってる」
「ジュノ、余計な事言うなって!バイカルノがイイって言うんだからさぁ」
「って言うか、クラトは汚れすぎなんだよ。すぐに転ぶから服も傷んでるし。1人で歩いてたら浮浪者に間違われるぜ」
「しょうがないだろ、病み上がりなんだから」
「やっぱり馬でネメグト街道を南から移動した方が良かったんじゃないですか?」
「まぁ、バルカ領内では馬の調達が難しいって事もあったし、クラトの回復期間として訓練になると思ったんだ」「でも、ここから先は馬で移動する予定だ。アティーレからブレシアを経由してエルトアに抜けるにはどうしても馬でないとな」
「ちょっと時間が早いが、宿を手配しよう」
ジュノが近場の宿に向かおうとするのをバイカルノが止めた。
「ジュノ、宿は情報収集の場所でもあるんだぜ。安宿はダメだ。俺が手配しよう」
バイカルノの先導で着いた宿は貴族や大商人が使う宿だった。
「ここには数日滞在する予定だ。クラトはゆっくり休んでくれ。ジュノもたまには羽根を伸ばしたらどうだ?」
「バイカルノ殿、ここはちょっと高すぎませんか・・・というか我々の身なりが」
「大丈夫だ」
バイカルノが懐から札を出して受付に渡すと受付の男の顔色が変わり、奥へ引っ込む。直ぐに色白のやや太った男が出てきた。
「これはこれは・・・」
硬い笑顔を浮かべたまま、その先の言葉が出ないようだ。
「最上とは言わんが良い部屋を頼む。あと衣類を新調したい。誰かよこしてくれ。」
「はい、畏まりました」直ぐに部屋が準備された。
案内された部屋には専用の浴室が付いているし、身の回りの世話をする女も3名待機していた。
バイカルノは女達に金を与えると、「必要な時には呼ぶ」と言って下がらせた。
入れ替わるように現れたのは年配の仕立屋だ。手早く3人の寸法をとると、バイカルノから注文を受けて下がった。
「お前ら、風呂に入っとけよ、俺はその間にもう一つ片付ける事があるんでな」
バイカルノは出て行った。