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11-1 山脈

東を振り返ると眼下に街が広がり、その先には市が開かれる広場が見える。

そして、そのずっと先には朝日に照らされて屋根を輝かせたバルカ城の見張塔が微かに見えた。


「ここからだとまだ城が見えるぜ」

「クラトが遅いからだ」

「分かってる事言うなっての、ほんと口が悪いよな」

「まぁまぁ、それにしてもクラトさんの回復振りには驚きますよ」「私が知っている“絶望の苦痛”の被害者は3日と持ちませんでしたからね」

「ま、バカみたいに頑丈だからな。エナルダでもないのに」

「バカって言うな。それにしてもブレシアに行くなら北の街道に出た方がいいだろ?何でこんな道も無いようなところを西に向かってるんだ?」

バイカルノの代わりにジュノが答える。

「ネメグト丘陵を通るんですよ」

「ネメグト丘陵?」


バルカ国西部には標高4,000~5,000リティ(約3,200~4,000m)の山々が連なる山岳地帯があり、これはジャドフ山脈と呼ばれギルモアとの国境になっている。

この山岳地帯の通過には困難が伴い、商隊などは北か南を大きく迂回せざるをえない。

また、この山脈のバルカ側の麓は1,000リティ(約800m)ほどの高地になっており、山脈に沿って南北に走る街道がある。この街道をネメグト街道、丘陵地帯をネメグト丘陵と呼ぶ。この丘陵地は景観に恵まれ、遠くバルカの涙と呼ばれるメツェル湖や南部のバルゴー高地を望む事ができる。この為、わざわざこの街道を移動経路にする者もいるが、バルカ中心部に向かうなら南と北からもっと大きな街道が整備されているし、サイカニアに抜けるならギルモア側の街道を使用した方が早い。

そんな事もあって他の街道に比べると通行する人の数は決して多くはなかった。


「そのネメグト丘陵を通る理由ってなんだ?」

「バルカの地形を軍事面で考えるなら、西のネメグト丘陵とジャドフ山脈、南のバルゴー高地は重要だからな」

「え゛?もしかしてあの山脈を登るの?」

「いえいえ、登るとしても後ですね。クラトさんが本調子ではないし。元々、この旅の初期はクラトさんの回復期間を兼ねてるんですよ」

「そうか、済まないなぁ」

「でも、この丘陵地の登りを移動できるんですから、だいぶ回復していると思いますよ」


*-*-*-*-*-*


大陸にはいくつもの山脈や高地が存在するが、ジャドフ山脈の更に西、エルトア西部にそびえる大山脈は10,000リティ(約8,000m)の山々と深い谷が、北は蛮族の地から南はヴェルカノの海岸線まで続いている。その幅は海岸線で100ファロ(約40km)という広大なものであった。それは北端まで同じ幅が続いているとされ、その環境の苛酷さと相まって踏破不可能とされている。

神話によれば、この山脈地帯の中心は広い平地が開けた楽園があり、その楽園は直径20ファロ(約16km)の円形で“天空の王冠”と呼ばれる神々の住処なのだという。

この山脈はタガンザク山脈と呼ばれ、歴史上の名だたる探検家が挑んだが、踏破どころかそのほとんどが帰還すらできなかった。特に山脈に接しているエルトアとヴェルカノは、国外にも探検家を求めてその踏破ルートの発見に努めたが、ことごとく失敗に終っている。

最後にして最大の挑戦と言われた、サイカニアの有名な冒険家ドルケンの探検隊もドルケン以外が全滅するという被害を出して失敗。

その過酷な探検行は奇跡的に生還したドルケンによって克明に伝えられた。


◇*◇*◇*◇*◇


我々は3日を掛けていくつかの峰を攻略した。そしてついにこの山脈地帯で一番高いと思われる山を前にしたのだ。つい頂上への登頂ルートを考えてしまう自分に苦笑いしながら、やっと中腹にルートを発見した。

この天の壁と名付けた巨大な峰を越えれば、その先には西の世界を見下ろすことができるはずだ。復路を考慮すると余り時間はない。踏破は次回でも構わない。とにかくこの天の壁の向こう側を見るだけでいいのだ。どのように西へ下るか、どれぐらいの時間が必要か?ルートは?それだけでも得られれば次回の踏破が見えてくる。

もし行けるなら行ってしまえばいい。どうせ引き返す苦労も同じ事だ。そんな楽観的な考えもあった。

しかし、天の壁はあまりにも過酷だった。何度もルートの変更を余儀なくされ、その都度落石と雪崩で犠牲者を出した。峰に辿り着いた時、残っている隊員は12名から6名に減っていた。しかも峰から見た景色は、更なる山の峰が見えるだけでしかなかった。

私は峰を山頂に向けて登り出した。もちろん天の壁の先を見るためだ。

暫く進むと探検隊は私と副隊長しか残ってはいなかった。途中で何度も引き返すことを進言した副隊長は、2人きりになった途端に進むペースを上げた。彼も根っからの冒険家なのだ。

未知の世界をこの目で見たいと強く願う。命で購う事になろうと。

むしろ私の気持ちは晴れやかだった。

もう死んでも構わない。しかし西の世界を見下ろしてからだ。


頂上を目前に副隊長のペースが極端に落ちた。

私は遅れつつあった副隊長を振り返った。

「一歩でも新しい地を踏んで死ぬ。俺は本望だ。行こう山頂へ。そして西側をこの目でみてやろうじゃないか」

私の後方15リティ(約12m)を続く副隊長は、私の言葉に手を挙げ、そのまま斃れた。私は副隊長を置いて進んだ。15リティの距離が惜しかったからだ。

その場に食料などの荷物を放棄して身軽になると一気に頂上を目指した。世界で最も高い天空の頂を寝台にして永遠の眠りに就くのも悪く無い。西の世界を見下ろしながら・・・

しかし、辿り着いた頂上から見えたものは、山々が延々と続く黒と白の世界だった。遠くには天の壁を遥かに上回る山脈が横たわっている。

東側を振り返えれば、3日間かけて進んだ山脈が驚くほど低く見えた。それほど西の山脈は高く広大に存在し、暗く寒く白かった。

私は膝を着いてつぶやいた。「俺はツイている」

私は引き返した。放棄した食料を食べ、副隊長の装備から必要なものを回収する。この時、副隊長がマスエナルを所持している事に気付いた。どうやら“気の属性”らしい。

私はマスエナルを装着して進んだ。

それから先も斃れた隊員達が補給ベースのように存在した。

私は多くの隊員を死なせ、その死によって生き延びたのだ。


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